ろりこんくえすと!
3-23 手合わせ
3-23 手合わせ
体を動かし昼飯の調理が終わったあと、僕は似合わないタキシードに身を包み王城の庭の中で立っていた。
樹が絡まって出来た天然の机と椅子で向き合ってるのはエルフの姫君であるメルロッテ、そして貴族のハルラスだ。
ハルラスは爽やかな金髪のイケメン。お茶を飲む仕草ですら優雅さを感じる。
机の上に載せらているのは僕が作ったお菓子とティーセット。作った菓子はシンプルなクッキーと呼ばれる焼き菓子だ。
貴族とはいえ、エルフ達が着る召し物や使う道具は煌びやかなものではなく、必要最低限度に留めた質素なものだ。僕が来ているタキシードも正装をしてればいいと言った理由だけであり、似合わないが結構気に入ってる。普人族も少しは見習ってほしい。
「君はメルロッテ様の友達なのかい?」
お茶を一服飲み終わったハルラスがメルロッテの横にたっていた僕に尋ねてきた。
「えーと.......はは、どうだろう。僕は呼ばれて来ただけですから」
「何言ってるんですか。ウェルトさんは私の大切な友達ですよ」
すかさずメルロッテがフォローしてくれる。しかし、どうやら何か地雷を踏んだみたいだ。今まで落ち着いた表情だったハルラスの眉間の形が変わった。
「.......ふむ。この菓子は中々美味だ。確かに、メルロッテ様が気に入るのも頷けるが」
そう言いながらハルラスは焼き菓子を数個ほど口に運んでいく。満足そうに頷くと、話し相手をメルロッテから一転、僕に見定めて話しかけてきた。
「そうだ、君は色んな場所を旅してきたんだろう? 何か面白い話を聞かせて欲しいな」 
「え、えーと.......。畑を荒らすクソイノ.......じゃなかった。ワイルドボアを倒すお話なんてどうです?」
やばい、アシュレイとワイルドボアを倒したことと解毒草を採取したことぐらいしか話せない。成り行きとは言え、寒村から出てきてから胸張って人様に言える出来事なんて殆どない。
「ほう、君の暮らしていた大陸にもワイルドボアはいたのか。それは興味深いな。ところで、この大陸に生息しているワイルドボアは見たことがあるだろうか?」
「え、ええ。他とは一味違って一段と強さが増していますね」
戦ったのは上位個体のヘルメスボアだけど。
「その様子だと既に倒したと伺える。実に不思議だ。君はパティシエの職だと聞いている。それなのにワイルドボアを倒すとは中々な腕の持ち主ではあるまいか?」
「そ、それほどでもないですから」
やはり高貴な方々はどんな種族でもめんどくさい。
「ほう.......それでは物は試し、一度だけ手合わせを願おうか」
なっ.......!? こいつもかよ!
オウカといい、この大陸に暮らしている人達は皆こぞって戦闘民族か。
いや、分かったぞ。こいつ、メルロッテの事が好きなんだ。
さっきから視線がチラチラとメルロッテの方に向いていた。焼き菓子を食べてる時も、僕と喋っている時も。そう考えると、ハルラスの行動の原理がなんとなく分かってきた。
このロリコンめ! まあ僕もロリコンなんだけど。とりあえず僕をぶっ飛ばしておけば、気になるメルロッテから、無謀にも手を出す可能性がある何処の馬の骨か分からない奴を叩き潰せるし、自分のいい所を見せられるチャンスでもある。こう考えてしまえば、実に合理的で納得が出来る。
だけどここで戦闘沙汰になる訳にはいかない。いくらマナーとか嗜みを知らない僕でも分かる。ここはお引取りをお願いしないと。
「その、できればお断りさせて頂」
「心配無用だ」
オウカ.......!? 一体いつの間に!?
「この男はなんでも戦闘職に就いていると言っていたからな。腕の自信は拙者が保証しよう」
おま、余計なことばかりしやがって!
くそ、さっきの言葉は失言だったか!
