能無し刻印使いの最強魔術〜とある魔術師は来世の世界を哀れみ生きる〜

大島 こうのすけ

EP.46 プロローグ〜神狼の預け物〜

――11億年前


その姿はまるで疾風の如く、地を駆け、海を渡り、大陸を縦横無尽に走り回る神の使いがいた。名をフェンリル、神の使いでありながら神々を殺す力を持つ神狼である。

駆け抜けたあとには何も残る事がなく、更地と化す。そのフェンリルの先に立ちはだかる生身の人間が1人、数々の2つ名で謳われる人類最強の魔術師、アストだ。


「貴様、何者だ?」
「なに、しがない魔術師だ」
「用がないならばどけ、肉塊になりたいか?」
「ふむ、神狼ごときが俺を肉塊に変えるなんて面白いことを言うな」
「...........何だと?」
「お前にそんな力は無いと言ったんだ、犬」


直後、音もなくフェンリルが地面を蹴った。しかしその瞬間、アストが展開していた魔術障壁とフェンリルが衝突する。周りに稲妻が走り衝撃が地面を吹き飛ばしていく。


「何.......?」
「お前の突撃程度で俺は死なん」
「まさか我の突進を防ぐとはな。貴様、名は?」
「アストだ」
「アスト、次会う時貴様の命はないと思え」
「面白い。せいぜい吠えてみろ、犬」


最後まで睨んだフェンリルは踵を返して去って行った。なお、やはりフェンリルの後には何も残らなかった。

次の日、やはり2つは相見えた。


「貴様、昨日の今日だぞ?」
「それがどうした?」
「言ったはずだ。次は殺すと」
「ならさっさと来い。わざわざ立ち止まらずともそのままトップスピードで引き殺せばよかっただろう」
「ふん、減らず口めが」


フェンリルがまたも音なく地面を蹴る。アストの魔術障壁とぶつかり合うが、昨日とは違う。障壁が壊れ、アストが1歩下がった。


「弱い障壁ごときで我の行先が止められると思ったか?」
「........いやいや、なかなかにお前はよくやったぞ。俺に1歩あとずらせたのだからな」
「貴様、何を言って............」
「だが穴だ」


直後、ぶつかり合う障壁の外からアストが手を水平に挙げる。その指は、フェンリルの額へ伸びていき、ピンッと指を弾いた瞬間、フェンリルは地面をボールのように弾かれ地面を転がる。数百m吹き飛んだところでその体は停止し、アストは転移魔術でその場所へ移動する。


「な、何が起きて...........」
「身体強化でデコピンをしただけだ。それ以上でも以下でもない」
「なん........だと.........?」


――勝てるわけが無い

その結論に至るより先に第六感が恐怖の警鐘をけたたましく鳴らす。咄嗟に起きあがり体を反転させて地面を蹴った。1秒後にははるか先にその姿が見える。


「ほう?鬼ごっこか?いいだろう」


アストは足を1歩下げ低い姿勢になる。次の瞬間、地面がえぐれるほどの威力で地面を蹴ったアストの体は亜高速を駆け抜け秒を待たずフェンリルと並走し始めた。


「なっ...........」
「ほらどうした?捕まえるぞ?」
「っ!」


直後、フェンリルがまたスピードを上げた。山を超え、野を駆け、海を渡る。遥かな大陸を10秒と待たずに駆け抜けること数分、アストが離されることは無かった。


「ふむ、この程度か?」
「くっ!この!」


フェンリルが走りながら器用に爪を地面に叩きつけ土煙を立てる。瞬時に止まったアストが土煙を晴らすと、その場にはもう神狼の姿は無かった。


「ふむ、逃がしたか。それにしても.........ククク、敵前逃亡とはなかなかだな。面白い」


アストが笑うその頃、数万キロ先の洞穴、フェンリルの巣の中にとある少年がいた。肩で息をして、地面を這いずりながら奥へ進む。その顔は恐怖で塗り固められていた。


(な、なんなんだよあいつは...........っ!!)


自分が今までただの人間を恐ることは無かった。逆に人間が自分を恐れ、萎縮するばかりだった。しかしあの男は違う、ほかの人間を見るのと変わらない表情で目の前に立ち、恐ることなく自分を負かせてみせた。


(勝てるわけがない...........あんな化け物勝てるわけがっ!)


