能無し刻印使いの最強魔術〜とある魔術師は来世の世界を哀れみ生きる〜

大島 こうのすけ

EP.33 魔術師はニルヴァーナを知る

あの決闘から早いもので2週間が経つ。あの後の変化と言えば、エリルを取り巻く環境が女ばかりになった事か。今やファンクラブは200人に及ぶ大所帯らしい。


「えー、ここはこうであるからして........」


現在、魔法計算の授業中、中肉中背の男が黒板で杖を持って教えている。正直、この時代の魔法学は昔の文明には遥か遠く及ばない。故に聞く必要が無いため、俺は最後列の自分の席で凍結魔術を使って遊んでいる。


『んー、授業ってこんなに暇なんだね?』
『言ってやるな、俺達の正体なんて誰も知らないからな』


あの教師は地獄耳らしく先程も真ん中の席の奴らが私語をしたために叱られていたところだ。どんな小声でも見逃さない、盗聴魔術を使っているかのようだ。だから俺達はわざわざ『思念伝達』を使っている。


「.......ん?クルシュ、ここを解いてみろ」
「はい」


やれやれ、どんな問題か.............何だと?


「ふむ、解けないのならそう言えよ?」
「...........」


な、何という事だ。何なんだこの低レベルな魔法計算は!?足し算と割り算を問題にしているようなものだぞ、簡単すぎて興がさめたな。

俺は魔法杖で文字を投射して行く。そこに完全なる文句のつけようがないの答えを導き出した。


「これでいいですか」
「う、うむ..........正解だ」


まぁこれは教科書に載っていなかったからな、大方俺に恥をかかせるために持ってきたのだろう。実に滑稽だ。

俺はそのまま席に戻りまた遊びを始める。ヒソヒソと聞こえる小言を教師が一括しながら時間が過ぎ、やがて授業は終了となった。


「やれやれ、やっと終わりか」
「んー、退屈だったねぇ。次もこんなの?」
「まぁお前は森で暮らす方が性に合ってるだろうしな、退屈なのも無理はない」
「ま、我慢するよ。寝てても別に怒られないしね」


エリルはそう言って本当に全授業を寝ていた。なお、今日はレオの授業がないためエリルはこんなに呑気だが、レオの授業となるとやる気をだす。単純にこいつは綺麗な女が好きなのである。そして放課後の事だ。


「俺は少し図書室に行ってくる。先にアリスと帰っててくれ」
「おっけい〜。じゃあね」


そこで別れて俺は図書室に向かう。本が大量に用意されている割には、滅多に使うやつはいない。ここに来るのも俺くらいだろう。


「あら?クルシュじゃない」


そう言ってこちらを見るのは朱色の髪をたなびかせるリアだった。どうやら勉強するためか眼鏡をかけて脇に魔導書を持っている。


「お前が勉強する性格とは思えなかったのだがな?」
「失礼ね、私だってわからないところがあれば勉強しに来るわ」
「そうか」


俺は短く返事をしてまた魔導書に目を落とす。リア気にせずにノートを広げて勉強を始める。やがて数十分の時が過ぎた時だった。


「ねぇクルシュ」
「何だ?」
「クルシュはなんでそんなに強いの?」


ふむ、なんとも答えがたい質問だな。前世の力があるから、など到底言えるはずもない。


「いっぱい練習していっぱい勉強したからじゃないか?知らんが」
「それだけ?」
「他に心当たりはないぞ」
「そう............」


そう言うとリアは再びノートに目を落とす。..........まぁ少しくらいなら話を聞いてやってもいいだろう。


「なんでお前は強さにこだわるんだ?」
「それは..........」
「お前は特別な『力』を持っているがそれを極めたいからという訳では無いだろ?」


俺の質問に少し考えたリアは、覚悟を決めたように俺を見つめる。


「アルキメデス帝国を知ってる?」
「ああ、東の大国だな」
「あそこの、帝国建国の"前"の国名を知ってる?」


ふむ、そこまでは知らないな。しかし帝国が元からあった国だとは聞いたことがないし本にも載っていなかった。


「...........ニルヴァーナ皇国よ」
「聞いたことの無い名前だな」
「ええ、滅び去った国なんてもう誰も覚えてないわ」


しかしニルヴァーナか、確かリアの姓もニルヴァーナだったがまぐれか?可能性としては考えられるが、ふむ。


「.............20年前のことなんだけどね」
「なんでお前はそこまで詳しいんだ?」
「私の姓であるニルヴァーナは皇国の王族の名前。私はその末裔なの」


やはりそうか。単純に部外者がそんな情報を知っているのはおかしいからな。それにしても20年前という事は人間の寿命的に考えても覚えているはずだ。........おかしいな、誰かが意図的に記憶を消したとしか考えられない。


「ふむ」
「驚かないのね」
「別に俺にしてはどうということは無い。首が飛ぶ訳でもないしな」
「あはは、クルシュらしいわね」


その時、俺は初めてリアの笑顔を見た。屈託のない心の底からの笑み、悪くないな。


「それで、お前はどうしたいんだ?」
「私は力をつけて、強くなる。そして、ニルヴァーナ皇国のような惨劇を許したくない」


ふむ、見上げた覚悟だな。確かにもう失われた国を復興するのは無理だがその惨劇を二度と起こさないようにすることは出来る。帝国は確か反リンドハイム王国派だったか。


「帝国は絶対にリンドハイムに牙を剥くはずよ。だからその時までに力が、強さが欲しいの」
「じゃあまずは目の前の間違いを直すんだな」
「え?」
「そこ、数式が間違ってるぞ」


よく見たリアは「あっ」と間の抜けた声を出して書き直した。その頬は僅かに紅潮している。


「う、うるさいわねっ!」
「そんなのじゃ強さは身につかないぞ」
「だからうるさいって言ってるでしょ!!」


やれやれ、間違いを指摘しただけなのだがな。ここまで逆上されると理不尽もいいところだ、本当に。

と、そこでとある変な音が鳴った。まるで胃の空気が振動したような音だ。


「〜〜〜っ!!」
「腹が減ったのか?」
「う、うるさい............」
「なら俺の家で食べていくか?」
「えっ?、い、いいわよそんな」
「でも腹が減ってるんだろ?」
「そ、そうだけど............」
「じゃあ決まりだな」


荷物をまとめた俺はリアの荷物ごと転移魔術を使用した。

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