能無し刻印使いの最強魔術〜とある魔術師は来世の世界を哀れみ生きる〜

大島 こうのすけ

EP.115 神狼は決着する

激しく、金属音が響き合う。幾度とも重い衝撃は少なからず大気を揺らし、空間に音を反響させていく。


「ふっ!」


神の刃と、その神を殺す刃。エリルの刃は後者であり、そこに1ヶ月前の彼の姿はどこにもない。ただ眼前の敵をる、それが彼の成すべき事である。

振るうグラディースが、ログザリアと激しく打ち合ってはまたも金属音を発する。


「よもや、我と打ち合ってなお息ひとつ乱さんとは」
「言ったはずだけど、本気で来いと」


まるで不服を表すかのように小言を漏らすカルヴァンのログザリアが簡単に弾かれてはその神体が衝撃で壁に激突する。


「それとも、まだ僕が本気を出すに値しないか?」
「っ..........!」


初めて、カルヴァンの顔が曇る。その力は今の自分を上回っていると改めて理解したのだ。同時に、今までとは比にならないほどの殺気が膨れ上がった。


「いいだろう。出すつもりなど毛頭なかったが、仕方あるまい」


刹那、2人の姿が掻き消える。次いで始まる死合。もはや彼らの戦闘を視認できるものは数少ないだろう。それほどまでに極限の速度での剣戟。だがエリルはその速度に勝るとも劣らない。剣神相手に互角以上の戦闘を見せる。


「これにも付いてくるかっ!」
「これが本気かい?なら僕はもっと上げるよ」


その言葉通り、エリルの剣速は上がる。早く迅く、けれどもその剣筋に粗さはなく、ただ一つ研鑽され、洗練された剣の舞。ついにはカルヴァンの神体に切り傷が付き始める。だが当然、それには流血を伴う。


「神技『血華槍』!」
「っ!」


カルヴァンの下、神体から垂れた血が次々と槍を象ってエリルへ飛来する。だがそれ連続宙返りで避け、以降は全てを斬り伏せた。そのまま背後の壁を蹴って再びカルヴァンに肉薄する。


「伍ノ太刀『風華閃燎』!」


刹那、舞う剣閃、刻まれる剣。一陣の風の如くカルヴァンを駆け抜け、視認できない斬撃は容易くその神体に十字の傷を入れた。


「ほう...........」
「今ので仕留めたと思ったんだけどね」
「神体にこれほど深い傷をつけられたのはいつぶりか。二ルフィーナでもここまでは出来まい」
「勘違いするな。僕は復讐を果たしに来たわけじゃない」
「では何を目的にここへ来た?」
「守りたいものを、今度こそ失わないために。二度と後悔をしないためだ」


その答えに、カルヴァンから笑いが漏れた。


「何が可笑しい?」
「いいや、主すらも守れなかった駄犬が今更何を言うかと思えば。1度失えば2度目はない」
「当然2度目なんてないさ。だけど、その2度目が来ないようにする、それが僕の贖罪さ」
「偽善はやめておけ、二ルフィーナを真似るだけの贋作よ。貴様はその力で血に塗れるのが相応しい」
「贋作、偽善者、ね。僕にはふさわしい言葉かもしれない。守るべきものを見つけて、あの人のような優しさを目指した。彼女をあの人に重ねて、今度こそ守ろうと、そう心に誓った。...........やはりこれは僕の贖罪だ、お前を、神を殺す。そして彼女を守ってみせる」
「ふん、尚のこと吠えるか、駄犬」


つまらなさそうにそう返しては、何も無い虚空へと手を伸ばした。瞬間、その手に黄金色の柄に透き通るような純白の刀身の剣が握られる。


「我が二つめの権能『剣山』。と言っても、名の通りではない。この神体は万象あらゆる剣を扱える。神剣はなおのこと、聖剣、魔剣、この世に産まれる無限に近い剣をな。我が権能はその無限に近い剣を有する事。まぁそうだな、あの魔術師が使う『空間収納』と同じと理解すればいい」
「なるほど、お前にしてみればその血睿剣ログザリアも1本に過ぎないという事か」
「好んで使う分ではあるがな。まぁそれはいい、再開するぞ」


カルヴァンが床を蹴った。そしてログザリアと新しく抜いた剣を同時に振り下ろす。エリルはグラディースを横に構えて打ち払う、がしかし。


「っ!?」


同時に接触したグラディースの刀身に打ち付けたのはログザリアのみ、先程抜いた剣は翡翠の刀身をすり抜けてエリルに迫る。だが元は神狼、神々の獣、恐るべき反射神経でその剣を半身引いてよけ、距離を取った。しかし相手は剣神、完璧な回避はできなかったようで、頬が少し切れて血が垂れる。


「また面白い芸当じゃないか」
「なに、これは神技でもなければ神髄でもない。この剣の能力だ。透楼剣リムネト、相手の剣を貫通する。ほぼ防御不可の剣よ」


その言葉を聞いて、苦虫を噛み潰したような表情になる。相手の剣を貫通する、それが本当ならばエリルは一気に不利となるのだから。


(でもそれなら、なんで最初からリムネトを使わなかった........?)


