彼女は、オレの人肉を食べて強くなる。

執筆用bot E-021番 

食べられたくないけど……

「ふごォ」


 と、カムイは倒れこんできた。その勢いのまま目を突かれそうになった。だが、カムイがチカラを緩めたおかげで、なんとか針から逃れることができた。


「まったく、我がおらんところでユキトを独り占めしよってからに」


 カムイの後ろに立っていたのは、ピッケルを構えたクレハだった。クレハの背丈が小さいせいで、ピッケルがやたらと大きく見えた。ここは鉱山だから、ピッケルも近くにあったのだろう。


「クレハッ」


 オレはクレハのもとに駆けよろうとしたのだが、足が動かなくて転んでしまった。転んでいなくとも鎖がオレを離さなかっただろう。


「よしよし。我に帰りを待ってくれておったのか? 愛いヤツじゃのぉ」


 クレハは身を屈めて、オレの頭に頬ずりしてきた。
 甘い香りがする。


 雨あがりのジンチョウゲの香りに似ていた。オレが小学校の頃、登下校の道にはジンチョウゲが咲いていた。登下校のさいにフワッと漂ってくる香りに、クレハの体臭はよく似ているのだ。そのせいか、酷く懐かしい香りに思えた。


「無事だったんだな」
「くふふ。人間ごときにやられる我ではない。むしろ、オヌシのほうが無事ではないようじゃな」


「ああ」

 クレハが戻ってきてくれたことはうれしい。そのことを異様に喜んでしまったことが、照れ臭かった。


「けど、良くこの場所がわかったな」
「言ったであろう。オヌシの臭いをかぎ分けて、必ず合流すると」


「鼻が利くのか」
 クレハは得意気に小鼻をこすった。


「まぁ。我の鼻がきくというよりも、オヌシの美味そうな匂いが特徴的といったほうが的確じゃがな」


 オレがどうガンバっても引き抜けなかった剣を、クレハは軽々と引き抜いた。ついでにオレの首輪もひきちぎってくれた。


「助かった。殺されるかと思った」
「ッたく、カムイめ。もう少し家畜は大切にあつかうべきじゃろうに」


 倒れこんでいるカムイのワキバラを、クレハが蹴った。


「小娘ェ」
 と、カムイはうめいた。


 カムイはついさっきまで、1時間にわたる絶頂をおこなっていた。クレハが不意を突けたのも、カムイが弱っていたからかもしれない。


「我をハメるなどと浅慮じゃな。これでも我はササの娘。そうそうやられたりはせん」
「くくくっ。だが、貴様に戻る場所はもうない」


「ん?」


「オークたちはみんな、このオレが頭になることを認めたのだからな。貴様はオークたちから疎まれていたんだ。親の七光りで頭首気取りの小娘が」


 それを聞いたクレハは、さすがに顔をゆがめていた。


「ふんッ。そこまで言うなら、我は喜んで出て行こう。別に我も頭になりたいと思うてはおらんでな。1人でだって我は生きて行ける」


「おう。出て行け、出て行け」


 カムイは壁にもたれかかるようにして座った。頭から血が出ている。クレハのピッケルがよく効いているらしい。


 クレハは屈辱にまみれた顔をしていたが、急にフッと微笑んだ。


「おう出て行こう。じゃが、ユキトはもらって行く。むしろ、我が独り占めできるというなら、うれしいかぎりじゃ」


 今度はカムイの表情が歪む番だった。


「待てッ。それは置いて行けッ」


 カムイの叫びを無視して、クレハはオレのことを背負った。洞窟の出口に向かって歩きだす。カムイは追ってこようとしていた。だが、まだカラダが回復していない。うつ伏せに倒れていた。


 洞窟を出た。


 どうやらこの洞窟は、細い通路の壁沿いにあったものらしい。人1人がやっと通れるぐらいの勾配だった。鉱山奴隷の働かされている鉱山だ。こういった細いアイロが、いくつもあるのかもしれない。




