彼女は、オレの人肉を食べて強くなる。

執筆用bot E-021番 

オレの血を飲ませてやる

 水売りに化けていたオークたちと合流して、フィルドランタを出た。フィルドランタを出る際に関所で忠告を受けた。近くでオークが出たらしい、とのことだ。街道でホンモノの水売りが殺されていた、なんらかの証拠を見つけたのだろう。


「襲われたのは水売りだそうだからな。お前たちも気を付けろ」


 どうやらオレたちのことを、ホントウの水売りと信じ込んでいるようだった。


 そのオークがここにいるんだよ、気づけよ、このバカ――と心の中で毒づいた。オレが助けを求めると、後でオークたちからどんな懲罰を受けるかわからない。大人になるのを待たずに、オークたちの胃の中におさめられるかもしれない。


 相手のほうから気づいてくれるなら別だ。それなら、オレが助けを求めたわけじゃないから、クレハを怒らせることもないだろう。関所の衛兵ごときが、オークに勝てるかは疑問だ。が、争いになれば逃げるチャンスもめぐってくるだろう。


 しかし、気づかない。
 何故、気づかないのか。


 クレハたちのフードを脱がせるぐらいの、点検はしてくれてもいいじゃないか。神経がサメ肌のようにザラついてくるのを感じた。


 苛立ってもしかたない。


 まさか、オークたちが水売りに化けて都市の中に入ってきているなんて、思いもしないだろう。


 衛兵の応対しているのは、オレという人間だ。その上、角をフードで隠しているクレハは、男をアホにさせるほどの美少女なのだ。


 事実、関所の衛兵たちはクレハにたいして、だらしなく鼻の下を伸ばしているだけだ。ヒト族、ケモミミ族、エルフ――と、1日にいろんな人の通る関所だ。通行手形を持ってる相手を疑えというほうが難しいかもしれない。


「ふむ。では我らも気を付けよう」
 と、クレハは手綱を引いた。


 気づけ、気づけ――と念じていたのだが、結局、気づかれないままにフィルドランタを後にすることになった。


 馬車はふたたび、広大な緑の大地へと放り出された。


「オヌシ」
 とクレハは手綱をにぎったまま、ワキバラを小突いてきた。


「なんだ?」
「よく、我から逃げなかったな」
「逃げようとしたら、食べるんだろ」


 それにここでオレが逃げたら、カムイからクレハが責められるということも、忘れたわけではない。


 もちろん逃げたいという気持が、9割ほど染めている。一方で、まだもう少しとどまっても良いか、という気持も1割ほどあるのだった。


「しかし、さっきの関所では衛兵に助けてもらいたい、と考えておったじゃろう」
「えッ。わかったのか」


 もしや妖術とやらで見抜いたのかと思ったが、違った。


「バカめ。簡単なカマかけに引っかかりおって」
「あ……」


 ダマされたのだとわかった。
 キモがすーっと冷えてきた。


「セッカク飯を食わせてやった恩を、仇で返すつもりか」
「だって、オレも食われるのは厭だし」
「逃げたところでどうするつもりじゃ。オヌシ、この世界で1人で生きてゆけるのか」


 それを言われると、困る。


 異世界は心を躍らせてくれる。だが、生きて行くためにはお金が必要だ。モンスターがいて、それを倒すような仕事もありそうにはない。仮にモンスターがいたとしても、オレの運動神経では倒せそうにない。


