彼女は、オレの人肉を食べて強くなる。

執筆用bot E-021番 

弱りゆくクレハ

 3日が経った。

 
 都市の中に入る方法は思いつかなかった。なので、都市の外にある貧民街に住みついていた。職はない。物乞いをやっていた。日本で物乞いなんかやっても、たいした収入は得られないだろう。セパレートでは違う。貧しい者を助力しようとする善意があった。


 それはティナ教の教えが、セパレートで幅をきかしているからのようだ。ティナ教は癒術という魔法を使うが、金をとらない。それを見てもわかるように、施しは善行とされるのだった。まるでキリスト教のようだな――という印象を受けた。


 キリスト教も、もとは乞食にたいして寛容だった。むしろ、乞食という存在そのものが、職業と化していた面もある。そうでなくなったのは、偽乞食のせいだ。ホントウは困窮していない。なのに、施しをもらおうとする。そういう連中が増えた。結果、施しがなくなったのだ。


 物乞いをやっていれば、一日分の食糧を得るぐらいは出来た。クレハには毎日、オレの腕の肉を与えた。しかし、クレハの体調はいっこうに回復しなかった。傷が深すぎるせいもある。それ以上に、心臓を摂取していないからだった。クレハの体調は日に日に悪くなっていくようだった。


「血では足りぬ。心臓が欲しい」


 オレは今日もクレハを背負って、物乞い稼業だ。
 クレハの素性を聞かれたときは、オレの妹だと応えるようにしている。この偽妹の弱っている姿は、人の哀れを誘うようだ。だから乞食としてやっていけているのかもしれない。


「心臓を食べるってなったら、人を襲わなくちゃいけないだろ」
「うむ」
「オレにはムリだぜ。人を襲うなんて」


 弱っているクレハにはもう、人間を襲うチカラも残されていないようだった。


「心臓を食わねば、元気が出んのじゃ」
「オレの肉でもダメなのか?」


「深手をおいすぎた。この傷のダメージを回復させるためには心臓を食わねばならん」 


 クレハの腹の傷はすこしずつ閉じている。今ではもう臓器が露出しているなんてことはない。さすがオークといったところだ。だから、心臓を食べなくとも回復するのではないかと期待している。


「時間が経てば完治するんじゃないか?」


「いいや。ダメじゃ。今は順調良く傷は閉じておるが、日に日に体力が落ちておる。そのうちまた傷が開くと思う」


「心臓って言われても、すぐ用意できるもんじゃないしなぁ……」


 オレがとるべき選択肢は4つ。


 1つ目は、人間を殺して心臓を得ることだ。クレハは動けない。なら、オレが殺人をおかすしかない。これは非常に勇気のいることだ。


 2つ目は、オレの心臓をクレハに捧げることだ。こっちの選択肢も勇気のいることだ。自分を殺さなければならないのだから。


 3つ目は、クレハのことを見捨てて逃げることだ。イチバン頭のいい選択肢だと思う。たしかにクレハにはいろいろと世話になった。しかしクレハは、オレのことを食おうとしている。ここでクレハを捨てれば、オレは自由を手に入れることが出来る。が、クレハの「1人にせんでくれ」という言葉が、オレを捕えて離さなかった。


 4つ目。
 このままクレハの自然回復を期待する――ということだ。今、オレがとっている選択肢は、この4つ目だ。


「えぐ……えぐ……」
 と、クレハが泣きだした。


「どうしたんだよ? 傷が痛むのか?」


 一度クレハのことをおろした。安い娼館の多くある通りだった。人目を避けたかった。裏路地に入った。石造りの壁にはさまれた細い通路だった。ゴミ箱代わりのたるが置かれていた。


