ろりこんくえすと!

ノω・、) ウゥ・・・

2-56 誓の炎



 2-56 誓の炎


 四季よりどりの美しい草花が咲く王城の庭。本来ならば彩色鮮やかな花々が陽光に照らされ、何処か儚く、幻想的な光景なのだが、それらは一瞬で崩れ去る。

 突如王城の壁が破壊され、焼け溶けた石と炎の塊が庭の中に躍り出た。
 植木を薙ぎ倒し、草木を燃やしながら、火達磨となったムエルは火を消そうとゴロゴロと地面に転がる。

「よくも.......よくも.......よくもよくもよくも! こんな目に合わせてくれたなあああぁぁぁぁ!!!」

 軽快な足どりで王城から降り立った私に対し、ボロ雑巾となった服を脱ぎ捨てて、ムエルは激昂した。

「潰れて死ねッ! マリオネットゴーレム!」

 ムエルが手から糸を伸ばして地面に突き刺すと、ボコボコと地面が隆起し始める。土塊が不自然に浮き上がり、エルクセム王城を軽々と超える背丈を持った土の巨人が現れた。

「やれっ、ゴーレムッ! 目の前にいる女を推し潰せ!」

 巨大。あまりにも、巨大。

 ゴーレムと呼ばれた物体は無機質な声を唸らせると、私に向かって圧倒的な重量を込められた拳を落とした。空気が押し殺され、私を起点として拳の影が遮った。

 私は細身の重砲を投げ捨て、腕から火球を出して燃え上がらせる。新たに獲得した『火道師』の職業。それは、火を司る力を持っているようで、自分が望むままの物質を炎から作り出す事が出来るようだ。

「こい、レーヴァテイン」

 火球から取り出したのは業火に包まれた緋色の剣。あまりの熱量に存在しているだけで倒錯的に景色が歪み、空気が溶けていく。

 レヴァーテインを手に握ると、ヒートチャリオットを発動した時と同じような熱量が私の身を包むが、不思議と身体は平気だった。

 これが『火道師』の能力。しっくりと、私にはよく馴染む職業だ。

 ゴーレムを見据える。

 剣を一閃。

 私はレヴァーテインを空間に奔らせた。

 刹那、炎の大河が生まれた。

 ゴーレムを呑み込み、王城の庭を焼け野原にしながら、ゴーレム塵も残さず跡形もなく消し飛ばした。

「は、はぁぁ!? なんだよ.......なんだよそれ!? 卑怯だろ! 反則だろ!」

 自分が作ったゴーレムを瞬殺されたムエルは、怒りで顔を真っ赤にし、自分の胸を掻きむしって大量の糸を取り出した。

「くそがあああ! 潰れて死ねええええ!!! マリオネットゴーレムズ!!!」

 ボコボコと地面が隆起する。糸が溶けるように地面の中へと入ってき、十数体のゴーレムが瞬く間に作り上げられ、私を囲むよう並び立つ。

 ゴーレムはそれぞれが無機質な声をあげて、私を潰さんと動き始めた。ある者は拳を落として押し潰そうと、ある者は足を上げて踏み潰そうと、全てのゴーレムが己の質量に身を任せた一撃で私を屠らんと唸りを上げた。

 だが温い。あまりにも温かった。

 剣を一閃。

 回るように剣を振った。レーヴァテインの熱量により炎の竜巻が生じ、周囲一体を焼き払う。それはさながら火災旋風。ゴーレム達は熱によって水分が飛ばされ消し炭となり、風に吹かれて散っていく。

