対決4

　日向ひなたから放たれた一言に此方こなたの勢いが完全に砕かれた。あれほど漲っていた闘志がみるみるとなくなっていく。

　戦意を喪失した此方こなたを見て日向ひなたも目線を下げる。自分の姉がどんな気持ちかを思えば、これ以上何も言えないに違いない。聖治も戦いが終わってくれるならそれでよかった。

「私はね、お姉ちゃん……」

　すると、足元を見ながら日向ひなたが喋り出した。それに合わせ、此方こなたが顔を上げる。

「お姉ちゃんに、感謝してたんだよ」

「それは私だって！」

「私を守ろうと一生懸命で、嬉しかった。でもね、正直、辛かった……」

「え？」

　日向ひなたは両手を合わせ、その手は震えていた。

　此方こなたは日向ひなたから告白された内容に、驚きが口から出ていた。

「お姉ちゃんは、私のために頑張ってる。だけど、私は何もしてあげられない。私は、お姉ちゃんが傷ついてまで守るほどの人間じゃない。私のために頑張る姿を見る度、何も出来ない自分が嫌いで、嫌で、仕方がなかった……！」

　過去から今に至るまでの姉の行動に思いを馳せ感極まったのか、日向ひなたは涙を零した。

「セブンスソードが始まって、本当に殺し合いになって。そんな状況なのに、私は結局力になれない。どうしてもお姉ちゃんのようにはなれない。それどころか、足手まといになってる……。わ、私は！」　

　日向ひなたは顔を上げ此方こなたを見つめた。勢いに涙が宙に飛ぶ。

「お姉ちゃんが死ぬまで、足手まといなんて嫌なの！　そんな自分が、私には許せない！」

　姉から受ける愛が大きければ大きいほど、同時に大きくなる自己嫌悪。返すことが出来ない愛の代償行為は負債となって心に堪り続け、圧し潰してくる。

　日向ひなたは優しい子だ。だからこそ負担は大きかったのだろう。死にたくない。だけど助けたい。同時に存在する願望に板挟みにされ、苦しんできた。

「お姉ちゃんは、決して止めたりしない。それは、私が一番知ってる。だから……」

　板挟みの責苦からはみ出た第三の選択肢。それを、日向ひなたは言い出した。まるで、それが最善のように。

「私は、いない方がいいの……」

「嘘だろ！？」

「止めて日向ひなた！」

　聖治と此方こなたが同時に叫ぶ。だが、日向ひなたの表情は変わらず、黒ずんだ瞳が闇夜に浮かんでいた。

　そして、片手を虚空に翳した。

「来てください……」

　日向ひなたは絶望に染まった声で、自罰の凶器を呼びかける。

「聖王剣せいおうけん、ミリオット……」

　瞬間、夜を照らすほどの光源が現れた。地上には光が満ち溢れ影が退く。闇が取り払われ、全てはその剣の前に明るみにされた。

　聖王剣せいおうけんミリオット。聖治の持つ神剣しんけんゼウシスが黄金の剣ならば、これは白銀の剣。純白の柄と鍔にプラチナの刀身。

　まるで人々の祈りと願いが形になったような、純真で神聖なスパーダだった。

「これは、仕方がないんだよ……」

　なのに、そう言って日向ひなたはスパーダを両手で握り締め、剣先を、自分の胸に当てた。

「止めろぉおお！」

　聖治はエンデュラスの高速移動で日向ひなたに接近しようと握り締める。

「動かないで！　ください。少しでも動いたら、胸を突きます！」

　だが、それを見咎めた日向ひなたが牽制してくる。聖治は動くに動けず、悔しさに声が漏れた。

「ねえ！　もうお願いだから、剣を置いてよ日向ひなたぁあ！」

　此方こなたの泣き声が響き渡った。こんな光景を見ているだけで胸を圧し潰されそうな痛みを受けている。日向ひなたが死ぬかもしれないという状況が、何よりも此方こなたを苦しめていた。

　だけど、日向ひなたは言った。

「お姉ちゃんは誤解してる！　私は、お姉ちゃんが思ってるような妹じゃない！　救われたのは私の方なの！　私は、お姉ちゃんを利用したのよ！　怖くて仕方がなかったから、身近にいたお姉ちゃんに近寄って、それで、助けて欲しかっただけ。本当は！　本当、は……！」

　日向ひなたは声が詰まり、そこで言葉が止まった。けれど、すぐに絞り出すようにして、言葉を続けた。

「いやな、子だよ……」