異世界転移〜イージーモードには棘がある〜 

夕張 タツト

二十話

 柵を飛び越え、奥に進んでいく。
 右手のリボルバーで目の前のクライダーを狩り、左手の小太刀で近づくクライダーを牽制する。
 段々と足場が悪くなってくる。
 ゴツゴツとした地面が足裏に突き刺さる。
 気持ちはずっと焦っているが、移動速度が落ち始める。
 刹那、体勢が崩れ、足が止まってしまう。
 頭上にいたクライダーが狙いすましたかのように迫ってくる。
 俺は心許ない小太刀を掲げる。
 到底、受け止めきれるものではない。
 腕一本を失う覚悟をした。
 目前に迫る。


 「ロックスロー!!」
 質量体がクライダーを押し飛ばす。
 「ハヤトっ!大丈夫?」 
 すぐ後ろまでレイラがやってきていた。


 「おい、危ないだろ!」
 俺が道を作って来たとはいえ、周りは未だクライダーがうごいている。 
 かくいう、今も魔弾を放ち、近づく魔物を狩っていっている。


 「っハヤトの方こそ、早く戻らないと!!」
 「…出来ない。俺はこのまま先に進む」
 セレナさんには返しきれない恩がある。
 それに、戻っていない、と言われた。
 死んだ、とは言われていない。
 まだ、セレナさんは生きている。
 だから…、だから。


 「じゃ、私も付いていく!」
 「危険だ!」
 「危険だから?セレナを助けたいんでしょ。ならハヤトだけには任せられないかな」
 レイラは一瞬こちらに微笑みかけ、また魔物を狩っていく。
 ハヤトとレイラ、どちらの体捌きもセレナさんの教えが感じられる。
 重心をかなり低く落とした体勢、魔物をやや左斜めに構える位置取りや魔法は威力より速さに重きを置く使い方など、どれもこれも養成所時代、共に狩りに出た頃を思い出させるものだ。
 レイラの表情も緊張が見られる。
 今ならまだ無事戻れる可能性は高い。
 でも。


 「…分かった。右の道と左の道のどっちに行く?」
 「…右」
 「根拠は?」
 「女の勘」
 「…レイラにそのセリフは似合わんぞ。まぁ、じっとしててもしょうがない。行こう!」
 俺が先頭を行く。
 二分の一の確率だ。


 ハヤトはもう、セレナが生きていることを微塵も疑っていなかった。


 


 魔力は切れた。
 もう、頼れるのは自身の肉体のみである。


 彼女の銀髪は血に染まり、より一層幻想的な雰囲気をまとっている。 
 ダンジョンの長と思しき魔物に遭遇し、ここまで来た。
 どちらが出口などもう分からない。
 味方の行方も分からない。
 ただ、私達は失敗した。
 生き残った誰かが陣地にいるおやっさんにこの事を伝え、対応するまで時間が必要だ。
 私が一秒でもここに留まれば、陣地へ行く魔物の数も減るだろう。
 足も重い。
 腕も重い。
 先程までは風の魔法で体捌きを補助していたが、もう出来ない。
 待っているのは死だ。
 クライダーの吐く糸を避ける。
 これがあるから壁を背に戦えない。 
 自然と360度包囲される状況となる。
 あと、十分でも戦えれば恩の字か。
 諦めの境地、死の安寧を意地で押し止める。
 先程から脳裏に浮かぶ彼の笑顔が憎らしい。
 不器用でも真面目で芯の通った姿は素直にかっこいいと思っている。
 色恋沙汰には縁のない人生だったが、不思議とこの恋心だけで幸せな気もする。


 足はもう動かない。 
 腕はもう上がらない。


 クライダーが糸を吐く。
 愛剣が弾かれる。
 また、糸が来る。
 もう、体の自由はない。
 後は、ゆっくりと魔物の体内で塵となっていくのだろう。
 悔いはない。
 そう、思いたい。
 悔いはない、そう念じて私は目を閉じた。






