ヤンデレ化した幼馴染を救う108の方法

井口 創丁

4話 「微笑みは花束に乗って」

  昨日はあまり眠れなかった。精神的疲労からくるものもあっただろうがそれ以上に瞼を閉じるとそこにはヨウがいた。
  あの照れた顔は消えてくれない。いつまでも僕の脳裏に焼き付いて離れることはなかった。
  今日も教室に入るまでは昨日と同じヤンデレ化してしまう前のヨウがいることを期待していた。
  その幻想は二秒でぶち壊された。
  扉を開けると同時に立ち込める沈んだ空気。いくら新クラスになったとはいえ教室は静寂に包まれ過ぎて居た。
  そして視界に入ったのは出席番号一番ゆえ扉の目の前にある僕の机。
  特にその上に置かれた一つの無数の赤い花からなる大きなブーケに視線は釘付けだった。
  その花束で僕が知っている植物はバラとチューリップくらいしかなかったがそれだけで十分だった。
  バラとチューリップの花言葉はともに愛という意味を含んでいた。きっと他の花も同じなのだろう。
  こんなことをする人物を僕は一人しか知らなかった。
  花から目を離せない状態でも重たい視線がさっきから刺さって仕方なかった。
  首を曲げその視線と僕の視線を一致させる。
  そこには案の定、淀んだピンクを纏ったヨウがニヤニヤと笑ってこちらを見ていた。
  「お、おはよう。ワー、キレイナハナダナー」
  僕はヨウの目を見つつ席へと向かって歩き出しながら話しかけた。
  お世辞にも嘘がうまくつけないので花の感想は棒読みになってしまったが気にしない。
  「おはようテル。それ昨日のお礼、喜んでもらえると嬉しいな」
  「アリガトウ、トッテモウレシイヨ」
  屈託のない笑顔で微笑むヨウにお礼を言いつつ花束をリュックにぶっ刺す。イタリアの貴婦人の持つフランスパンの刺さったバックなんかとは比べ物にならないインパクトを放つものが完成した。美術館に飾ってあっても気付かないような芸術品だ。
  クラス全体が蠢くようなノイズのような声が聞こえる。
  「愛川くん死んだのかと思ったよ」「生きてたんだ」「てかお礼ってなに?」「命でも助けられたのかな」
  小声で僕とヨウについての考察が飛び交っていた。あまり気にして欲しくなかった。恥ずかしい。
  ケンタの方へ目をやると彼はのんきに机に突っ伏し惰眠を貪っていた。誤解を解いて欲しかった。悲しい。
  がしっ。
  不意に肩に強く掴まれるような感触がした。というよりもしっかりと掴まれていた。それはもう強固に決して逃れられぬように。
  ゆっくりと振り返る。
  そこには瘴気の色の割合が黒によったヨウの姿があった。
  「テルぅもう何年も一緒にいるからさぁ、私テルの嘘なんかお見通しなんだよねぇ」
  ねっとりと話すヨウの目に光は残っていなかった。そこにあるのは純粋な黒。半月状の目はいつもより外側が高く傾いていた。さらにさっきまで笑っていた口は閉じられている。
  ここから読み取れることは一つ、ヨウは僕の嘘にお怒りのご様子だった。
  「ねぇホントのこと教えてよぉテルは私のこと嫌い?」
  もう嘘は使えない。本音で話そう、最大限表現をオブラートに包んで。
  「いや、嫌いじゃないよ。ただちょっと大きすぎるかなーってすこーしだけ思って」
  「ふーん」
  ヨウの表情は変わらない。
  「いやっそのっ、そんなに大したことしてないのに、こんな凄いものもらってもいいのかなって」
  「大したことしてない?」
  ヨウの表情は変わらない。しかし掴まれた肩にさらなる圧力がかかる、
  「たっ大したことしてないっていうのは昨日の事を特にどうこう思ってないって訳じゃなくて、その、これからは昨日以上にヨウがしたい事をしてあげれたらなって思ってて」
  「へー」
   ヨウの表情は変わらない。しかしあたりの瘴気が少し薄くなった気がした。
