俺、元日本人のガチ神だけどY◯uTuberになるね!

慈桜

第51話



 パープルレヴ、紫色の革命と名付けられた紫色の粉末は、瞬く間に米国全土に拡散した。

 摂取方法は多岐に渡り、直接飲んでもいいし、鼻から吸ってもいい、炙って気化させて吸い込むのも、水に溶かして血管に注入するでもなんでもござれだ。

 禁止薬物が一切使用されていない為、薬物売買に手を染める組織間に置いても合法的に大量の取引がなされ、従来の薬物では経験しえない、己が神になったかと錯覚するトリップとヘロイン依存から解放される特殊な薬効も相俟って、まるで津波のように広がったのだ。

 まさに大流行である。

 しかしパープルレヴには隠された秘密があった。

 一度に0.1gで1時間のトリップが推奨されているが、中には命知らずが1gをそのまま摂取する者も多くいた。
 後に全米で人生で最高の10時間と呼ばれる事となるトリップ方法だ。

 0.1gずつの摂取で1gに辿り着けば、安らかな10日間の後に漸く理解するトリップ後の自らの身体に起こる異変に関して、いち早く理解できたのは命知らずの若者二人組であった。

「あぁ……切れ目だ」

「けど、凄くスッキリしてる。薬物なんて必要なかった子供の頃に戻ったみたいだ」

「なんだろうな。もう見飽きた街だってのに、走り出したくなるぐらいにワクワクしてくる」

 ビルの屋上でパープルレヴのトリップを楽しんでいた20代前半の若者二人が、そのトリップから目覚めて街を見下ろしている。

 現実とトリップ状態の狭間で、何が現実で何が幻想かの区別を、必死に整理し始める頃合いで、ブルネットの髪に灰色の瞳の若者は呟いた。

「この夢のような時間から目覚めてしまえば、彼女とはもう会えないのかな?」

 その視線の先にはきっと何かが見えているのだろう。
 その言葉に即座に反応するのは金髪碧眼の若者だ。

「俺だって辛いよ。彼と折角友達になれたのに」

 彼が手を伸ばし、その手で何かを掴むと、彼は何もない空間に身を預けて寂しいよと呟く。

「そうだね。僕達はずっと一緒だ」

「俺も君のことは絶対に忘れない」

「「あっ」」

 側から見れば、幻覚剤でぶっ飛んだヤバイ奴らにしか見えないが、双方は何かに別れの挨拶を終わらせると、同時に気の抜けた声を漏らした。

 ブルネットの若者は、何かを悟ったように背中から白い天使のような翼を生やし、金髪の若者は全身に紫電を纏わせて顎が外れそうなぐらいに嬉しそうな笑みを浮かべる。

「ジェイ! 彼は僕だったんだ!」

「わかるよバリー! 彼女は僕だったんだ!」

 一人の若者は全身を雷に変えて夜の街に消え去り、一人の若者は摩天楼を悠々自適に飛び回った。

 その頃、とある麻薬組織のアジトでは、大量のピザを広げての食事会が開かれていた。

「いやぁ、姐御様々で大儲けですよ。そういやブラウンの奴が、右手が悪魔みたいになったって騒いでましたけど、それが超能力ってヤツですか?」

「正確には無数の魔物の因子と技能を風邪薬に溶かし込んで結晶化させただけ。トリップの仕組みは自身の構成が組み変わる苦痛を多幸感に変換したの。1gの摂取の後に発現する能力は、自身の苦痛を和らげる為に脳内で無意識にチョイスした魔物の因子をαとして、他の因子がβ因子として、αに帰結した結果。魔物の特徴の一部と能力を手に入れる事ができる」

「じゃあ、もっと大量に摂取するとどうなるんです?」

「一応は必要ないと本能が理解するようにはしてるけど、それでも更に摂取させると、より魔物に近い姿に変身する事が可能になるし、より強力になる……けど、魔物に主導権を握られてしまう可能性もあると本能的に理解しているから、1g以上の摂取は拒絶するタイプが多いはず」

 接待されているのはネモ、この場合はカラスちゃんと言うべきか。
 身長が2mにも差し掛かる金髪を短く切り揃えた白人男性が、カラスちゃんの空のグラスにせっせとコーラを注いでいる。

「じゃあ俺たちはパープルレヴを一通り捌いたらヘロイン売りに戻るしかないんですね」

「今のうちに荒稼ぎして、まともな仕事でもやってみたら? 薬物が手っ取り早いってのもわかるけど、パープルレヴがある限り、ヤク中は減り続けるわけだし」

「モンスターの因子が薬物を効かなくしてしまうってヤツですね。まともな仕事……と言っても他にも色々やってるんですが、やはり麻薬がメインなので大打撃ですよ」

 マフィアの親玉が、ピザを切り分けてカラスちゃんに次々と差し出して行く姿はシュールであるが、彼も、失礼、彼女もノリノリでピザを頬張るのだから凄まじい胆力である。

「ふーん、これんまっ、食ってみ。じゃあ神父さんとかやってみる? まぁ、信仰の対象は変えてもらうけど」

「うまい! 姐御はバジルが好きなんですね。と、私は元よりジーザスなんてクソ食らえですから、信仰もクソもありません。何より姐御がソレであると言うなら信じて疑いませんが」