「そう言えば森では、オヌシに背負われたことがあったのぉ」
「そうだったな」


「誰かにオンブされるなど、父親以外にははじめてのことじゃった。今度はそのお返しじゃな」
 オレの大きなカラダを、クレハは難なく背負っている。


「オークたちのもとには戻らないのか?」


「戻るつもりはない。カムイが動けるようになる前に、急ぎこの場所から逃げるとしよう」


 クレハはオレを連れて、群れを抜けようとしているのだとわかった。ある意味では、オレの大目標であるオークたちからの逃走でもあった。


「行く当てはあるのか?」


「特にはない。じゃが、ひとまずオヌシの傷をなんとかせんとな。いくら治癒能力が高いとはいえ、痛いじゃろう?」


「うん」


 目玉をウガたれた。足もアイスピックで穴だらけだ。


「修道院に行くとしよう」

 セパレートにいる修道士たちは、癒術という傷を治癒する魔法を使う。それを頼ろうということだろう。


 クレハはアイロを、滑るように駆け下りて行った。


 クレハが地面を蹴る振動が、オレのカラダに伝わってきた。傷が痛んだ。けれど、こうしてクレハが戻ってきてくれたことが嬉しくて、気にならなかった。背負われているために、全身でクレハの体温を感じた。


「良かった。戻って来てくれて。カムイに殺されるかと思った」
「我の優しさが身に染みたであろう」


 冗談めかすようにクレハはそう言ったが、ホントウにその通りだった。


「染みた、染みた」


「もう我から逃げ出そうとするでないぞ。我はちゃんと大人になるまで、オヌシを育ててやるからな」


「やっぱりオレを食べようってのは、変わりないんだな」


「トウゼンじゃ」


 カムイのことを思い出す。オレの目玉を口にして、1時間にもわたるオーガズムを迎えた。クレハもまたオレを口にしたら、そうなるのだろう。


 クレハにも、そのオーガズムを与えたいという気持があった。オレの肉でこの少女の桜色の唇を汚してみたいという欲望があった。それと同時に、食べられたくないという感情もあるのだった。


 つまりーー。
 葛藤しているのだ。


 ひとつだけ言えることがある。他のオークに食われるよりかは、クレハに食べられたいということだった。


 鉱山をくだり、平原に出た。


 まだ空は明るく、平原は緑色だった。街道が通っているが、鉱山付近だからかひと気は少なかった。0ではない。数人は歩いている。街道を通ることなく、クレハは野を駆けた。


「重くないのか?」
「オヌシごとき。重さのうちに入らぬわ」


「なら、いいけど」


 オレたちが抜けてきた森から離れるようにして走って、30分ほどが経った。大きな建物が見えてきた。都市ではないし、民家があるわけでもなかった。平原にポツンと立派な城のような建物がそびえ立っているのだった。


「ようやく見えてきたな」


 その建物が見えたところで、クレハはオレのことをおろして、歩きはじめた。オレの足はまだアイスピックで突かれた痛みがあった。そのため、クレハの肩を借りて歩くこととなった。


「あれが修道院か?」
「うむ。乞食だろうと旅人だろうと、温かく歓迎してくれるぞ」


「オークも?」
「フードは必要じゃがな」


 そう言ってクレハは、フードで角を隠した。


 近づいてみると、それが石造りの建物だということが、よくわかった。城壁はなかったが、木造の柵で、敷地の周囲を囲んでいるようだった。門があり、門前にはクロスアーマーを着た男がいた。


「聖肉守騎士団じゃないのか?」


「違う違う。あれは神殿騎士とかいうヤツじゃ。まぁ、宗教の世界もいろいろとヤヤコシイことがあるんじゃろう」


 神殿騎士というのは、地球にもあった。そういった組織がつくられたのは、異教徒と戦うためだったはずだ。クレハが言うように、ヤヤコシイこと、というのがあるのだろう。神殿騎士はオレたちを認めると、会釈を送ってきた。


「ここはティナ教の修道院です。旅の人ですか?」
 いかめしい鎧姿とは裏腹に優しい声音で、神殿騎士はそう尋ねてきた。


「ケガ人じゃ。助けてやってくれ」
 と、クレハが言った。


 神殿騎士はオレの傷を見ると、タダゴトではないと察したようだ。


「了解しました。医務室のほうへとお連れしましょう」
 オレは神殿騎士によって、修道院の中にかつぎこまれたのだった。

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