ろりこんくえすと!

ノω・、) ウゥ・・・

2-34 折れた聖剣



 2-34 折れた聖剣


 片足を踏み込み、レオナは聖剣を手に猛然と侵入者へと斬りかかった。数々の戦場で幾度なく繰り返された袈裟斬りを放ち、銀の軌跡が流れ侵入者の胸を切り裂いた。

「なっ.......!?」

 両手に肉を断ったよく慣れた感触が伝わるが、レオナは思わず目を見張り驚愕した。

 レオナは歴戦の剣士。素人如きがただの一振も避けることすら叶わないが、目前にいる侵入者はそれが出来る実力を持っているとレオナは確信していた。
                   
 だが、この侵入者は避ける素振りもせずわざとレオナに斬られたからだ。

 剣で斬られれば痛いに決まっている。致命傷に繋がり、死へ直結する。普通に人間ならば、避けるか弾くかしてなんとか回避しようとするものだ。

 
 普通の人間ならばの・・・・・・・・・話だが。

 レオナは理解が出来なかった。何故、わざと自分の剣撃をその身に受けたのかを。

「あー痛い痛い。不死身の身体でもちゃんと痛覚はあるのだぞ? ま、こんな簡単な手に引っかかるとは思ってもみなかったなぁ?」

 侵入者の言葉を聞いた直後、がくっ、とレオナの腹に鈍痛が走った。

 侵入者の鋭い蹴りがレオナの腹に捻りこまれ、蹴り飛ばされていたからだ。

 腹部から胸部へ。肋骨を軋ませる音を確かに噛み締めながら、レオナは水切りのように大理石の床へ飛ばされ、聖剣を侵入者の胸に刺したまま手放してしまった。

 聖剣が身体に差し込まれ血を流す侵入者は、言葉とは裏腹に、斬り裂かれた激痛もどこ吹く風で、床に叩きつけられたレオナを嘲笑った。

「よっと。おいそこの女、神器所有者は神器を手放してはいけないと習わなかったのか?」

 侵入者は己の身体に刺さった聖剣を躊躇いもせずに抜き取り、侮蔑の笑みを浮かべてレオナを嗤った。

 床に転がされて上を見上げるレオナは侵入者の馬鹿にした態度に苛立ちを覚えたが、同時にひとつの疑問が頭の中に浮かび上がった。 

 何故、侵入者は神器を奪って既に勝ち誇った顔をしているのだろう、と。

 神器所有者の自分が聖剣が振るえば巨岩すらも容易く切り伏せる文字通りの聖剣となる。しかし、神器所有者ではない人間が振るえば紙切れ一枚すらも切れないただの鈍らとなってしまう。

 それに、神器は神域と呼ばれる空間に保管されていて自由に出し入れできる。レオナが始めに神器を虚空から取り出したように、神器を神域へと戻すことが出来るからだ。

 例え他人に奪われても神器は自分にしか使えない上、神器を神域に戻し、再び取り出す一定の手順を踏めばまた自身の手の中に戻る。侵入者に奪われても簡単に取り戻せるのだ。

「何を言っている? 例え貴様に聖剣を奪われても私の手に戻..............!?」

 レオナは立ち上がって聖剣を神域に戻そうとした。

 戻せない・・・・

 戻れと聖剣に念じているのに、いつも通りのように神域に戻っていかない。

 何故だ? 何故、戻らない?

「その顔は本当に知らなかった顔だな」

 侵入者は聖剣をプラプラとレオナの目の前に垂らして見せびらかす。

 よくよく侵入者の持っている聖剣を見れば、刀身に『穢れ』と言うべき黒い染みのようなものが浸食していき、黒い煙をふしゅふしゅと吹き出していた。

 「我の身体には『忌むべき穢れた血カプ・ファウルネスブラッド』と言ってな、本来ならばアンデッドに有効な神の加護を受けた物や光属性の物を無効化し、逆に驚異的な特攻効果を持つ血液が流れているのだ」
 