  「だから、昨日の事は通過点に過ぎないから、それに比べれば大した事ないって事で、その度にこんな豪華なプレゼントはいらないっていうか、気持ちだけで胸いっぱいっていうか」
  「ほぅ」
  ヨウの半月状の目は戻らない。しかし角度は傾き、前と同じく床と平行になった。
  「僕はヨウがいればそれだけで十分だから」
  「うん」
  ヨウの瘴気は無くならない。しかし黒い成分はほとんど抜け切ったような気がする。
  本音で謝ったはいいが後半部分は気持ちが入り過ぎて告白したみたいになってしまった。時はまだ熟していないのに。
  教室はもう先ほど始まった雑談の声が大きくなっていたため、二次被害は抑えることができそうだ。
  この新学期始まって最初のゴシップは同窓会までずっと続くという伝説があるらしいのでそれはなるべく避けたい。
  ヨウが口を開き何か言おうとしたが言葉が出る事はなかった。
  「みんなー席についてーHRホームルーム始めるよー」
  真後ろのドアから先生が教室に入りながらそう言ったからだ。同時にチャイムが鳴り響き、教室は再び静寂に包まれた。
     僕の横を通り過ぎようとした先生の動きが止まる。頼むから止まらないで欲しかった。そのまま何事もなかったように動き出して欲しかった。
  しかし現実は非情で先生は花のオブジェと化したリュックを見ながら口を開いた。
  「愛川くーん、これはなに?」
  先生は眼鏡を触りながら不審げにきいてきた。なんと答えるのが一番いいのだろうか。素直にヨウから貰いましたっていうのはどうかと思うし、友達からのプレゼントですと押し切るのが一番いいかな。そうだな。
  僕は解答を定め答えようとしたがそれより先に後ろから声が響いた。
  「テルへのプレゼントです」
  ヨウは何の躊躇いもなく答えていた。
  「えっとぉ相沢さん、プレゼントにしては大きくないかなぁ?」
  先生は個人的な関係になるべく触れないように言葉を選びながら伝える。
  「はい、その点はさっきテルにも指摘されましたのでこれからは気をつけます」
  ヨウは淡々と言葉を並べていった。これで多少疑われる事はあっても仲のいい幼馴染ってことでなんとか突き通すことができる。ありがとうヨウ。
  しかし、ヨウの発言には続きがあった。
  「それに、テルは私がいれば何もいらないらしいので」
  爆弾が投下されてしまった。
  もうこれからクラス内でのゴシップは尽きないだろう。一度聞かなくなっても忘れた頃にまたやってくる。ああ新しい友人を作ろうと近づいても『あ、リア充だ、うぇーい』みたいなよく分からない絡みをされるに違いない。噂は巡り巡って湾曲してよく分からない話になるに違いない。もう逃げ道はなさそうだ。
  「そっそうなの愛川くん⁉︎」
  先生も先生でテンパってこっちに話を振ってこないでほしい。もう僕のライフは0だった。
  「……はい」
  答えないとさっきみたいにヨウ怒られそうだったので答えないわけにもいかなかった。
  もうここまでくるとどっちでもよくなってきた。
  「まっまあ先生はなんとも言いませんが、事故だけはないようにね」
  先生は忠告か警告かよく分からない言葉を残して教壇へと歩いていく。
  事故って何だろう。もう大事故は起こっている。事故区域完全閉鎖レベルの取り返しのつかないやつが。
  軽く体をひねりヨウのほうを見る。
  ヨウは少し照れて笑っていた。
  ちきしょう可愛い。
  その笑顔は昨日見た真のヨウに少し近づいていて、それだけで何か少し救われたような気がする。
  それでも失ってしまった多くを惜しむ気持ちは完全には晴れずHRの話は一切入ってこない。
  頭の中はヨウの笑顔とこれからの不安が絶えることなく渦巻き続けていた。

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