「ふーん。じゃあこうしよう。俺が、じゃなくて私が預言者である新しい一神教を設立して、魔物の力を悪用する悪者退治をしよう! お前達は元マフィアだけど改心した俺教の神父! 今日も神の加護を悪用する不届き者を成敗!」

「カッコイイのはわかりますが、それをやっても経費ばかり掛かって金儲けにはならない気がしますが……」

 アレックスの言葉にカラスちゃんはノンノンノンと人差し指を揺らすと、悪巧みの打ち合わせに入った。

「そんなのは単純な話じゃん」


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 ニューヨークに突如として出現した東洋の刀剣、KATANAと翼を広げたカラスをシンボルを掲げる怪しげな教会がある。

 9.9割がアブラハム系教徒と言っても過言ではないこの国に於いて、見た事も聞いた事もない宗教は異教の他ならず、住民達はカルト教団が誕生してしまったのではと戦々恐々としていた。

「素晴らしいですね姐御。かつてこんなにも神聖な空気を感じる教会など存在しなかったでしょう」

 地に立てた刀の柄に両翼を広げたカラスが止まる、皮肉の効いたレイブンクロスを背負う真っ白な神父服に身を包んだアレックスは教会のステンドグラスから溢れる虹色の光に照らされるカラスちゃんをモチーフにした石像を仰ぐ。

「はいはい。お前らかなり手間かかってるんだから、キッチリ働いてこいよ」

「勿論ですとも。全ては預言者レイブン様の御心のままに」

 アレックスは腰に佩いた日本刀を器用に寝かせて片膝をつくが、カラスちゃんは手をぷらぷらとさせながらにその動作を無視する。

「はいはい、わかったからさっさと行く。賞金首はパラドックスが見つけてくれる。龍人化した時は周囲を巻き込まないように気をつけろ。聖書とかの使い方は……まぁ、いいや。お前らの活躍を期待する」

 その言葉と共にアレックスを含む、顔面凶器のマフィア達が、白い神父服を纏ったままに教会から飛び出して行く。

 アレックスの仕事っぷりを見てみよう。

 日本では未だに先島諸島での睨み合いが続いている最中、アレックス達がパープルレヴを全米にばら撒いてから既に7日の時が過ぎようとしている今日この頃、拡散の拠点となったニューヨークでは大混乱が起こっていた。

 それはパープルレヴによって能力を発現させた者達が、その能力を利用して犯罪に手を染めているのが原因に他ならない。

「さて巫女様。俺の敵は何処にいるのかな?」

『目の前で銀行強盗をしてるビリビリ電撃青年が見えませんか?』

「龍人化してないと無理でしょうよ。抜刀するぞ」

『抜刀を許可します』

 アレックスが腰に佩いた日本刀のガジェットがパラドックスの合図と共に回転すると、ロックが解除され抜刀が可能となる。
 アレックスはニタァと悪い笑みを浮かべて抜刀すると、その紅い刀身が露わになると同時に、アレックスのその瞳の虹彩は赤色に染まり、瞳孔が爬虫類のように縦スリットに変わる。

 変化はそれだけでは終わらない。

 刀を構えると、紅い煙のような妖気を身に纏い、その額からは黒曜のような漆黒の角が、天を穿つように伸びる。

 鹿の角のようにも見えるが、それは更に鋭く、より凶悪に感じるのだから不思議である。

 ドミノ倒しのように皮膚が蠢き、全身から首に掛けて紅い龍の鱗に覆われるが、もみあげと顎を守るように展開されたまま、顔はそのまま残っているが、犬歯が獣のように鋭く伸びる。

「あぁ、落ち着く」

『言ってる場合ですか、逃しますよ』

「そんなはずはない」

 全身を紫電に変換していた青年が銀行から飛び出すや否や、何かに躓いたかのようにバランスを崩し、タクシーのフロントガラスを突き破ったままに意識を失う。

『やりすぎです』

「ちょっと足を引っ掛けただけだ……』

 ゆっくりと歩み寄り、痙攣を起こしている青年をタクシーから引っこ抜くと、なんら躊躇いなく刀を振り下ろす。

 その動作に周囲の人間は息を飲み小さな悲鳴をあげるが、青年からは血が噴き出るでもなく、確かにその身を斬り裂かれたはずであるのに、カランと音を立てて転がったのは紫色のビー玉のような石だけである。

