異世界転移〜イージーモードには棘がある〜 

夕張 タツト

二十一話

 目が覚める。
 途中で起こされなかった事から特に重大時には至ってないだろう。
 隣にはレイラのみ。
 セレナさんはすでに活動しているようだ。
 体を伸ばし、大きく息を吸い込む。


 「クッッッサ!!」
 辺りは臭いに満ちていた。
 ここの香水にみられる鼻の奥まで突っ込んでくる臭いだ。
 俺は未だ寝息を立てるレイラを置いて、セレナさんを探しに出る。
 鼻はつまんでおいた。


 程なくして見つかった。
 セレナさんはカルバさんと話し込んでいる。


 「セレナさん、カルバさん、おはようございます!」
 このギルドはいつでもどこでも挨拶は「おはようございます」だ。


 「ハヤトか、丁度良いところに来た。まぁ、昨日はセレナを救ってくれてありがとよ。でだ、いま香水をばら撒いて足止めしているわけだが…」
 それは臭いで分かります。
 セレナさんは一瞬、なにか言いたげだったようだが、口はつぐんだままだ。
 「香水ももう在庫はない。街から持って来てはいるが、なにか打開策がないと金が吹っ飛ぶ」
 やはり、というべきかこの世界でもオシャレ用品は割高だ。
 俺は前の世界ではユ○クロ等の安い物ばかり着ていたが、それでも金がかかる。
 ほんと、やめて欲しい。
 閑話休題。


 「ハヤト、なにか打開策はないか?」
 「打開策、ですか?」
 「そうだ、お前なら何かしらの知恵があるかと思ってな」


 打開策ねぇ。
 香水にやつもスパイダー○ニックという映画からのパクリだし。
 あれ、最後はガスかなんか使って全部燃やしてたけど。
 ここじゃ無理だし。
 どうしよう?


 「すいません、まだ思いつきません。もう少し時間いただけますか?」
 「そうだな、なにか思いついたら言ってくれ」
 「分かりました」


 俺はカルバさんの元を辞す。
 セレナさんも話は終わったのか俺の後に続く。
 左に並んだ。


 「ハヤト、昨日はありがとう」
 「それは何度も聞きました。セレナさんを助けるのは当たり前じゃないですか」
 俺は未だ沈んでいるように見えるセレナさんが気を使わないように心がける。
 うん、俺は今とても紳士的だ。


 「でもな、ハヤト」
 セレナの口調は鋭い。
 「お前の判断は間違っている。例え、香水の秘策があったとしてもあの時は私を見捨てるべきだった」
 「……」
 「お前は勇敢だ。でも身を捨てる真似はよせ。私は…」


 「なんですか、それは。俺はただ…」
 「分かっている。仲間を見捨てるのは辛いかもしれないが…」


 「違う!!」
 俺は叫ぶ。
 この世界に来て、ヒーローになれると思っていたのは俺の間違いらしい。








 目を覚ます。
 周りに誰もいない。
 ハヤトもセレナもすでに起きているようだ。
 昨日の疲れも幾分とれ、私は背伸びし、大きく深呼吸する。


 「クッッッサ!!」
 私はどうやっても香水の臭いは好きになれそうにない。


 軽く身だしなみを整え、ハヤトを探しに行くことにする。
 汗でベタつく肌が気持ち悪い。
 水を生成し、顔だけ洗う。
 鼻をつまみ、歩き出す。
 たぶん、セレナの所にでもいるのだろう。




 見つかった。
 案の定、セレナといる。
 どこか、神妙な二人の顔に違和感を感じる。


 ふと、レイラは思い至る。
 昨日、セレナは命の危機を救ってもらった。
 それは図らずも、レイラが恋心を意識した状況と同じであった。
 ハヤトとは前々からどこか気があった。
 それはセレナも同じのはず。
 そして、あの時。恋に落ちた。
 それもセレナは同じだったら?


 レイラは焦る。
 自分にはまだ勇気がない。
 何より、ひたむきに頑張っているハヤトに自分はまだ肩を並べて歩けない。
 でも、セレナは違う。
 セレナは英雄だ。
 彼女も剣一本、血の滲む努力の末、今の場所にいる。


 二人が話し始めた。
 私はそっと耳をすます。


 内容は私の想像とは異なった。
 でも、心中穏やかではない。






 


 「違う!!」


 「なにがだ?」
 セレナは困惑する。
 自分は師として、正しい冒険者のあり方を言っているまでだ。


 「俺はセレナさんを助けたかった。あなたを失うのが怖かった。だから助けた」
 「だから、それが間違っていると…」


 「セレナ!!」
 「っ!!」


 「セレナは俺に剣の扱い方も冒険者のノウハウも教えてくれた。何より、セレナと出会わなければ俺は野垂れ死んでいたかもしれない。でもっ、俺だって成長してるんだ。セレナ一人救えないほど弱くも情けなくもない!!」
 俺は感情を抑えきれなかった。
 昨日の不安を裏返したかのように揺れ動く。
 俺はその場を去る。
 セレナさんは追いかけてこない。
 複数の感情が覆い被さる。
 これは怒りでもあり、哀しみでもあった。
 大きくなれた、人を救える、助けることのできる自分になったと思っていたのに…。
 セレナさんには未だ、自分は他人に守られ、大事な人を見捨てる者でしかないらしい。


 確かに、セレナさんの言うことは分かる。
 それでも、助けに来てくれて嬉しかった、立派になった、と言って欲しかった。
 何より、自分の命を捨ててもいいというセレナさんに腹が立った。
 冒険者が常に命の危険が伴うことは知っている。
 セレナさんも覚悟はしているかもしれない。
 でも、助けた命が見捨てるべきものだったとは思えないし、思わない。
 俺は自問自答を繰り返す。
 答えはまだ見えない。




 ハヤトが立ち去り、私は呆然としてしまう。


 「ちょっと、セレナいい?」


 立ち止まっているとレイラが声を掛けてきた。


 「いや、今忙しい。後にしてくれ」
 私は少し一人になりたい気分だった。
 まだ、戦いは終わっていない。
 なんとかして気を落ち着けなければ今度こそ命を落としかねないだろう。


 「そうはいかないよ。さっきの発言はハヤトだけじゃなくて私も怒らせたんんだから」


 レイラはニッコリと笑みを作り、セレナの手を引く。
 その目は笑っていなかった。 

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