「これで終わりか?」

 庭を焼き払い、焦土と化した戦場を私は悠々と歩く。レーヴァテインに渦巻く炎をより一層強く燃え上がらせ、決着を付けにムエルの元へと向かった。

「嘘、だ.......」

 ムエルが力無く膝から崩れ落ちる。まるでありえない、理解不能な存在を認知した愕然とした表情を浮かべ、呆然とその場で動かなくなってしまった。

「悪いな、私は昔からお人形さんで遊ぶことが苦手でな。なにせすぐに壊してしまう」

 突如、ムエルは目に不気味な光を宿し、突然自らの腕を地面に叩き付けた。

 窮鼠猫を噛む。起死回生の一手を得んとムエルはあらかじめゴーレムをいつでも作り出せるようにわざと崩れ落ちたフリをしていた。

 突如ムエルの横の地面が動き出し、ゴーレムが出現する。巨大な土の拳を振り上げて、私に向かって落としてきた。

 残心、という言葉をがある。

 それは例え決着が着いた戦いでも油断せずに行動する心構えみたいなものだ。

 そして、それは騎士の心得の一つであった。

 汝、いかなる時も決して油断せず。慢心は戦いにおいて最も愚かな行為であり、最大の大敵である。驕った心こそが、身を滅ぼす本質なのだから。

 ゴーレムの拳を受け止める。拳だけで既に私の何十倍もあろう大きさだが、その拳はあまりにも軽く、あまりにも弱かった。何の魂も、決意も一欠片すら篭っていない拳。そんなもので、鼻から私を倒せる筈はなかったのだろう。

「悪いな」

 『火道師』の力で私の手が燃え盛る。爆炎がゴーレムの拳を融解する暇もなく全壊させ、腕を貫き頭まで到達する。上半身が音を立てて爆発し、上を飛ばされたゴーレムはパラパラと身体を崩し、そのまま後ろに倒れてしまった。

 所詮は土の塊。その程度の、他愛ない存在だった。

「お人形さん遊びは終わりだ。だから、次は私の得意なチャンバラごっこをしようか」

 私はレーヴァテインを滑らせるように刀身を走らせる。

 剣を一閃。

「あ゛.......? ああああぁぁぁ!!!」

 ムエルの片腕が宙に舞った。片腕は地面に落ちる前に骨まで焼き切り隅々まで炭化し、灰となって風に吹かれた。

「腕っ、腕があああああ!!!」

 片腕を切り落とされた激痛に顔を歪め、ムエルは根元から無くなった腕を残った片腕で掴み、吠える。

 瞬間、切り口から血と一緒に膨大な量の糸が噴出される。それは失った腕の代わりに役割を務める糸で作られた腕だったが、大きさだけは違った。先程まで作っていたゴーレムの身長を遥かに越える、とても腕とは言い難いものだった。

 私は空に手を掲げる。『火道師』の力により、王城から置いてきた重砲が私の手向かって飛んできた。
 飛来した自分の重砲を手に取った。ドレムとエドガーの三人で作った、三人の思い出が込められた重砲を。

 照準をムエルに定めて、私は銃身を向けた。

 ダマスカス鋼で作られた銃身が赤く燃える。『火道師』の力だ。轟々と炎を宿し、 重砲は、今の私に相応しい新たな姿へと生まれ変わる。

 黒みがかった重砲は熱に灼かれ、真紅の色へと染まっていく。黒と真紅。互いの色が混ざり合い、黒曜石のような滑らかな美しさの上に紅が染まった。

 新生した私の重砲。名付けるならば、朱玄火土しゅげんかぐつち、と。

 私は全ての魔力を重砲に注ぎ込み、全身全霊を懸けて引き金を引いた。

「ヒートチャリオット.......レイ!」

 赫々の炎が朱玄火土に灯る。

 発動したのはヒートチャリオットを越える最上位技能。

 ヒートチャリオットレイ。

 熱風が、灼熱が、業火が、熱波が、高温が、

 言葉では言い表せない驚異的な『熱』が全てを焼き払う。
 
「潰れてし」
「終わりだ」

 撃ち放つ。特大の魔力の塊を。世界そのものを焼き付くさんと燃える炎を。

 糸で作られた腕が私に届く前に燃え尽きた。

 ムエルの言葉を遮るように炎は呑み込んだ。

 面影の片鱗すら残さない程、王城の庭は焦土と化す。

 後に残ったのは灰と、土だけだった。



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