ひととかぜと日常
Episode0 序
ー序ー
1
人間は、美しい生き物だ。
だから願わくば俺は、人間になりたかった。
何が美しいかって?そんなの、語りきれない。好きなものは好きなんだ。
あるモノが此処に在った。
身体はとうにない。
しかも、以前まであったその身体は人のもののように、そこにあるだけで美を感じれるものではなかった。
自分の姿が、心が嫌いだった。我ながらおぞましい姿で醜い心の持ち主だと思っていた。
…死にかけにこんな話はよしておこう。
死期を悟ってここまで来た。せっかく遠くまで来れたのだから、沢山見て置かなければ。
身体のない今、俺はただの風だ。
魂だけが風と共に浮遊して、舞って、移動するだけの存在。
(……しかし…俺が死んだら…ちゃんと、弔いの風は吹いてくれるのだろうか)
天を仰ぎ、自嘲気味に微笑った。
自分含め、我が同胞は普通なら死ぬと弔い風というものが吹いてくれる。
弔い風は、生の証。生を讃え、天に送り出すもの。
だが訳あって、吹かぬ事もある。
『…………期待できぬ……な。それはそうだ…だって俺は………………』
声は虚しくも誰の耳にも届かない。
見下ろせば下には沢山の色があるのに。
見下ろせば下には沢山の人があるのに。
俺の声はとどかない。
結局最後まで、届かない。
(なら、せめて、生まれ変わったら……人間になれるだろうか…)
そう思いながらふと考えついた。
死ぬ前に、生を見届けよう、と。
これから美しき人生を歩もうとこの世に生まれてくる子を見て、自分が少しでも死を恐れずに世を去れるように。そんな建前で。
やっと空いている窓を見つけ、そこから中に入り込んだ。丁度、子がスルリと母から放たれ、産声を上げた所だった。
じっと様子を見守っていたが、何を思ってか、取り上げられ、へその緒が結ばれた子を撫でた。
子はむず痒そうに身じろぎし、それを見てつい笑みが溢れたのだが、次に自分の何かに違和感を感じる。
自分の身体が重かった。
(身体が………ある。人の形、手、足………顔。………まさか、この子…)
運命だろうか。この子に出会ったのは。
この世には、視えない人間と視える人間がいる。さらに、視える人間のほんの一部には自分の様な、形を持たぬ人ならざるモノに霊体を…ヒトの形を与えることができる者がいるのだという。(詳しい話は、後で良いだろう)
長年生きてきたおかげで、視えるだけの人間なら沢山見たことがあるが、この力を持ったタイプに出会ったのはこれが初めてだ。
自分の手をじっと見つめる。
まだ思うように指が動いてくれないけど、手が、ある。
ついでに感じていた死期が、全く感じられなくなっていた。
まだ、生きられる。
生きたまま、生まれ変わったのだ。
『………そっか、君か。ありがとう。可愛い子』
さっきまで産声を上げていたとは思えぬほどの落ち着きを携えた子の、小さな手に恐る恐る触れた。
握り返してくる力は驚くほどに強くて弱い。
『でも……君のその力、この世で生きていくには少し酷過ぎる。壊さないように…壊されないように、俺だけは君の味方でいよう』
子の力は、この世で理解されない。
嘘つき。気味が悪い。気を引きたいだけだろう。
そう言われ続ける存在。
そんな人間を見てきたからこそ、この子を守ってあげたい、と。
清い心のままに生きて欲しい、と。
願った。
□□□
あるモノが此処に在った。
アヤカシと呼ばれるそれ。
あるモノは猫又
あるモノは水
あるモノは死神
ニンゲンと呼ばれるそれ。
視える者
視えない者
祓える者
世には色が在った。
色を奪う者と、与えるモノが在った。
世には、色が在った。
風は、翠。
彼らは何故この美しい翠を灰へと変えてしまうのだろうか。
海は、黒。
彼女らは何故この深い黒を赤く染めてしまうのだろうか。
空は、蒼。
………私達もきっと、この限りなく純粋な蒼に、茶色をまぶしてしまうのだろう。
では人が心から笑う時、何色に輝くのか知っているだろうか?
