彼女は、オレの人肉を食べて強くなる。

執筆用bot E-021番 

血の取り引き

 血の取引は、馬車の中で行われることになった。天幕を張った馬車の中に入り、オーク1人ずつに入ってきてもらうことにした。全員に与えると、オレの身に危険が及ぶ。なので、10人までという制約をクレハが設けた。


「10人までなんてズルいぞ」
「全員に与えろッ」
 と、オークたちはお怒りのようだった。


 78人いるのだ。
 なんと言われようとも、そんなに血は出せない。


「まず最初は我じゃ」
 クレハが馬車の中に入ってきた。


 すっぽりと天幕を隠された馬車の中は、昼でも暗かった。なので、カンテラの火を灯した。クレハは器用に火種をつくって、ロウソクに火をつけていた。


「まるでオレは人身御供だな」
「これでもオヌシのことは、傷つけぬように丁寧に扱っておるつもりじゃ」
「わかってる」
「で、どこなら傷つけても良いか?」


「腕とかなら、まぁ」


 ブリオーの袖をまくりあげると、オレの腕があらわになった。クレハはオレの腕を愛おしげに抱きかかえた。


 傷つけられるというのに、こうしてクレハから求められることに、喜びがあった。あるいはオレは、クレハに食べられることを望んでいるのかもしれない――とさえ、思えてくるから不思議だ。


 そう思わせられたのは、きっとオレの腕がクレハのつつましい乳房に当たっているからだ。女性の乳房の感触を知るのは、はじめてだった。


「少し痛いが、我慢してくれ」
「ああ」


 クレハは恍惚とした表情で、オレの腕に噛みついてきた。クレハのキバが腕に刺さるのがわかった。口の中の熱が、腕に伝わってきた。腕が熱くなってくる。


 クレハが顔を離すと、オレの腕からは2つの点のような傷ができていた。その点からは、血が球をつくるようにして出てきた。キバを突き立てるといっても、たったのこれだけしかオレのことを傷つけない。この傷の浅さに、クレハの優しさが感ぜられた。


「う、う、う、うまーいッ」
 クレハは叫んだ。
 目が血走り、息が荒い。


「そんなに美味いか?」


「カラダじゅうがしびれるような感じじゃ。口の中が溶けてしまうかと思うた。も、もう一口……」


「ダメだって、他のオークにもあげなきゃいけないんだから」


「あぁ、オヌシが欲しい」
 クレハはオレの胸元に耳を当ててきた。


 心臓の音を聞いているのだろう。いつかオレの心臓が、この小さな生き物のカラダの中に入って行くのだろうか。怖いし、グロイ。だけど、どことなく淫靡な感じもする。オレの心臓に聞き入っているクレハの頭に、オレは軽く鼻を押し当てた。ヤッパリいい匂いがした。


 その後のオークにも分け与えた。
 もちろんその中には、男のオークもいたし、女のオークもいた。男のオークに腕をナめられるのは、なんとなく厭だった。男も女もオレの血を飲んだ後は、アホウみたいな顔をさらけ出すのだった。


 この血の取引はオレにとって苦痛だったかというと、一概にそうとも言えなかった。痛みは採血をされるよりかは痛くなかったし、それだけ喜んでもらえると、嬉しくもあった。


 自分の存在価値そのものを、認めてもらっているような気になるのだった。考えてみれば、食べられるというのはある種の幸福かもしれない。何も努力しなくとも、殺されるだけで自分の存在を認めてもらえるのだ。


 10人目のオークはカムイだった。


 カムイが馬車に入ってくると、それだけで馬車の中でイッパイになった。クレハとは違う、血なまぐさい臭いがした。


 このいかつい男も、オレの血を飲んだら、だらしのない顔をさらすのだろうか。それはそれで見てみたい気もする。


 しかし、
「オレは飲まん」
 と、カムイは先に言ってきた。


「飲まないんですか?」
 それなら、それでも良かった。


 傷は浅かったが、10回も腕を噛まれると、さすがにズキズキとした痛みが襲ってくる。


「代わりに、ここに入れてくれ」
 カムイは桶を出してきた。


 それは水を売る際に使われる桶だった。人間の生首がひとつ入るぐらいの大きさがあった。


「え……いくらなんでもムリですよ。こんなに血は出せませんって」
「可能なかぎりでいい」
「それなら、まぁ」


 カムイはオレの腕にかぶりついてきた。


「痛たッ」


 深々とキバの刺さる感触があった。他のオークとは違う。オレへの配慮がマッタク感じられない、噛みつきかただった。オレはいつか、この男によって殺されるような、そんな予感に襲われた。


