徒然なるままに

嘉禄(かろく)

夏の宵、常世に惹かれ

「…人の量が凄いな。」
「花火大会だからね、そりゃそうだよ。」


うだるような暑さが続く夏のある日、俺は遥貴に行こうと言われて花火大会に来た。
俺も遥貴も浴衣を着ている。
どうやら遥貴は俺に浴衣を着せたかったようで事前に用意していて、着方を知らないと言ったら着せてくれた。
似合っていると言われたので、遥貴の浴衣姿も見られたし俺はそれで良しとした。


「場所も取ったし、ご飯買いに行こっか。何か食べたいものある?」


そう聞かれて俺は周囲を見回した。
祭りらしく、屋台がずらっと並んでいる。
見回した結果気になったものを指差した。


「…焼きそばにする。」
「りょーかい、じゃあ俺のも買ってくるからここで座って待ってて。」


そう言って遥貴が離れていったので、俺はレジャーシートの上で座って待った。

少し待っていると、一瞬辺りが静かになって鈴の音が聞こえた。
驚いて辺りを見回すと、何故か俺一人しかいなくなっていた。
周りの光景も一変している、なんなんだ…?


「…おかしいな、さっきまであんなに人で溢れて賑やかだったのに…」


ここを動くべきなのかどうか迷っていると、後ろから子どもの声が聞こえたので俺は振り向いた。
甚平を着た子どもが駆けていく、俺は慌てて呼びかけた。


「おい、待ってくれ!」


…こうしていても仕方ない、あの子について行くか。
追いつけば何があったのか聞けるかもしれないし、聞けなくともついていけば元の場所に戻れるだろう。

そう思った俺はその子のあとをついていって早足で追いかけた。
しかし途中で見失ってしまった。
気づけば鬱蒼とした森の中、どこに行けばいいのかもわからない。
途方に暮れていると、突然手を引かれた。
先ほどまで追いかけていた子どもが俺の手を引いてぐんぐん歩き出す。
最初は大人しく引かれていたが、徐々に森の奥へと進んでいる気がして俺は声をかけた。


「…どこに行くんだ?
こっちに行けば元の場所に戻れるのか?」


しかしその問いかけに答えは返らず、突然森が開けた。
目の前には深そうな川が流れている、しかも幅が広い。
その川に向かって再び手を引かれたので俺は流石に抵抗した。


「待て、あんなところに入ったら君も俺もただでは済まないぞ」


しかしその子は止まらない、寧ろ力が強くなっている。
最早子どもにあり得る力では無かった。
この子は一体…?
そう考えたところで後ろから声が聞こえた。


『…かさ…』


微かだったが、確かに聞こえた。
この声は…


「…遥貴?」


その名を呼ぶと、後ろから突然引っ張られた。
子どもと手が離れ、川が遠くなっていく。
気づくと、俺は崖っぷちに立っていて後ろから遥貴に抱きしめられていた。


「…俺は、どうしてここに…?
お前を待っていたはずなのに…」
「…分かんないよ、けど戻ったら司いなくて…慌てて探したらふらふら歩いていくのが見えて…追いかけたら…
取り敢えず安全なところに行こう?」


俺は頷いて遥貴と手を繋いでそこから離れた。
繋いだ手が震えていて、遥貴はとても怖かったんだということが伝わった。
見晴らしの良い場所に出たので、そこに二人で腰を下ろした。


「…ねえ、司。
どうしてあんなところに向かったの?
俺が一歩遅かったら落ちてたよ?」


そう問いかけられて俺は見たことをすべて話した。


「…子どもが…そっか、お祭りだから魂が集まってきたのか…多分それは神隠しだね。」
「…神隠し?」
「そう、あの世の人が生きている人を連れ去ってしまうこと。
でも司はまだ隠される前で良かった…まさかあの世の人にまで司が狙われるとは思わなかったよ。」
「俺も思わないよ…」


まさか自分がこんな経験をすることになるとは…俺が見た川は、あの世とこの世の境か…?
だとしたらギリギリだったな…遥貴が来てくれてよかった。

お互いにほっとしていると、時間になったのか目の前で花火が上がった。


「…思わぬいいスポットだね、人もいないし静かで涼しい。
花火も目の前で見られるし。」
「…そうだな、綺麗だ。」


初めて来る花火大会、不思議なこともあったがこうして遥貴と来られてよかった。

手を繋いだまま見ていると、遥貴がふとこっちを向いた。


「…ねえ、司」
「…なんだ?」


俺も遥貴の方を向く、すると真剣な表情が目に入った。


「…これからも、俺と一緒にいてよ。
夏の花火だけじゃなく…春の桜、秋の紅葉、冬の雪景色…巡る季節全てを君と一緒に見たいんだ。」


その言葉を聞いて、俺は少し驚いたが微笑んでこう答えた。


「…突然何を言い出すかと思えば…
当たり前だ、俺はこれからもお前と一緒にいる。
同じ景色をこの目で見続けるんだ、お前の隣で。」


そう答えると遥貴はとても嬉しそうに笑った。


「ありがとう、司。愛してるよ。」
「礼を言われることじゃない…
俺もお前のことを愛してる。」


遥貴が俺を抱き寄せて肩に寄りかからせたので、俺は素直に体を預けた。
最後の花火が上がるまで、俺たちはそうしていた。

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