フリークス・フリークス
4話 「罪龍」
  ただひたすらに空をかける。
  身を包む白銀の鎧はヒビが入り、ところどころが風圧に耐え切れず崩れ落ちている。
  左手に握った両刃刀は血が滲み赤黒く変色している。
  肉体は燃え盛る意思とは関係なく痙攣している。
  それでも勢いを止めることはしない。
  散っていった仲間たちのためにも止まるわけにはいかない。
  限界を超えた体のことなど御構い無しにスピードを上げ、眼前の黒い入道雲に突っ込む。
  雲の層は薄くすぐに視界が晴れる。
  凶悪な見た目とは裏腹に雲の中は穏やかな空気に包まれていた。
  「ようやく来たか、待ちくたびれたわ」
  頭上から声が響く。
  声の主を確かめるまでもなく剣を構え上空へと飛び上がる。
  眼前には思っていた通りの化物がいた。
  紅く大きな爬虫類のような瞳、鋭くそして湾曲した二対の角、何よりも目に付く全身を覆い尽くす黒い鱗。
  その化物の名を叫び、屠り去らんと剣を突き出す。
  「罪龍!」
  「まあそんな慌てるではない天空騎士」
  我の一撃は奴の短い手で止められいた。
  それでも攻撃の手を緩める気はない。
  主導権を渡してなるものか。
  「呪術詠唱・灼熱火葬」
  剣の切っ先から吹き出た焔はヤツの腕を包み込み赤熱する。
  「他愛ない」
  罪龍はそう呟くと、辺りに漂っていた雲の一つを腕に当てる。
  雲を形成していた水蒸気と爆熱が反応し、辺り一帯に蒸発する音が響くとともに水蒸気は新たな雲となり周囲を白く埋め尽くす。
  「呪術詠唱・絶対零度」
  「呪術詠唱・紫電一閃」
  「呪術詠唱・斬殺の嵐」
  ホワイトアウトした世界の中、溢れ出る邪悪な気配に向け呪文を唱え続ける。
  どれも上級罪龍程度なら一撃で無へと還す代物だ。
  しかし、ここへ来るまでの道中の奴らのことを思うと効き目はあまりないと思われる。
  それでも撃たずにはいられなかった。
  一人、また一人と倒れていく仲間たちの姿を思い描くと全ての元凶であるこの龍を前に煙幕が消えるのを待つ余裕さえ心には無かった。
  「鬱陶しいわッ!雑魚めがッ!」
  白煙が切り裂かれる。
  煙の晴れたそこには傷一つ負っていない罪龍の姿があった。
  想定していたとはいえ、実際こうなると自分の無力が腹立たしかった。
  「貴様は絶対に殺す。この命にかえてもだ」
  剣を構えなおしそう宣言する。
  「ほう、一人でか?他の天空騎士団はどうした」
  奴も我もとうに分かり切った質問を投げかけられた。奴の声からは嘲笑の念が読み取れる。
  どこまでも性格の悪い奴だ。
  「敗れ去った……しかし我は貴様に敗れる気は毛頭ない!その首貰いうけよう!」
  そう言い我は飛びかかる。
  奴との距離は一気に縮まり、剣を振り下ろそうと力を込める。
  たとえ刀身が赤黒く変色していようと、漆黒の鱗に阻まれようと、己が肉体が滅びようとこの一刀は絶対に止めることはない。
  斬れずとも鱗を剥ぎ、肉を抉り、命を絶つ。この罪深き龍を生かしてなるものか。
  しかし、その決心は即座に叩き折られた。
  「ッッ!……ゴミがッ!」
  剣が傾き始めると同時に我と奴の間に七人の人が現れたのだ。
  それはそれはよく見知った七人が。
  剣技を高め合い、魔術を編みあった七人が。
  道中敗れ去った筈の七人が。
  全てを我に託して神の元へと帰った七人が。
  七人は皆、死した時と同じ姿をしていた。
  腕を食いちぎられた隻腕の騎士がいた。
  鋭利な爪で首を跳ね飛ばされた首なしの騎士がいた。
  視力を奪われ殺された目のない騎士がいた。
  全身を業火で焼かれた骨だけの騎士がいた。
  衰弱の呪いにかかった痩せ細った騎士がいた。
  酸性の毒を内側から受けた鎧と剣だけの騎士がいた。
  罪龍に喰われた原型をとどめない騎士がいた。
  かつての姿は見る影もない。どの騎士も皆心臓を貫かれて死んでいた。
  しかし彼らとの思い出は今もなお心の中で原動力として炎を燃やし続けている。
  「ほら、お前の仲間たちだ。協力して我を倒してみせよ。もっとも生前の意思がまだあるとは限らんがな」
  「罪龍!罪龍!罪龍!」
  叫ばずにはいられなかった。
  これまでの地獄のような戦いの中でも忘れたことのなかった理性が失われようとしていた。
