彼女は、オレの人肉を食べて強くなる。

執筆用bot E-021番 

聖肉守騎士団

 森に入って、4日目の朝。


 顔に落ちてくる木漏れ日によって、目を覚ました。鳥のさえずりも聞こえてくる。頭が寒い。ナでてみる。ツルツル。最悪。昨夜は全身をナめ尽くされた。服もすべて脱がされていたはずだった。いつの間にか、オレはブリオーを着ていた。クレハが着せてくれたのかもしれない。


 周囲を見渡す。


 濃厚な緑が、ふんぷんと青臭いにおいを放っている。その緑の中にクレハがいた。クレハとエルフ翁が何か話している。顔つきから深刻な話だとわかった。目につくところにオークはない。今なら逃げられるのではないか……。ダメだった。クレハが「逃げるでないぞ」という目を送ってきた。


 話は終わったようだ。


「なんの話をしていたんだ?」
 逃げようとしていただろうと詰られるのを避けるため、オレのほうから切り出した。


「聖肉守騎士団が、このクラウクの森に入ったそうじゃ。我らはそろそろ移動せなばならん」
 とのことだった。


 鎖を引かれた。オークの群れに戻った。


「聖肉守騎士団が近くにおるそうじゃ。出立する」
 クレハがそう言った。


 気怠げな雰囲気を漂わせていたオークたちは、急にシャンとした。オークたちには旅に必要な物なんてない。火打金やカミソリといった小道具は要する。だが、出立だと決まれば、いつでも出立できるのだった。


「聖肉守騎士団ってあれか。オークたちを狩ってるっていう」
 森を抜けるために、歩くことになった。


 またしてもオレがクレハを背負って、草木を踏み分けて進むことになった。昨晩、クレハの全身をナめられた熱が、まだカラダの表面に残っている気がした。森にこもった熱気もあいまって、やたらと汗が出てきた。頭にクレハの舌の感触がある。どうやら汗をナめとっているらしかった。


「聖肉守騎士団というのは、もともとオークたちから、都市を守る自治都市の自警団だったんじゃ」


 クレハは、オレの頭に舌を這わせながら説明してくれた。


「自治都市もあるのか」


 領主などの支配を受けずに、民のチカラだけで運営してゆく都市のことだ。そういった年は地球の歴史の中でも誕生してきた。民主主義の面影も感じられる形態だ。


「まぁ、都市なんて各地にあるからのぉ」


 交易中心に栄えてきた都市が、自治都市などになりやすいという話を聞いたことがある。端的に言うと、交易によって、領主よりも金が権力を得るのだ。


「オークたちが昔、自治都市を襲ったときに、オークに対抗しようって自警団が出来た。その自警団があれよあれよと規模が大きくなってゆき、今では世界中に聖肉守騎士団の組員がいるという始末じゃ」


「そんなにたくさんいるのか?」


「それだけ人間どもは、我らを目のカタキにしておるんじゃろう。もしかすると先日、オヌシが入ったフィルドランタにもいたやもしれん」


「そうだったのか」


 もっと都市のなかをよく探索しておくんだった。聖肉守騎士団を見つけて、助けてもらえば良かった。


「以前にも話したと思うが、聖肉守騎士団はどんな国境にも都市にも自由に移動することが出来る。どこまでも我らを追うことが出来るということじゃ」


「ふぅん」


「なんじゃ、尋ねておいて興味のなさそうな返事じゃな。当ててみせようか。聖肉守騎士団がやって来れば、逃げるチャンスが巡ってくるやもしれん――とか思うておるのじゃろう」


「い、いやいや、そんなことはないけど」


 今でも逃げようという気持がついえたわけではない。
 食べられたくない。
 スキンヘッドにされても、死にたくはないのだ。
 これほどまでに生を渇望するのは、はじめてのことだった。


「バレバレじゃ」
 クレハはそう言って、オレのスキンヘッドを軽くはたいてきた。
 どうやら隠し事は出来ないようだ。


「オレだって生きてたいんだ」


 地球では別に生きていたいなんて思ったことはない。死にたいと積極的に思うわけでもなかった。まぁ、言ってしまえば、生きることにたいして興味がなかった。生きるという状態が続いているから生きてるだけ。トツゼン死んでしまっても、別に構わないと思っていた。


