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ヤンデレ化した幼馴染を救う108の方法

井口 創丁

8話 「本当の幸せ」

  真っ赤な夕日が僕たちを照らす。世界はオレンジ色に包まれていた。
  しかし、僕の顔が赤く染まっているのに日差しは一切関係ない。
  「いやぁテルとこうして一緒に帰るのなんてはじめてだね」
  「そうだね、中学校の時はお互い部活があったし」
  「強制入部制度とかやめてほしいよね」
  朱に染まる頬の原因は隣を歩くヨウにあった。
  トランポリンを押すとそれ以上の力が返ってくるように、一度下がったヨウへの好感度は天井を知らず果てし無く上がっていく。
  何気ない会話をしているように思える今でさえ、当たり前のように繋がれた手を通してヨウの体温が流れ込み気持ちの高揚を抑えるので精一杯だった。
  「四月だってのにまだ寒いねー」
  「そうだねー」
  嘘だ。もう着ている制服を全て脱ぎ捨てたいくらい体が芯から熱くて仕方ない。
  「夕日眩しいねー目開けられないよぉ」
  「もろ逆光だね、眩し」
  嘘だ。最初から僕の目はヨウしかとらえていない。眩しがって目を細めるヨウも美しい。
  「昼あれだけしか食べてなかったらお腹すくよね、ごめんね」
  「いやそんなことないよ。明日からも作ってくれるならあれくらいの量がちょうどいいかな」
  本当だ。想いが体を内側から圧迫して吐きそうだった。これ以上の愛は許容限界を超えてしまう。
  やばい。これはやばい。本能がヨウに想いを伝えろと全力で心に訴えかけてくる。何気ない行動の一つ一つが脳裏に焼きつく。会話の一つ一つが前振りに聞こえる。まずい。これはマズイ。
  今はヨウが普通なので何とか平常心を保っていられるが、ヤンデレ化してしまった場合僕は自分を抑えることができるのだろうか。
  あわよくばこのまま家まで帰りたかった。しかしそうは問屋がおろさないらしい。
  「ねぇテル、もっとひっついていい?」
  どこで切り替わったのか分からなかったがヨウは目が光を淀ませ、僕ごと混濁したピンクの霧に包まれていた。
  ヨウは疑問をぶつけてきているが、僕の回答を待つことなく行動は起こっていた。
  学校を出たときから繋いでいた手は指を絡ませる繋ぎ方、恋人つなぎというやつに変化している。
  さらに僕との距離が縮まり肩が触れ合っていた。
  「テル、顔真っ赤だよ」
  真っ赤にさせたのが何を言うか。口を開けば愛の言葉が出てきてしまいそうで迂闊に声をあげられない。脳内でいう言葉をリピートする。よし大丈夫。そんなことないよ、と言うだけ。OKOK。
  「そうさせたのはヨウだよ」
  「テル……」
  おいおいおいおい。最初と最後しか合ってないし、カッコつけすぎだし、ヨウはとろんとした瞳でこっちを見つめているし、このままだとヨウはずっとピンクのモヤに囚われてしまう。
  撤回しないと。なーんてな、と言って冗談だったことにしよう。拳の一つや二つは許容範囲だ。最悪の事態を免れるのなら安い。
  「かわいいよ、ヨウ」
  「テルぅ……」
  ……どうしてこうなった。一文字もあっていない。言葉を紡ごうと口を開けた時に見えた、見上げるヨウの表情は僕の脳内をかわいいの一言で埋め尽くすほどに凶悪だった。
  これ以上の会話は死を招くと確信した僕は口をつむぐ。しかしヨウのとろけた目から視線が離せない。
  辺りは夕暮れ、他に人はおらず、車は通ることのできない川の細道を男女が一組腕を絡ませて見つめ合う。
  夕日とは関係なしに肌を赤く染め上げる双方は沈黙を重ね、その都度、朱を濃くしていく。
  最高のお膳立てが完了しているこの状況で次に始まる会話は一つしかない。
  愛の告白。その言葉が男のDNAに刻まれた種としての本能から脳に突き刺さる。
  突き刺さった言葉は脳を侵食し、人としての知性を破壊する。