  ここまで生き延びることのできた最大の武器を放棄しかけていた。
  それでも共に戦った天空騎士団を侮辱され憤りを感じずにはいられない。
  我の葛藤を無視して七人の騎士は剣を構える。
  かつての戦友と殺しあっても理性を保っていられる自信は無い。
  ならばもう意識も肉体も全てを復讐の刃と変え、我では無い殺意の獣に全てを任せてもいいのでは無いか。
  結果はどうなろうとも今の我では剣を振ることすらできない。
  もうよいであろう。
  「……貴公ら、一体何を」
  一刀の殺意へとなり変わろうとした我の眼の前には驚愕の光景が広がっていた。
  七人の騎士は剣を高く掲げたかと思うと即座に手首を返し切っ先を彼ら自身の方へと向けた。
  「まさか」
  我は彼奴らがしようとしていることが解った。
  その行動はもうすでに七度見たことのある光景であったから。
  七人の騎士は声を揃えて呪文を唱える。
  『呪文詠唱・新たな光』
  それと同時に彼らは自らの心臓に剣を突き立てる。
  一度空いた穴に鍵のように剣が飲み込まれる。
  彼らはそれと同時に光の粒子となって弾ける。
  弾けた粒は螺旋となり空中を8の字を描き我の元へと集う。
  死した騎士の使命。それは自らに残った全てを次の騎士へと捧げる。
  ここに辿り着くことの出来た最大の理由。
  ここから一歩も退くことのできない最大の呪縛。
  我の肉体に宿る熱い仲間達の最大の想い。
  揺らぐ気持ちはもう何もなかった。
  こんな全ての元凶を目の前にして心の折れかかった惨めな我に二度も力をくれた友の為にも我は罪龍をここでかけらも残さず討ち滅ぼす。
  もう怖いものは何もなかった。
  罪龍は儀式が始まる前も終わった後もずっと牙を剥き出しにしながらニヤニヤと笑っていた。
  「想定外の事態に怖気付いたか罪龍」
  「やっと戦う気になったか天空騎士」
  そう言い奴は長い蛇のような体を捻り、束ね、圧縮する。いつ飛びかかって来られてもおかしく無い体勢。
  しかし我には何の恐怖にもならなかった。
  「そうやって格好をつけるのにも飽きた。幾ら虚勢を張っても結果は変わらんぞ罪龍」
  もう決心はついている。奴が何をしてこようと我がすることは変わらない。
  「では行かせてもらうぞ!天空騎士!」
  奴は圧縮した体を一気に解き放ち猛スピードでこちらに口を大きく開け飛ぶ。
  我にはその行動の全てがスローモションに見えた。
  ああ、これが走馬灯というやつか。
  今までは命に代えてでも奴を倒すと言っておきながら何処かでは生き残る術を探してしまっていた。
  だが今はもうそんな邪心は残っていない。
  仲間達に二度も自決をさせておいて自分だけ生き残るなんてことはできやしない。
  スローモションの世界の中で我はゆっくりと剣を構える。
  もう痙攣と思い込んでいた体の震えは残っていない。
  小さく口を開く。
  これから発する呪術で全てが終わる。
  頭の中で過去の戦友の声が響く。
  『ありがとう』
  それは幻聴かもしれないが最期に聴く声にこれ以上のものは無い。
  我と仲間の意思を乗せ勝利の言葉を唱える。
  「呪術詠唱・白い世界」
  我と罪龍の世界が白に包まれる。
  全てが白き無の世界へと還るのだ。
  罪龍は笑っていた。そしてゆっくりと白に消えゆく口を開いた。
  「貴様の最期に我の名を告げよう」
  「消えゆくモノの名など興味ない」
  解けていく肉体に自分の声が響く。
  奴は我の声など届いていないかのように自身の名を告げた。
  「我が名はウロボロス。永遠の刻を生きる呪いにかかった愚かな罪龍よ」
  「良かったな。ここで死ぬことができて」
  散りゆく意識に奴を憎む気持ちは残っていなかった。
  ただ今はともに消えゆくモノに純粋な幸福を祈った。
  「そうだといいがな」
  輪廻の罪龍がそう呟くとともに我の意識は完全な白へと還った。
  最後に見た奴はどこか寂しげな顔をしていた。
  
  「またダメだったか」
  灰色の鱗を持つ異形が言う。
  もう何度繰り返したことだろう。
  自らを滅ぼすための軍勢を自ら生み出す空虚な行為を。
  「我を討ち滅ぼしてくれるのではなかったのか」
  白の世界にたった独り取り残された灰色は嘆く。
  輪廻の罪龍は今日も孤独に哭いていた。
  彼を討ち滅ぼす英雄は未だにいない。
