ろりこんくえすと!

ノω・、) ウゥ・・・

2-22 氷の追憶


 2-22 氷の追憶


「お二人共この人を知っているんですか!?」

 僕にいきなり魔法をぶつけた黒ローブの女性が、アシュレイとリフィアに向かって叫んだ。

 知ってるも何も僕とアシュレイは仲間で、リフィアは.......まあ友達みたいなもんだ。アシュレイとは何度も一緒にクエストを受けたし、リフィアにはたっぷり甘やかされた。大事な仲間だよ。

「まあ、そうだドレム。知ってるというか仲間なんだが.......。なんだろう、今の私はウェルトとは赤の他人になりたいな」

 アシュレイにドレムと呼ばれた女性は目を丸くして僕を見つめている。

 僕の気持ちはなんだったのだろうか。

 なんでだよ、と思わずアシュレイに突っ込みたかったが、僕の足元には簀巻きにされたロイドが転がされていて、隣には変形巨大骸骨ギミックジャイアントスケルトンを召喚した張本人と仲良く並んでいる。何も言い返せなかった。

「お兄ちゃんー!」

 言い訳を思いつかずたじろぐ僕に、リフィアがトタトタと走って抱き付き、顔を僕の腹に埋めてスリスリし始める。

 かわいい。リフィアだけだよ、僕のことを理解してくれる人間は。

「うおっ。リフィアは甘えん坊さんだな。よしよし」

 僕はリフィアの頭をナデナデしてあげた。僕に顔を埋めるリフィアは、嬉しそうに両腕でギュッと僕を抱きしめた。

「む、小僧には妹がいたのか。それにしても顔がまるで似てないし髪の色も全く違うな。腹違いの子どもなのか?」
「違うわい。お兄ちゃんはただのあだ名みたいなもんだよ。僕とリフィアは血が繋がっていない」
「お兄ちゃんは血が繋がってなくともお兄ちゃんなの。リフィアのお兄ちゃんは世界の中でただ一人、リフィアだけのお兄ちゃんなの」

 頭がこんがらがりそうな、よく分からないことを呟きながらリフィアは頭を上げ、プクーっと頬を膨らませる。そして後、さらに深く僕の腹に顔を埋めてスリスリした。

 僕はそんなかわいいリフィアを思いっきり抱きしめた。

 顔を精一杯押し付ける度にくすぐったい。僕がリフィアを甘やかしている時は、母性本能というか、守護欲というものが湧いてきて無償に抱きしめたくなる。

「あのですね、そこの三人。今は仲良く和んでる場合じゃないんですよね。魔力がそろそろ切れそうで、私の魔術による拘束もそろそろ限界で.......」

 黒ローブが辟易へきえきとした顔で杖に寄りかかりながらいつの間にかぐったりとしていた。ドレムの杖をよくよく凝視すれば、魔力で構築された蜘蛛の糸のような物が複雑に絡み合って噴き出されている。それが変形巨大骸骨ギミックジャイアントスケルトンの全身を縛って、一歩も動けなくてしていた。

 そうか、僕とロイドが戦っていた時は無我夢中で気がつかなかったが、目の前の女性が拘束していてくれたおかげで、不安定な足場で戦わなくて済んだのか。

「ほう、我の下僕を魔術で雁字搦めがんじがらめにして動けないようにしているとは、黒ローブ、中々やるな」
「黒ローブじゃないです。ドレムです」
「そういえばアシュレイ、もしかして黒ローブはそこに転がってるロイドの部下なんじゃないの? どうして仲良そうにしているんだ?」
「貴方、わざと言ってますよね.......」

 黒ローブは眉を顰めながら口をとんがらせた。その顔は明らかに不機嫌そうだった。

「私とドレムはまあ、騎士団訓練プログラムの同期だったしな。ちょっとした顔見知りだ。ドレムは騎士団に入れなかった落第者の私とは違い、第三騎士団副団長まで登り詰めた優秀な人物だ」
「いやいや、第三騎士団副団長なんてそこに転がってる団長を管理する体のいいお払い箱ですよ.......。って、それはともかくこの魔物をなんとかしてください! もう持ちませんよ!」