 しかし。


 こうして「死」を突き付けられると、ヤッパリ生きていたいと感じる。もしかすると地球には見いだせなかった、希望、が見えるからかもしれない。「異世界」という桃源郷に来たのだ。こんなところで死ぬのはモッタイない。


「逃がさぬからな。ゼッタイに」


 背負われているクレハが、強くしがみついてきた。簡単に振り払えそうなのに、振り払えない腕だった。


「わかってるって。逃げたりしないから」
 クレハに養われている自覚はある。でも、死にたくないというのは健全な気持だろうと思う。


「しッ」
 と、クレハがオレの口をふさいできた。
 オークたちが一斉に動きを止めた。木々の揺れる音だけが響いていた。


「聖肉守騎士団ども。犬を放っておる。こっちの臭いに気づいておるようじゃな」
 クレハはオレの口から手をどけてくれた。


「動物はオークを避けるんじゃなかったのか」


「特別に調教されている犬じゃからな。そろそろオヌシに背負われているわけにもいかぬようじゃ」


 クレハはオレの背中からおりた。
 ワンワンワンッ……と激しく吠えたてる犬が茂みから飛び出してきた。


「チッ。もう来おったか」


 遠くから、鍋やらフライパンがブツかり合うようなけたたましい音が聞こえてきた。それは甲冑を着た人たちが行進する音だと気づいた。それも、クロスアーマーやチェインメイルのような音ではない。もっと重装備の音だ。軍靴の音とは、こういう音をいうのかもしれない。そしてその音は少しずつ大きくなっているのだった。


「なんか、近づいてくるぞ」
「聖肉守騎士団どもの行軍する音じゃろう」


 あのエルフ翁め、知らせるのが遅すぎるわ――とクレハは愚痴をこぼした。


「でも、知らせてくれただけでも、ありがたいだろ」


 エルフ翁は、「人間どもから、お前たちを引き渡せと要求された場合は、引き渡す」と、あらかじめ言っていた。


「とにかく、そやつを黙らせねば」


 クレハはそう言った。吠えたてている犬にたいして、「グルルルゥ」とうなって見せた。たったそれだけで「キャン」と一声残して、逃げ去ってしまった。訓練された犬でも本能的に、オークの恐怖を感じるのかもしれない。


「まずはこれで良い」


 森の中を通っている街道に出た。
 オレたちは茂みに隠れながら、街道の様子を見ていた。


 いかめしい騎士たちがいた。オレたちには気づいていないようだった。全身を鉄でぎちぎちに固めたような鎧だ。チェインメイルなどとは、物が違う。地球の歴史では、そういった鎧が登場したのは、銃が開発されたからだ。


「この世界に銃はあるのか?」
「銃? なんじゃそりゃ」


 クレハはこんなときに、いったいなんだというように首をかしげた。


「いや、知らないならいいんだ」


 銃が登場していないのに、それほどまでに頑強な鎧が存在している。ということは、オークへの対抗策なのかもしれない。いかにオークの怪力でも、あの鉄の鎧までは貫けないだろう。逆に、貫かれないからこそ、聖肉守騎士団たちは着用しているのだ。それぐらいの洞察はできた。


「さて、どう逃げるかのぉ」
 クレハは困ったように人差し指でコメカミを押していた。


「走って逃げればいいんじゃないか?」


 プレートアーマーはおそろしい耐久力だが、重量が30キロほどあるはずだ。オークの脚力であれば簡単に逃げ切ることが出来るだろう。オレでさえも、あんな鎧野郎からは逃げられる自信がある。


 そこまで考えて我にかえった。


 別にオレが追われてるわけではないのだ。むしろ、助けを呼ぶべきなのではないか……。ここであの聖肉守騎士団たちに救出されれば、オレは自由を手に入れることが出来る。食われる心配もなくなる。一抹の懸念もあった。聖肉守騎士団の手によってクレハが殺されるのも、それはそれで厭だったのだ。

 
 クレハと湖に入ったときに、裸で密着してきたときのことが思い出された。血を与えるときの甘噛みの感触や、オレに食事を与えてくれたことが脳裏にひらめいていた。なによりも舌によって全身を打擲ちょうちゃくされた感触が、未練がましく残っていた。