僕の顔色を見たオウカはしてやったりと笑顔で笑いかけてきた。後で仕返ししてやる。具体的には明日のオウカの料理だけ激辛い物を作ってやる。
「それは良かった。お手柔らかに頼もうか」
ハルラスが椅子から立ち上がり、腰に納めていた細剣を取り出して構えた。
ハルラスの目は本気だ。剣の構え方といい、身に纏う雰囲気といい、全力で僕を殺しに来てもおかしくない。
「ウェルトさん頑張ってください!」
メルロッテが後ろから僕を応援する。そのせいで、ハルラスの殺意がまた一段と膨れ上がった。
あーあ、なんでこうも僕は面倒事に巻き込まれるんだ。僕は何も悪いことしてないのに。
それにしても厄介だ。何が厄介かと言うと、ハルラスは悪い奴ではないし貴族であることだ。
これまで戦ってきた敵は全員が殺す必要性があったから手加減なんてしてこなかった。だけどハルラスは違う。上手い具合に試合を運んで終わらなせないといけない。
つまり、骨が折れるってことだ。
僕は渋々ながら風狂黒金を身体の中から取り出した。
黒曜石のような輝きを持つ刃が太陽の光に反射して妖しく煌めく。
「怪我しても知りませんよ?」
「それはそれは。随分なご自信で。ぜひ胸をお借りしたいものです.......な!」
ハルラスの素早い剣先が繰り出される。
魔力視は出来る。ハルラスの全身に纏っているのは黄色く輝く魔力。初めて見たが雷の属性で間違いない。
僕の推理からすると、微弱な電流を筋肉に流して活発化しているのだろう。ハルラスの素早い動きはこのカラクリがあってこそ。なんとも器用な奴だった。
ただ、残念ながら地力があまりにも違いすぎた。
 
ハルラスの動きは実に素早い。しかし、魔力を使わずとも僕の俊敏は狂ったステータスになっている。繰り出される剣速は余裕で目に追える速さでしかなかった。
首を捻ったり体の重心をズラして僕は細剣の刺突を紙一重で躱していく。持ち前の俊敏もあるが、あの戦闘狂のお陰で剣に関する戦闘は慣れてしまっている。ハルラスの次の一手を予想して避けることはいとも簡単なものだった。
「す、凄い.......。息も乱さず、汗ひとつかかずに全部躱している。それも完璧なタイミングで」
「..............」
掠りもしない自分の剣先に、ハルラスは焦りを募らせていき顔がみるみるうちに変わっていく。
このままでは不味いと悟ったのか、ハルラスの雷の魔力が膨れ上がり動きに磨きがかかる。剣速は更に速さを増すが、それでもまだ許容範囲だ。
「姫様、剣の『刺突』と『斬撃』には明確な違いがあります。それは隙の無さと攻撃面が点で攻撃が避けにくいということ。斬撃ならともかく、刺突を主とする剣技の使い手を相手にあれほどまで容易くあしらえるとは只者ではありません。しかもハルラス殿の剣技は非常に高い完成度です。それをまるで赤子をあやすように見切っている」
おいこら、聞こえてんぞ。メルロッテに変な入れ知恵をするな。
だけど、ここらが潮時だろうか。ハルラスのペースは乱れている。明らかに飛ばしすぎた。常に全力で走ってればすぐにガス欠を起こすのは当たり前というもの。
スタミナ切れを狙うのもいいと一瞬頭を過ぎったが、それではハルラス自身が納得しないかもしれない。また挑まれたりでもしたら大変だし。それだけは避けないければならない。
軽めに、でも痛さはそこそこ残して戦意を喪失させるか。
「よっ!」
風狂黒金をハルラスの剣技の中に無理矢理捩じ込んだ。突然の僕の反撃に、元から崩れかけていたハルラスの動きは乱れ、不安定な体勢となってよろめいた。
だけど風狂黒金はフェイク。そもそも、風狂黒金を普通に使ってしまったらハルラスは今頃真っ二つだ。つまりはフェイント。本命は何も握っていない拳にある。
「技術衝打」
下からの死角。放たれた拳はハルラスの身体を打ち抜いて、快音を響かせながら横向けに吹き飛ばした。
「がっ.......!? ごほっ、ごほっ!?」
投げられたボールがバウンドするかのようにハルラスは地面を跳ねあげ、転がって樹の一角にぶつかった。
ハルラスはなんとか立ち上がろうとしているが、臓器が揺さぶられた痛みで立ち上れない。
それはそうだろう。これが僕の狙いだったのだから。確かに力は抜いたが、骨が折れない程度に定めて強めに殴ったのでしばらくは立てない。
「ハルラス殿、これではあの男の実力は分からないと言うもの。納得出来ないでしょう」 
僕の前をオウカは横切る。倒れているハルラスに手を貸して立ち上がらせると、オウカは悪い笑顔で僕を見定めた。
「拙者に任せては貰えないだろうか? 剣聖の一番弟子である拙者ならば相手にとって不足はなし。さあ、手合わせ願おうか!」
やっぱそれが狙いかよ!
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