能無し刻印使いの最強魔術〜とある魔術師は来世の世界を哀れみ生きる〜

大島 こうのすけ

EP.79 魔王は優しさを見せる

改めて見ればフィオーネは酷いものだった。透き通ったライトグリーン髪は整えられていないためキューティクルが落ちてボサボサとなり、アメジストの瞳からは生気が抜け落ちたような蒼さを含んでいる。そのため、元々白い肌が相まって少しだけ不気味に思えるような、そんな感じだった。フィオーネから完全に高貴さが失われていたのだ。


「それで、何故学園を休んでいる?」
「..............」


ルイの質問に対してフィオーネは俯いて黙り込んでしまう。余程言いたくないのか、はたまた躊躇っているのか。


「..............限界を知ったからです」
「ほう?」
「あなたの力を目の当たりにして、わたくしの力はなんて小さなものなのか、よく身に染みましたわ。それで、もうやる気も何も消え失せましたの」


自虐的に渇いた笑みをフィオーネは見せた。しかし、その表情にルイは納得していないようだった。


「それだけか?」
「.......え?」
「それだけなのか、と聞いたのだが?」
「っ、何を..........」
「これはあくまで俺の推測だ、別に間違っているなら気にしなくても良い。俺にはお前が学園を休む理由はがそれだけではないと感じる。プライドが高い者程、挫折は早い。お前が挫折したのがそれだけの理由なら、俺がここに来た意味は無いな」


他人事のようにそう言ってのけたルイはさらに続ける。


「第一に、だ。限界を知ったというのならそれは良いことだ。そこから更に成長が生まれるのだからな。しかしお前はどうだ?自分の限界を知ったから諦める?、甘えるな。お前はその程度では無いはずだ。違うか?」
「...............」


俯いて、しかしだんだんと魔力が胎動する。そして、勢いよく顔を上げると、キッ!と、今までのように敵意を向けて、しかしその目の端には涙を貯めてルイを睨んだ。


「あなたに.......... .あなたに何が分かりますのっ!?」


ヒステリックな叫びが聞こえた。ルイを威嚇するようにフィオーネが叫んだ瞬間、部屋に風が吹いたように魔力厚で立てかけていた肖像画などが揺れる。


「わたくしは貴族の生まれ、もちろん周りから期待の目は日に日に増えていきましたわ。それはわたくし特有の『花魔法』も相まって、わたくしをどんどんと追い詰めて、それが日に日にプレッシャーになりました。お父様も、お母様も、私より優れていたお姉様でさえもわたくしに期待するようになって、だから負けなんて物、許されませんでしたわ。だから努力して、努力して、努力して!最高峰の聖ニョルズ学園の1位まで輝きましたわ!」


そこまでは誇らしげに、雄弁と語ったが、しかし。


「自惚れているつもりはありませんでした。満足することもありませんでした。ですが、あなたのような才能の塊に出会って、わたくしの心は打ち砕かれたんですわ。衝撃でした、あなたのあの魔法を目の当たりにして、自分がどれだけ小さい存在なのか、よく思い知りましたわ。上には上がいると、ええ、全くその通りです」


自虐的に笑うと、その目は次の瞬間にルイを睨む。


「ですが!その実力を言い訳に貴方は何故上から物を言いますの!?弱者の努力も知らないで!あなた達は才能があるからいいですわ!ですがわたくし達はその才能すらも与えられない!1からスタートのあなた達と0からスタートのわたくし達では圧倒的な差が生まれるのは目に見えていますわ!」


そう言い終えると、少し疲れたようにベッドに座り込んだ。その目には先程宿っていたハイライトは無く。


「..........なのに、まだ頑張れと?まだ努力しろと?.........無茶を言わないでくださいな。もう十分、頑張ったんですわ。もういいじゃないですか..........」


まるで独り言のように、虚空へと呟く。しかしそれはルイに聞こえるほどの声量で。


「もう疲れたんです。わたくしは..........頑張りましたもの。.............だから、もう..........」


ゆっくりと挙げられた片手の指先には小さな魔法陣が浮かび、その照準は首へ。そう、フィオーネの、自分の首へと合わせられていた。


「休んでも..............いいですわよね...............?」


再び自虐的な笑みを浮かべ、魔法陣が輝く。しかしそれは、ガラスが割れたような音とともに魔法陣が消滅したことにより魔法は不発動に終わった。


「先程から何を一人語りしている?情緒不安定エルフ」
「っ.............」


ルイは靴音を立てながら、力強くフィオーネの目の前に立つ。先程魔法が不発に終わったのは、ルイの『逆証魔術』の効果だ。勿論魔王と言うくらいなのだから、当然使えて当たり前なのである。