 「セレナさん!!」
 どことなく軽妙な音が鳴る。
 それが六度続き、止むと同時にまた別の音が響く。


 「ファイヤーアロー!」


 レイラが魔法で牽制する。
 俺は即座に糸に捉えられたままのセレナさんに駆け寄る。
 少しも動きが見られない。
 生気の感じられない姿に心臓が締め付けられる。
 セレナさん!セレナさん!
 大声で呼びかける。
 小太刀を取り出し、セレナさんの足と胸部に付いている糸を切る。
 まだ、目は開かない。
 セレンさんの肩を揺する。
 手が震えて脈がとれない。
 口元に顔を近づける。
 息をしている。
 そう感じた直後。


 「ハヤト、何している?私の唇でも奪う気か?」
 俺は反射的に顔を離し、セレナさんを見つめる。
 生きてる。
 生きてる。
 セレナさんは生きてる。
 何度も反芻はんすうし、胸が熱くなる。
 心のうちに押し留めていた不安も流水の如く流れていく。


 「ハヤトっ、なにしてるの!セレナ生きてるんでしょ!こっち手伝って!」
 周囲は未だクライダー。
 だが、何故か距離がある気もする。
 俺はリボルバーを握りしめ、後退してきたレイラと代わる。


 レイラはセレナさんに近づく。
 感動の再開だろう。
 レイラが口を開く。
 「セレナ…、なんか臭い」
 うん、俺もそう思ってたけど言わないでおこうよ。
 ここ、今戦場だよ。
 さっきから柑橘系と言うにはおこがましい鼻をつく鋭い臭いが漂っている。
 原因は香水だろう。
 うん?
 クモに香水?


 「ああ!!セレナさんその臭いの香水はまだありますか?」
 「いや、私が倒れた時に割れてしまったようだ。それより、臭いのかこれ。昨日、知り合いの冒険者にもらったのだが…」
 「くっそ、レイラは?」
 「おい、私の話をきk…」
 「どうしたのハヤト?」
 「今、名案が思いついたんだよ!無いのか?」
 「えっと、ああ。確かバッグの中に…あった。これ。一昨日、オバサンにもらったんだ。くっそ迷惑だったけど、断るのは忍びなかったから」
 顔をしかめ、悪態を付くレイラから小瓶を受け取る。
 栓を抜き、臭いを確認する。
 oh…。
 これならイケる。
 「レイラ、セレナさんこれを体に塗布してください。それでクライダーは寄ってこなくなると思います」
 「ええ、信じられない」
 いやいや、と首を振るレイラが露骨に反対する。
 この娘はそんなに香水が嫌なのだろうか。


 「じゃ、見てな」
 俺は軽く中の液を体に塗布し、クライダーに近づく。
 俺が一歩近づくと奴らは一歩下がる。
 さらに近づき、奴らは下がる。


 「どう?これでも嫌かい?」
 俺は自身満々に振り返る。
 二人は目を丸くしている。


 「なに、ハヤト魔法か?」
 セレナさんが口早に問う。


 「残念ながら、魔法じゃないんですよ」


 「なら、どうして?」
 レイラが余裕を持った調子で聞いてくる。
 先程までの緊張感はもうない。


 「クライダーがこの臭いが苦手なだけだよ」
 たぶん、陣地での戦いも香水のある内は臭いに鈍感なクライダーのみしか襲ってこず、余裕があったが、香水が切れだすと従来どおり群れで襲ってきたのだろう。
 なんとも納得し難いものだ。






 こうして、俺たちはクライダーの死骸を辿っていき、陣地に戻れた。
 カルバさんには拳骨とプレス機による胸部圧縮、もとい熱いハグをもらった。
 香水の件を話し、一旦休むことにする。
 俺たち三人は一塊ひとかたまりになって寝た。






 




 

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