ろりこんくえすと!
3-42 氷魔の覚醒者
3-42 氷魔の覚醒者
今思い返せば、俺の人生は酷くつまらないものだった。
俺には血の繋がった両親はいない。生物学的な両親は勿論いるのだが、戸籍上は存在しない。
六歳の頃、会社に勤めていた俺の親父は会社の金を使い込んで不倫をしていた。
ただの不倫じゃない。キャバクラと風俗店を行き来して作った女と不倫をしていたんだ。
一方母親はパチカスだった。俗に言うギャンブル依存症。毎日毎日、借金を繰り返してはパチンコに通い一日で何万、何十万もスっていた。
そんな両親の下で育った俺は虐待を受けていた。虐待と言っても殴られたり怒鳴られたりしていた訳じゃない。当時の俺はまだ子どもで気付くよしもなかったが、ネグレクトと呼ばれる育児放棄を受けていた。無理もない、親も親だから当然の結果としか述べようがない。
そんなこんなで俺は元の両親と引き離され、県を跨いで親戚の家へと引き取られた。
だから俺が親と呼んでいるのは引き取られた親戚のおじちゃんとおばちゃんだ。
元の姓はヒイラギだったのだが、引き取られたしばらく後にサカイに変わった。
理由は小学校でのいじめと周囲の偏見。親と子どもの苗字が違うとよくあることだ。
元の親に育てられていなくて可哀想、なんてのは甘いほうだった。実際は根の歯もない噂を立てられ、他の子どもの親が俺と周りの子どもを引き離していた。
小学生の時だ。クラスメイトが急に俺を遊びに誘ってくれなくなったり、公園での居場所がなくなったりした。その頃は納得がいかなかったが、自分の親がどうしようもない人間だと理解してしまっていたから何も言い返したりすることは出来なかった。
そんな経験を経て俺は苗字を親戚の性に変えた。それから転校した後は表立った虐めは受けなくなった。
しかし既に手遅れで、俺の性格はどこかでねじ曲がってしまっていたらしい。虐めはなくなったが、代わりに弄られてはいた。
だから友達も出来なかったのかもしれない。悔しさと寂しいさを紛らわす為に、ならば彼女を作ろうとモテようと努力したがこれも結局は出来なかった。むしろ変なガチムチな先輩に目を付けられてしまったぐらいだ。
そんな、何処にでもいるようなちょっと不幸な男が、この俺だった。
―――――。
ぐしゃり。
ピンク色の細長いものが腹からはみ出している。汚物と血が飛び散り、中に挟まっていた物が引き摺られていく不快な感触を感じる。
刀が腹から抜かれ、俺は膝を崩して脱力してその場に倒れ込んだ。
力が入らない。腕を弱々しく動かしながら必死に伸ばす。
これが。
これが、死ぬって感覚なのか。
意識がぼやける。視界が霞む。体に力が入らない。
何も、考えられなくなっていく。
くそっ。
俺は.......、
俺は、なんで生きてきたんだ。
誰かの役に立ったのだろうか。何かをこの世に残せたのだろうか。俺が死んだと知ったら、誰か一人でも悲しんでくれるだろうか。
そんなものはない。
ただ、幾らでも代わりが効く存在だった。小さな社会の歯車として動いてきただけだった。誰だってそうさ。大半の人間は居ても居なくても変わらない。
俺の心残りなんてものは.......ない。どれもこれもが希薄な関係。好きな人もこれと言った友人もいない。
だからなのだろう。期待していた走馬灯なんかも起こらない。頭の中を過ぎる人間は誰一人いない。俺の命の灯火が消えようとしているこの瞬間さえも。誰もいない。
つまらない男だ、俺は。つまらない一生の閉幕は、それ相応に情けない死に方で終わるらしい。
.......。
剣聖が立ち去っていく。
俺を殺して目的を果たしたと判断したんだろう。土が踏まれ、足音が遠のいていく。
「.......待てよ」
自分でも何をしているのかが分からなかった。
俺は立ち去ろうとした剣聖の足首を掴み、死力を振り絞って指を突き立てていた。
何やってんだよ、俺。もうすぐ死ぬからって、遂に頭がとち狂ったのかよ。
「まだ.......、まだだ。まだ戦いは終わってねえだろうが、剣聖。お前が俺より強いからって、俺が諦めると思ってんのかよ.......!」
剣聖は一歩立ち止まるが、しばらくすると俺の手を蹴って簡単に解き再び歩き出す。
「このまま逃げんのかよ。ハッ、剣聖と聞いて呆れるぜ。俺みたいな雑魚を一刺しで殺せねぇなんて、歳で腕が鈍ってるんじゃねえか?」
ピタリ、と剣聖は完全に足を止めた。
「おいクソじじい。そろそろ弟子におしめ替えて貰いながら隠居生活でもしたらどうだ?」
剣聖が腰に納めた刀に手をかけた。
来る。
剣聖は俺の安い挑発に乗った。スラリと鉛色の刀が鞘から姿を現し、俺の顔が刀身に映る。
そして俺は、掠れる声で魔法を唱えた。
「アイスダーツ」
バチィ!
