彼女は、オレの人肉を食べて強くなる。

執筆用bot E-021番 

オークの生い立ちと、クレハ

 3日。森で生活した。オークたちはフラッと消えたかと思うと、どこからともなく人間を担いで戻ってきた。


「森が危険な場所だとわかっていても、商人なんかはどうしても通らなくちゃならぬからのぉ。オオカミやクマに襲われないように、小隊を組んでやってくるところを、襲うわけじゃな」


 これはクレハの弁だ。


 拉致してきた人間の尻からかぶりつく。それが、オークたちのお気に入りの食べ方らしかった。尻の肉を食って、臓器を食って行くのだ。そうすることで、死を遅らせるのだ。


 オークたちは別に人を苦しめるために、そんな食べ方をしているわけではない。食べるなら新鮮なほうが良いから――だとのことだ。


 人間の断末魔を聞きながら、オレは牛肉やら豚肉や鶏肉を食べた。ときには、パンやキノコも食べた。オレの食糧はクレハが獲ってきてくれる。いつも得意気な顔をして運んできてくれるのだった。その得意気な顔はまるで親にホめてもらおうとする子供のようだった。


 動物の肉は森で獲れる。キノコも生えている。だが、パンはそう簡単には手に入らない。村で製粉して、小麦粉を都市へと運び込む。そして都市の中でパンを焼きあげるのだそうだ。と、いうことはわざわざクレハは、都市にもぐりこんで、パンを持ってきてくれるということになる。


 なんだか、申し訳なくなる。
 まるでヒモだな、と思った。


 だからといってオレは、ノンベンダラリと過ごしていたわけではない。オークたちは1日に10人ずつ血を求めてきた。マッチ売りを助けるために、ほんの一回だけ血を与えるつもりだった。だが、オークたちは一度で満足してくれなかった。


 オークがオレを求める熱意は、燃え盛る炎のようだった。


「お願い。一口だけでいいから」
「すこしナめさせてくれるだけでいいの」
「頼む。この通りッ」


 と、オークたちは求めてくるのだった。


 求められるというのは悪い気分ではない。まるでオークたちの王さまにでもなった気分だ。血を代償として何かを命じればきっと、その命令を実行していただろう。もちろん、そんな勇気あることはしなかったが。


 オークは全部で78人。名前は覚えきれていない。女もオークもいたし、男のオークもいた。クレハのような幼い少女の姿をしている者もいたし、少年の姿をしている者もいた。カムイのような厳めしい男もいれば、大人の女性もいた。


 オークにもいろいろいるようだ。


 78人の中から、毎日10人ずつ、オレの血を与えた。その10人の中には必ずクレハとカムイが入っていた。カムイとクレハが、それだけオークたちにとって重要なスタンスにいるということだろう。


 クレハは遠慮がちにオレの腕にキバを突き立ててくれる。痛いことには痛いのだが、それはもはや甘噛みと言っても良いぐらいだった。そんな噛み方をされると、もしやクレハの中にオレにたいする情が生まれているのではないか――なんていう疑いを持ってしまう。


 しかしクレハは、あきらかにオレのことを家畜としか見ていないようだった。クレハがオレに向ける愛というのは、育てている家畜に向けられる愛、なのだろう。


 家畜の愛でも優しくされると、食べられてもいいかもしれない、なんて思えてくる。最初はゼッタイに食べられたくないと思っていた。だが、今では心の中の3割ほどは、「クレハになら、食べられてもいいかもしれない」なんて心境になっているのだった。


 しかし、まだまだ生きていたいという気持のほうが大きかった。


 一方。
 問題なのは、カムイだ。


 相変わらず無遠慮に噛みついてくる。いや、かぶりついてくる。それも自分が食べるためではない。必ず桶に血を淹れるように要求してくる。


「この血、どうしてるんですか?」
 と、尋ねても、


「貴様の知ったことではない」 
 と、跳ねつけられるだけだった。


 オレの血なんだから、オレにも知る権利はあるんじゃないかと思った。けれど、カムイを相手に反論しようとは思わなかった。そんな勇気はオレにはない。


 逃げることは、まだ諦めていなかった。


 オレは首輪から伸びている鎖を、木の幹にくくりつけられていることが多かった。そうしてくくられている間は、どうガンバっても逃げられそうにはなかった。今も、くくりつけられていた。


 こうして拘束されている間は、何もやることがない。暇だ。
 オークたちの様子を見ているしかない。


 オークたちも別に何をするというわけでもない。木々の茂っていない日差しの良い場所でくつろいでいた。草のおいしげった地面にゴロゴロと寝転がっている者がいれば、チラチラとオレのほうに目を投げかけてくるオークもいた。