 その躊躇ちゅうちょが仇となった。


「オヌシ」
 と、クレハの手が、オレの口をふさいでしまったのだ。


「んーっ」


「静かにせい。助けを呼ぼうとか考えていたのであろう」
 クレハはオレの耳元で、ドスのきいた声を出した。


「……」


「今回だけは見逃してやる。じゃがもしも次、我らから逃げ出そうなんて考えてみろ。そのときは、オヌシの尻の穴から腸を引きずりだして、すこしずつ食いちぎってやるからな」


 それだけの脅迫で、オレから逃避の意思を奪うのは充分だった。オークたちなら、ホントウにやるとわかったからだ。


 クレハの手が離れても、もはや逃げ出そうとは思えなかった。


「走って逃げるにしても、さっきの犬が吠え立てたせいで、我らのだいたいの位置はバレてるであろうからな。逃がさぬように包囲網が敷かれているはずじゃ」


「囲まれてるってことか」


「聖肉守騎士団も機動力がないのは承知しておる。ちゃんと、それぐらいの対抗策はとってくるはずじゃ」


 言われてみれば、街道にいる聖肉守騎士団たちも、まるで何かを逃がすまいとするかのような陣形をとっている。


「どうするんだ?」
「それを今、考えておるんじゃろうが」


「ヤッパリ正面からブツかりあったら、オークでも勝てないのか?」
「数の上では、聖肉守騎士団のほうが有利じゃからな。あの鎧もクソ堅いしのぉ」


 その物言いから、聖肉守騎士団と実際に戦ったことがあるのだとわかった。


 クレハさま――とカムイが進言してきた。
 作戦があるとのことだった。


 オークを二手にわけて、一方は囮役となり聖肉守騎士団の気を惹く。そのあいだに本隊を逃がそうという作戦を提案した。


「しかし、囮役は逃げ切れるか?」
 クレハが首をひねる。


「さあ。わかりません。しかしその役をこなした者は、オークの英雄となるでしょうな。そう言えば以前、クレハさまの父上は、今のような状況でシンガリ役をつとめたことで、頭としての責任をはたされたことがあった」


 カムイはクレハのことを見下ろして言った。クレハに囮役をやらせたい、というカムイの思惑が見え透いていた。


 そう言えばカムイは、クレハと仲が悪いのだ。


 クレハが仲間たちから疎まれていることを思い出した。もしやこれを機会に、クレハのことを始末してしまおうという腹積もりではないだろうか。


 クレハは表情を消したままカムイの顔を見返していた。無表情だったが、クレハの顔色は青白く見えた。


「クレハは頭なんだから、部下が頭を守るのが筋かと思いますけど」
 と、オレは小声で反論してみた。


 同じオークでも、カムイよりかはクレハのほうが好きだ。舌で全身を打擲されたり、髪の毛をそられたりしたのは苦痛だった。それでも、クレハはオレに食物を運んでくれるし、オレのカラダを気遣う優しさがある。


「頭であるなら、部下を守るのはトウゼンの義務。わかった。その囮役は我が引き受けよう」
 と、クレハは応じたのだった。


 その瞬間、ほんの一瞬だったがカムイの頬がゆるんでいた。それをオレは見逃さなかった。カムイは何かよからぬことを企んでいるように思えて仕方がなかった。


「そういうのは副官の役目なんじゃないんですか」
 オレが食い下がると、カムイはオレのことを睨めつけてきた。


「オークの頭は、チカラのある者がなるべきだ。みんなをまとめるチカラのある者がな」
 それは暗に、クレハにはみんなをまとめるチカラがない、と言っているかのようだ。


「けど、囮役ならもっと強そうなヤツがやればいいじゃないですか」


「そう。だからこそ、この囮役を成し遂げればチカラが認められるということでもある。そもそも、こうして聖肉守騎士団に囲まれるまで、なんの対処も出来ていなかったのは、頭の責任でもある」


 責任うんぬんを言うのならば、副官であるカムイにも責任はあるだろうと思った。だが、「もう良い」とクレハがオレのブリオーを引っ張ってきた。引っ張るといっても、子供が親の服を軽く引っ張るぐらいのチカラだった。


「なにも案ずることはない。我はこんな姿をしておるが、並の人間よりもはるかに強い。それはオヌシも知っておろうが」


「まぁ」


「くふふ。この囮役をつとめて、我にも父と同じように頭としての資格があることを、見せてやろうではないか」


 クレハは艶然えんぜんと微笑んでいたのだが、どうもその笑みが強がっているように見えて仕方がなかった。

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