もう一生出会うことがないようにと祈りながら震える足で奥へと進もうとした時だ。


「なんだ、こんな所にいたのか」
「うひゃぁ!?」


素っ頓狂な声を上げて少年は倒れた。振り返り、その聞き覚えのある声の主を見ると、不思議そうにこちらを見る男、アストがいた。


「ふむ、フェンリルの正体は少年だったのか」
「ち、違うよっ!こっちのが便利だから普段はこっちなんだよ!」
「ふーん、喋り方も変わるのか」
「あ、あんな姿でこの喋り方が出来るわけないだろっ!」
「まぁそれもそうだな」


ひとつ頷きアストは少年をマジマジと見る。


「な、なんだよ...........」
「いや、大口を叩いていたのになかなか殺しに来ないと思ってな。お前は俺を見て逃げたのか戦略的撤退をしたのか知らんがやるか?」


質問をなげかけている間にも少年は後ずさり、奥にあった剣を取る。翡翠色の刀身を輝かせるそれを、少年は閃光よりも早く振るう。しかしその一閃はアストの人差し指と親指に掴まれた。


「なっ...........」
「ふむ、中々の剣筋だ、悪くない。お前なら俺の友の剣聖にも勝てるかもな。しかし勝てるのはそこまでであって俺には勝てない」
「こ、こんのっ.........」


強引に振りほどいた少年が距離をとりまた地面を蹴る。正眼に構えた少年の剣が消える。


「風王剣壱ノ太刀『はやて』ッッ!!!」


そう言うより早く振るわれた剣閃がアストの体に届く。しかし次の瞬間、後ろに立っていた少年の体が切り裂かれた。


「かはっ!?」
「神髄の技か、なかなかどうして見込みのあるやつだな。しかしその程度で俺に勝てると思うな」


少年は大量の血を流して地面に倒れる。おびただしい血が止めどなく広がり地面に赤い池を作っていく。しかし次の瞬間、少年の体が淡く白い光に包まれたと思ったら傷が消え去っていた。


「ど、どうやって..........」
「単純に回復魔術と治癒魔術を合わせただけだが?」
「そうじゃない!、どうやってさっきのを防いだ!?」
「あまりにも遅かったんでな、創造魔術で作った反射の剣で丁寧に一撃ずつ反射しただけだが.........」


その言葉に少年は絶句する。剣を落とし、膝をつく。勝てるわけがない、本当の化け物は自分ではなく目の前の男だったのだ。そう確信した少年はもはや体に力が残っていなかった。


「剣を捨てたか。では素手でやるのだな?」
「えっ?..........ぶっ!?」


直後、頬に鋭い痛みが走り顔が地面に叩きつけられる。続いて左、右、左と次々に顔面を殴打されていく。そのまま馬乗りとなったアストは少年の顔が真っ赤に晴れるまで殴り続けた。至る所から流血して、鼻の骨も折れているだろう。


「うぅ........あ...........」
「ふむ、まだやるか?」
「い.........たい..........」


喋る少年の頬をもう1回アストは殴り付ける。


「まだやるか?」
「痛い...........」


もう一度、アストは少年の頬を殴りつけた。


「言い方を変えよう。謝るのなら許してやるぞ」
「.............なさい」
「ん?」
「ご.........めん.............なさい」
「相手に喧嘩を売った時はどう謝るんだ?」
「殺す............とか、言って................ごめ..............ん..............なさい」
「よし、よく言えたな。偉いぞ」


まるで子供を叱り付けたあとに謝るのを見守る親のような笑顔を浮かべてウンウンと頷く。頭に手を置いて撫でると共にアストは少年を治した。


「じゃあな。喧嘩を売る相手は選ぶ方がいいぞ」
「................」


虚ろな目のままの少年を背にアストはその場から去って行った。

その翌日、火を炊いた洞窟に少年は座っていた。ボーッと生気が抜けたような顔でゆらゆらと揺らめく炎を見つめていた。


「なんなんだよ............あいつ」


ポロリとごちる。その声は洞窟の奥に虚しく木霊するばかりだ。


「意味わかんないよ...........喧嘩売ったから謝らせて...........最後に傷何一つ残さず去っていくって..............なんだよあいつ。もう訳わかんないよ............」


少年は膝を抱き顔を伏せる。その状態で数分立った時だ、入口の方からコツコツと足音が聞こえてきた。


「ふむ、ここにいたか」
「なっ.........!」


少年は咄嗟に近くにあった風王剣をアストに構える。しかしその両手、足共々震えている。


「おいおい、腰が抜けているぞ。昨日の体勢はどうした?」
「う、うるさいっ!ってか何しに来たんだよ!」
「いや、食料が少なさそうだったからな。ほら、持ってきてやったぞ」


そうしてアストが収納魔法から大量に肉や魚を出すと地面に落下する。少年は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。


「な、こ、これ..........どこで............」
「知り合いの剣聖に話したら持っていけと言われてな。良かったな、あいつはなかなか他人に食料をやるようなやつじゃないからな」
「ど、毒で殺そうと...........」
「そんなくどいやり方は嫌いでな。やるならもうとっくに粉微塵だ」


