神の代理人

神崎詩乃

始まりの森

 白い髪の紅い瞳を暗く細めた少女が創り出した穴に足を踏み入れた瞬間、視界が暗転した。
 上も、下もわからず、落ちているのか登っているかも分からない。ただ、流れる清流に身を任す様に力を抜くと暫くして、意識を手放した。

「おい、起きろよ。こんな所で寝てたらまた死ぬよ?」
『死ぬ』という単語を聞き、目を開ける。するとそこには先程出会ったばかりの少女『ヘカテ』が馬乗りになって俺の顔を見つめていた。
「……。おはよう」
「おはよう。カイト」
「……?カイト?」
「…君、自分の名前も覚えてないの?」
「あぁ。覚えてないな。」
「そっか。まぁ、じゃあ特別に教えてあげるよ。君の名前は『南 海叶』だから、カイトって呼んだ。」
「そうか。分かった。それで?何故お前がここにいる?」
「?私は『ヘカテ』であって『ヘカテ』じゃないんだよ。こっちは分身体。現界するにはこうして仮初の体を用意する必要があるのさ。」
「なるほどな。それで?ここは何処だ?」

「……君、質問多いな。ここは現地の人から『死界の森』って言われてる森の最南端。ここからさらに南下すれば集落があるよ」
「敵は?」
「山ほど。まずはどっかで武器、食料なんかの道具を手に入れないとね。」
「なんでそんな人生ハードコアでゲームスタートすんだよ。」
「私の領域から集落までの最短距離だよこれでも!」
「そうかい。」
「今の地点から西に少し歩くと川があるからそれに沿って行けば迷うことは無い。」
「了解。取り敢えず川を目指すか。」

 今の服装は動きやすいTシャツに縫製のきっちりしたカーゴパンツ。きっと生前の服装なのだろう。更に、腰に一振のコンバットナイフ……。俺は生前一体…何者だったんだろうか…。考えてしまう不思議な装備だった。

「ほら、川に着いたよ」

 歩き始めてから2、3時間経った頃、俺達は川に到着した。その後、川を下る方向に歩くこと30分。誰かの野営の跡と死体を見つけた。
「……死体だ。」
「あ、ホント。んー。矢で喉を一突き。即死だね。」
「気をつけろヘカテ。お前もその体喪うぞ?」
「お気づかいなく。全身細切れにされても5分で再生するから。」
「……。」
 焚火を囲うように死体は転がっている。死体はファンタジー系の物語で登場するようなドワーフで、綺麗に蓄えられた顎髭が乾いた血で汚れている。

「なんでこんな所にドワーフがいるんだろ。死界の森を超えてまで南の集落に商品を持っていくわけないし…かと言って冒険者って感じもない。」
「ヘカテ、無闇に死体を触るな。トラップが仕込まれている可能性がある。」
「…君ねぇ…。もう少し人間らしい驚き方をしてもらえないカナ?」
「驚いたさ。まさか最初のこの世界の者が死体でお出迎えだしな。」
「……そうじゃなくて…。青ざめてその辺でゲーゲー吐いてもいいし、腰抜けてしばらく動けなくても誰も君を責めたりしない。」
「……?死体は攻撃手の手口を雄弁に語るが襲いかかってきたりはしないだろ?時間が経ってれば別そうだけど。」
「きちんと死後処理しないで時間が経つと動く死体アンデットになるね」
「やはりか…。そう言えば…これは何だ?」

 焚火を囲む死体の傍に大きな黒い棺が転がっていた。棺の蓋は微妙に上がっており、力を入れて持ち上げれば開きそうだった。

「ん?なんだろそれ…何か見覚えがあるような…無いような。」
「何だそれ。」 
「開けてみれば?」
「……。そう…するか。」

 恐る恐る、棺の蓋を持ち上げる。かなりの重量感と何らかの呪いの札を引きちぎりつつ開けるとそこには黒い髪の女の子が眠っていた。

「……。女……の子?」
「あ、思い出したその子……。」

 蓋を開け、硬直した瞬間俺の身体は万力の様な力で締め上げられた。
「くっそやはり罠か!」
『再起動確認。停止時間……240万時間。マスター登録…再登録の必要有り…。』

「あーっと…その子は…300年くらい前に私が地上観測様に放った機凱種って種族で…。」
『DNA登録…開始。』

 機凱種の少女は片手で腕の関節をキメ、片手で俺の頭を掴むとかなり強引にキスをした。

「ん、んー!!」
「おぉ〜積極的〜」
『マスター登録完了。システムを一度再起動します。』

 少女はそれだけ言うと糸が切れた人形のように倒れるとにやけ顔の女神と目が合った。

「その子は…300年くらい前に地上の様子が気になって送り込んだ機凱種だね。連絡が取れなくなったと思ってたら休眠させられてたとは……。」
「それで?マスター登録ってなんだ?」
「文字通りさ。機凱種にはマスターがいる。グランドマスターとして私がいるけどね。」
「それが何故、こんな所にいるんだよ」

「それは…私がお答えしましょう。と言っても、推測ですが」
「あ、起きた。」
「マスター、先程の様な手荒な真似、失礼しました。」
「……。あぁ。それで?お前なんでここに居るんだ?」
「私は今から約270年ほど前にこの場所に投棄されました。理由については記録データが経年劣化した為、お答えできません。」
「そうか。じゃあこいつらはお前を掘りだそうとしたトレジャーハンターって事か」

 それでも何か、おかしい。彼等はなんの道具も持たず、武器もなかった。いや、まだ見つかっていない。ないし彼等を殺した連中が持ち去ったと見るべきだろう。

「この森の中に、武器を持った連中がいる。どの道金ないし手っ取り早く山賊を始末するか」
「……。私耳イカれた?今山賊狩りするって聞こえたんだけど」
「ヘカテがイカれてんのは頭だ。」
「そこに食いつかないでくれるかな!?数多くの討伐隊が手を焼き、言っちゃ悪いけどこんな所を根城にする連中今の私達の戦力で敵うわけないじゃんか!」
「だが、金ならないぞ?どうやって武器を手に入れる?」
「そ、それは…。」
「単純な話だ。持ってる奴から奪えばいいんだよ。」
 何処までも残酷で何処までも非道な笑みがそこにあった。神であるヘカテ自身が恐怖を感じるほどの恐ろしき存在。
 冥界の神として生まれてから今まで、恐怖など感じることは無かった。脚がすくみ、口が乾き、喉が反射的に助けを求めるような……。そんな闇がそこにあった。

「マスター、ここから2キロ西に穴蔵として使う可能性が高い場所があります。」
「よし、じゃあ行くぞー山賊狩りだ…。」
「あぁ…うん…。」

 冥界の神とその神子…そして古の魔導機械……。役者が揃い、静かに…ゆっくりと運命の歯車が軋みを上げて回り出したようだった。

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