「なぁ。ヤッパリ。食っちまおうぜ」
 と、オークの1人がオレを見て、そう呟いた。


 オレはギクッとして、あわててうつむいた。


「大人になって食べたほうが、食べごたえありそうだけどな」
 と、別のオークが言った。


「けど、大人になるって言っても、たいして大きくなりはしないだろ」
 と、これもまた別のオークだ。


 オレを今食べるか、否かという論争が勃発してしまったようだ。本人を目の前にそんな言い争いは止めて欲しい。心臓に悪い。


「だからさー。いろんなもの食わせてブクブクに太らせてから食えばいいんだって」
「逃げられたら、どうするんだよ」


「逃げられやしないって。だいたい人間の足でオレたちから逃げられるかよ」
「けど、辛抱たまらねェ……」


 辛抱たまらないと言った女性のオークがヨダレを垂らしながら、オレのもとに迫ってきた。


「なぁ。ボウヤ。どこか食べても問題なさそうな部位はないのかな……。腕の一本ぐらい、かまやしねェだろ」


「ダメですよ。ツメぐらしか」
「ツメなんて食っても美味くねェよ。内モモの肉ぐらいいいんじゃないか?」


 女性オークは、オレのフトモモに手を置いてきた。


「もし食べたら、クレハに言いつけますよ」
「チッ。前頭首の娘だからってだけで、頭になってるだけの小娘が」


 と、女オークは愚痴をこぼした。けれど、その脅しはきいたようで、オレを食べるのは諦めてくれたようだ。


 クレハにたいする悪態が気になった。クレハはあまり信望がないのだろうか。その疑問はすぐに解消した。クレハがいないのを良いことに、オークたちが愚痴りはじめたのだ。


「頭首だからって、いつも異世界人を手元に置いてやがる」
「ちょっとはオレたちにも分けてくれりゃ、いいのにな」
「どうせ見えないところで、少しずつ食ってるに決まってるんだ」


 ――とのことだった。


 食ってはいないが、クレハはたしかにオレのことを、チョクチョク味見してくる。なので否定もできない。


 短小のくせにな……くすくす……あの短小娘……と陰湿な声が漏れていた。短小というのは、もしかすると角のことかもしれない。他のオークに比べてもクレハの角は異様に小さいのだ。


 オークたちは一枚岩ではない。カムイ派とクレハ派に別れていると言っていた。「我のほうが優勢じゃ」とクレハは言っていたが、とてもそうは思えない。


 クレハは今、オレの昼食を取りに行ってくれているはずだ。が、わざわざ自分で行くのは、部下がいうことをきいてくれないからではないだろうか。 そう思うと、なんだかクレハが不憫に思えてきた。


「うん? なんじゃ? どうかしたか?」
 と、チョウドそのとき、クレハが戻ってきた。
 クレハが戻ってくると同時に、オークたちの愚痴り合いはピタリとやんだ。


 クレハの手には鳥がぶら下がってきた。


「おかえり」
「うむ。今日は鳥肉じゃ」
「ありがとう」


 クレハが握っている鳥が、いったいなんの鳥かはわからなかった。だが、鳥なら食えるだろう。人間の脳を食べても、何もなかったのだから。


「すぐ、焼いてやるからな」
「なぁ。クレハ」
「うにゅ?」


「お前、信用できる部下とかいるのか?」
 そう尋ねると、クレハはプッと吹き出した。


「なにを言うておる。ゴンゾやバンマルもおるし。ゲンナじゃって、いつも我の味方をしてくれるぞ」

 なぁ、とクレハが尋ねていた。


「おう」
 と、返していたのは、さっきまでクレハのことを愚痴っていたオークたちだった。


 やはりクレハには、信望がないのだと知らされた。あらためて考えてみればクレハはオークたちの輪の中にいることが、あまりない。いつもオレといる。


「友達とかいないのか?」
「友達? 我は頭じゃからな。誰か特定のオークと遊んだりすることはないのぉ」


「それってさ、ハブられてるんじゃないのか?」
「へ?」


 クレハは、何を言ってるのかわからないといった顔をした。そしてみるみるうちに顔を紅潮させた。


「わ、我がハブられておるじゃと? 何を言うか。我は頭じゃから、特定の者とあまり関わることがないだけじゃ。優しくされてるからいい気になりおってッ。もうオヌシの昼食は抜きじゃッ」


 クレハはそう言うと、セッカク取ってきた鳥肉を打ち捨ててしまった。


「そ、そんなぁ……」
「もう。オヌシのことなんて知らぬッ」


 クレハはそう言うと、再び森の中に消えて行ってしまった。その態度はまるで子供だった。大人びていたり、幼稚だったり、ホントによくわからない。


 セッカク忠告してやったのにな、とイジける気持が芽生えた。だが、クレハの胸中を思うと、悲しくもあった。


 オレの目の前には死んだ鳥が捨てられていた。オレのためにセッカク獲ってきてくれたのに――。オレに喜んでもらえると思って獲ってきたのだろう。なのに、無神経なことを言ってしまったかもしれない。


