異世界物語〜銃を添えて〜

八橋響

夜に想う事〜キュアの食事を添えて〜

 鍵を開け、俺は部屋の中に入る。
部屋の奥にある窓から夕陽の光が差し込み室内を明るく照らしている。窓のすぐ右側にはベッドが置かれ、中央には木のテーブルと丸椅子。服をかけるためのクローゼットも置かれている。部屋の隅々まで手入れされているようで埃等は見当たらない。エマさんが一部屋一部屋丁寧に清掃をしているのだろう。


 ひとまず手に持った木の盆をテーブルへと置いておく。
「もう出てきていいよ、キュア」
「キュ?キュッキュ!キュイッ!」
 ローブを脱いで、キュアを部屋の中にだしてやる。いいの?やったやった!と騒ぐキュアの姿を見て口元を綻ばせる。
「狭いところにずっと居させてごめんなキュア。大丈夫だったか?」
「キュイ!キュッキュアキュゥ〜」
 大丈夫!と返事をしたキュアはベッドの上でゴロンと横になり撫でてのポーズを取った。俺も防具類を外し、ベッドへ腰掛けキュアを撫でてやると気持ちよさそうに鳴き声を発している。
 ベッドは普通のベッドだ。良くも悪くもない…俺の部屋のベッドと同じ質感だ。安心する。


「あ、そうだキュア。エマさんっていうこの宿屋の女将さんが作った料理があるんだけど…食べれるかな?」
「キュ?キュイ!」
 少量ずつ残したのは、キュアも食べるだろうと思って持ってきていた。騒ぎにならなければ一緒に食堂で食べたいのだが…当分の間は部屋で食事をあげるようにしよう。
 俺は一度ベッドから腰を上げ、テーブルに置いた木の盆を持ってベッドに座った。するとキュアは俺の膝の上に座り、小さい口をぱかっと開いた。
「キュ〜」
「ふふ…。甘えん坊だなキュアは、可愛いからいいけどな」
 木の盆をベッドの上に置き、器を片手で持ちながらキュアの頭を撫でる。
 時間が経って冷めているので、火傷する恐れもないので木のスプーンを使いキュアの口へと運ぶ。もにゅもにゅと咀嚼をした後、ごくんと胃の中にガルーダの肉をおさめた。キュアはそのまま顔を上げて俺の顔を見ると、明るい表情を浮かべている。
「美味しいか?」
「キュゥ!」
 うん!と大きく頷くキュアに続いてシチューに沈めて汁を吸わせた黒パンを与えた。これもまたもにゅもにゅと咀嚼をしたあと飲み込み、美味しい!と一声あげた。キュアの食事は20分程で終わった。


「キュ…キュァ…」
 お、また寝言を言った。
 食事を済ませたキュアはベッドにごろんと横になり、そのまま寝てしまっていた。寝付くまでの間優しく撫でてやると安心したのか直ぐに夢の世界へと旅立った。
 キュアの寝息だけが聞こえる部屋で俺はすっかり暗くなった外を見上げる。夜空を彩るのは数々の星たちと、明るく夜を照らす月だ。


 その光景がどこか元いた世界と被るものがあり、胸に込み上げてくるものがある。鼻の奥がつん…と痛くなり涙が出そうになる所を抑えた。
 ここの世界は凄く楽しい。強くなりたいという俺の願いも叶うだろう───。願いが叶ったその後はどうなる?俺は元の世界には帰れるのか…?


 いや…やめよう。俺はこの世界で生きていくって昨日決めたばかりだ。深く考えるのやめておこう。
 憧れていた一人暮らし…ではあるが、見知らぬ土地で慣れないことばかりのこの環境は、俺が思っている以上に俺の精神にダメージを与えていたみたいだ。軽いホームシックになってるような気がする。


 考え出てきた負の感情を振り払うように頭を振る。そして頬を叩き気合いを入れ直す。大丈夫。二日しかまだ経っていない。あっちのことは考えずに。今出来ることを今すべきことを頑張ろう。


 重い腰を上げて、俺は食器類をエマさんに返しに行った。


 階段を降り、受付に居たエマさんに声がけをし食器を渡す。
「ご馳走様でした。明日も楽しみにしてますね!」
 悩みが表情に出ないように明るく振る舞う。
「はいよっ!。明日も腕によりをかけてお作りしますよ…っと」
 良かった、エマさんにバレずにすみそうだ。そのまま逃げるように階段を登ろうとすると
「リョウさん!…お節介かもしれないけどねぇ、良かったらこれ持っていきな」
「はい…?」
 そう言い手渡されたのは盆に乗せられた二つの木グラスだ。片方は湯気がたっていて温かいものだとわかる。もう一つは昨日散々飲んだエールだった。
「アンタも若いからねぇ。色々悩むことはあるんだろうからねぇ。あったかいのはハーブを使った果実酒だよ、心を落ち着かせる効果があってね…それともう一つは強めのエール。それ飲んで酔っ払ってさっさと寝ちまいなさい」
 そう言うエマさんはにっこりと、笑みを浮かべていた。
その優しさはいつの日か失われた母の優しさと同じで────
「ありがとうございます……エマ…さん…。す、すいません失礼します…」
 震えた声を隠せずに、俺は盆を持って部屋へと急いで戻った。


 部屋に戻り、直ぐに鍵をかけてベッドに腰をかける。木の盆を床に起き、頭を抱える。先程抑えていたものが溢れ出しそうだ。大きく深呼吸をして俺は息を整える。
「…キュ?…キュイ?キュ、キュッキュ?」
 ベッドに腰掛けた時の振動で起きてしまったのだろうか、キュアが俺の様子を見て心配そうにこちらに顔を向けている。
 震える手でゆっくりとキュアの頭を撫でてやるが、それでもキュアの表情は晴れず更に不安げに俺の目を見つめてくる。
「…こんなんじゃダメ…だよな。ごめんなキュア」
「キュウ…」
 俺は、エマさんから貰ったハーブの果実酒を手に取り、一口。


 初めて飲んだその果実酒は、ハーブの爽快な香りと強めのアルコールが感じられたが────どこか懐かしいような、優しい味がした。




「なぁんだか…、見てらんないような顔してたねぇ…」
「誰のこと言ってるのお母さん?」
 厨房で仕込みをしていた母がポツリと呟いた。
「いやねぇ、アンタと同じぐらいの男性のお客さん…ほら、カコの実持ってきた人がいたでしょう」
 カコの実を持ってきてくれたお客さん。先程珍しく母が食卓にカコの実を出していたので、どうしたのかと思いたずねたところお客さんに貰ったと言っていた。きっとその人の事かな。
「ああ…お母さんがえらく気に入ってた人?」
 何でも母はその男性から宿泊費意外に銅貨を貰っていたらしい。これからも世話になるから…と。最近の子にしてはできた子だと、かなり褒めていた。


「その人なんだけどねぇ…。なぁんだか食堂にいた時とは違う表情してて…母親心を動かされちまってね」
「ふ〜ん…お母さんがそんなに言うなんて。まぁ色々あるんでしょ」
 カコの実を頂いたことには感謝してるが、そこまで肩入れするつもりも必要も感じない私は、素っ気ない返事をして仕込みを済ませてしまう。
「…そうねぇ」
 納得がいっていないような顔をしている母も仕込みの続きを始めた。会った時にお礼と挨拶はしなきゃとは思ってるけど、それ以外は、ね。


 私は残っている仕込みをさっさと終わらせるために、作業速度を早めた。

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