「オヌシ。今、我を放り出して逃げようとしたじゃろう」
「え、いや……」


 カラダが弱っていることで、老獪さよりも稚拙さが前面に出て来ているようだ。が、機微を読む鋭さは健在だった。


「心臓が欲しいなんてもう言わぬ。言わぬから、1人にはせんでくれ」
 置いてかれとぉない、と涙声で言った。


「わかってる。置いてったりしないから」


 見捨てて逃げようと思ったことを後悔した。ずっと老獪だと思っていたのだが、クレハはもしかすると、酷く寂しがり屋なのかもしれない。


「腹が減った」


 クレハは涙を隠そうともせず、口を開けた。可愛らしい小さなキバが見えた。


 オレはブリオーの袖をまくりあげた。腕をクレハの口元にもって行く。ガブリ。食らいついてくる。痛い。だが痛みよりも、愛おしさが大きかった。自分の肉でクレハの命がつながっているのだ。クレハはオレなしでは生きていけないのだ。無力なクレハは、ただ単純に可愛かった。


「なんだか立場が逆転してしまったみたいだ」
「大見得切って、オークの群れから出てきたのに、我ながら情けない」


「群れに戻るか? 謝ったらカムイも受け入れてくれるんじゃないか?」


「あんなヤツに下げる頭などない。それに我を疎んじている群れに戻るなんて、プライドが許せん」


「そうか」


 腕の肉がゴッソリとなくなっている。骨まで見えていた。だが、問題ない。オレの傷の回復速度はさらに増しているのだ。この程度の傷も、たちまち戻っていく。まるでクレハが衰弱していくたびに、オレが元気になっているかのようだった。


「オヌシに約束する」
「なにを?」


「もうオヌシの心臓を食おうとは思わん。大人になったら殺そうとも思わん」
「ホントに?」


 その言葉は、オレの心臓を跳ねあがらせるほどにうれしかった。


「うむ。今オヌシに見捨てられたら、その肉を食らうことすら出来なくなる。じゃから、見捨てんでおくれ」


 まるで親を求める子供のようだ。
 こんなに寄る辺なさを感じさせるクレハは、見ていて辛かった。


「見捨てない。オレのこと食わないんなら、見捨てるわけないじゃないか」


 この瞬間。


 はじめてオレとクレハの関係が変わった。「飼い主と家畜」ではなくなった。互いに対等な立場に立つことが出来たのだ。


「この味さえあれば、それ以上のものは望むまい」
 それを聞いたときは、ちょっとガックリきた。


「オレっていう人間じゃなくて、ヤッパリ味のほうが優先なんだな」


「トウゼンじゃ。オヌシの味は、この世のものとは思えぬ。最高の魅力じゃからな」


 その意味が、今ではわかる。
 オレの目玉を食っただけで1時間も絶頂したオークがいるのだ。壮絶な味をしているのだろう。


 表通りでパン屋が売り歩いていた。どうやら都市の中で焼き上げたパンを、都市の外にまで売り歩いてくれているようだった。2つ買った。


「クレハは、やっぱりこういう人間の食べ物はムリなのか?」
「オークは人肉以外のものを摂取するのは、カラダに毒じゃ」
「そうか」


 遠慮なく2つとも、オレの胃袋におさめた。スッカリ冷めて固くなっていた。味もしなかった。「都市の中の売り残りなんだよ」とパンを売り歩いていた女性が教えてくれた。それでも空腹をまぎらわせるためには役立ってくれた。


 急に、周囲がざわつきはじめた。人の住まうところは、いつだって活気があった。が、何か不吉な喧騒を感じた。


「どけどけッ」


 と、重装備の騎士たちが町の中に入ってきていた。見てすぐにわかった。聖肉守騎士団だ。クレハの表情が硬直してしまっていた。オレはすぐに、クレハにフードを目深にかぶせた。


「やだね。またオーク騒ぎかい」
 と、パン売りの女性は眉をしかめていた。


「また、って以前にもあったんですか?」
「この都市には、有名なオークの話があるんだよ。知らなかったのかい?」


「ええ」


 聖肉守騎士団が来ているので、そうそうに立ち去りたかった。だがパン売りの女性はオレのブリオーをつかんで、話を続けた。


「十数年前ね。男のオークと女の人間が、訪れたことがあったのさ。人間のほうは腹に子供を宿していた。オークとの子供だったのかもしれないね。で、男のオークのほうは、ずいぶんと弱っていた。二度と人間を食わないと女に約束したらしいんだね」 


