異世界転移〜イージーモードには棘がある〜 

夕張 タツト

二十二話

 「セレナ。なんであんなこと言ったの?」
 私は詰問する。  
 脳裏には危険も顧みず、ただ一目散にセレナの救出に駆け出すハヤトが写る。


 「なんでって。私は冒険者として当然のことを言ったまでで…」


 私はセレナの頬を打った。


 「…何をする?」
 セレナは不思議と怒ってはいないようだ。


 「ハヤトはいつも言ってた。セレナはすごいって。何の取り柄もない俺の面倒を見てくれる。狩りに出てもいつも気遣ってくれる。命を何度も救われたって」


 「それは冒険者として当たり前…」


 「だ・か・ら、またそうやって本心を言わないでしょ!」


 レイラはとっくの昔から気づいている。
 セレナもハヤトに恋している。
 だが、ハヤトには全く伝わっっていない。
 それは何故か?
 セレナは優秀な冒険者としてあり続けた。
 特に、ハヤトの前では気を抜かず、魔物から人々を守るヒーローとしてあり続けた。
 ハヤトはその姿に憧れを抱いているように思えた。


 「少しは本音で話してみたら?リンもそう言ってたよ」


 「…分かった」


 セレナは歩き出す。
 レイラは自分で焼いたお節介に辟易へきへきした。


 「これで二人がくっついたらどうしよ?」


 恋する乙女は板挟みである。






 「ハヤト、少しいいか?」


 俺が柵の前で見張りに立っていると、セレナさんがやってきた。
 俺は顔を背けたままうなずく。
 できることなら逃げ出してしまいたいが、ここはちゃんと向き合わなければならないだろう。
 俺の行動は勝手だった。
 自身の命の覚悟はしていた。
 この世界で骨を埋めることも当たり前だと思っていた。
 でも、仲間の死は考えるだけでもダメだ。
 覚悟は決まっいたというのは傲慢だった。
 何も失う覚悟はできちゃいなかった。


 ここは素直に自分の弱さを認めよう。
 セレナさんはそういった強さも持ち合わせているのだろう。


 「あ、あの、セレナさん…」


 「ハヤト、すまなかった」


 え?
 「えーと、謝るのは俺の方では?」


 「何故だ?」


 「いや、確かに俺の行動は無謀でギルドにとっても無益な行動であった気がします」


 「ホントにそう思っているのか?」


 「それは…」


 「私は確かにお前のとった行動に注意をした。だがな、そ、その、あの時、助けに来てくれたことは素直に嬉しかった」


 ハヤトは口を閉ざす。
 目標としていた者から掛けられる言葉の重みを今、彼は受け止めている。
 ヒーローになりたい。
 心のどこかで漠然と思っていたことが否定されず、自分の行動が、勇気が人を救ったことに止めどなく喜びが湧いてきている。


 「セレナさん、俺も嬉しいです。セレナさんがいてくれて、こうして褒めてくれて、俺、嬉しいです」


 理路整然とした会話ではない。
 たぶん、二人とも想いの半分も伝えきれていないだろう。
 それでも、二人は満足していた。
 素直になることができたセレナ。
 理想の自分に近づけたハヤト。


 二人の表情はどこまでも晴れやかなものだった。






 「おいっ、ハヤト!なんか策は思いついたか?」
 ピクニックに来た恋人のようにセレナと二人、のんびりとした時間を過ごしていたハヤトはカルバの怒声で現実に戻される。


 「いえ、まだ何も…」


 「…そうか。あと、もって2日あるかどうかだ。もし、このままだったら最悪、撤退だ。俺らの面目は丸つぶれ。違約金で大枚を請求され、借金だけが残っちまう」


 「…そうなんですか」
 めっちゃ生々しいな、おい。


 「ちなみに、そうなったらどの位かかるんんですか?」


 「うーん、金板四、五十枚じゃねえか」


 今の俺の貯蓄は銀板二枚。
 金板一枚は銀板百枚分だ。


 終わったな。


 よーし、全力でなにか策を出さないと。
 全世界での知識をフル活用して…。


 …なぁあんにも浮かばない。
 まじ、どうしよう?


 「とりあえず、ダンジョンボスを倒せば良いんですよね?」


 「まぁ、そうだな」


 となると、クライダーは大型クモとみなして考えてみることにする。恐らくダンジョンボスはメス。
 だから何って話だけどな。


 他にクモの特性は…。


 あっ、これならイケるかも。


 「あの、たぶん、クライダーはほとんど目が見えていません」


 「どういうことだ?あいつらはちゃんと俺たちを認識して襲ってきたじゃねえか」


 「それはおそらく足音です。クライダーは地面の振動を感知して獲物の居所を掴んでいると思われます」


 「そうか。でも、それでどうするのだ?」
 セレナは肝心の討伐の策がご所望であるようだ。


 「風の魔法で歩行時に振動は消せますか?」


 「風ではなく、土の魔法ならばできるかもしれない」
 セレナはその場で風の魔法を操り、実践してみせる。
 俺たちが認識する限り、足音も聞こえず、地面に手を当てても振動は感じられない。
 これなら大丈夫だろう。