加速する思考、しかしそれを剣神は許さない。


「我を前にして考え事など、余程の余裕があると見た」
「っ............チッ!」


考える暇はなく、対応に追われた。振るうログザリアとリムネトに、エリルはクラディースと反射神経だけで相手をする。払い除けたログザリアの次には、防御無視のリムネトが。グラディースで受けようとも、それをすり抜けてその身へと純白の刀身が届く。だがやはり、それを避ける。

1ヶ月前、剣神がこれを抜いていたならば瞬く間にエリルは死の塊となっていた事だろう。やはり生かされていたということを実感する。だが彼とて、剣を磨きこうして対等以上に戦っている。簡単には死なない。


(なぜ先にログザリアが来る?なぜ先にリムネトが来ない?)


迫る剣撃の裏で、回避に専念したエリルが思考をめぐらせる。考えればそれほど、勝利へのピースが音を立てるような気がした。


(たまたま?いや、それにしては回数が多い)


早まる思考、吹き荒れる死の刃の嵐。その体に切り傷を作ろうとも、致命傷のものは無い。


(いや、違う。.............これか?でもそうだとしたら...........)


.........ハマった。カチリと、一つの結論が出来上がる。ただの憶測でしかないが、それでも賭ける価値はあるもの。失敗したならば、その時は反射神経でなんとかすればいい。


「どうしたっ!防戦一方か!?」


振り下ろされるログザリア、打ち払ったグラディース。ここで1つ。そしてその上からグラディースを貫通してリムネトが迫る。


(ここで、2つッ!!)


迫る剣に向けて彼が出した結論。それは見事に的を居ていた。エリルが腰に刺していた鉄剣抜き放ち、リムネトを打ち払ったのだ

カァァァン!!

リムネトと鉄剣の間に金属音が響く。そしてその奥では、目を見開いたカルヴァンの姿も映る。


「っ!!」


振り払ったグラディースは空を切るが、カルヴァンを後退させる。


「やっぱりそうだった。予想通り、かな」
「貴様...........!」
「透楼剣リムネト、確かに防御無視だ。までは。お前は常にログザリアをグラディースに打ち付けてからリムネトを振り下ろしていた。それはたまたまじゃない、剣の性質上、そうせざるを得なかったからだ」


エリルの言葉に、カルヴァンは押し黙る。


「恐らくリムネトの能力は『既にもう一本と打ち合った剣を無いものと仮定して貫通 する』。リセットは1度能力が発動したら。これならさっき僕がリムネトを鉄剣で打ち払えたのにも納得が行く、お前が初回に少しずらしてログザリアを先に当てるような切り方をしたのも。違うかい?」
「.............」


エリルの推測に、カルヴァンは押し黙った。だが次の瞬間、その顔が嗤う。


「ククク.........よもや初見で我がリムネトを見破る者が居ようとはな。それがまさか貴様とは。フン、運命とは馬鹿にならんものだ」
「おかしいとは思った。ログザリアが初撃なのは利き手という事もある。だけど剣神がずっと同じ型を使うわけがない。1つ目の権能だって既に発動させてるはずだからね」
「頭のキレるやつよ、貴様のような部類が我にとって1番面倒でならない者だ」
「そんな事知ったことじゃない。............もうそろそろ行くよ」
「見破られたからには終わりにしよう。貴様の死でこの戦闘を締め括ってやる」


そして流れる沈黙。彼らの間にこれ以上の言葉はいらない。

――刹那、2人の姿は掻き消えた。


「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」


雄叫びにも似た声が空間内に反響する。それは互いの鼓舞の表れ。この切り結びで終わらせるという覚悟の表れ。故に全力を注ぐ。故に命を賭す。


「玖ノ太刀『風見嵐』ッ!!!」
「神技『天理覇葬』!!」


神髄、神技、2つの究極技がぶつかり合う。打ち合った剣の余波で床にはどんどん亀裂が入っていく。もはや剣人だけの宴。最強の対決。1ヶ月前の圧倒的な力の差など存在せず、そこにあるのは僅差の競り合い。どちらが勝ったとしてもおかしくはない。

打ち合うこと100は超えただろうか。致命傷以外の傷ならば、剣が動かせない以外の傷ならば構わないと、出血など気にせずに、相手の命だけを狙って打ち合う。最強同士の、究極技を用いた、究極の戦闘。永久にも思えたその終りは直ぐにやってくる。

時間にして7分、息をすることも忘れてただ剣を打ち合うさまは、殺し合い以外のなんでもない。だがエリルが用いた鉄の剣、ついに限界を迎えて砕け散った。


「っ!!?」
「貰ったぞ!!」


ザン!!