「それ、実話なんですか?」
 まるでおとぎ話みたいな設定だな、と感じた。


「さあね。私は実際に見たわけじゃない。けど、この周囲には見たって人もいるし、実話なんだと思うよ。そのときも聖肉守騎士団がやって来てね。弱っている男のオークを殺したんだ」


 話に引き込まれていた。
 どことなく今のオレたちの状況に似ていたからだ。


「女性はどうなったんですか?」
「消えちまった」
「消えた?」


「そうらしいよ。腹を大きく膨らませていたのに、忽然こつぜんと消えちまったそうだ。聖肉守騎士団もその妊婦を探したはずなんだけどね。どこにもいやしなかった。もしもその子供が生まれていたら、オークと人間の混血なのかもしれないねぇ」


 ……って話だよ、とパン売りはそう締めくくった。


「ありがとうございます。いい話が聞けました。オレたちは急ぐんで」
「そうかい。気を付けてね」
「はい」


 パン売りは別の客を捕まえて、パンを売っていた。


「クレハ。急ごう」
「……」
「クレハ?」


 聖肉守騎士団を見て、体調が悪くなったのかもしれない。クレハはオレに体重を預けて、「ふーふー」と呼気を荒げていた。今の状態で聖肉守騎士団に見つかったら、クレハは、その場で殺されてしまうだろう。さきほどのパン売りから聞かされた男のオークみたいに。


「大丈夫か?」
「うにゅ?」


 ボーッとしていたようだ。オレはクレハを背負って、聖肉守騎士団たちから距離をとることにした。


 こんなこともあろうかと、脱出ルートは確認済みだった。娼館通りを歩き、途中で脇道に逸れる。裏路地を何度か突き抜けて行くと、貸馬屋がある。馬を借りるほどのお金はない。イザというときは馬を奪っても、逃げるつもりだった。


 しかし。


 貸馬屋にも聖肉守騎士団たちがいた。逃走手段が抑えられているのだ。そこまでするということは、ここにオークがいるという確実な情報を入手したのかもしれない。


「この町は包囲されておるな」
 クレハがそう呟いた。
 正気を取り戻したようだ。


「わかるのか?」


「聖肉守騎士団どもは足が遅い。じゃから何かしらの作戦を行うときは、必ず包囲作戦をとる」


「気づかなかったのか? 鼻がきくんだろ」


「ヤツらも、我らの鼻がきくことぐらい承知しておる。砂や草をすりつけて、臭いを消しておる」


「どうすりゃいい?」


「間隙を見つけて逃げ出すしかあるまい。商人などに化けて包囲網を突破するのが正解じゃろうが……」


 フードを脱がされたら素性がバレる。以前、森で聖肉守騎士団に囲まれたときは、クレハが囮となってくれた。そのおかげで上手く脱することが出来た。が、今はオレとクレハの2人しかいない。


「それに、もう一点気になることがある」
「なんだ?」


「森で囮役をやったときに、我の顔を見られたやもしれん。見られぬようにはしていたんじゃが」
 クレハはそう言うと、懐から木彫りの仮面を取り出した。


「戦闘になるときは、仮面をつけてるのか?」


「うむ。しかし前回は、外されてしもうてな。顔を見られただけで、我がオークだとバレるやもしれん」


「それはマズイな」


 クレハの顔は目立つ。異様に美しいからだ。この町でも、それなりにウワサにはなっているようだ。聖肉守騎士団に顔を見られているなら、すぐに素性がバレるだろう。


「まぁ、しばらくは町の中で、身をひそめるのが吉じゃろう。あわてて逃げ出そうとすれば、逆に怪しいしな」


「それもそうか」


 オレたちのすぐ近くと、聖肉守騎士団の騎士が通過していった。クレハがオレの服の袖をギュとつかんでいた。すべての寄る辺をなくしてしまったこの娘を、オレが守らなくてはならないと思わせられた。

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