 「それで、どうするのだ?」
 ハヤトとカルバの周りを歩きながらセレナが問う。


 「これで、ダンジョンボスの喉元まで行きます」


 「危険過ぎないか?」


 「元より、危険は覚悟の上では?」


 どこかシニカルな笑顔を浮かべ、ハヤトはセレナを見つめる。


 「そうだったな」


 セレナも負けじと余裕のある笑みを返す。


 「でだ、結局どうするんだ?」


 いつの間にか置いてけぼりになりそうだったカルバが口を挟む。


 「後は簡単です。これを使って動きを止めてタコ殴りにするだけです」


 そう言ってハヤトが指差す先には。


 「クライダーの糸か」


 ぽつり、とセレナが呟き、考え込む。


 「待て、私が見たのがダンジョンボスなら動きを止めるほどの糸を用意できるとは思えない」


 セレナは自身が見たクライダーの大きさを力説する。
 体長、十メートルは超えているだろうか。


 「セレナさん、動きを止めるには足を縛ればいいんんです。それほど糸は必要ありません」


 「足だけと言ってもかなり長さが必要ではないか?」


 「あぁ、足は二本ずつ縛るんです。クライダーは見たところ八本ある足のうち、前後左右の二本ずつを一塊として交互に動かしているんです。だから、その対となる二本を抑えれば…」


 「動けないと?」


 「そういうことです」


 動物や昆虫は決まった動きができなくなると途端にその運動能力の大半が失われる。
 人も腕と足を交互に出して進むことを強要されれば、歩きづらいし、まして走ることなど不可能に近いだろう。


 「よし、分かった。やってみようじゃねえか」


 カルバがハヤトの打開策を支持し、準備にかかるべく、動き出す。


 作戦遂行には最低でも四人いる。
 自分で考えついたものだが、かなり危険だ。


 周りの小さなクライダーを倒してからいけよ、と思うかもしれないが、クライダーは分布が均一になるように行動していると思われる。
 つまり、倒した端から新たな自身の住処として別のクライダーが押し寄せる。
 もっというと、クライダーは肉食性。
 仲間の死肉も食べる。
 下手に殺したまま放置するといつの間にか囲まれていた、なんて事にもなりかねない。


 こうして、特攻精神を大いに発揮したハヤトの作戦は苦肉の策と呼ぶにふさわしいものかもしれない。


 問題は人員だ。
 作戦を聞く限り、死に行くようなものだと思われる。
 それに、ダンジョンボスにはセレナさんを始めとする選りすぐりの先遣隊が壊滅に追い込まれたのだ。
 冒険者といえど、命が惜しい者は五万といる。


 ハヤトは自分も含め、あと三人をどうするかで頭を悩ませる。


 「ハヤト、あと二人はどうするんだ?」


 セレナはハヤトの横に立ち、問いかける。
 彼女はすでにこの作戦に臨むつもりでいた。
 ハヤトはセレナの目を見て、説得は諦めることにする。


 「よく、こんな作戦に付いていきますね。セレナさんってもしかしてマゾだったんですか?」


 「マゾ?はよくわからんが、これはお前が考えた作戦だからな。万に一つも失敗はないだろう」


 「いや、かなり推測を含み、かつ捨て身の案ですよ」


 「それでもだ。成功するんだろ?」


 「!そうですね。成功します。いや、させます」


 「なら、あとはメンバーだな」


 「…そうですね」




 「ハヤトっ!なんかダンジョンボス倒しに行くんだって?私も行くよ!」
 横からひょっこり現れたレイラは開口一番、作戦参加を表明する。


 「危ないぞ?」


 「知ってるよ」


 あっけらかんとした口調でレイラは肯定する。
 だが、その顔はやはり緊張を含んでいるように思われる。


 「レイラ、やっぱり止め…」


 「ハヤト、俺も参加するぜ!」


 俺の後ろから不意に声がかかる。


 「ケビンか。ビルは無事か?」


 「ああ、大したことないってよ」。それより、ダンジョンボスを倒しに行くんだろ」


 「そうだが…」


 「周りの奴らは命が惜しいってやらないみたいだからさっ。ハヤトの出した作戦なんだろ?なら、必勝じゃねえか」


 ははっ、とケビンは臆病な冒険者たちを笑い飛ばす。


 「そんなに信用されると怖いよ」


 俺は正直なところ、この作戦の成功率は低いと思っている。
 動きを止めるとはいってもいつまでも持つものではない。
 なにより、仮に仕留めたとしても周りはクライダーだらけだろう。
 生還できるかわからない。
 ダンジョンボスを探し当て、狩ることが目標であるから香水は持っていけない。
 踏み込むのは文字通りの死地。


 「それでも、行くのか、ケビン」


 「おうよ、お前には一度救われたからな。ここらで一度借りを返しておくぜ」


 「そうか」


 思わず、顔がほころぶ。
 冒険者になってから全くと言っていいほど顔を合わせていないが、それでも養成所時代の絆はつながっているらしい。


 「じゃ、この四人でい…」


 「俺を入れて全部で五人だな」


 「カルバさん?」


 巨大な斧を持ったカルバが仁王立ちしている。


 「お前たちだけだと不安だしな。それに周りに雑魚どもは俺が一掃してやるからよ」


 そういって斧を振りかざし、頼もしいセリフをはく。


 俺たちは誰一人、失敗を疑わなかった。


 


 


 


 

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品