異世界転移〜イージーモードには棘がある〜 

夕張 タツト

十七話

 「各自、装備点検!」
 部隊長の声が大気を震わす。
 場所はダンジョン前。
 明らかに急ごしらえと分かる砦内に人員が集まる。
 ここでのダンジョンはゲームとは少し異なる。


 ダンジョンとは主に魔物の住処を指し、トラップやお宝はない代わりにわんさかと魔物が湧いてくる。
 RPGならレベリングに最適な好スポットなのだが、ここでは、ただただキツイだけである。
 それに大抵は巨大な洞窟内だったり、谷間だったりする。
 つまり、足場が悪い。
 ダンジョン攻略にはまず、洞窟内の道路工事から始まる。
 それは先の2週間ほどで粗方終えたらしい。
 続いて、狩場となる陣地の作成。
 大抵の魔物はここにおびき寄せて狩る。
 囮役には先遣隊が行う。
 足の速さに定評のある猛者のみが配属される。
 地球でいうと米軍の海兵隊的な感じ。
 一番命懸けな役。


 次に、狩場にてバッサバッサと魔物をなぎ倒していくのが主力たる中央隊。
 ここはカルバさんやセレナさんのような重鎮が指揮をとる。
 まぁ、主な狩り方は陣地に築いた土塁や柵で足を止めた魔物を魔法で叩くだけなのだが…。


 そして最後に俺が配属された支援隊。
 格好良く言ったが、ようは荷物運びだ。
 俺は魔法を使えないので、お飾りな護衛役といったところか。
 洞窟内を完全に網羅しているわけではないので、不意の魔物の襲撃に備えるといった感じ。
 ほとんど出ないらしいけど…。
 ちなみにレイラはここに配属された。
 ケビンとビルは中央隊だ。


 「よーし、よく聞け。このダンジョンに生息しているのはクライダーだ」


 そういって部隊長は魔物の死骸を持ち上げる。
 体長はおよそ130センチくらいだろうか。
 見た目は完全に巨大な蜘蛛である。
 そして、群れでいるのか。
 気持ち悪い。


 「こいつは毒は持っていないが、強靭な糸を吐く。捕まえられないよう注意しろ」


 ほう、どうやら毒の心配はしなくてよさそうだ。
 しかし、動きは俊敏で天井も這って移動するみたいだ。
 上も気を付けなければいけない。
 あぁ、首が痛くなりそう。


 「ダンジョンの親玉はこいつの10倍はあると思っていてくれ」


 たぶん、蜘蛛の性質を元に考えると今前にいるのはオスで、ダンジョンボスはメスだな。
 それなら、かなり巨大な蜘蛛だと想像がつく。
 10倍というのもあり得るかもしれない。


 「それでは支援隊は30分後に出発だ。総員、散開!」
 「「「はっ!!」」」


 すでに先遣隊と中央隊は出発している。
 俺らの最初の任務は昼食を届けることだ。
 片道3時間掛けて向かい、荷物を届け、負傷者の搬送を兼ね、ここの砦に戻る。
 危険は少ないが、地味にキツイ仕事だ。
 そう、俺は本日三回目となる装備点検を開始する。


 「ねぇ、ハヤト」
 「ん、レイラか。なんだ?」
 心なし顔をしかめたレイラが近づいてくる。
 なにか、マズイことでも起きたのだろうか。
 そのまま耳元に口を寄せ、レイラは呟いた。


 「ハヤト、ここ香水臭い」
 うん、俺もそう思う。
 ギルド”銀翼の鷹”はセレナさんの活躍もあってか女性冒険者も多く所属している。
 今回の作戦にもまた多くの女性冒険者は参加している。
 今の時期、気温はだんだん下がって来ているとはいえ、暑い。
 もちろん、汗もかく。
 そして、汗の臭い、また、魔物の血の臭いなどを気にする女性冒険者は進んで香水をつける。
 それもかなり強めのだ。
 これをいとう者もいるにはいるのだが、大抵の者は使用している。
 地球でいう、柑橘系やミント系は当たり前。
 なかには塩素の臭いのような思わず、鼻をつまみたくなる程の物もある。
 さらに、これに拍車を掛けているのがとある都市伝説だ。
 曰く、ダンジョン攻略中はカップルができやすく、またそのまま生涯の伴侶となることが多い、というものだ。


 俺は、ただ単に吊橋効果とここで十分稼いだカップルが田舎に隠居しているだけなのだと思うのだが、独身女性はわらにもすがるが如くこのチャンスをものにしようと躍起である。
 攻略成功後には祝勝会が開かれるらしいが、毎度のことお見合い会場のようになるらしい。
 閑話休題。


 レイラの愚痴ぐちも聞き終わり、出発の時間となる。
 支援隊は二つのグループに別れ、交互に荷物運びを行う。
 俺とレイラは第一グループ。
 さっそく、お仕事だ。
 「なんか、緊張するね」
 「そうだな」
 レイラは笑顔のまま言うが、若干萎縮いしゅくしている気もする。
 洞窟内はさながら未知の巨大生物の口腔のようで、踏み込むのにはいささか勇気がいるかもしれない。


 「レイラ、俺が付いてるから大丈夫さっ!」
 言ってみたかったセリフが言えた。
 妹のようなレイラが怯えているのは忍びないという思いもあるが、主人公っぽい言動がしたかったのだ。
 「ふふっ、ありがと」
 なぜか口をおさえ、自然な笑みを浮かべるレイラは出発した一向に続き、そそくさと洞窟内へと歩み始めた。


 洞窟内に足音が反響し、響く。
 俺も今更ながら緊張する。
 右の腰に付けたリボルバーはまだ、闇に包まれている。 


 


   





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