能無し刻印使いの最強魔術〜とある魔術師は来世の世界を哀れみ生きる〜

大島 こうのすけ

EP.117 魔術師は連れ帰る

とても暗い世界で、彼は目を覚ました。一面どこを見ようとも、白き世界が無い。通常、負の感情があろうともそれが一定以下であればその人物の精神環境は白い。しかしアリスは違った。白き面など全く存在せず、むしろどこまでも昏い。


「あーあ、来ちゃったのね」


後ろから声がかかって、クルシュはその方向を向いた。するとそこには、灰色の長髪に青い瞳、果てにはその背中に純白の翼が生えた少女がいた。


「誰だ?」
「こうして会うのは初めまして。私はリューネ、熾天剣と呼ばれた剣の天使」


天使、先程からででくるその言葉にクルシュは目を細めた。


「先程、俺と戦っていたのはお前か?」
「そう、ご名答。まさかあの出力の魔法で周りは凍らせておいてこっちは首から下だけを凍結させるなんて、流石の魔力コントロールね。流石は大賢者なんて呼ばれた魔術師アストさんかしら」
「俺の名前を知っているという事は、2暦前を生きていたのか?」
「ええ。あなたの名前は天界でよく聞いたわ。主に悪名の方で」
「確かにお前達にとっては悪名でしかないだろうな。神を狩り回っていたのは俺だ。まぁこちら側では知らぬ間にそんな異名をつけられていただけだが」


さらにクルシュは続ける。


「それで、話を戻すが戦っていたのはお前なんだな?」
「ええ。なんなら最近はずっと私がこの身体を使ってるわ。とても使い心地がいいの」
「天使には余り知識がないが、まさか他人の体に転生して回るのが流儀なのか?」
「さぁ、どうかしら。他は知らないわ」
「アリスはどこにいる?」
「この世界のどこかにいるんじゃないかしら。........あ、リアって言ったかしら、あの朱色の髪の子。よく出来たからくりね、心臓刺したのにまさかその切っ先がほかの雑兵の心臓貫く仕組みなんて」
「この前心臓を刺されたと聞いてな。冗談交じりで渡したのが功を奏したらしい」


今普通に話している、だがしかし攻撃する意志がないのが逆に怪しい。アリスの身体を支配しているのなら正気に戻すことをさせないように抵抗してくるものだと思ったが。


「アリスを探すなら探せばいいわ」
「止めないのか?」
「どこかの誰かさんがあっという間に勝負つけちゃったからやる気失くしたわ。それに元から少し外に出てみたかっただけだし」
「そうか」


クルシュは短くそう返して、アリスの反応を探る。数秒後、彼の中に位置が流れ込んできた。


「.........そこか」
「あ、言い忘れてたけど。最初の方、戦う前に言った言葉、全部彼女の本音よ。彼女が理解していないだけで、それでも心のうちに思っている部分。あなたはどう思ったか知らないけど」
「........そうか」


それだけ聞いて、クルシュは歩き始める。


「........ほんと、愛想がないわね。これのどこがいいのかしら」


リューネは遠ざかるクルシュの背を見て、そう悪態をついた。







しばらく歩いたところで、その目に彼女を映す。だが俺が近づく度に、辺り一帯がさらに黒くなっていく。


「アリス」


名前を呼ぶ。しかし気づく様子がない。更に言うならば、彼女を包み込むようにして赤黒い茨のようなものが生え出てきた。


「.........やれやれ」


ついには茨が彼女を覆い尽くした。それでも構わず進む俺に茨が飛来する。

――『結界魔術』

半径1mに展開された結界が飛来してくる茨を引きちぎる。だがそれでも茨の勢いが収まることは無い。邪魔者を排除するように次々と再生を繰り返しては突貫してくる。やはり元を抑えるのが一番だろう。結界で茨を防御しながら歩みを進める。

――こんなはずじゃなかった

――誰かを傷つけるために強くなりたかったんじゃないのに

――自分がわからない

――この力がもうよく分からない

――暗い

――怖い

――誰かを傷つけるくらいなら、もう1人でいい

想いが暗黒の世界に木霊する。ハッキリと聞こえたアリスの心の声だ。

――来ないで

拒絶するように茨が激しさを増す。

――来ないで

構わず俺は歩き続ける。

――来ないで

茨が結界にヒビを入れた。

――来ないで

残り数メートル、四方八方からの茨がついに結界を突破した。

――来ないで!!

最後に響く感情的な言葉。茨が俺の体をあらゆる方向から貫き、鮮血が地面を濡らす。内蔵をやられ、血反吐を吐いた。なかなか痛いが、それでも進まなければならない。

進まなければ、救えない。


「アリス」


茨に貫いた身体を引きずりながら、核であるアリスを覆った茨に触れる。そしてそのまま強引に茨を引きちぎった。


「いつまで落ち込むつもりだ?」


そう問いながら、無限に再生されていく茨を引きちぎり続ける。既に手は茨のトゲがくい込んで出血し、痛々しい。だがそれでも構うつもりは無い。


「俺の知っているアリスはそんなにネガティブ思考を持つやつじゃない」


少しだけ、茨の勢いが緩んだような気がした。


「俺の知っているアリスは明るく、物覚えが早く、努力家で、純粋で、天才肌で、なんでもこなすが唯一料理だけが壊滅的で、だがそれを本人は自覚していなくて、優しくて、仲間思いで、自分の想いをあまり伝えられないが、態度に出やすい、可愛げのあるやつだ」