 レオナには思い当たる節があった。かつて、騎士団長になる前に、教会で勉強していた頃の記憶が掘り起こされた。

『忌むべき穢れた血』。それは脅威度Aオーバーのアンデッドの魔物が稀に持つとされる特異体質。

 神への反逆を体現した忌まわしき血液。それは侵入者の言葉通り、神の加護と光属性の天敵と言って差し支えない性質を有している。

「つまり、こういう訳だ」

 ボキリ、と侵入者が聖剣の刀身に膝を叩き付けて真っ二つにへし折った。

 聖剣は神器。神の加護が勿論掛かっており、しかもレオナの聖剣は強力な光属性を宿していた。

 故に簡単に折れる。焚き木に焚べる棒切れを折るように、聖剣は快音を立ててへし折られた。

 カラン、と大理石の床に落ちた聖剣はボロボロと崩れ朽ちていき、あっという間に灰と化したしまった。

 無論、神器の聖剣はこんなことでは消滅しない。聖剣は神域に戻り、すぐさま修復がされていることだろう。

 修復がされるとは言え、おいそれと簡単に修復できるものではない。良くて数週間、灰と化したあの状態を考えれば数ヶ月はかかるに違いない。

 この場、この時に置いて、レオナは聖剣を失ったもの同然の状態だった。

「き、貴様ァァァ!!!」

 聖剣を折られたことに激昂し、レオナは駆けながら腰に収まったスペアの剣を抜刀し、怒りの雄叫びを轟かせて侵入者へと襲い掛かった。

 白光を煌めかせながら跳躍し、両手で柄を握って縦一文字に斬り下ろす。

 対する侵入者はこれもまた避けようとはしない。その場に立ち竦み、レオナの姿を視界に捉えていただけだった。

火燕直向斬りかえんひたぎり!」

 ボッ、と剣術の技能を発動させ、レオナに握る剣に真っ赤な炎が燃え盛った。
 業火を宿した灼熱の刃が、一直線に侵入者へと振り下ろされる。

「ふっ、温いな」
 
 振り下ろされたレオナの凶刃は、侵入者へ届くことは無かった。

 掌打しょうだ。侵入者は拳の甲でレオナの剣を叩き、根元からへし折ったのだ。

「は、はぁ!?」

 根元から折られた刃がクルクルと空中で回転した後大理石の床を溶かして突き刺さる。

 折られた剣を見たレオナはあまりにも意味不明で理解不能な出来事に混乱する。
 
 断っておくが、侵入者にへし折られたレオナの剣はかなりの大業物。アダマンタイトと呼ばれる希少鉱石レアメタルを元にして造り上げられた特注品だ。

 確かに神器である聖剣には強度と斬れ味で劣るが、それでも剣としては筆舌にし難い性能を誇っていた。

 それがただの掌打、技能すらも発動していないただの掌打でポッキリと折られたのだった。

 驚くべきことに、レオナは火燕直向斬りを発動して斬り伏せた。炎を宿した高温に熱せられた刃に触れれば大火傷を免れない。

 しかし侵入者の手の甲には火傷痕ひとつすら付いていない。それどころかまるで痛がっている素振りすら見せていない。

 レオナは折れたアダマンタイト製の剣を投げ捨て、後ろに跳んで侵入者から距離を取った。
 
 なんだこいつは、本当に人間なのか?

 ありえない光景を目の当たりにした事で、レオナの心は動揺し、最早冷静さを保つ事は出来なくなっていた。

 そう、既にレオナは侵入者の掌の上だった。

「チャンバラごっこはもう終わりか? では、次は我から行こうか」

 聖剣、そしてスペアの剣を失った丸腰のレオナへ侵入者は酷薄な顔で笑いかける。
 絶好の獲物を見つけた狩人のように、侵入者は嬉しそうに嗤っていた。

「我は屍霊魔術師だが、魔法やアンデッドを使役する次に得意なことがある」

 侵入者は纏ったローブを脱ぎ捨てる。半裸となった侵入者の肉体は、細いながらも筋肉質でかなり鍛えこまれていることが伺える。

「体術だ」

 ごきり、とレオナの聖剣で傷跡を付けられた侵入者の胸が隆起する。途端、アンデッド特有の再生能力を彷彿させる傷の治り方が侵入者の胸の傷跡が起こり、数秒で完治してしまった。

「さてと.......。そちらは体術が得意か?」

 異様な熱気に包まれた空間で、侵入者の言葉がレオナには氷のように冷たく感じられた。



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