能無し刻印使いの最強魔術〜とある魔術師は来世の世界を哀れみ生きる〜

大島 こうのすけ

EP.73 魔術師は他国へと向かう

ルイが落とした爆弾によりクラス中が静まり返った。事情を知らない俺とレオ以外、アリス、リア、エリル、ミナは当然警戒している。


「まぁ、そう緊張しなくてもよい。仲良くしよう」
「まぁ、皆も驚いただろうが、彼は異留学生としてうちに来た。席は、そうだな。ちょうどクルシュの横が空いているな」


レオに促されゆっくりと最上段の俺の席の横にルイは向かってくる。クラスの視線を集めながら、しかし本人は平然とその視線を受け流し、静かに着席した。


「やれやれ、歓迎されぬとは思っていたが、予想通りか」
「魔族と言うだけで人類の敵とまで言われるからな。仕方ないといえば仕方ない。だが学園長の保証がある、生活には困らないさ」
「まぁ、そもそもがそういう約束だからな」


繰り返すが毎月行われる試験の首席には学園長へなんでも願いが叶う。今回もエリルの時と同じくその権利を執行し、あらゆる条件を盛り込みながらジークをこの学園へ編入させた。その際に偽名を考えておけとは言っておいたが、上手くやったようだ。ちなみに学園長からもルイが魔族だということは教師達に公表するのを条件にしている。これまでの事件全てを話しているレオにとっては"敵"であるはずなのだが、何故か俺がいると安心するらしい。


「さて、新しいクラスメイトを加えたところで、もう1つのニュースを教えよう」


杖を取り、既に消されたルイの名前が書いてあった所からゆっくりと魔法文字を刻んでいく。そして、やがてそこに書かれた文字の羅列に、またクラスがざわめき出した。


「我がゼルノワール学園Sクラスは聖ニョルズ学園との学園交流が決まった」


聖ニョルズ学園、それは世界に点在するあらゆる学園の中で最高峰の魔法学を持つ学園。言ってみれば王都のゼルノワール学園ここと同じという訳だ。そんな学園に通うのは、同じく全種族で魔法を使わせれば右に出る者はいないと言われるエルフ族と妖精族。まぁ昔は魔術だったが。


「日時は今より一週間後だ。明日から出発するぞ」


その言葉を聞いて、クラスが様々な反応を見せる。男子生徒はこぞって鼻を伸ばし、女子生徒は色々と心配をしている。


「もちろん学園が終わってから用意していては間に合わんだろう。今日はここで解散だ」


そんな良心的(?)な学園の判断により、俺達Sクラスは明日からのエルフ妖精連合国アレフガルドへの学園交流のための準備のため午前九時に解散となった。そしていつも通り、俺達は地下図書館へと赴く。そこに1人例外を連れ。


「ほう?勇者はまた面白いものを人族に残したのだな」


地下図書館に来たルイは、開口一番関心の声を漏らした。その言葉に不機嫌そうに椅子に座る人物が約2名。


「クルシュ、そいつ誰よ?」
「魔族なんでしょ?大丈夫なの?」


リアとアリスが不機嫌そうにそう問うてくる。リアもアリスも先の1件から魔族というものを余程警戒しているらしい。不思議なものだな、魔族には俺達と同じく学生がいる。なのに上の行動でこうもイメージが塗り固められるとは。


「どうせエリル連れて来るくらいなんだからその魔族も只者じゃないんでしょ?」
「ああ、よく分かったなリア。ルイ・ディヴルジーク改め、ジーク。魔王だ」


その瞬間、その場に殺伐とした雰囲気が流れる。俺とエリル以外の事情を知らないその他3人、特にリアは警戒の視線がさらに強まる。


「.........魔王、ですって!?」
「クルシュ君、どういうこと!?」
「クルシュさん........?」


ガタッとアリスとリアが立ち上がり、ミナがエリルの後ろに隠れるように逃げた。


「どうもこうもそのままだ」
「俺は人探しのためにこの学園に来た。決してお前達をどうこうしようという訳では無い」
「どうやって信じろって言うの!?」
「まぁ落ち着け、アリス。害があるなら即刻俺が手を出しているだろう?」
「そ、そうだけど..........」


言葉詰まるアリスに気にせずクルシュは続ける。


「ついでにあの家に住むことになったからな」
「えっ?........ええっ!?」
「へぇ、僕達の家に、ねぇ」
「まぁそういう事で、よろしく頼むぞ」


さすがに魔王城から通うのも朝から消費魔力が大きいだろうしな。それに身近の方が色々と便利だろうからな。

もちろんそんな意図など知らないアリス達だが、怪しみながらもどうやら納得した様子だった。その日の夜、ささやかな歓迎会が行われ、次の日を迎えた。




ゼルノワール学園Sクラスは、王都を出てすぐ目の前にあるユルク平原に集っていた。


「これからお前達には自力でアレフガルドへと行ってもらう」


レオのその声に、あちらこちらから不安の声が漏れ出す。まぁ当然といえば当然か。生き方を知らない国へと自力で行けなど、赤子が無人島でサバイバルをしろというのと同義に難しい。しかし学園を卒業すれば何かの仕事で他国へと赴くこともあるだろう。その時に、今回のように行き方を知らなかった、などという言い訳は済まされない。将来を見立てた案は悪くは無いな。


