異世界転移〜イージーモードには棘がある〜 

夕張 タツト

十九話

 陣地にたどり着く。
 以前の様子とは比べ物にならないほど張り詰めた空気が伝わってくる。
 怒号が辺りを覆い、血臭が鼻をつく。
 陣地内部にも魔物の死骸が解体されないまま放置され、余裕の無さが嫌というほど察せられる。
 俺たちはとにかく前線を目指した。
 柵の一部に補修した後が見て取れる。
 そこが破られたのだろう。
 今は柵の外に押し返せているようだが。


 「おい!ハヤト!」
 横から声を掛けられる。
 「ケビンか。大丈夫か?」
 「…あぁ、それよりお前たちはどうしてここに?」
 「カルバさんに呼ばれたんだよ。ハヤトが」
 「ハヤトが?」
 「そう、私はその付き添い」
 「そうなんだ、カルバさん何処にいるか知らないか?」
 「たぶん、最前線で戦ってる。俺は新米だから下がっとけって言われたよ」
 「じゃあ、割と余裕はあるのか?」
 「いや、逆だよ。足でまといは下がらされたんだ」
 「…そうか。いや、助かった。ビルにも宜しく言っといてくれ」
 「…僕、ここに居る」
 おお!
 ケビンの後ろにいて気づかなかった。


 「…右手、やられたのか?」
 明らかに変な方向に曲がった腕を見て体に緊張が走った。
 死や負傷はもう目前に待ち構えている。
 「…大丈夫。捻っただけだから」
 そう言って脂汗をかきながら笑みを作ろうとする。
 おそらく、俺達が不安を抱かせないためだろう。
 そんな気遣いが身に染みる。


 「ビル、とりあえず洞窟前の宿舎まで戻れ」
 「…分かった」
 「ケビンもな」
 「いや、俺はまだ…」
 「途中で魔物が出た。ついて行ってやれ」
 「…そうか。分かった」
 「気を付けてね」
 「おう、サンキュー、レイラ」
 ケビンはビルの荷物まで持ち、歩き始める。


 「さて、俺達も行くか」
 「…嘘つき」
 その言葉とは裏腹にレイラは俺に微笑みかけるのだった。 


 「カルバさん!」
 柵の向こう側、向かい来る魔物を次々と薙ぎ払っていく豪傑を見つける。
 俺が声を掛けると後ろに控えていた冒険者たちに後をまかし、こちらに向かってくる。


 「おう、ハヤト。早速だが、援護射撃を開始してくれないか。ほとんどの者が魔力切れでろくな援護ができん」
 「分かりました。一旦いったん、彼らを柵まで下げてもらえますか」
 「それだと突破されないか?」
 カルバさんは俺のリボルバーの性能は知っている。
 確かに、俺一人では魔弾補充時のインターバルは致命的だ。
 だが、今回は。


 「私も援護します」


 レイラがいる。
 これまでの狩りのように魔弾補充時のスキはレイラが魔物の足を止めてくれる。
 インターバルは約3秒。
 これまで崩されたことのない完璧なペアだ。
 まぁ、狩ってきたのは雑魚ばかりだが…。


 「分かった。無理そうならすぐ止めるぞ」
 再度、明らかに披露が見て取れる冒険者達を下がらせる。


 「じゃ、レイラ。やるか」
 「ほいほい」
 軽い掛け声と応答だが、体は戦闘態勢に移行する。
 射線が通ると同時にタン、タン、タン、と一定のリズムで射撃を開始する。
 すぐに近くにいた魔物を狩る。
 6発目の魔弾を撃ち終えて刹那せつな


 「ファイヤーアロー!!」
 レイラの準備していた魔法が発動する。
 何度もやってきたこの連携はすでに阿吽の呼吸と言えるほどきっちり決まる。


 「ハヤト、次」
 「おう」


 しばらくはこれで持ちそうだ。
 目の前のクモ型魔物、クライダーは立体機動で動き回るが、こちらは最初の位置からほとんど動くことなく捌いていく。


 およそ一時間。
 交代の指示があり、俺たちは下がっていく。
 カルバさんが呼んでいた。


 「ハヤト、と」
 「レイラです」
 「レイラか。ご苦労さん。助かったぜ」
 質素な天幕の中。
 カルバさんは土を盛り立てて作った椅子に腰を下ろす。
 俺たちも続いて座った。


 「何があったんですか?」
 「ボスに鉢合わせたらしい」
 「ボス?」
 「ダンジョンボスだ。先遣隊が分断されてな。戻って来たのも三分の一もいなかった」
 「…そんな」
 「いや、元々危険な役だ。彼らも覚悟の上だ。それを同情してはならん」
 「…はい」
 この人はやっぱり人の上に立つ者だと思う。
 一番彼らに敬意を払い、命に意味を持たせようとする姿は羨望を禁じ得ない。


 「今は今後の対策だ。精鋭が壊滅してこちらは役不足が著しい。一旦退却する。ハヤトには殿を頼みたい」
 「殿ですか?」
 「そうだ。危険だが、お前なら遠距離から攻撃できる。それに足は速いほうだ。やってくれるか?」
 「もちろんです」
 俺は今一度勇気を出した。
 俺の働きでここにいる者の生死が分かれる。
 戦いで死者が一番出るのは撤退時だという。
 ここはやるしかない。


 「私も殿になります」
 「…レイラ」
 「良いのか、危険だぞ」
 カルバさんが慌てて止めにかかる。
 確かに、見た目美少女のレイラには荷が重く思えるだろう。
 だが、俺はレイラの強かさ、機転の効く判断を幾度と見てきた。
 不思議と止めようとする思いは湧いてこなかった。
 出来れば、隣にいて欲しい。
 そう、自然に思っていた。


 「いいんです。じゃないとセレナにも怒られそうで。ハヤトを一人で行かせるなって」
 一瞬、カルバさんが目を伏せる。
 どことなく、暗い雰囲気が覗く。
 あれ?


 「あ、あの、カルバさん。セレナさんはどちらに?」
 俺は不安にかられ、つい、セレナさんの所在を聞いた。


 答えは安心とはかけ離れたものであった。


 セレナは先遣隊で行った。戻っていない、と。


 俺は立ち上がり、走り出す。
 湧き上がる絶望感が体を動かす。


 ハヤトの手には血がにじんでいた。


 


 



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