ニコッと笑うアストに疑いの視線を向けながらそろりそろりと食料の山に寄っていく。肉を手に取り、匂いを嗅いで、口に運んだ。次の瞬間、次々と口に運んでは手に取り、それを繰り返すこと数分。その手は収まった。


「生なんだな...........」
「肉は生だろ!うるさいな!」
「お、おう..........」
「っていうかなんでまだいるんだよ!」
「なかなかにいい食べっぷりをするのでな。面白くて観察していた」
「帰れ!」


その日から神狼と魔術師の奇妙な交流が始まった。お節介ばかりを焼く魔術師に、次第に神狼は警戒を解いて打ち解けて行った。しばらくして、魔術師と神狼はいつも通り洞穴にいた時だ。


「ねぇアスト」
「なんだ?」
「人間って誕生日があるんだよね?」
「ああ、俺もあるぞ。それがどうした?」
「いや.........別に...........」


少年の声が一瞬暗くなる。アストはそれを見て少しだけ考えると少年の目を見る。


「もしかして、今日が誕生日なのか?」
「...........多分、ね」
「そうか」


短く言ったアストは立ち上がり少年に手を差し伸べる。


「........?」
「行くぞ」
「行くってどこに?」
「お前の誕生日を祝いに行く」


そう言ったアストは強引に少年の手を引き転移魔術を発動させる。移動した先は、城下町だった。


「どこここ!?」
「人間の街だ。ふむ、あの店にするか..........」
「えっ、ちょ、アスト..........」


アストは強引に少年の手を引き店内へ入っていく。アストが座り、少年が対面に座ると店員が対応する。


「ご注文はどうなさいますか?」
「こいつにバースデーケーキを頼む」
「バースデーケーキが1個ですね。お名前は如何致しますか?」
「付けてくれ」
「お名前の方は?」
「名前..........」


呟いた少年にアストは少し考え、ふむ、と。


「エリルだ」
「えっ...........?」
「エリル様ですね、承知しました。少しお待ちください」


そうして店員は離れていく。一方の少年はびっくりしたようにアストを見ている。


「名前だ。ないと不便だろう?」
「で、でもフェンリルだし..........」
「フェンリルを少し文字ってエリル。そうだな、この名前がお前に送る誕生日プレゼントとでも言っておこうか」
「............僕に、プレゼント?」
「ああ。不服か?」


そう言うとエリルは首を横に振り、アストが今まで見た中で一番いい笑顔をうかべる。


「ううん!凄く嬉しい!」
「そうか、良かった」


その後届いたバースデーケーキを1人たいらげたエリルとアストはそのまま勘定して店を出るとエリルの希望で夕日が視線の先出た輝く丘にやってきた。


「ここ、お気に入りの場所なんだ」
「ふむ、確かに綺麗だな。絶景とも言える」
「ねぇアスト、なんであの時声掛けたの?」
「ん?、単純に暇だったからだが?」
「..........え?」


間抜けた声を出して振り向くエリルの方を向いてなおもアストは続ける。


「大陸縦断を自由にしている神狼がいると聞いてな。あそこで待ち構えていた」
「..........どのくらい?」
「うむ、3日ほどか?」


エリルはフフっと吹き出すと声が漏れる。


「アハハハハッ!!3日!?3日も待ってたの!?あそこで!?あはははははは!!!」


爆笑するエリルにムッとした表情でアストは視線をむける。エリルは笑い涙を拭きながら答えた。


「い、いやぁね、どんだけ暇なんだと思ってね..........」
「魔王がいなくなってから特にやることも無くなったんでな」
「まさか初めて負けた人が暇だから止めたなんて..........。やっぱり面白いよ、アスト」


そういったエリルは収納魔法でとある剣を差し出す。翡翠色の刀身をした風王剣グラディースだ。


「なんだ?」
「これが友達の印。かつてこれで君に挑み、負けた剣。奥の手だったんだけどね。そしてもしもの時以外は絶対に使わないという証」
「ふむ、いいのか?」
「うん、信頼する君になら預けられる。どうかの友達の証として受け取って欲しいな」
「ふむ、ならば俺はお前が要求すればいつでもこれを返すと約束しよう。たとえどんなに離れていても、どんな所からでも要求に答え必ず返却する」


そう言うとエリルは少し笑った。


「アストなら出来そうだね」
「出来そうじゃない、出来るんだ」
「フフフ..........」
「ハハハ..........」


夕日に染まる丘で、ここに友情が形となった。互いに固い握手をして、互いに面白く笑い飛ばし、その丘には2人の笑い声が響いていた。




エリル、僕って言うようになりましたねぇ..........

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