「一応、各自には地図を配布してある。それを見ながら、あらゆる手段を使って6日以内にアレフガルドへ来い。以上だ、解散!」


それを聞いた全員がゆらゆらと死に体で移動し始めた。まるでやる気のないナマケモノのような、そんな感じだ。まぁ知らない土地へ行く手段をどんなのでもいいから探して、来い、など普通なら無理だからな。


「あ、言い忘れていた。もし6日以内にアレフガルドへ来ない場合は単位落とすのとAクラスへの降格が、あるかも、しれない。もしいちばんに着いたグループには褒美があるそうだ」


その瞬間、ピタッと全員が止まる。そして次の瞬間。


「よしやるぞぉぉぉぉぉ!!」
「絶対に着いてやる!」


など、急に全員がやる気を出し始めた。やがて全員が各々、時々クランになりながらも解散していく中、そこには俺達だけが残された。


「やれやれ、簡単な奴らだな」
「仕方ないわよ、皆、降格なんか絶対に嫌だろうし。それに単位落とした時点で卒業できないしね?」


リアが呆れたように「ほんと、趣味が悪いわ」と肩を竦める。その場に残ったのは、俺のクラン、アリス、リア、ミナ、エリル、ルイ、俺。レオは解散直後に転移魔法陣でアレフガルドへ飛んだ。


「ねぇ、クルシュ君の転移魔法でアレフガルドまで飛べないの?」
「悪いが位置が分からなくてな。転移魔法というのは一度行った場所に転移できる、と言うだけの代物だからな」


まぁ、もちろん位置がわからないというのは嘘だ。嘘なのだが、2歴前と現在では何かの影響で位置が変わっているかもしれないからな、本当になりうるかもしれない。それに過去と現在で位置が変わっていた場合、転移魔術は暴発する恐れもある。だから今回はできない。


「ならば俺が運ぼう」


そこに、ルイが入ってくる。彼の左手の甲に刻まれている常闇の刻印が闇紫色に輝き、手を翳した草原に巨大な魔法陣が出現した。


「ところで、お前達。黒が好きか?紫が好きか?」


その場の全員がその質問に一瞬硬直したが、意図を汲み取ったクルシュが答え始める。


「黒だな」
「ん〜紫かなぁ」
「私も紫かな」
「あたしは黒ね」
「私も.......黒ですね」
「そうか。なら今回はこちらにするとしよう」


それまで意識を外していたルイは魔法陣へと意識を向け、言った。


「来い、ウロボロス」


その言葉に反応した魔法陣が煌めき、中から一対の黒い影が轟速で飛び出してくる。その影が明らかになるともに、俺とエリル以外のアリス、リア、ミナが固まった。

黒い鱗に包まれた体に、眼光鋭く銀色の瞳が俺達を見下ろす。その竜、色竜、黒の頂点、無限竜ウロボロスは空を1度旋回した後にゆっくりとその巨躯を支える遥かな翼をはためかせながら地面に舞い降りると、ルイに向かって頭を擦りつけた。


「さぁ、乗るといい」


少し驚いた表情を見せるエリルだが、問題無しとすぐさまミナを抱えてウロボロスへ飛び乗った。もちろん、ルイは昨日だが、全員エリルとミナが付き合っていることを知っている。もちろん今回、恋人が登れないのを察してエリルが抱きかかえたのだが、この構図で行くと、必然的に俺が2人を支えなければならない。


「まぁ仕方ないか。少し失礼するぞ」
「ひゃっ、クルシュ!?」
「ちょ、ちょっと.......」


よくわからない反応をする2人を両腕に抱きかかえ、俺はウロボロスへ飛び乗った。その際にエリルが少しニヤけたような気がしたが、まぁ気の所為と切って捨てよう。最後に頭部に乗ったルイで全員が搭乗した。


「さて、頼むぞ」


その一声で、遠吠えとも取れる咆哮を上げたウロボロスは、翼を1度はためかせるとその巨体を宙へと運んだ。そのまま1度旋回すると、グンッ!とスピードが増して行く。さすがに魔王であるジークやエリルならこの空気抵抗もマシだろうが、普通の人間体である俺達がこの空気抵抗を受けると、まず体が四散するのは必死だ。故に立っている俺を含め、4人全員に『結界魔術』を張った。

そこから数分、幾数十キロ。山を越え、河川や村々を越え、やがて巨大な大樹、エルフや妖精の産みの祖と信じられている、大神樹ユグドラシルとその根元に栄えるエルフと妖精の連合国、アレフガルド連合国が見えてきた。




どこかで見たことがある、それは言わないお約束なのです。

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