  身を包む白銀の鎧はヒビが入り、ところどころが風圧に耐え切れず崩れ落ちている。
  左手に握った両刃刀は血が滲み赤黒く変色している。
  肉体は燃え盛る意思とは関係なく痙攣している。
  それでも勢いを止めることはしない。
  散っていった仲間たちのためにも止まるわけにはいかない。
  限界を超えた体のことなど御構い無しにスピードを上げ、眼前の黒い入道雲に突っ込む。
  雲の層は薄くすぐに視界が晴れる。
  凶悪な見た目とは裏腹に雲の中は穏やかな空気に包まれていた。
  「ようやく来たか、待ちくたびれたわ」
  頭上から声が響く。
  声の主を確かめるまでもなく剣を構え上空へと飛び上がる。
  眼前には思っていた通りの化物がいた。
  紅く大きな爬虫類のような瞳、鋭くそして湾曲した二対の角、何よりも目に付く全身を覆い尽くす黒い鱗。
  その化物の名を叫び、屠り去らんと剣を突き出す。
  「罪龍!」
  「まあそんな慌てるではない天空騎士」
  我の一撃は奴の短い手で止められいた。
  それでも攻撃の手を緩める気はない。
  主導権を渡してなるものか。
  「呪術詠唱・灼熱火葬」
  剣の切っ先から吹き出た焔はヤツの腕を包み込み赤熱する。
  「他愛ない」
  罪龍はそう呟くと、辺りに漂っていた雲の一つを腕に当てる。
  雲を形成していた水蒸気と爆熱が反応し、辺り一帯に蒸発する音が響くとともに水蒸気は新たな雲となり周囲を白く埋め尽くす。
  「呪術詠唱・絶対零度」
  「呪術詠唱・紫電一閃」
  「呪術詠唱・斬殺の嵐」
  ホワイトアウトした世界の中、溢れ出る邪悪な気配に向け呪文を唱え続ける。
  どれも上級罪龍程度なら一撃で無へと還す代物だ。
  しかし、ここへ来るまでの道中の奴らのことを思うと効き目はあまりないと思われる。
  それでも撃たずにはいられなかった。
  一人、また一人と倒れていく仲間たちの姿を思い描くと全ての元凶であるこの龍を前に煙幕が消えるのを待つ余裕さえ心には無かった。
  「鬱陶しいわッ!雑魚めがッ!」
  白煙が切り裂かれる。
  煙の晴れたそこには傷一つ負っていない罪龍の姿があった。
  想定していたとはいえ、実際こうなると自分の無力が腹立たしかった。
  「貴様は絶対に殺す。この命にかえてもだ」
  剣を構えなおしそう宣言する。
  「ほう、一人でか?他の天空騎士団はどうした」
  奴も我もとうに分かり切った質問を投げかけられた。奴の声からは嘲笑の念が読み取れる。
  どこまでも性格の悪い奴だ。
  「敗れ去った……しかし我は貴様に敗れる気は毛頭ない!その首貰いうけよう!」
  そう言い我は飛びかかる。
  奴との距離は一気に縮まり、剣を振り下ろそうと力を込める。
  たとえ刀身が赤黒く変色していようと、漆黒の鱗に阻まれようと、己が肉体が滅びようとこの一刀は絶対に止めることはない。
  斬れずとも鱗を剥ぎ、肉を抉り、命を絶つ。この罪深き龍を生かしてなるものか。
  しかし、その決心は即座に叩き折られた。
  「ッッ!……ゴミがッ!」
  剣が傾き始めると同時に我と奴の間に七人の人が現れたのだ。
  それはそれはよく見知った七人が。
  剣技を高め合い、魔術を編みあった七人が。
  道中敗れ去った筈の七人が。
  全てを我に託して神の元へと帰った七人が。
  七人は皆、死した時と同じ姿をしていた。
  腕を食いちぎられた隻腕の騎士がいた。
  鋭利な爪で首を跳ね飛ばされた首なしの騎士がいた。
  視力を奪われ殺された目のない騎士がいた。
  全身を業火で焼かれた骨だけの騎士がいた。
  衰弱の呪いにかかった痩せ細った騎士がいた。
  酸性の毒を内側から受けた鎧と剣だけの騎士がいた。
  罪龍に喰われた原型をとどめない騎士がいた。
  かつての姿は見る影もない。どの騎士も皆心臓を貫かれて死んでいた。
  しかし彼らとの思い出は今もなお心の中で原動力として炎を燃やし続けている。
  「ほら、お前の仲間たちだ。協力して我を倒してみせよ。もっとも生前の意思がまだあるとは限らんがな」
  「罪龍!罪龍!罪龍!」
  叫ばずにはいられなかった。
  これまでの地獄のような戦いの中でも忘れたことのなかった理性が失われようとしていた。
  ここまで生き延びることのできた最大の武器を放棄しかけていた。
  それでも共に戦った天空騎士団を侮辱され憤りを感じずにはいられない。