「オヌシ1人で生きてゆくのは大変じゃぞ。でも、我ならばオヌシを養ってやれる。満足いくまで、食べさせてやれる」


「うん……」


 逃げようという気持を、クレハの言葉が溶かそうとしてくるようだった。けれど、どう懐柔かいじゅうされようと逃げたいという気持が消えるとは、思えなかった。


 留守番をしていたカムイたちと合流した。カムイの警告とは反してオレは無事に逃げ出さなかった。が、カムイはその件について何も言うつもりはないようだった。


 近くの森に入った。


 森の中にもちゃんと石畳の道が敷かれていた。森はエルフの住処になっているらしい。だから、人間はエルフとの交渉によって、木材を得ているとのことだ。


「じゃあ、エルフと人間は、別の種族だけど、友好的な関係ってことか」


 オレは変わらず、クレハとともに御者台に乗っていた。オレのことをナめてきたり、においを嗅いできたりはしなかった。さすがに他のオークが見てる前では、やらないようだ。


「人間の都市の中にも、出稼ぎに来ていたエルフがいたじゃろう」
「ああ」


 持ちつ持たれつということだろう。


「しかし、一方でエルフは我らにも寛容じゃ」
「オークにも?」


「エルフは森を守る種族じゃからな。森を荒らさぬ者には寛容じゃ。むしろ、エルフは我らにたいして親密でもあるな」


「人間を食うのにか?」
「人間を食うからじゃ」


「?」


 どういう理屈なのか、よくわからない。
 オレは首をかしげた。


「森にはクマやオオカミも生息しておる。クマもオオカミも人を食うじゃろう」
「ああ」


「そういった野生生物も、エルフは大切にしておる。まぁ、つまりエルフは我らを畜生の種類じゃと思うておるようじゃな」


 気に食わぬが、知性が低いのは獣と同じじゃからな――と、クレハは付け加えた。


「ふふん」
 と、オレはつい笑ってしまった。


 そう言えばオークの知性の低さを、クレハが気にしていることを思い出したのだ。


「オヌシ、笑ったな?」
 クレハがキバを向きだした。


「いやいや。だけど、オークも頭はいいと思うけどな。水売りに化けて都市に入るなんて、頭がいいじゃないか」


 そうおだてると、今度は得意気な顔をさらけだした。


「知性はないが、狡猾ではある」


 人間は知性的な生物だが、オークは狡猾的な生物だとのことだ。言いたいことは、何となくだが、わかる気がした。 


「森の中には、クマやオオカミがおるんで、人間どもはあまり入って来ん。そういう意味では、森の中は我らにとっても、居心地の良い場所ではある」


「それで森に入ったのか」
「小腹がすいて来る時間じゃ」
「え?」


 馬車を石畳の路肩に止めた。


 この馬車はもともとは水売りの馬車だ。水の入っていた樽もあった。オークたちはその樽を抱えおろした。人が1人入れるぐらいの樽が全部で6つあった。驚いたことにその樽の中から、ホントウに人が出てきた。みんな気絶させられているようで、無防備に野に転がされていた。


「人……?」
「うむ。水を売って空になった樽に、人を詰めてきたんじゃ」


 そうか。


 オークたちがわざわざ水売りに化けて、都市に入った理由がわかった。都市にいた人をさらうためだったのだ。


 関所の衛兵たちも、都市に入ってくる者の荷物はチェックするが、出て行く者の荷物までは確認しない。


「小腹がすいて来たって、まさか、その人を食べるんじゃないだろうな」
「何を言うておるか。食べるに決まっておろう」


 見たところ女性が2人と、男性が4人だった。みんな大人のようだが、女1人だけは子供だった。しかもよく見てみると、それはさっきフィルドランタで会った、マッチ売りの少女なのだった。プラチナブロンドのショートカットは、間違いなかった。彼女もまた気絶していた。


「待て。子供がまじってるじゃないか」


 オレはあわてて転がされているマッチ売りに駆け寄った。オークたちが非難めいた目でやってくるのが痛かった。


「それが、どうした?」
 クレハの声にも怒気がふくまれている。


「子供は食べないって、言ってたじゃないか」
 だから、オレも生かされているのだ。


「オヌシは別じゃ。オヌシは1人しかおらんから、大きく成長させて食ったほうが良いじゃろう。じゃけど、セパレートの子供なんて、いくらでもおるからな」


 人を食べるのは惨いと思う。だけど、そういう種族があるなら仕方のないことだとも思う。弱肉強食はこの世の摂理だ。人間を食べるなと言ったら、今度はオークが困ってしまうことぐらい、オレにだってわかる。