「あぁ、やめてください、彼は僕なんです」

「その気持ちはわかるが、神のご加護を悪事に使ってはいけないだろう?」

 アレックスは右手で石を拾い上げ、左手を宙に翳す。

「我、主の御心に叛く悪しき種を狩る敬虔なる龍の使徒なり。悪しき種を封じ、正義執行の加護とす。聖書の召喚を願いたい」

 その言葉と共に、その手には一冊の古びた本が現れる。
 何の事は無く、本に施された転移石とアレックスの指輪の転移石が【聖書の召喚】をワードに入れ替わるだけなのだが、彼は台本に忠実である。

 本を開き魔石をそっと沈めると、白紙の頁にズブズブと飲み込まれ、青年がその身に宿していた魔物の姿が浮かび上がる。

「君の化身はこれより、加護を悪事に使う者を捕らえる為に我々レイヴン教の力となる。君が改心したならば、彼は君に返すと約束しよう」

「あぁ……あぁぁぁぁ! 僕なのに! 彼は僕なのに!」

 青年はおかしくなってしまっているが、アレックスはそっと目を瞑り祈りを捧げて野次馬に振り返る。

「我らがレイヴン教には、現世に舞い降りた預言者様がおられる! 渡鴉が力を与えられ、人の悲しみに触れてしまったが故に七日泣き続けては加護の雫を無数に落とし、本来は敬虔なる信徒に授けられるはずであった奇跡は悪人により薬物と偽り世に配られた! これに嘆いた預言者様は我ら守護龍人を創られた後に人化なされ、有難きお言葉を下すった! 世を乱す神を僭称する悪魔に鉄槌を降せ! 加護を正しき心の持ち主に授けるのだと!! 」

 その演説は各地で行われた。
 力を悪用する者たちをバッタバッタとなぎ倒してはその力を奪い、油ハム、失礼、アブラハム系宗教、つまり神より人類救済の最初の預言者とされる系譜、唯一神より祝福を賜る最後の預言者が存在すると吹聴して回ったのだ。

「こうやって俺だけど俺じゃない神へのお祈り吸い上げシステムを置いておけば、直接煩わされることもなく、好き勝手に神力を補充できる」

『おかしいですね。私は計算に極振りしているはずなのですが、悪知恵だけはヤタ様に叶いません』

 その裏で北叟笑んでいるロリメスに化けた悪い奴がいる事など知らずに、命を救われた者や、人種差別に苦しむ者は、この新たな宗派に傾倒して行く。

 ロリメスの一文字で気がついたかもしれないが、ヤタはレイヴン教の預言者レイヴンを名乗る際はカラスちゃんの姿では無く、黒髪の幼女の姿を使っているのだ。

 より神秘的に、より真実味を増す為に。

「ああ、レイヴン様、祈りを捧げることをお許しください」

「許します。あなたは祈りにより清められるでしょう」

 杖をついた老婆が無理に膝立ちをしながらに祈りを捧げた老婆をそっと抱きしめ、老婆の体の不調の全てを取り除き、杖の必要のない体に仕上げると、慈愛の笑みを浮かべながらに優しく呟いた。

「龍人達も元は人を傷付けるマフィアでした。そして私も黒いからと忌み嫌われる鴉でした。しかし主は私に祝福と預言を授け、私に白い翼をお与えになった」

 そう言って見せるのは神力で構成した虹色の油膜のような光を放つ美しき翼である。

「翼に包まれしあなたは清められし存在、もう何も恐れる事はありません。あなたのその祈りが、あなたが正しいと応えてくれています」

 茶番である。
 ただひたすらに茶番。
 しかし、レイヴンの言葉に救われた者は神に祈り、そしてレイヴンに祈る。

「レイヴン様、これは献金です。どうかお納め下さい」

「困ります。ですが、身を削る想いを無碍にする訳にも参りません」

 献金を手ずから渡そうとする老婆に首を振り、巨大な黄金の聖杯を創り上げては其処へ入れるように促す。

「この聖杯に満ちる願いを、私の短い命の限りに叶えましょう」

「そんな……レイヴン様、短い命などと仰らないでください」

「しかし私に為すべき救済は、渡鴉程度の寿命があれば十分だとして与えられたもの。正しく加護を与え、祈りに応えた後は、カラスとして土に還る宿命なのです」

「ああレイヴン様、こんなに小さなお姿であるのになんとおいたわしや」

「あなたのその優しさに主のご加護があらん事を」

 翼で老婆を抱き寄せたヤタの笑顔の悪そうな事悪そうな事。

 振り返ればアレックス達に、そんなのは簡単な話だと説いた先の言葉に全てが集約されていたのだと、今になって理解できる。

『宗教は金になる。そりゃヤクを売るのもアホらしくなるほどにな!』

 あの一瞬でここまでの絵図を描いていたとは、神の風上にも置けない者であるのは間違いない。



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