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人間は、美しい生き物だ。
だから願わくば俺は、人間になりたかった。
何が美しいかって?そんなの、語りきれない。好きなものは好きなんだ。
あるモノが此処に在った。
身体はとうにない。
しかも、以前まであったその身体は人のもののように、そこにあるだけで美を感じれるものではなかった。
自分の姿が、心が嫌いだった。我ながらおぞましい姿で醜い心の持ち主だと思っていた。
…死にかけにこんな話はよしておこう。
死期を悟ってここまで来た。せっかく遠くまで来れたのだから、沢山見て置かなければ。
身体のない今、俺はただの風だ。
魂だけが風と共に浮遊して、舞って、移動するだけの存在。
(……しかし…俺が死んだら…ちゃんと、弔いの風は吹いてくれるのだろうか)
天を仰ぎ、自嘲気味に微笑った。
自分含め、我が同胞は普通なら死ぬと弔い風というものが吹いてくれる。
弔い風は、生の証。生を讃え、天に送り出すもの。
だが訳あって、吹かぬ事もある。
『…………期待できぬ……な。それはそうだ…だって俺は………………』
声は虚しくも誰の耳にも届かない。
見下ろせば下には沢山の色があるのに。
見下ろせば下には沢山の人があるのに。
俺の声はとどかない。
結局最後まで、届かない。
(なら、せめて、生まれ変わったら……人間になれるだろうか…)
そう思いながらふと考えついた。
死ぬ前に、生を見届けよう、と。
これから美しき人生を歩もうとこの世に生まれてくる子を見て、自分が少しでも死を恐れずに世を去れるように。そんな建前で。
やっと空いている窓を見つけ、そこから中に入り込んだ。丁度、子がスルリと母から放たれ、産声を上げた所だった。
じっと様子を見守っていたが、何を思ってか、取り上げられ、へその緒が結ばれた子を撫でた。
子はむず痒そうに身じろぎし、それを見てつい笑みが溢れたのだが、次に自分の何かに違和感を感じる。
自分の身体が重かった。
(身体が………ある。人の形、手、足………顔。………まさか、この子…)
運命だろうか。この子に出会ったのは。
この世には、視えない人間と視える人間がいる。さらに、視える人間のほんの一部には自分の様な、形を持たぬ人ならざるモノに霊体を…ヒトの形を与えることができる者がいるのだという。(詳しい話は、後で良いだろう)
長年生きてきたおかげで、視えるだけの人間なら沢山見たことがあるが、この力を持ったタイプに出会ったのはこれが初めてだ。
自分の手をじっと見つめる。
まだ思うように指が動いてくれないけど、手が、ある。
ついでに感じていた死期が、全く感じられなくなっていた。
まだ、生きられる。
生きたまま、生まれ変わったのだ。
『………そっか、君か。ありがとう。可愛い子』
さっきまで産声を上げていたとは思えぬほどの落ち着きを携えた子の、小さな手に恐る恐る触れた。
握り返してくる力は驚くほどに強くて弱い。
『でも……君のその力、この世で生きていくには少し酷過ぎる。壊さないように…壊されないように、俺だけは君の味方でいよう』
子の力は、この世で理解されない。
嘘つき。気味が悪い。気を引きたいだけだろう。
そう言われ続ける存在。
そんな人間を見てきたからこそ、この子を守ってあげたい、と。
清い心のままに生きて欲しい、と。
願った。
□□□
あるモノが此処に在った。
アヤカシと呼ばれるそれ。
あるモノは猫又
あるモノは水
あるモノは死神
ニンゲンと呼ばれるそれ。
視える者
視えない者
祓える者
世には色が在った。
色を奪う者と、与えるモノが在った。
世には、色が在った。
風は、翠。
彼らは何故この美しい翠を灰へと変えてしまうのだろうか。
海は、黒。
彼女らは何故この深い黒を赤く染めてしまうのだろうか。
空は、蒼。
………私達もきっと、この限りなく純粋な蒼に、茶色をまぶしてしまうのだろう。
では人が心から笑う時、何色に輝くのか知っているだろうか?
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