  このままでは知性は消え果て、一匹の獣と化した僕はヨウに全てを捧げるだろう。
  しかし、それではダメだ。
  たとえヨウが幸せになったとしても、それは一年間積もった『テル成分の不足』という症状が治まるまでだろう。
  僕が求める幸せはそんな一時的なものじゃない。
  こっちは十年間も幸せを求めて、一生涯の想いを込めて、毎日ドキドキしながら過ごしてるんだ。
  所詮、僕のエゴだって笑われたっていい。
  例えエゴでもその先に明るい未来が待ってるって僕は信じてるから。
  だからこんなところで負けてたまるか。
  決心のついた僕は繋いだ手を緩めようと力を抜く。
  「ん?」
  手は解けない。むしろさっきよりもキツく締まったように思える。
  ヨウと距離を取ろうと後ろへ重心をずらす。
  「ん?」
  僕の体は動かない。足先に重圧を感じるが気のせいだろう。
  そう気のせいだ。きっと目の前のヨウの瞳が光を断ち切り、周囲を覆うモヤが黒く変色しているのも気のせいだ。
  「ねぇテル。怖気付いて逃げ出すとか許さないよ」
  ヨウは小さく呟く。
  その言葉からは狂気を感じ体が竦む。手はもう繋ぐと言うよりかは拘束されていると言った方が正しいほど強固に締め付けられる。足の甲を伝わる重圧は後退を一切禁じている。
  ヨウはただただ僕を見つめる。その目ははっきりとした輪郭を取り戻し、全てを飲み込むブラックホールのような闇に溢れる半月状だった。
  「テルぅ早く言ってよぉ」
  退路は絶たれた。前進する気持ちは一切ない。打つ手なしとはこのことだろう。
  もう雨でも槍でもいいからこの状況をなんとかして欲しかった。
  しかし神がこの場面でよこした救いの手段は雨でもなければ槍でもなかった。
  突如モヤを切り裂き僕らの間に挟まる物体があった。僕たちはその物体の重さに耐えることができず、手を離した。
  僕らの間に舞い降りた生物の輪郭は見たことがあった。しかしその大きさは規格外と言って過言ではないだろう。
  「い、犬?」
  「あー!もうせっかくいいところだったのに!キビー!」
  僕の目の前の生物の名前を呟くと同時に聞き覚えのある声の飼い主が物陰から出てきた。
  「まあ飼い主よりデカイんじゃ抑えられないよね、オーガ」
  「オーガ言うなって!」
  飼い主の後ろからこれまた見覚えのある人が現れた。僕は彼らに問いかける。
  「ケンタ、オーガさん。いつから見てました?」
  「恋人つなぎし始めたあたりからかな」
  「べっ別に後をつけたとかじゃないから、ただ犬の散歩してたら見つけたからついて行っただけだから」
  一番恥ずかしいところを目撃されたと知って死にたくなる。
  「いやっだから、悪意はなかったから、純粋な出来心だから、その……許してください」
  「彼女もこう言っているので許してもらえないでしょうか」
  僕が目を伏せるても怯えたように謝るケンタ達。何故かは考えるまでもない。
  ヨウが絶対零度の視線を送っているからだ。その視線は犬までも氷漬けにしていた。


  ヨウはその後一切話すことなく日が落ちて辺りが暗くなりはじめると軽く会釈だけを残して帰っていった。
  僕もケンタ達に軽く頭を下げヨウの元へと駆け寄ったが、お互い一切話すことなく次の分岐路で別方向に向かって歩き始める。
  じゃあまた明日、と声をかけたが返事は返ってこなかった。
  薄暗い夜道を一人で帰る。先程までの熱は冷め、少し寒さを感じたが僕は内心ホッとする。
  「あ、流れ星」
  夜空を流れる一筋の光。もうこの時点で三回願い事を言うなんて出来っこなかったので僕は一回だけ祈りを言葉にする。
  「ヨウに本当の幸せを」
  実際言葉にしてみると思った以上に恥ずかしかった為その場から逃げるように家へと走る。
  先ほど感じた寒さはもうなくなっていた。

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