「貴様の過去など俺は知らぬ。もちろん興味もない」


ゆっくりとフィオーネの元へ寄り、自分の瞳と合わせるべく顎を上げて上を向かせた。唇同士がもう少しでふれあいそうな距離で、ハイライトを失った瞳を紅く爛々と輝く強者の瞳が見つめる。


「っ、離して............」
「しかしな、フィオーネ。俺の前で無駄に命を散らすことは許さぬ。もう二度と、絶対に、だ」


フィオーネを見つめる瞳が少しだけ悲しそうな念を含んだが、それを彼女は気付いていない。


「まだあなたはわたくしに頑張れと?そうやってわたくしにまたエゴを押し付けますの!?」
「ああ。そうだ。なにか悪いか?」


責め立てるフィオーネに、ルイはそうやって開き直る。


「俺は魔王だ。いつだって俺の基準を配下へと押し付けてきた。弱いならば強く在る為の努力をしろ、とな。しかしその段階で、お前のように挫折する者は居なかった」


そしてなおもフィオーネの反論の隙を与えず続ける。


「誰でもいい、弱さを見せられる者を作れと、いつもそう言っていたからな。そこがお前と俺の配下たちとの決定的な違いだ。お前は誰にも弱さを見せられず、甘えることも出来なかったのだろう?違うか?」
「っ...........それは」
「当然そんな状態ならば挫折も大きいに決まっている。フィオーネ、これからの事はお前が決めるが良い。しかしな、死ぬことだけは許さぬ。もしもまた自殺を図るというのなら、俺はあらゆる手段を以てそれを阻止する」


強く言い放たれた言葉に、ハイライトの無い瞳から一縷の涙が零れる。そうして、震える声で、恐る恐る聞いた。


「なんで..........」
「ん?」
「なんで...........わたくしにそこまでしてくれますの?あんなに酷いことを言って、軽蔑していたのに。..........どうして?」
「愚問だな、前も言ったが俺は別に気にしていない。戯言に興味などないからな。どうしてと聞かれると、まぁ、何故だろうな?」


フッとかわいた笑みを浮かべる。


「何ですか........それ........」
「フィオーネ、辛いならば誰か気の許せる相手にでも弱さを見せれば良い。それで幾分かマシにはなろう。甘えるが良い、弱くなれば良い。それが生きる上で重要なことだ」


その言葉に、何かが救われたような、そんな感覚を覚えたフィオーネのアメジストの瞳にハイライトが灯る。そうして、目に涙を溜めながら、震える声を振り絞る。


「じゃあ............ルイでも?」
「?」
「ルイに..........でも、いいんですの...........?」


恐る恐る、そう聞いてきたフィオーネに、ルイはフッと笑みを見せて。


「それでお前の気が休まるのならそれでも構わぬが。俺は害虫ではなかったか?」
「それは..........もう忘れてください」
「ふむ、まぁそれならば良いだろう。今だけはこの魔王が胸を貸してやろう」


そう言うと、ゆっくりと、フィオーネがルイに抱きついた。そうして、ルイは彼女の耳元で、ゆっくりと、諭す様な、子供をあやす様な声で呟く。


「頑張ったな」
「っ............!」


次の瞬間には、彼女の泣く声だけが部屋に響いていた。いつの間にか張り巡らされていた結界の中で、フィオーネは泣いた。泣いて、泣いて、今までの全てを吐き出すように、泣き続けた。やがてフィオーネは落ち着いたのかベッドへ座り、涙で腫らした目を擦りながら笑う。


「...........まさか、対戦相手に慰められるとは思いませんでしたわ」
「落ち着いたか?」
「はい、もう問題ありません。全部膿は出しましたもの」


この時初めて、彼女が花の咲いた様な笑顔をルイへ向けた。そうして、ルイは立ち上がった。


「さて、そろそろ俺は帰らせてもらうか」
「あっ...........ルイっ!」


そうしてルイが転移魔法陣を発動しようとした瞬間、フィオーネが慌てて立ち上がった。首だけ振り向き疑問の視線を送るルイへ向けて、黄色いネグリジェの胸の中心部分をギュッと握りながら、少し恥ずかし気に呟いた。


「ま、また明日..........!」


それを聞いたルイは、笑みを浮かべ、片手返事でその場から転移した。




これはこれでまた...........


P.S
いつの間にか評価600を超えてました!ありがとうございます!これからも尽力して参ります!

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