ろりこんくえすと!

ノω・、) ウゥ・・・

3-51 選択肢



 3-51 選択肢


 月はどんよりとした雲に覆われ、打ち付けるような雨がざめざめと降っている。

 暗い雨の夜。エルフの王城の一番上に位置する屋上は、雲からほんの僅かな顔出した月明かりに照らされいた。

 ざしゅっ、ざしゅっ、ざしゅっ。

 屋上では不快で鈍い音が響いていた。

 黒い肌の少年が短刀を握って何度も、何度も、地面に振り下ろす。

 振り下ろす度に大きな人影が力無く弾み、ぐちゃぐちゃと肉が凹む音を立てる。
 
「全部、全部.......! お前が悪いんだ! お前がっ! お前がっ! お前がっ! そんなに色白のエルフが好きか! そんなに黒色の肌を持つエルフが嫌いか! くそっ! くそっ! 全てお前のせいだ! そもそも悪戯に俺を産んでいなければ! お前さえ、お前さえいなければ.......っ!」

 血の気の失せた顔で事切れていたのはエルフの王だった。

 威厳のある服装は赤く汚れ、剛健な肌は魔法で焼かれたのか煤のような色になっていた。

「はあっ.......! はぁっ.......! はぁっ.......!」

 血塗れだった。手に持った短刀は金属の光沢が一切見えないまでに赤くなり、飛び散った血が顔や服に付いている。

 少年の目は憎悪に染まっていた。

「母さん.......俺は.......」

 彼の名はニゲル=ネブラ。

 王殺し、並びに親殺しの大罪人だった。



 ◆◇◆



「以前、エマだけには話していたな。ニゲル=ネブラは王族の生まれでありながら王殺しをした大罪人だ」

 真実をオウカは語っていく。

「それ故にニゲルの存在は禁忌とし、存在そのものに蓋をした。王家はニゲルが殺した王の死を事故と偽り、ニゲルを秘密裏に処刑しようとした。しかし処刑を行う前に雲隠れされてしまった。すぐに王家中の捜索隊を派遣して探し回ったが捕縛することはできなかった。このエルフの大陸はそう広くはない。それでも大陸中をくまなく探し回ったが遂には見つけられなかった」

「三年ほど経って、王家はニゲルの追跡を諦めた。海を渡ってエルフ大陸の外に行ったと判断したのだ。ここは海を渡る船なんてものは作られてない。大陸の外に行くとしたら泳いで渡るしかないのもあるが、海の沖に出ると魔物がうようよとしている。近くにある島は黒の境界のみで、それ以降になると泳いで渡るのは二日はかかる。捜索するのには現実的に不可能だった」

「まさか、何百年の時を越えてニゲルが再び姿を現すとは思いもよらなかった。しかもニゲルに、王殺しを行った人間に手を貸すなど拙者には気が狂ったとしか考えられない。たとえ動機の奥底に憎悪があったとしてもな」
「いいえ、私には少しだけ気持ちが分かるわ」

 エマがオウカに向かって悲しそうに首を振り、一冊の本を開いて机の上に置いた。

「その文献がどうかしたか?」
「ニゲルは妾の子どもだったのでしょう。王族のエルフとダークエルフのね」
「そうだ。お師匠様から、そう聞いている」

 口にして裏切った剣聖を思い出したのか、オウカは口元を曲げて言いにくそうに答えた。

「でもね、この歴代の王家の家系図にはそのことが書いてなかった。ダークエルフの妾の子の時点で隠蔽してることは分かったけど私は不思議に思った。そこで、王家がこれまで処刑してきた罪人のリストを見つけたわ」
「禁書庫に入られた時に既に読まれていたか.......」

 決まりが悪そうにオウカはた大息を吐いた。

「そのリストから見つけたわよ。ニゲルの母親と思われる女性の名前がね。ご丁寧に処刑された内容は『部相応の相手と交わった』と書かれていたわ。つまり、ニゲルが殺した王は自分と交わったダークエルフを間接的に殺しているのよ。ニゲルの実の母親をね」

 それって.......!

「王はニゲルの父でありながら交わった産みの母親を殺したのよ」

 なんとも言えない気持ちだ。

 恨みを持つ理由は充分。王殺しでありながら親殺し。聞いただけではニゲルが悪としか思えないが、理由が分かれば殺されて当然だった。

 思わず僕は縛られたナルを見た。

 ナルは君はニゲルと同じエルフとダークエルフの混血児だ。そして母親の仕打ちもよく似ている。確かに森人族と植人族への怨みもあっただろう。

 でもその他に、ニゲルの境遇の辛さがよく分かったんじゃないのだろうか。共感したからこそ、手を組んだんだんじゃないのか。

 そうとしか、思えなかった。

「王には二人の子どもがいた。ご存知の通りニゲルと、メルロッテの母親であるアリアナ。もちろん王に選ばれたのはアリアナだけどね。だからこそ、王を殺してもニゲルの恨みは晴れなかったのでしょう。そして、余った矛先を向けたのが神秘の自然石なのよ」
「ちょっと待ってくれ。王に選ばれなかった復讐をするのなら、殺した王とアリアナを恨むのが普通だろ? 亡きアリアナの娘であるメルロッテも恨むのはギリギリ分かる。でも、なんで大して関係もない自然石に?」
「選ばれなかったのよ。自然石にね」

 自然石に選ばれなかった.......?