水分が凍る音が聞こえた。剣の鋒が俺の額を擦り、甲高い音を立てて樹氷が地面から生えて剣聖を串刺しにして押し飛ばした。
ガリガリと剣聖を地面ごと削って樹氷は突き進む。それらは門の近くに建てられた柱にぶつかり、白い粉をあげて倒壊する。
「おい剣聖、聞いてるか?」
俺は血塗れになりながらも立ち上がった。
片腕を斬られてフラフラだ。バランスがとれねぇ。しかも腹から色んなものがボタボタ出てくるし、さっきから頭に雑音が鳴り響いて止まねぇ。
―条件を達成しました―
―サブクラスが解放されます―
―サブクラスを検索。職業『魔道士』が見つかりました―
―謎の介入を確認。エラーが発生しました―
―サブクラスを再検索。異世界人の適性により、称号『賢者』が見つかりました―
―サブクラスに『賢者』が追加されました―
―賢者のスキルが発動しました―
―数多の可能性から新たなスキルを獲得します―
―特異点の影響により、スキル『覚醒』が見つかりました―
―スキル『覚醒』を獲得しました―
―称号『覚醒者』を獲得しました―
あぁ。でも、悪い気分じゃないな。
妙に頭が冴えている。エナドリが最高潮に効いた時みたいにスッキリしていて、心臓から止め処無くエネルギーが溢れてきやがる。
「俺は気付かなかった」
血が零れて止まらない腹をおさえて俺は言う。
「今が、この異世界で生きてるこの瞬間こそが、俺が生きてきた人生の中で一番楽しいってことに」
そうだ。前から知っていたじゃないか。
元の世界は糞だ。受験、就職、結婚、出産。世間一般的に幸せと呼べるものは全て地獄だ。
学校では成績でふるい落としにかけられ、志望校を合格するために大多数は役に立たない勉強をさせられる。無事に大学や専門を卒業したら金を稼ぐために就職し、立派な社畜となって社会の奴隷となる。
就職先がちゃんとした企業なら御の字。今の時代はブラック企業がいっぱいで、精神と肉体が破壊されて廃人となるケースも多い。それを乗り越えれば結婚が見えてくる。
だが結婚も糞だ。おい、見てみろよ。ここに生きている異世界人達を。全員が美女美形で二次元並に可愛いんだよ。これなら結婚してもいいかなって、気がしてくる。
でもな、前の世界はブサイクばっかだ。可愛い子もいるにはいるが全員が他の男に取られていく。俺に残されるのは腐りかけのじゃがいも同然の奴らしかいない。
そして次世代の奴隷を作るために結婚して出産。子どもの養育費と家庭を養うために死ぬまでかボケて介護されるまで働く。前は定年まで働けば良かったが、今では国の年金制度が破綻した上に人手不足で働かされる。ぺっ。
「たった二週間、二週間だ。死にかけたり大変な目にもあったりしたけどよ、それでも楽しいんだ。せっかくノアが異世界行きの片道切符をくれたんだ。死ぬまで満喫してやる。あとついでに童貞も卒業してやる。ファリスさんみたいな可愛いちゃんねー引っ掛けて遊び足りねぇんだよ!」
だからよ、この異世界は最高なんだぜ。
なにせ夢がある。誰の手にも管理されていない。敷かれたレールの上に乗って生きなくてもいい。そして女の子が可愛い。
ならよ、男として生まれたならやることはただひとつだろーが。
「剣聖ッ! 俺は決めたぜ! てめーをぶっ倒してエルフのお姉さんとイチャイチャするってな!」
千切れた腕を俺は掴み、高らかに叫ぶ。
「覚醒、発動!」
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