ろりこんくえすと!

ノω・、) ウゥ・・・

1-33 取引


 

 1-33 取引


 僕は何も無い真っ白な空間にポツンと倒れていた。真っ白な空がどこまでも広がっている。酷く殺風景な場所だ。

「う.......」

 身体が妙に暖かい。僕の胸の辺りに何かが乗っかっているようだった。丁度いい重さのそれからは、人肌の体温を感じる。

 視界に二束に纏めた美しい白い髪の毛が映る。女の髪の毛だとすぐに僕は気付いた。

 僕は誰かに抱きつかれていた。一体誰なのだろうか。ここまで白く綺麗な髪の毛の持ち主は見たことがない。そもそも、この世界では白い髪の毛はかなり珍しかった。一度見たら忘れない筈だ。

 僕は押し退けるように上に乗っかってる少女をどかそうと持ち上げた。

 頭を両手で持ち上げれば、思わず息が詰まる程の美しい顔が覗かせた。精巧に作られた人形のような作り物めいた顔なのだが、それとは背反に今咲いたばかりの花のようなみずみずしく、いきいきとした美しさだった。

 美しい顔にも目が惹かれたが、何よりも特徴的なのはその眼。

 俗に言う魔眼と呼ばれる類なのだろうか。十字の刻印が眼の中心に刻まれており、神秘的な印象を僕に与えた。

「会いたかったよ、ウェルト」

 僕の上で少女がはにかむ。

 見蕩れてしまう程可愛い表情だったが、僕は同時に戸惑いを覚える。

 何故、僕の名前を知っているのだろうか。彼女と僕は何一つ面識がない。それなのに、何故。

「ど、どこだよここ。それに君は一体誰なんだ? 僕は貪食の食人鬼と戦ってて、それから.......」

 今の僕はきっと狼狽えた表情をしていただろう。早く行かないといけないから。ここでじっとしている暇がないから。

「早速で悪いんだけど、ボクはウラノス。ウェルト、ボクと取引をしよう」
「取引.......?」

 何が何だか分からない。

 自分の事をウラノスと名乗った少女はにっこりとはにかみ、僕に手を差し出した。

「今の君では貪食の食人鬼には勝てない」
「..............」

 その通りだ。僕は貪食の食人鬼を倒せない。

 足りないんだ、あいつに追いつけるまでの力が。今の僕は、ただの餌でしかなかったんだから。

「でもボクなら倒せる。あんな雑魚、一秒も経たずに殺してあげるよ」

 ウラノスは自信満々に笑って言った。まるで道端を歩いていた蟻を潰すぐらいの感覚で。

 僕は疑問と懐疑心を覚えたが、ひとまず喉奥に留まらせて尋ねてみた。

「.......。それで、ウラノスの要求はなんだ?」

 ウラノスはにっこりと笑い、最悪の要求を僕に求めた。

「ウェルト、君の身体さ」

 僕の.......身体.......?

「ボクはね、ずっとここに閉じ込められているんだ。時間の流れが止まったこの何も無い、あの世とこの世の狭間の世界にボクは閉じ込められている。ボクだけの力じゃ出れないんだよ、この空間は」

 ウラノスはここに閉じ込められている? あの世とこの世の狭間?

「でもね、ウェルトはボクの適合者なんだ。君の身体を貸してくれればボクはここから出られる。精神だけの状態だけどね」
「僕の身体を乗っ取る、って訳か」
「ふふっ。理解してくれて助かるよ。でも悪い話じゃないよ? ボクが君の身体を借りれば、貪食の食人鬼を倒して街が救われるんだから。それに、君の身体を使ってボクをここに閉じ込めている封印を簡単に壊せるんだから。ね、ネペルギウス?」