「神秘の自然石はね、持ち主を選ぶことができるのよ。王の血筋の中から王たる素質がある相応しい人間をね。自然石はニゲルを選ばずアリアナを選び、そして次はアリアナの娘であるメルロッテを選んだのよ」
「なぜそのことを.......。やはり禁書庫か」

 そうか。エルフの王に決まり方は、先代の王が次世代の王を選んで継承する方法じゃない。ハイエルフになるための資格である神秘の自然石に選ばれる必要があったんだ。

「だからニゲルは選ばれたアリアナと、自分を選んでくれなかった自然石を恨んだ。王に見捨てられていても自然石に選ばれればまだチャンスはあったし、次の王となれば周りの人間はもう蔑ろには出来ないから。だけど、無情にもニゲルは自然石にも見捨てられた。恨みも持つ理由になるわね」

 パタン、と開いた置いた本をエマが勢いよく閉じた。

「さて、もういいわ。あんた達の深い溝の話はこれでおしまい。ここから本題に切り出すわよ」
「いきなりだな」
「何言ってんのよ。変態は既にこれからどうするか決めているんでしょ? そんなボロボロのボロ雑巾みたいになりながらもここにやって来たんだから」

 やれやれ、お見通しってことか。適わないな、このちびっ子には。

「言わなくても分かってるだろ。エマならさ」
「そうね。変態ならそう言うと思っていた。どうせ止めても振り切って行くんでしょ?」
「ああ、連れ戻しに行くぞ。メルロッテを」

 この僕の言葉を聞いたオウカは途端に驚き、取り乱した。

「何故、何故だ? どうして姫様のためにそこまでムキになれる! お前は一歩間違えれば死んでいたんだぞ!」
「そうだな。あそこまで痛い目あっちゃ、普通の感覚持ってる賢い人間ならとっとっと逃げ出すのが当たり前だろうけど、」

 僕は軽く笑ってみんなを見た。

「僕はエマの言う通り頭が悪いんだと思う。だからあいつらの気に食わない面ぶん殴って、必ずメルロッテを連れ戻してくる。そう決めたから、そうするだけだ」
「.......」

 オウカは何も言えず俯く。

「僕はそうすると決めた。じゃあ護衛を任されていたオウカはどうするんだ?」
「拙者は.......」
「考える時間はある。でも短いわよ。剣聖とニゲルが向かった場所。それはズバリ、黒の境界。その最奥地なんだから」

 黒の境界。メルロッテを連れ戻すためには、やはり避けては通れない、足を踏み入れなければいけない場所だった。

「神秘の自然石の取り出し方は大方予想が付いているわ。感染源を使ってメルロッテを黒い魔物にするだけでいいの。黒い魔物に生まれ変わるとき、魔力と肉体が完全に分離する。そうすれば、簡単に完璧な状態で自然石が取りだせるわ」
 「じゃあ感染源をばら撒いていた理由は」
「そう、元々は実験のためだった。メルロッテから自然石を取り出す最適な感染源の量を調べていた.......ってのが理由じゃないかしら。ま、最後は私怨でやっていたようだけどね」

 エマがナルをチラリと横目で見て、話を続ける。
 
「問題はメルロッテが変態の抗体を飲んでしまったことよ。このことは間近で見ていた剣聖が知っている。黒い魔物にならないメルロッテだとこの方法は使えない。でも他の方法もない。じゃあどうすると思う?」
「向かった場所が最奥地ってことは感染源を大量に浴びせるとかか?」
「ええ、もっと強い感染源を使って無理矢理黒の魔物にすると思うわ。それこそ、黒の境界にある深い場所でね」 

 そう決断を下したエマは、じゃらじゃらと三本の蓋が付いた試験管を机の上に転がした。

「ここに私がリフィアと協力して作った抗体が三本ある。持ち合わせた調合素材の都合で三本しか作れなかったけどね。この抗体は前にメルロッテと童貞に飲ませたヤツより強力なヤツよ。飲めば半日は感染源に対しては無敵の抗体を持つようになるわ。ひとつは囚われているメルロッテの分。もうひとつは助けに行く変態の分。そして、最後の一本は」

 鋭い眼差しは、他でもない僕に向けられている。

「エキューデかオウカ。変態が二人の内誰か一人を選ぶのよ」

 エマは、最大の選択肢を僕に託してきた。



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