異世界転移〜イージーモードには棘がある〜 

夕張 タツト

六話 

 冒険者養成教習所、各国が国防と人材育成のため資金を出し合い、設立された。
 各地の崇教組織もこの施設に多額の寄付を行っている。
 というのも、ここは孤児の受け入れ先としても最有力候補に挙がるからだ。
 つまり、この教習所には大きく分けて二種類の人種がいる。
 貴族や商家の次男、三男に生まれ、家族の支援のもと優秀な人材となるべく入学した者。
 孤児や将来のあてもない若人。
 一見真逆の存在に思える両者も魔物の盾となる、という明確な目的の元、日々戦闘能力の向上や教養を磨いている。
 実際の所、魔物と戦う冒険者となる大半は孤児たちであり、貴族や商家の子息は箔付けのために通っているにすぎない。


 「国を守るため教習所に行ってたんですが、王都から近衛兵として勧誘されまして、断るわけにはいかず…」
 といった具合に、本当は前線で戦いたかったのですが、王のご命令で仕方なく後方勤務に、といった具合に体面を気にしすぎる彼らには、根回しすることも含めて暗黙の了解となっている。
 まぁ、結局なにが言いたいかというと貴族・商家と庶民・孤児は仲が悪い。


 で、こういうことが起きるのである。


 「おい、貴様。俺の装備に勝手に触れるんじゃない」 
 「これは貸出用の装備だろ。皆のものだ」
 ここは長い歴史があるため、装備品も新旧混合である。
 もちろん、良いとこ出のボンボンは良い装備を使いたがる。 
 つまり、大半の諍いはボンボンのワガママが原因である。
 所詮16にも満たない者たちの集まりである。
 ここは、年上の俺が仲裁してやるべきか。


 「やあ、君たち喧嘩は良くないな。ここは皆仲良くいこうじゃないか」
 装備品の保管庫の前で掴みかかろうとする両者の肩を叩く。
 「まずは冷静になっt…」
 「うるせー最弱、引っ込んでろ!」
 「雑魚には関係ない」
 うん、俺もう帰っていいかな。
 「なぁ、あいつ”銀翼の鷹”の子飼いだろ」
 「えっ、あんな弱いのに~」
 「ああ、しょっちゅうこの街のギルド支部に出入りしているらしいぞ」
 「パシリかな」
 「パシリでも光栄だろ、最弱だぞ」
 もう帰ろう。
 公には禁止であるが、後期生にもなってくると、ここ出たらどこどこに配属される、とか〇〇家にお世話になる、等将来の決まった奴がちらほら現れる。
 それと、同期して〇〇は△△に行くらしい、といった噂も流れる。
 俺も街で何度か目撃されていたらしい。
 確かに、お世話になるつもりだが”最弱”のイメージは取り払いたい。


 これまでの俺は近接格闘の鍛錬ではほぼ負け。
 武器は小太刀がやっとまともに使えるようになったレベル。
 魔法は使えない。


 うん、無理だね。


 喧嘩の仲裁に入っただけでどうしてこんなに虐げられるのだろう。
 件の二人はジャンケンで決着をつけたようだ。
 俺、ほんと要らなかったな。


 「という事があったんだよ、レイラ~」
 スゴスゴ、と部屋に戻るとレイラの姿がありなりふり構わず愚痴をぶちまけた。
 レイラ16歳、俺21間近。
 俺、今までなにしてきたんだろう、と本気で思っている今日このごろである。
 「でも、座学ではトップじゃん」
 ここでいう、座学とは文字(japaneseだった)と四則計算のような下級役人に必要とされる教養のことである。
 「いや、あれくらい」
 普通に日本語、十進法だったし。
 仮にも高卒、大学浪人という経歴を持つ俺がミスっては日の本の恥である。
 「すごいよ、貴族の奴らとか悔しがってし、教官も初めて褒めてたじゃん」
 それは喜んでいいのだろうか。
 「今度、私にも教えてよ」
 「いいよ」
 レイラの笑顔と嘘偽りのない評価に励まされる。
 クリッ、とした澄んだブルーの瞳を見ると、つい本音もポロリと口に出てしまう。
 レイラには頭が上がらないなぁなど思いつつゴロリとベッドに横たわる。
 この硬い寝床にも随分と慣れた。
 今日は良く眠れそうである。
 「それより、早くしないとセレナさんとの稽古遅れちゃうよ」
 なーー!
 太陽はだいぶ真上から傾いている。


 猛ダッシュしたのは言うまでもない。






 一回目の野外演習があった日からセレナさんの稽古にはレイラも来ている。
 俺より才能はあるらしいのだが、腕力、脚力の潜在値がともにDと伸びないようだ。
 残念なことである。
 魔法の才も幼少の頃より指導されている貴族に比べるとやや低いと言わざる負えない。
 結果、時々レイラは神に文句を言ってるが、その美しい容姿をもらったのだから感謝しなさい、と言いたいところだ。
 「今日はここまで」


 夕方までみっちりと鍛えてもらった俺達はいつの間にか恒例とかしたセレナさん奢りの夕飯を食べに来ていた。
 今までの野外演習で稼げていない俺とレイラはセレナさんと行く食事処には縁遠いのである。
 それにとにかく美味しい。
 一ヶ月間、養成所の食堂でしか食べてなかったレイラは涙を流したほどである。
 その時はもう、レイラは神を見るが如くセレナさんを見ていた。
 それからというものレイラは俺とともに稽古を受けだした。
 目的が丸わかりなのだが、稽古への集中力はすごい。
 何度セレナさんにぶっ飛ばされようとも立ち上がるのだ。
 などなどあって、俺の事情も割と知っているレイラ。
 だから愚痴をこぼしてしまうのだ。
 俺が甘えん坊というわけではないのを明記しておく。


 「ところで、君たち来週には最後の野外演習があるだろう」
 「よくご存知ですね?」
 「実はな、スカウト要員に選出されたのだ」
 「えっ、スカウトは禁止事項では?」
 「ああ、公には安全確保の監視員ということになっている」
 「ほとんどのギルドも来るから実質優秀な者の取り合いになることもままある」
 「でも、ハヤトには関係ないことよね」
 レイラが肉団子をフォークでぶっ刺しながらニヤニヤと聞いてくる。
 「まぁそれもそうか」
 セレナさんまで俺が引き抜かれることなど万に一つもないと思っていそうだ。
 てか、俺が一番そう思っている。
 最近では二人して俺を終始からかう会話が増えており、たちの悪いことにどれも正論を振りかざしてくるため反論のしようがない。
 触れてほしくないことにもシャベルで掘り返し、ミキサーでかき混ぜるように蒸し返すのだ。
 「セレナさん、ハヤト、今日も泣いてたんですよ」
 「泣いてない!」
 「ほー、なにか辛いことでもあったのかな?」
 その慈愛に満ちた顔やめてください。
 「泣いてないですって」
 「またまた~、確か、喧嘩を止めようとして…」
 「だー、だから違うって」
 セレナさんはさっきからずっとニヤけている。
 今日も騒がしく日常となってしまった非日常を過ごしたのだった。


 


 






 




 

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