 カムイはパッと顔を離した。オレの腕から滴り落ちる血が、桶の中に注がれていった。注がれると言っても、桶の底を薄っすらと隠す程度にしか血は出なかった。


「もういいですか」
「これだけあればいいだろう」


 カムイは口元についた血を、ナめとっていた。その間もランランと光る目を、オレに注いでいた。今にも殺してやるといった猛禽類の目だと思った。そんなチカラ強い目を見返すだけの覇気は、オレにはなかった。


 カムイとは馬が合わなさそうだ。このときオレの中に、カムイにたいする嫌悪感が生まれた。だが、オレの好き嫌いとは別に、カムイのような威風あたりを振り払うような男にたいして、あこがれのようなものもあった。


 カムイは桶を持って、馬車を出て行った。
 カムイが出て行くと、入れ替わるようにしてクレハが戻ってきた。


 オレは、あわててブリオーの袖を戻して傷を隠した。何故、隠さなければならなかったのか、自分でもよくわからなかった。ただ、痛めつけられたことを先生に言えないような、そんな気恥ずかしさがあったのだった。


「カムイに手荒くされなかったであろうな?」
 と、クレハは尋ねてきた。


「いや、大丈夫だった」


「そうか。ならば良いがな。あの男は、異世界人にたいしてあまりいい印象を持っておらんからな」


「そうなのか?」


 カンテラの中のロウソクが煤を発しはじめた。クレハはロウソクの芯を切っていた。ハサミを使うでもなく、指で切ってしまうのだから、すごい。炎を消さずに器用に成し遂げていた。


 この話はナイショじゃがな、とクレハは前置きをしてから切り出した。


「前回の異世界人を召喚したときは、女子じゃった」
 前回というのと30年前のことだろう。


「女ということもあるのか」
「それも美しい女子でな。男のオークどもは食べるというよりも、ホれてしもうてな」


 くふふ、とクレハは面白おかしそうに言った。


「それで?」
 うながす。すると、クレハが口を寄せてきた。


「カムイのヤツ。告白したんじゃが、見事にフられおった」
「それで、異世界人にたいして、いい印象を持ってないのか?」


「いやいや。それだけではない。その女子は、この我の父に恋い焦がれてしもうてな。そりゃぁ、見事な三角関係じゃ」


 カムイ→異世界人の女→クレハの父。
 と、いう構図が、オレの脳裏に描かれた。


「クレハの父親って、行方不明の?」


「うむ。母はもう数百年前に死んでおって、父は独り身じゃった。我の父は、その異世界人の女子を連れて消えてしもうてな」


「駆け落ちってヤツか」
 と、フに落ちた。
 それでカムイの父親は行方知れずなのだろう。


「頭首は消えるし、告白は断られるで、カムイは踏んだり蹴ったりじゃったからな」


 女の子が何気ない会話を楽しむかのようにして、クレハはそう語った。


「じゃあ、クレハの父親は、今も絶賛駆け落ち中ってわけか」
「うむ」
「人間とオークって、恋できるものなのか?」


 そう尋ねるとクレハの目は、イタズラめいたひらめきを宿した。年下の男性をからかうように顔を寄せてきた。


「なら、オヌシは、この我がどう見えるか?」
「……さあ、どうだろうか」


 カワイイと思う。透き通るほど白い肌に、亜麻色のショートボブ、やや吊り上った眉に、銀色の大きな瞳。桜色の唇に、子供のような顔の輪郭……すべて計算してそういう造形がされているように思えるぐらいだった。


 他の人間と比べて美しいというのではない。ただ、そこにあるだけで美しいと思わせる絶対的な、美、を感じさせられるのだ。しかし、素直に述べるには気恥ずかしさが邪魔をしていた。


「もしもオヌシが我のことをカワイイとか、キレイだと感じるならば、恋というのもありうるやもしれぬな」


「そっちは、どうなんだよ」
 オレのことがどう見ているのか。


 クレハは、くふ、と吹き出すように笑うと、「美味そうじゃ」

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