犠牲1

　そこには誰もいなかった。さっきまであんなにもいた人がいつの間にか消えている。それどころか車の一台も通らない。街は光を残したまま、人間だけが取り払われたようにいなくなっていた。

「お姉ちゃん！？」

「大丈夫……！」

　この事態に不安を覚えた日向ひなたは此方こなたに抱き付いている。此方こなたも日向ひなたを受け止め、厳しい目つきで辺りを見渡していた。

「だ、大丈夫かなあ～……」

「これって、偶然、じゃないよな？」

「そうならいいが……。みんな、気を付けてくれ！」

　聖治たちを除いて無人の街が見下ろしてくる。薄闇と静かな雰囲気がさらに不気味さを増す。

　聖治たちは円陣を組み周囲を睨み付けた。緊張が高まる。

　また、魔卿まきょう騎士団が攻めて来たのか？　昨日の謎の男を思い出す。

　その時だった。無音に近いこの場で足音が聞こえ始めたのだ。それは正面からであり、同時に視界に人影が映る。

　遠くから近づいてくる人影が鮮明になるにつれ足音も大きくなり、その人物は距離を置いて足を止めた。

　その男は、誰もが見惚れるほど美しかった。輝く頭髪が夜空の下で金色に燃え上がり、切れ長の瞳がこちらを真っ直ぐに見つめている。

　一目で分かる美貌。純白のロングコートは前が開かれており裾が夜風に靡いている。

　露出の少ない服装から覗く肌は陶磁のように白く、高身長の出で立ちは外国人のモデルを思わせた。

　だが、この男は危険だと一目で分かる。

　氷のような瞳が、じっと聖治たちを見つめていた。切れ長の双眸から放たれる視線は刃物のようで冷気すら纏っているようだ。

　さらには、左手に日本刀が握られていたのだ。

（まさか、こいつが……）

　聖治は理解した。香織かおりさんが見ただけで分かると言っていた意味が今なら分かる。

　こいつが魔堂まどう魔来名まきな。この男こそが団長として作られたホムンクルス。あの槍男たちを従え頂点に立つ男。そう思わせる風格が魔来名まきなには備わっていた。

　聖治たちと魔来名まきなで無言のにらみ合いが続く。

　その時だった。香織かおりさんが慌てて聖治たちの間に入り、魔堂まどう魔来名まきなの前に立ったのだ。

「ねえ！」

　香織かおりさんは魔堂まどう魔来名まきなに対して、不安と期待が織り交ざった声をかけていた。

「私のこと、分かる……？」

　恐る恐る香織かおりさんは口を開く。その声には恐れの色もあるが、それ以上に願いや希望が込められていた。

　足はゆっくりと動き出し徐々にだが近づいていく。そして、魔堂まどう魔来名まきなの目の前にまで近寄った。相手を見上げ、さらに手を伸ばす。

「あなたは――」

　香織かおりさんは魔来名まきなに手を伸ばす。どんな理由があってかは分からない。危険なはずなのに、けれど手を伸ばし続ける。

「昔を――」

　しかし、手を伸ばす香織かおりさんの動きが突如止まった。魔来名まきなは抜刀し香織かおりさんの鳩尾に柄の底で打突したのだ！

「がはっ！」

　あまりの早業に回避どころか防御も取れず、香織かおりさんはその場にしゃがんでしまう。激しくせき込み、打たれた箇所を片手で押さえている。

　そこへ、魔来名まきなは刀を引き抜き右手を振り上げた。

「まずは、一人目だ」

　冷徹な眼光で香織かおりさんを見下ろし、重圧感のある声でそう言った。

　殺す気だ。

「止めろー！」

　膨れ上がった危機感が弾ける。聖治は右手にスパーダを瞬時に取り出し駆け出した。魔来名まきなが振り下ろした刀を防ぐ。

　夜空の街に剣と刀の火花が散った。聖治と魔来名まきなは鍔迫り合いで睨み合う。

　その間に星都せいとと力也りきやが香織かおりさんを抱き起し離れて行った。

　香織かおりさんは今も胸を押さえせき込んでいる。とてもじゃないが喋れる状態じゃない。

　聖治は躊躇いもなく刀を振るう魔来名まきなを睨んだ。まさかこうも躊躇いもなく人を斬ろうとするとは。