 あとで謝ろう。


「あのー。そこのオークさん。バンマルとか言いましたっけ?」
 オレの内モモを食おうとしていた女オークだ。


「ん?」
「クレハのこと、詳しく教えてくださいよ」


「ヤだよ。メンドくせぇ」
 バンマルはふてくされたようにそう言った。


「教えてくれたら、オレの肉を少しあげてもいいですから」
「教えるッ。なんだって聞いてくれッ」


 ものすごい態度の変わりようだ。オレの肉はそんなに美味いのだろうか。


「何が知りたい? いや、っていうか、どこの肉を食わせてくれるんだ?」


 お前だけズルいぞ。オレがその役引き受けた。いや、この私が――とオークたちが集ってきた。


「ダメだ。ダメだ。この役は私が引き受けたんだからな。てめェらはすっこんでろ」
 と、バンマルが押し返していた。


 オレが尋ねるとバンマルは、嬉々として応えてくれた。そのあいだ、オレへの肉欲を隠そうとしない下品な視線をずっと当てられていた。だが、クレハのこと以外にも、いろいろと面白い話をしてくれた。


 はるか昔に鬼たちは地球から、セパレートに来てオークとなった。オークたちは人を食らい、数を増やしていった。しかしオークが集団で暮らしていると、その近隣だけ人が消える。死の大地が出来上がってしまう。


「昔のオークたちが人を食いつくしちまって。死の大地だって言われてる場所がある。そこには今でも人が住んでねェ」
 と、教えてくれた。


 そこでオークたちは、遊牧民のように流浪の暮らしをするようになった。そのひとつのグループを任されたのがクレハの父親――ササという男だった。


 ササは若いオークとのあいだに子供を生んだ。それがクレハだ。しかしクレハの母親はすぐに死んでしまったそうだ。聖肉守騎士団に殺されたらしい。


「そのササってオークは、駆け落ちしてしまったんですよね?」
「ああそうだ」


 それが30年ほど前のことになるそうだ。つまり前回の、異世界人召喚のときだ。仲間と娘を放擲してまで駆け落ちなんて、あまりに無責任だ。それとも、その異世界人がよほど美しかったんだろうか。


 で。


 残されたオークたちは、困った。統率者が消えたのだ。


「誰か中心となる統率者がいなけりゃ、個々で好き勝手やるような種族だからな。オークってのは」


「なんか、わかる気がします」


 バンマルは話を続けてゆくうちに、顔を近づけていた。もう鼻と鼻が触れ合いそうな距離にあった。


 バンマルはいちおう女性のオークだ。
 緊張する。


「頭首が消えたときは、次の頭首はカムイだろうって話だったんだ。みんなそれで一致してた」
「じゃあ、どうしてクレハが?」


「前頭首のササが、すげぇ強いオークだったんだ」
「チカラがってことですか?」


 ついに我慢しきれなくなったのか、バンマルがオレの耳朶に甘噛みしてきた。ピリピリとしびれるような感触があった。


「チカラなんてもんじゃねェ。ササはおそらくオークの中でも、最強中の最強。人間たちからは動く災害なんて言われていたんだぜ。腕を振るえば嵐が起きて、一歩進めば地面が揺れる。そういう人だった」


 そんなおそろしいオークから、クレハが生まれてきたなんて、信じられない。


「大きい人だったんですか?」


「いいや。大きさはふつうの人間と変わりないけど。まぁ、半端ない威圧感を持ってたな。クレハを頭首にしたのは、そのササの威圧がまだ残っていたからだな」


「どういう意味ですか?」


「駆け落ちしたつっても、いつか帰ってくるかもしれないだろ。駆け落ちするんで、帰って来ません――って書置きがあったわけでもあるまいしよ」


「まぁ、そうですね」
 ふらっと帰ってくる可能性もなくはない。


「もしもササが帰ってきたときに、娘じゃないヤツが頭首やってたら、一悶着起きそうだろ。それでみんなビビって、クレハを頭首に据えたってわけさ」


 要するに――。
 クレハの父親が怖いから、とりあえずクレハを頭首にしている、ということだ。


「いいじゃないですか。平穏な解決策で」


「けど、もう30年。さすがにササの恐怖も薄らいでる。なのにクレハは自分が頭首だからって、頭首面して、てめェを独り占めしてやがる」


 自分のチカラで頭首になったわけでもないのに、頭首面をしているクレハが許せない。それでクレハの信望がオークたちから急速に失われているのだろう。


「もう話はいいだろう。なぁ、そろそろ肉をくれよ。どこなら食わしてくれる?」

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