自然と引きちぎる手に力が篭もる。背後から襲い来ていた茨と俺の体に突き刺さっていた茨は自然と消失し、アリスを覆う茨が再生するのを停止した。


「さらに昔は随分と手を焼いたものだ、初めて家に来た時は魔導書の山に埋もれていたな。毎日俺を捕まえるために泥だらけになってレオに怒られたりもしたか」


思い出が蘇る。そんなことを語るうちに、ほんの少し、黒い世界に白が差し込んできた。同時に、引きちぎり続けた茨が無くなり、ついに顔が見えた。目を閉じて耳を塞ぎ込んでいる彼女の目から、涙が流れている。


「だからこそ、落ち込む姿はお前らしくない。お前はいつも明るく振る舞うのがとても似合う。帰ってこい、アリス」


瞬間、暗黒の世界に光が差した。アリスを中心にして膨れ上がり、彼女を覆っていたいた茨が弾け飛ぶ。そのまま倒れてきたアリスの体をしっかりと受け止めて抱き上げると、ゆっくりとその目が開眼した。エメラルドグリーンの瞳はハイライトを取り戻し、自然とこちらを向く。


「........クルシュ、君?」
「俺以外の誰かに見えるか?」


苦笑しながらそう言うと、また彼女の瞳から涙があふれる。


「.........意識はあったの。でも、誰かに体を乗っ取られて、動かせなくて、自然と口から言葉が出て、もうよく分からなくて............」


震える声で状態を語る。俺はそれを黙って聞いていた。


「リアを刺して、あんな言葉言っちゃって...........。クルシュ君も傷つけて、自然と動いた自分の体が恐ろしくて............」


我慢していた想いが溢れ出した。


「怖かったよぉ.............!!」


そのまま泣き出した。何を言うでもなく、ひたすら嗚咽が響く。


「.......お前が攫われたと聞いて、リアはとても必死だったぞ。レオも、自分の無力を嘆いた。当然学園のやつも、そしてエリル達も心配していた。お前は決して1人じゃない、皆がいる」


さらに俺は続けた。


「リアは今しっかりと意識がある。実は魔道具を渡していてな、それが心臓への攻撃を別の者へと移す効果がある。それのお陰で気絶するだけで済んだ。後でしっかり謝っておけ」
「......うん!..........うん!」


俺の言葉に、泣きながらも頷いた。それを見て、俺はそのまま歩き出す。


「帰るぞ、アリス。みんなが待っている」
「..........うん!」


白く染まる世界へ、俺は踏み出した。その眼前に、またやつはいた。


「救えたのね」
「本当に、厄介なことをしてくれたな」
「あら、ごめんなさい。でもいい経験になったでしょう?」
「さぁな。だが..........次は殺す」


殺気を乗せて鋭く睨むが、リューネはそれを軽く促した。


「じゃあ殺されないようにその腕に収まるあなたの大事な大事な子に協力してあげましょうか?」
「命が惜しければな。もし次にアリスを脅かすなら、跡形もなく消し去る」
「..........はぁ、分かったわ」


ため息をついて、そのままゆっくりとこちらへ近づく。そして少し身を屈めアリスと視線を合わせた。


「さっきはごめんなさい。すこし出来心だったの。あたしはリューネ、あなたのもうひとつの力。もうあんなことはしないから、大丈夫」


最後にアリスへ向かってニコリと微笑んだ。


「これからよろしくね」
「............うん」


素直にアリスは頷いた。それを確認して俺はまた踏み出す。

眼前から差し込んだ光が俺の視界を覆ったのは、その直後だった。












目が覚めると、一面に白銀の光景が広がる。


「どうやら上手くいったみたいだな」


ふぅ、とため息を吐くと、白い吐息が出た。それほどまでに外気温が低いという事だ。クルシュは魔術を解除する。氷が砕け散り、再び倒れてきたアリスを受け止める。


「アリスっ!」


リアが真っ先にクルシュへと向かってくる。その後ろにエリル達も続く。


「眠っているだけだ。心配ない」
「アリスは.........もう大丈夫なのよね?」
「ああ。しっかりと正気に戻してきた」


その言葉を聞いて、リアは安堵を漏らす。


「よかった............」
「身体は大丈夫か?」
「ええ、なんともないわ。服が破けちゃったけど。..............って、それよりあんたよ!血まみれじゃない身体!」


リアが言うように、クルシュの体は紅を塗ったかのように血まみれとなっており、いくつもの傷口からなお出血している。これでも澄ました顔でいられるのはさすがクルシュか。


「く、クルシュさん...........今回復を」
「いいや、俺はいい。それよりもアリスに魔法をかけてやれ。凍傷を起こしている」
「ならあんたも回復してもらえばいいじゃない」
「この程度かすり傷だ」
「そんなかすり傷で血だらけになんかならないわよ!」


リアのツッコミが響く。それを無視してアリスをミナに預けたクルシュは『思念伝達』を使用した。


『クルシュか?こちらに来てくれ』
『どうした?』
『お前にしか頼めないことがあってな』
『........大方察しがついた。今から向かう』


『思念伝達』を切るが早く、『転移魔術』でジークの元へと転移した。




アリスを救い、ジークの元へ。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品