ログザリアの剣が右肩から左脇腹にかけてを一閃、激しく鮮血があたりを彩った。カランとグラディースがエリルの右腕から落ちる。

長き打ち合いを制したのはカルヴァンだった。鉄剣が砕け散り動揺したところを一閃、切断するつもりで放った一撃はエリルに浅くない傷を残した。それはカルヴァンにエリルが与えた十字傷以上、今もとめどなく血が溢れてきている。


「貴様はよくやった。認めよう、我をの生を脅かしたと」
「.............いやいや、まさか剣を落としたら終わりだなんて思ってる?」
「何っ!?................!!?」


エリルは嗤っていた。まるでこれが最初から狙いだったとでも言うように。彼らの距離は既に50センチ程度。砕け散った鉄剣の柄を捨て、左腕を刺突の形に。そのままカルヴァンの心臓へ突き刺してはその核を掴む。


「がはぁっ!!!」
「鉄剣が今この場で最も脆いのなんて知ってる。それを承知で持ってきた。この技は神限定で、相手の致命部位を握ることでしか発動できない制限付きだけどね.......っ!」
「まさかっ.........!最初からこれが.............っ!!」
「そうだよ。肉を切らせて骨を断つ、まさにそういうことさ。僕が勝つにはこの手以外に思いつかなかったっ!!」


瞬間、2人を中心にして魔法陣が展開された。すると、ドクンッ!とカルヴァンの身体が波打つ。


「喰らい尽くせっ!!『破神貪食飢餓グリード・ベルセルク』!!」
「ぬぅおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!??」


心臓に突き刺している左腕を中心にして渦巻くようにカルヴァンの体が捻れ出す。そのまま吸い込まれそうな勢いだ。


「神を喰らう、それが僕だ。だからこそ、お前の身体も、お前の存在も、お前の力も、権能も、全て僕が喰らい尽くす!!」
「ぬがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


抵抗を試みるカルヴァンだが、無意味だと言わんばかりにその渦へねじ曲げられながらどんどんと吸い込まれていく。神を喰らう、それがフェンリル。そしてその彼だからこそできた荒技。一撃滅神に死角はない。

その渦へと、確実に、有無を言わさず吸い込まれ、やがてエリルはその全てを喰らい尽くしてみせた。もうそこに、カルヴァンは居ない。当然ながらに、死んだ。力と権能を残して。


「エリルさんっ!!」


ふと後ろから声がかかった。聞き覚えのある声に振り返ると、そこにはこちらへと駆けてくるミナの姿が。その形相は恋人を心配するそのもの。その様子に力を解いては1歩踏み出した瞬間、彼女の胸へと倒れ込む。柔らかな感触がエリルの顔を包む。


「ひゃっ..........だ、大丈夫ですか!?」
「あ、ごめん............うん、大丈夫だよ」


すぐに回復魔法を展開し安堵を漏らすミナと、それを見て優しい笑みを浮かべるエリル。知らぬ間に桃色空間を展開していた彼らにもう1人。


「コホン!、イチャつくなら他でやってくださいな。今はそんな場合じゃないでしょうに」
「別に僕はそんなつもりないんだけど.........」
「こっちから見れば正しくそのものですのっ!!」


やけにトゲが強いフィオーネにエリルは思わず苦笑いを零す。


「えっと、何かあったの?」
「別にぃ、何もありませんわぁ」
「実は..............」


何も無いというフィオーネの横でエリルにミナが耳打ちして、なるほどと納得するエリル。その間にどうやら傷は癒えたようだった。


「ありがとう、助かったよ」
「どうやらエリルも無事勝ったみたいですわね」
「なんとかね」
「それじゃあ、先に行きましょう。この先にクルシュさん達が居るのでしょうし」


そうして階段を目指す2人、その後をエリルは追う。振り返り、その場で自分が戦闘した跡を見ては、階段へと向かった。

少し登ったところで、2つの分かれ道に3人は出会う。


「えっと、どっちですの?これ」
「魔力の匂いがする。.........どっちも当たりみたいだね」
「そうなんですか?」
「左がクルシュとリアさん、右がルイだね。どうする?」
「ルイ..........と言いたいところですけど、恐らくリアもクルシュの方に行ったということは、そちらにアリスがいる可能性があるってことですわね」
「それに、ルイさんなら大丈夫でしょう。奥さんのために戦っているのですから私達が言ってもやることは無いでしょうし」


そう結論付けて、左を進むことにした。結晶の廊下に3人分の靴音が反響する。


「エリルさん、もう無理だけはしないでくださいね。傷は言えても失った血までは取り戻せませんから」
「そうだね、気をつけるよ」
「.................やっぱりルイの方に行けばよかったかもしれないですわね」


自然とミナはエリルの腕を絡める。形成される桃色空間は致し仕方ない物。それに居心地の悪さを感じて、小言を晒すフィオーネ、だが当然それを聞く者はいない。

やがてその視線の先に終わりが見え、早足になって出口を抜けた。だがそこで、その瞳に思わぬ光景を映すこととなった。

光の先で、アリスとクルシュが殺し合っていた。




好敵手に勝利を収め、向かった先では思わぬ光景。

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