 ウラノスがその名を呼んだ途端、何も無い所から長い黒髪の女性が現れた。

「ごきげんよう、ウェルトさん」

 ネペルギウスと呼ばれた女性は僕に会釈して笑顔で話しかけてきた。

 この女性もだ。ウラノスと同じで、僕と一度も会ってもないのに何故か僕の名前を知っている。

 不思議な感覚だ。この女性とは何一つ面識がないのに、何故か既視感を覚えてしまう。胸の奥底にべったりとくっ付いて離れないような、何かの因縁みたいな物を感じてしまう。

「いきなりですが見てください、この世界を」

 ネペルギウスは両手を広げると、僕達の上に四角い板を何枚か映し出した。
 僕が使う地図作成の技能で映すそれと似ている板達は、中に映像を流し始めた。

 ある板はオーガと呼ばれる鬼に虐殺される村人の映像。ある板は子どもがお腹を空かして荒野を彷徨っている映像。ある板は親子が貧民街で怯えながら暮らしている映像。

 その他にも、この世界の負の面とも言える映像が数多く流されている。

「魔物による蹂躙、貧困、飢え。挙句の果てには魔王が復活し、世界を終わりにへと導いています。ウェルトさん、これを見て貴方はどう思います?」
「どうって.......」

 いきなりそんなことを僕に質問されても困る。

 正直、キリがないんじゃないかと思う。例えば僕が飢えた子どもを一人助けたとしても、他にもお腹を空かして子どもはこの世界では何万人といるだろう。

 僕が魔物を倒して人一人救っても、また別の魔物が何千人と別の誰かを殺している。

 僕でも上手く説明できないんだけど、この世界は世知辛いんだ。弱い者は淘汰され、強い者だけが生き残る。弱肉強食の世界。そんな世界なんだ。

「足りない、とは思いませんか?」

 僕は何を言っているのかが分からなかった。

「足りないのです。殺戮が! 破滅が! 絶望が! 足りないッ! 足りないッ! 足りないッ! 昔はもっと世界に不条理と理不尽が溢れてました。差別や戦争! 人が種族間で血で血で争う戦いを繰り広げ、世界に混沌をもたらしてくれていました」 

 おかしい、狂ってる。そう直感してしまうぐらいに、ネペルギウスという目の前の女性は何処か僕と考え方がズレていた。

「ねぇ、ウェルトさん。足りないとは思いませんか? この世界は酷く退屈でつまらないのです」
「なんだよお前.......どうにかしてる.......!」
「そうだね、ネペルギウスはどうにかしてる。そりゃあウェルトには分からないね。ネペルギウスは邪神なんだから」

 邪神.......?

「ボク達がここに閉じ込めているのも唯一神に封印されたからなんだ。だから、ボク達の封印を壊す君が欲しい」

 ウラノスは笑って差し出した手を僕に伸ばした。

 僕はウラノスの手を取る前に、ひとつだけ、ひとつだけ尋ねてみた。

「.......。もしも、もしも、僕の身体を使って封印が解けたら二人は何をするんだ」
「最終戦争さ」

 快くウラノスは答えた。

「ボク達がこのつまらない世界を壊すんだ。さあ、ウェルト。ボクに身体を渡してくれ」
「断る」 

 僕はウラノスの申し出を断った。

 差し出された手を叩き、ウラノスを睨み付ける。

「スケールがでかすぎるし、お前達が何をしようとしているのかも正直よく分からなかった。だけどこれだけは言える。ろくでもないことだってな」
「そうか.......また君はボクを拒絶したんだね」

 寂しそうにウラノスは笑ってパチリと指を鳴らすと、ネペルギウスがやった時と同じように複数の板が虚空に現れた。

 そこに映っていたのは僕。

 僕、僕、僕、僕僕僕僕僕。何百、何千人の僕が魔物に殺されたり、今と同じようにウラノスの手を突っぱねていた。

「なんだよ、これ.......?」
「これはほんの一部だけど、今までボクを拒絶してした君さ。その数、365321人。今まで並行世界の君が365321回ボクを拒絶してきたんだ」

 ウラノスは完全に僕に興味をなくしたのか後ろを振り向いた。その直後、僕の足元が泥のように不安定な足場となっていき、スブズブと沈んでいく。

「まあいいさ。ボク達は諦めずにまた違う君を待つとするよ。何千年、何万年掛かってでも」

 泥から水へ。僕は溺れるように下へと沈みこんでいく。すっかり腰まで埋まった僕に、ウラノスは振り返らずに言った。

「ばいばい、ウェルト」

 その言葉を聞き終えた後、僕は闇の中へと放り出された。



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