 しかし、子供は別だ。


 自分と同じ種族の子供が殺されそうになっていたら、胸が痛むものだろう。しかも、マッタクの他人ではない。


「子供だけは見逃してやってくれないか」


「人間どもは動物の子供を容赦なく殺してゆくではないか。我らを非難することなど出来ぬと思うがな」


 オークたちは、気絶している人たちを囲むようにして迫ってきた。


「邪魔だ」


 と、オレは倒れているマッチ売りから、引きはがされた。オレのことを引きはがしたのはカムイだった。大きなカラダと、長大な角には迫力があった。緊張でノドが絞められるような思いだった。


「よーし。オヤツの時間じゃ」


 クレハが掛け声をあげる。オークたちは6人の肉に飛びついた。6人の肉が吸引力を持っていて、オークたちを吸い寄せたようにも見えた。


 もしもオレに何か、異能力が宿っているなら、目覚めてくれと祈った。オークたちを御するチカラが欲しかった。けれど、そんなチカラなど片鱗すら現れてはくれないのだった。


 供物にされたマッチ売りは、見たところまだ10歳に届くか否かといった風貌をしていた。そんな無垢な少女が、エサにされても良いものか。ホントウに、ただ黙って見ているだけで良いのか。


 マッチ売りがニコリと笑って、オレにマッチを渡してくれたことを思い出した。あの清貧な心を奪われてはならない気がした。


「ま、待て……」
 そう声を出したのだが、あまりに小さくオークたちの耳に届かなかったようだ。


「待て!」
 と、今度は腹から声をしぼりだした。


 さすがにオークたちは動きを止めた。


「なんじゃオヌシ。これ以上口出しするならば、ムリにでも大人しくしていてもらうぞ」
 クレハの口元は、サッソク血塗れていた。


「取引だ」
「うにゅ?」


 人肉を食らっている少女の声音は、見た目とは裏腹に幼いものだった。


「オレの血をくれてやる。チョットぐらいの出血なら、そのうち治るはずだから。オレの血を飲ましてやる」


 オークたちは一斉に、それも弾かれたように立ち上がった。


「真か。血を飲ませてくれるのか!」


 異世界人の血液よ……私も欲しい……待て、オレも……とオークたちがざわめいた。モノスゴイ人気者になったような錯覚をおぼえる。
 そこまで過敏に反応されるとは思っていなかったので、逆にたじろいでしまう。


「ああ。でもチョットだけだから、あんまり血を流すと死ぬんだから」


 思えばクレハたちは、オレから強引に血を奪うようなことはしなかった。死なれては困るというのもあるかもしれない。だが、少しはオレの意思を尊重してくれていたのかもしれない。


「で、では、サッソク。我から……」
 クレハが「はぁはぁ」と息を荒げて、迫ってきた。口元が血塗れているから、迫力がある。
 オレは、つい後ずさりするようなカッコウになった。


「ま、待て。取引だって言っただろ」


「なんじゃ。オヌシがすすんで我らに血を与えてくれるというならば、なんでも願いを叶えてやるぞ」


「そこのマッチ売りを解放してやってくれ」
「なんじゃ。そんなことで血を流してくれるならば、容易いことじゃ」


 他の者も良いな――とオークたちに向けてクレハが言った。


 もちろん異世界人の血に比べりゃ、こんなメスガキの血なんてゴミみたいもんだ、とカムイが言った。


 これで良かったのだろうか。


 フィルドランタでマッチをくれた借りは返せただろう。まだ、何も知らずに気絶している少女は、穏やかに眠っていた。このまま穏やかに眠り続けていたら、たとえオークに食われなくとも、オオカミやクマのエサになりそうだ。


「もしもし?」
 と、揺り起こしてやった


 マッチ売りは目を覚まして、ボウ然としていた。気絶させられて、連れて来られるのだ。状況もよくはわからないだろう。しかし、周囲にはオークたちが食い散らかした人間の死体が転がっている。それを見て、何かしらの危険は察知したようだった。


「ここは危ないから、都市に帰るといいよ」
 と、言うと、


「ん」
 と、マッチ売りはうなずき、あわてたように立ち去って行った。その小さな後ろ姿には幸の薄さが感じられた。

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