 ドレムの杖から排出されていた魔力の糸がどんどん少なくなっていく。
 それに比例して、変形巨大骸骨を縛り付けている拘束解かれていく。

 このままでは数分も持たなそうにない。食人鬼と同じ脅威度の魔物が、ネメッサの街以上の人間が生活している王都内で暴れられるのはかなりまずい。

「エキューデが元凶だろ。何はともあれ、召喚主なんだから土に還すなりなんとかできないのか?」
「無理だな、こやつは我の命令を全く聞かん。今現在も魔力の波長を合わせて下僕と干渉を試みてるが、何の反応も無しだ。こやつは失敗作だからぶっ壊してもいいぞ」

 偉大なる屍霊魔術師は適当だった。導き出された解決法が、ぶっ壊せは流石に苦笑を禁じ得ない。

「ウェルト、ウェルト」

 アシュレイがちょんとょんと肩をつつき、僕のことを呼びかける。後ろを振り向くと、いきなりアシュレイが重砲から砲撃を繰り出した。

 アシュレイの砲撃により、変形巨大骸骨の身体の一部に風穴が開けられたが、すぐさま開けられた風穴の周りの箇所から骨が溢れ出し、元の状態へと戻っていった。

「壊しても再生するのだが」

 まじかよ。食人鬼といい、貪食の食人鬼といい、脅威度が高い魔物は総じて自己再生能力が備わっているのかよ。ほんと厄介だな。

「あ、もう魔力が持ちません。無理です」

 ドレムが杖に寄りかかった態勢から遂に膝をつき、魔力が切れそうになっていた。
 ドレムの表情は明らかに先程よりも悪く、変形巨大骸骨の拘束が解かれるのは時間の問題だった。

「耐えろ黒ローブ! お前はやれば出来る子だ! まだいける!」

 僕はドレムに駆け寄り、拳を握って応援した。

「黒ローブじゃないです。ドレムですよ! というか、無理ですって! 貴方にぶつけた魔法は結構威力高めに撃ってしまったので、魔力が予想よりも早く無くなってしまったんですよ!」
「ドレムならやれば出来る子だ。騎士団訓練プログラムのチーム戦で見せた根性を出すんだ。ほら、限界突破だ!」
「嫌ですよあんなこと! もう二度とHPを使って魔法を行使するのはしないと誓ったんですよ!」
「リフィアのおばあちゃんが『諦めるな、死ぬ気でやればなんとかなる』って教えてくれたの。お兄ちゃんはそれを実行したし、お姉さんも死ぬ気で頑張ってどうにかするの」
「私をなんだと思ってるんですか!? いや無理ですよ! 無理! 無理無理無理!」

 ドレムがとうとう泣き喚いたと同時に、杖から溢れる魔力の糸が途切れ、今まで縛り付けていた変形巨大骸骨拘束が解かれる。

 まずい、拘束が解かれてしまった。このままでは王都に甚大な被害が広がる可能性が高い。
 しかし、完全に自由の身になった変形巨大骸骨はすぐさま暴れ出すと身構えていたが.......。
 
「あれ? 動かない.......?」

 何故か変形巨大骸骨は一歩も動かなかった。ドレムの拘束がされていた時と同じように、変形巨大骸骨は微動だにしないかった。

「あれ? 私の拘束は解かれている筈です。何故でしょう?」
「エキューデ、もしかしたらお前の命令にやっと従ったんじゃないのか?」
「いや、違うな。我が構築した召喚術式の構造上こんな事態が起こることはありえない」

 どういうことだ?

「お兄ちゃん、なんか寒いの。ぶるぶるって身体が震えてくるの」

 不思議そうな顔を浮かべる僕に、腹に顔を埋めていたリフィアが寒さを急に訴えだしてきた。

「今はまだ冬の季節じゃないだろ。なんだこれ? 氷.......?」

 リフィアが寒いと僕に訴えかけた時、足元が冷気を放つ透明な結晶に覆われていくのを見かけた。

 氷。

 それが変形巨大骸骨の全身を包んでいく。まさか、この氷がドレムの拘束の代わりに行動を縛り付けているのか。

 ピキピキと氷が侵食する速度は増していく。白という色が透明という色に犯されていき、気が付けば街中に巨大な一体の氷像が出来上がっていく。

「足元を見てください。皆さんまずいです。誰かがかなり上位の氷魔法をこの魔物に使ったようです。それも、魔法術式を見るに、かなりやばい代物をです」

 全員が一斉に自分の足元を見る中で、ビキッ、ビキッと氷に亀裂が入り込み、細かい氷の粉が変形巨大骸骨の全身から噴出された。

 幾本もの亀裂が凄まじい早さで駆け巡り、変形巨大骸骨は、少し衝撃を加えただけで今にも割れそうなワイングラスさながらの様となった。

「小僧、嫌な予感がするぞ」
「あれだな。次の瞬間に一気に砕け散るやつだ」
「ウェルト、それは『ふらぐ』と言うものじゃないか? 口にしたらいけないだろ。この魔物が私達を上に乗っけた状態で木っ端微塵になったらどうする? 上空から真っ逆さまだぞ」
「アシュレイさんも『ふらぐ』とやらを建築してるじゃないですか。まあ、遅かれ早かれあんま変わらない気がしますけど」
「それも『ふらぐ』じゃん」

