錬成七剣神(セブンスソード)

奏せいや

始まりの場所3

「少数の単位には虚空がある。刹那せつなの百分の一であり最小に近い単位だ。だが、そこが極点ではない。さらに極めれば清浄しょうじょう阿頼耶あらや阿魔あま、そして、速度において到達点であり無の極地となる最少の頂がある」

 グレゴリウスは高揚のない、抑えた声で魔来名まきなに論ずる。先駆者としての教示として、魔来名まきなに伝える。

「それが涅槃ねはん寂静じゃくじょう。時間という概念が意味を失くし、無となる。その境地を涅槃寂静と呼ぶ。そこに達した者は速度に捉われることなく、無を闊歩かっぽする」

「……零秒行動か」

「然りだ」

 魔来名まきなはグレゴリウスの説明で理解に達し、何故自分が斬られたのかを納得した。

 涅槃寂静。魔卿まきょう騎士団において速度の極地をそう呼んでいる。それは端的に言えば零秒行動。

 読んで字の如く、零秒で行動出来る能力のことだ。止まった時の中で行動することにより、己以外の全てが止まっている。

 止まっているのだからそこに遅い速いはなく、全てが等しく停止している。

 魔来名まきなは今一度天黒魔あくまを握る手に力を入れる。目の前に立つ男が強大であり自分の技が利かないことも分かった。だが、諦めるにはまだ早い。

 魔来名まきなは少しずつ間合いを近づけていく。それに合わせ、グレゴリウスも歩き出した。

 じりじりとにじり寄る魔来名まきなに対しグレゴリウスは普通に歩き、魔来名まきなは慌てて足を止める。

 けれどグレゴリウスは立ち止まらず、すぐに二人は接近、剣を振れば当たるという距離にまで近づいていた。

(舐めるな!)

 躊躇いも迷いもなく、魔来名まきなは一閃する。間合いに入ってしまえば勝機はある。

 絶対命中、因果律による確定事項。速度や量もこれには意味がない。しかし!

 魔来名まきなが振るう一撃、天黒魔の刀身が防がれていた。グレゴリウスは魔力で編まれた赤い剣で悠々と受け凌いでいる。

「因果律の操作で私が倒せると思ったか、魔来名まきな

 魔来名(まきな)の胸中を見抜いたかのように、グレゴリウスは疑問を差す。

「因果律の操作は神の領域ではあるが、それに抗うことは出来る」

「支配耐性……」

 魔来名まきなとグレゴリウスの間で鍔迫り合いが行われる。グレゴリウスは片手であるが、しかし魔来名まきなを押し始める。魔来名まきなは両手で対抗するが、斬られた傷に押し返せるだけの力が出せない。

 そこへグレゴリウスはさらに力を入れて魔来名まきなを弾く。魔来名まきなは地面を転がるもなんとか起き上がり、膝を付いた体勢でグレゴリウスを見上げた。

 目の先に立つ、魔卿まきょう騎士団団長。その圧倒的な力。倒すどころか一撃を入れる隙もなく、男は悠然と立ち続ける。

「覚えておけ魔来名まきな。ゼクシズに加わる者として、時間軸の超越と全能への支配耐性は必須だ。それが出来なければ、奴らとは渡り合えん」

 それだけを言うとグレゴリウスは魔来名まきなに手を翳す。すると魔来名まきなが座っている位置に小さな魔法陣が描かれ、魔来名まきなを包むように淡い赤色で発光した。

「完全体となれ、魔来名まきな。その時、もう一度ここに来い」

 魔法陣から迸る光の奔流は魔来名まきなを覆い尽くし、魔来名まきなは光に呑まれていった。

 そして、気が付くと魔来名(まきな)がいる場所は水門みなと市中心部、企業本社ビルの裏側だった。上空に夕日はなくなりすっかり夜へと変わっている。

 魔来名まきなは地上に追い出されたのだとすぐさま理解する。そして、今のままではどうあっても勝てないことも。

 これからどうするかを考えるが、先に天黒魔あくまを納刀する。鞘は治神ちしん織姫おりひめであり、魔来名まきなは斬られた傷を回復する。傷を癒した後、今後のことを考えた。

 グレゴリウスを倒すためには今よりも強くならなければならない。しかし、強くなるためには――

「…………」

 黙考は続く。長考は終わらず、すぐに答えは出せなかった。

 魔来名まきなは迷っていた。今までなら、本来なら、迷うことなどないはずなのに。

「クソッ」

 忌々しく吐き捨てる。何故こんな簡単なことに迷うのか、そんな自分が情けなく恨めしい。

 魔来名まきなは視線を下げる。そこには己が握り締める天黒魔あくまと、千羽鶴を垂らして揺れている一つの鞘があった。

「……フン!」

 答えは出ない。ただ苛立たしい感情だけが胸中を揺さぶる。

 だが、魔来名まきなは歩き出した。はっきりとした答えはまだ出ていない。だが、どちらにしても会わねばならないだろう。魔来名まきなは行かなくてはならない。

 彼の元へ。

 そして対峙するのだ。

 六十年越しの宿命の戦いへと。 

 錬成七剣神セブンスソード。その終決と完成が、すぐそこまで差し迫っていた。

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