ろりこんくえすと!

ノω・、) ウゥ・・・

3-35 検討はずれ


 3-35 検討はずれ


 ――ザッザッザッ。

 枯葉を踏み、枝を踏み、草木が鬱蒼と生い茂る森の中を一人の老人が歩いていた。

 片手には血が垂れた刀剣。皺だらけのもう片手には何かを持って帰るためか、大きめの風呂敷を携えている。

 剣聖、イアソン。

 年老いて尚、エルフの大陸で最強の実力者と呼ばれる彼は、黙々と目印も何も無い森を歩く。

 剣聖の脳裏には黒髪の少年の姿が焼き付いて離れない。いや、それだけじゃない。少年の仲間の顔ぶれを思い出すだけでも頭が痛い。悪態をつきながら剣聖は森の中を進む。

 始末に負えない事になってしまった、と。

 時が満ちるまでのんびりと進めていたのが間違いだった。早くても、目的を果たすためにはあと三日は時間が必要だった。

 慎重に計画は進めていたはず。だがしかし、何故か予期せぬ来訪者達に気付かれてしまった。特に少年と赤髪の幼子。あの二人が非常に曲者であったからだ。

 少年は学がない顔をしながらも勘だけはいい。野生の勘と言うべきか、とにかく何かに敏感に気付く。

 剣聖は経験上、それが一番厄介なものだと知っている。知識に基く考察や、証拠を見つけて詮索されるよりも、勘という不確かな確証こそが危険極まりない。

 そして、勘と言うものは鋭ければ鋭いほど、戦闘への才能となりゆる。 

 剣聖は少年の戦い方を見た。そして理解もした。自分より実力は離れているが、ひとたび敵に回すと手を焼く相手だとも。

 一方、赤髪の幼子は無駄に頭がいいのが手に負えなかった。知識を貪り、考察を重ね、検証を行うあの勤勉な姿勢こそが、自らの計画の一端に触れるかもしれないと危惧していた。

 一応、幼子にはまだ気付かれていない。だが、抗体を発見し、それを他の人間達にばら撒くという、計画を邪魔される致命的な一手を打たれてしまった。

 少年と幼子。勘と博識。性格も相性もチグハグな二人なのに、互いに補っている。

 苦々しい顔で剣聖は歩く。

 長年の苦労が水泡と化してしまうことだけは回避しなくてはいけない。出来ればやりたくはないが、機会を逃さない為にもこれしか方法がなかった。

「.......」

 ぬっ、と剣聖の行く手を遮るように、木の影から人影が姿が現れた。

「ご自分から爺やの前に現れるとは珍しいですな」
「.......」

 木の影から出てきたのはフードを被った男。顔は隠れて見えないが、生気がない青白い手首が不気味さを増長する。

「いつも通りの忠告ですかな?」

 男は頷く。その仕草を見た剣聖は顎の髭を擦りながら考え込んだ。

 忠告とは、少年を侮ってはいけないと言うことだ。だが、そんなことぐらい剣聖は分かり切っている。

 仕掛けた魔物が倒されたのだから・・・・・・・・・・・・・・・

「失敬。小煩いゴミを切っただけですぞ」 

 何かに気付いていたのか、剣聖は目にも止まらぬ速さで刀を抜刀し、刹那の間にまた納刀していた。

 直後、足元には切り落とされ、空から降ってきたボロ骨の残骸がカラコロと転がった。

「やれやれ。やはり、厄介なお客人でしたな」

 鋭い目付きになった剣聖は、ボロ骨をつま先で踏み潰した。

 剣聖は腹を決める。もっと急いだ方がいいことに。

 そうそうと用が済んだフードの男から剣聖が離れようとした時、ある違和感を感じた。

「気でも変わりましたかな? ご自分から直々に出向くとは考えられませんな」
「.......」

 フード男は相変わらず黙りこくり、振り向きもせずに黒の境界へと続く方角に向かって去っていった。

「相変わらず無口な御方ですな。もう行ってしまわれましたか」

 人影を見送った剣聖は、反対の方角へ早足で森の奥へと向かう。

「さて、早く事を終わらせなければ」



 ◆◇◆



「小僧、我のアンデッドが一体やられた」
「剣聖にか!?」
「詳しくは分からぬ。だが、方角は黒の境界の方に向いている」

 黒の境界に向かう僕とエキューデ。その途中、先程飛ばした鳥骨アンデッドの一体がやられたとエキューデは苦々しく呟いた。

 くそっ、どうする? でもまだ情報が足りない。剣聖が倒したかもしれないが、この大陸には数多くの魔物が跋扈しているから他の魔物に殺された事も否めない。

 だが、もしも剣聖が倒したとしたらどうなるだろうか。

 エキューデが屍霊魔術師だということは僕達だけしか知らない。メルロッテとナルを含めたエルフ達全員と、オウカと剣聖にも教えていない。
 それでも、アンデッドがこの大陸で発生するのは流石に不自然だろう。僕達が追っていると剣聖が気付いた可能性は高いと見ていい。

「地図作成!」

 僕の前に透明な板が現れる。怪我のせいでいつもよりは遅いが、それでもかなり急いで走っていたので現在地は黒の境界からかなり近い場所だった。

「もうすぐ黒の境界に到着する。中には入れないけど、絶対に剣聖よりは先に僕達が着いている。このままアンデッドで捜索をしてくれ」
「そのつもりだ」

 木々を掻き分け光ある方へと進む。森を抜けた先は白い砂浜。そこに僕達は辿り着いていた。

 海を隔てて浮かんでいるのは黒の境界。真っ黒い大陸が海の上に浮かんでいる。

 剣聖は感染源の採取をしに必ずここに来るはずだ。もし先を越されていても戻ってくるのを待っていればいい。何がなんでもここで食い止める。

「エキューデは視界が広い海の方を見張っててくれ。僕は気配感知で森の方を見張る」
「うむ、了解した」

 盗賊術の技能、気配感知を発動。意識を集中させ、僕から半円状に生物の呼吸音を探知する。

 気配感知は普段なら発動者から中心を描くように索敵することが出来るのだが、僕はいつの間にか範囲をあらかじめ絞っておくことで、索敵する範囲をより限定し、広く出来るようになっていた。

 僕自身のLvが上がったことと盗賊術の技能と相性がいいからだろうか。

 意識を更に集中。来た道を戻る感覚で、地図作成を発動させながら探知を行う。

 その時、探知を続けていた瞬間、僕は魔物かと錯覚してしまう速さで僕達のいる方向へ向かってくる反応を見つけた。

「エキューデ、森の中から凄まじい勢いで何かが近付いてくる!」
「小僧、予想は?」
「呼吸音は人間に近い! 剣聖だ!」

 エキューデは骨の刃を、僕は風狂黒金を体内から取り出して臨戦態勢になって構える。

 ――剣聖!

「違う.......ッ!?」

 森の奥から出てきたのは剣聖なんかじゃなかった。

 死体かと錯覚してしまうような血色が悪く青白い肌。骨と皮だけの痩せこけた頬。そして、フードに隠れているが死に顔を思わせる幽霊のような顔立ち。

 王城に向かう前。僕と会った、黒影の男だった。



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