 メキッメキッ、バキバキバキバキバキバキィィィ――――!!!

 亀裂が入って砕ける音、割れて砕ける音、それが鼓膜を破る程の高音で鳴り響き、変形巨大骸骨の全身は木っ端微塵に砕け散った。
 そして、アシュレイの言った通り僕達全員は上空から真っ逆さまだ。

「「「「「うわああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」」」

 落ちる。

 落ちる。落ちる。落ちる。

 ふわっ、とした浮遊感が全身を感じ、氷と骨の破片が散乱する空の上から、僕達は世界の法則に従い、自由落下を開始した。

「お兄ちゃんならなんとかできるよね? リフィアはお兄ちゃんのこと信頼してくるから大丈夫だと安心しているの」
「何処に安心できるのかが分からない。まあ僕とリフィアだけならなんとかなりそうだけど」
「それは困るぞウェルト。ちょっと愛読書が魔導書のドレム大先生、この状況をなんとかできないか? 魔法でパパっとなんとかしてくれ」
「エアロフリューゲルという空中浮遊させる魔法がありますが、今の私は生憎魔力切れですよ!」
「それ我が使えるぞ」

 僕達はエキューデを見て同じ言葉を叫んだ。

「「「今すぐ使え!!!」」」
「エアロフリューゲル!」

 落下する中で、エキューデがフリューゲルの魔法を発動した。

 魔法が発動した瞬間、空気の膜みたいなものが空間に形成され、僕達の身体を淡い光が包み込み、水の中に浮かんでるような感覚に陥った。

 浮遊。僕達は落下を止め、文字通り空中に浮遊していた。

「凄い! リフィア空を飛ぶのが夢だったの!」

 リフィアが僕の元を離れ凄い喜びようではしゃいでいる。しかし、僕はこう思った。虫がもがいている態勢で浮いてるだけで、これは飛んでると呼べるのだろうか、と。

 というか空中に浮くってなんか気持ち悪い。馬車を乗っていると気持ち悪くなる『乗り物酔い』によく似た感覚だ。このままだと吐いてしまいそうだ。

 僕は思わず手で口を抑えた時、手に何か違和感なようなものを感じた。

「いたっ!?」

 唐突に、手が火で炙られるような痛みが走った。

 手をよく見ると、僕の薬指に付けられたエマから貰った『道標の呪具』が熱を帯び、チカチカと点滅している。

 まさか.......!?

「ちょ、なんであの人がこんな所にいるんてますか!? あれは第一騎士団副団長のグレイス=フレイゼスですよ!」

 ドレムが空中に貼り付けられながら、地上のある一点に指をさした。そこには銀髪の男が上を見上げており、その男の名前を教えてくれた。

 その服装には見覚えがある。その顔と銀髪には見覚えがある。

 考えたくもなかった。ありえないとも思っていた。三百年前以上の人間がまだ生きているなんて、僕は今の今まで信じていなかった。

 でもエマから貰った『道標の呪具』。そして氷。そこから導き出される結論はただ一つ。

「違う。あの銀髪の男は、グレイス=フレイゼスなんて名前じゃない。そもそもあいつは第一騎士団副団長なんかじゃない」

 エマから貰った指輪がより一層チカチカと点滅し、指輪は魔力を通して僕に銀髪の男の本当の正体を教えてくれている。

 まさか本当に存在しているとは思ってもみなかった。こんなところで出会うなんて、もっとだ。

 エマの解析により、ネメッサの街でヒュージスライムキングを産み出しとされる人物が今、僕の視界の枠で捉えていた。

「あいつは氷の錬金術師。ユリウス=ナサニエルだ」

 エマの家で見た錬金術師の名簿に書かれていたユリウス=ナサニエル。それとあまりにも容姿が酷似している男が、上を見上げて僕達のことを見つめていた。



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