  我の葛藤を無視して七人の騎士は剣を構える。
  かつての戦友と殺しあっても理性を保っていられる自信は無い。
  ならばもう意識も肉体も全てを復讐の刃と変え、我では無い殺意の獣に全てを任せてもいいのでは無いか。
  結果はどうなろうとも今の我では剣を振ることすらできない。
  もうよいであろう。
  「……貴公ら、一体何を」
  一刀の殺意へとなり変わろうとした我の眼の前には驚愕の光景が広がっていた。
  七人の騎士は剣を高く掲げたかと思うと即座に手首を返し切っ先を彼ら自身の方へと向けた。
  「まさか」
  我は彼奴らがしようとしていることが解った。
  その行動はもうすでに七度見たことのある光景であったから。
  七人の騎士は声を揃えて呪文を唱える。
  『呪文詠唱・新たな光』
  それと同時に彼らは自らの心臓に剣を突き立てる。
  一度空いた穴に鍵のように剣が飲み込まれる。
  彼らはそれと同時に光の粒子となって弾ける。
  弾けた粒は螺旋となり空中を8の字を描き我の元へと集う。
  死した騎士の使命。それは自らに残った全てを次の騎士へと捧げる。
  ここに辿り着くことの出来た最大の理由。
  ここから一歩も退くことのできない最大の呪縛。
  我の肉体に宿る熱い仲間達の最大の想い。
  揺らぐ気持ちはもう何もなかった。
  こんな全ての元凶を目の前にして心の折れかかった惨めな我に二度も力をくれた友の為にも我は罪龍をここでかけらも残さず討ち滅ぼす。
  もう怖いものは何もなかった。
  罪龍は儀式が始まる前も終わった後もずっと牙を剥き出しにしながらニヤニヤと笑っていた。
  「想定外の事態に怖気付いたか罪龍」
  「やっと戦う気になったか天空騎士」
  そう言い奴は長い蛇のような体を捻り、束ね、圧縮する。いつ飛びかかって来られてもおかしく無い体勢。
  しかし我には何の恐怖にもならなかった。
  「そうやって格好をつけるのにも飽きた。幾ら虚勢を張っても結果は変わらんぞ罪龍」
  もう決心はついている。奴が何をしてこようと我がすることは変わらない。
  「では行かせてもらうぞ!天空騎士!」
  奴は圧縮した体を一気に解き放ち猛スピードでこちらに口を大きく開け飛ぶ。
  我にはその行動の全てがスローモションに見えた。
  ああ、これが走馬灯というやつか。
  今までは命に代えてでも奴を倒すと言っておきながら何処かでは生き残る術を探してしまっていた。
  だが今はもうそんな邪心は残っていない。
  仲間達に二度も自決をさせておいて自分だけ生き残るなんてことはできやしない。
  スローモションの世界の中で我はゆっくりと剣を構える。
  もう痙攣と思い込んでいた体の震えは残っていない。
  小さく口を開く。
  これから発する呪術で全てが終わる。
  頭の中で過去の戦友の声が響く。
  『ありがとう』
  それは幻聴かもしれないが最期に聴く声にこれ以上のものは無い。
  我と仲間の意思を乗せ勝利の言葉を唱える。
  「呪術詠唱・白い世界」
  我と罪龍の世界が白に包まれる。
  全てが白き無の世界へと還るのだ。
  罪龍は笑っていた。そしてゆっくりと白に消えゆく口を開いた。
  「貴様の最期に我の名を告げよう」
  「消えゆくモノの名など興味ない」
  解けていく肉体に自分の声が響く。
  奴は我の声など届いていないかのように自身の名を告げた。
  「我が名はウロボロス。永遠の刻を生きる呪いにかかった愚かな罪龍よ」
  「良かったな。ここで死ぬことができて」
  散りゆく意識に奴を憎む気持ちは残っていなかった。
  ただ今はともに消えゆくモノに純粋な幸福を祈った。
  「そうだといいがな」
  輪廻の罪龍がそう呟くとともに我の意識は完全な白へと還った。
  最後に見た奴はどこか寂しげな顔をしていた。
  
  「またダメだったか」
  灰色の鱗を持つ異形が言う。
  もう何度繰り返したことだろう。
  自らを滅ぼすための軍勢を自ら生み出す空虚な行為を。
  「我を討ち滅ぼしてくれるのではなかったのか」
  白の世界にたった独り取り残された灰色は嘆く。
  輪廻の罪龍は今日も孤独に哭いていた。
  彼を討ち滅ぼす英雄は未だにいない。
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