彼女は、オレの人肉を食べて強くなる。

執筆用bot E-021番 

異世界の食文化

 修道院に行って、オレは診察してもらった。
 癒術とやらを拝見する機会だと思ったのだが、何の異常もないとのことで追い返された。


「なんじゃ、セッカク修道士のもとまで連れて来たのに、異常はないではないか。さてはオヌシ、ウソを吐いたな?」


 とクレハが上目使いに睨んできた。


「違う違う。ホントウに人間が人間を食べたら、病気になるんだって」
 また脳みそを食わされてはたまらないと思って、必死にそう訴えた。


「しかし、オヌシはどうにもなってないではないか」
「たぶん運が良かったんだよ」


 腹ぐらいは壊すだろうと思っていたのに、そんな症状もない。むしろ、空腹を感じているぐらいだ。


 もしや異世界召喚の拍子に、オレに何か特別なチカラが宿ったのではなかろうか。異世界に行ったら、たいていは何かしらの能力に目覚めたりするものだ。テレポートせよと念じてみたり、炎を発生させようと祈ってみたりしたが、ムダだった。


「まぁ良い。水を売って金を儲けたからな。オヌシの食べれそうなものを探してやろう」
 オレとクレハだけは、近くの飲食店に入った。


 他のオークたちは、「やることがある」とのことだった。オレの診察のために、オークの群れを都市の中に連れ込んだわけではないだろう。オークたちはいったい何をしに来たのだろうかーーと怪訝に思った。が、疑問はしだいに薄らいでいってしまった。




 巨木を輪切りにしたテーブルが5つ並んでいた。席は2つ埋まっていた。オレとクレハはイチバン奥のテーブルに案内された。案内してくれたウェイトレスは、ネコ耳を生やしていた。お尻からは、尻尾も伸びていた。


「ご注文が決まったら、お呼びくださいニャ」


 と、ネコ娘はそう言い残すと、厨房へと消えて行った。厨房のほうに目をやると、カマドに薪を入れて、火を起こしている料理人の姿が見えた。水道が通っていなければ、ガスや電気もない。地球と比べるとずいぶん文化が遅れているが、その分だけ、人々は活気に満ちているのだった。


「ほれ。オヌシ」
「ん?」
「メニュー表じゃ。何か食えそうなものはあるか?」
「どれどれ」


 ずいぶんと汚れた紙の束だった。羊皮紙とはまた違う。かと言って、地球で使われている用紙のようにシッカリとした材質ではない。パピルス紙というヤツだろうか。その紙に、にじむようなインクの文字がつづられていた。


「ミミズソーメン・200ガロン」「ネズミの刺身・350ガロン」「マタタビジュース・150ガロン」……。


 絶句した。


「ヤバいヤツしかないじゃないか」
「どこを見ておるか。それはケモミミ族専用のメニューじゃ。ヒト族はこっちじゃ」


 クレハがページをめくってくれた。


「エンドウ豆の卵とじ・450ガロン」「ソラマメ煮込み・200ガロン」「ポトフ・500ガロン」……。どちらにせよ、あまり食欲のそそられるものはない。


「肉はないのか」


「今は気候が温かいからのぉ。もうすこし寒くなると、牛や豚の肉が出てくると思うが。あるいはもう少し高級な店に行けば、あるやもしれんぞ」


 ガロンというのは、セパレートでの通貨らしい。金銀銅の3種類あるそうだ。銅1枚で100ガロン。銀なら1000ガロン。金ならば10000ガロンとのことだ。


「じゃあ、これで」
 オレが指定したのは、パンだった。
 チーズのたっぷりと乗ったパンだと記載されていた。


「はぁぁ。なんじゃオヌシ。パンで良いのか?」
 口をへの字にして、顔を突き出してきた。


「欲を言えば、牛肉とか豚肉とか鳥肉があると良かったんだけど」
「異世界人も、セパレートの人間と食の傾向は変わらぬ――ということか」


「まぁ、同じ人間だしな」

 パンは都市とは別にある村で製粉して、小麦粉にするそうだ。それから、都市に運ばれてくるらしかった。


「しかし、オヌシを大きく成長させるには、パンだけでは足りぬじゃろう。ポトフも追加で注文したらどうじゃ」


「野菜はあんまり好きじゃないんだけどなぁ」
「好き嫌いをしていては、大きくなれんぞ」


 と、母親みたいなことを言うから、オカシかった。気が進まなかったが、異世界のポトフがどういったものなのか、見てみたい気持もあった。


「じゃあ、頼む」


 巨木を輪切りにしたようなテーブルの上に料理が並べられる。たっぷりとチーズのかけられた丸いパン。キャベツやニンジンの入ったポトフ。ポトフの出汁を飲んでみると、地球で食べるポトフと大差なかった。


 面白いのは器がパンになっていることだ。売れなかったパンは放っておくと、固くなる。それを皿として使いまわすのは、地球の歴史にもあったことだ。


「野菜とか、動植物は、地球と同じなんだな」


「我らオークの先祖はもともと、地球の日本という場所から来たらしい。その際に、多少の地球の物植物を、セパレートに持ちこんだのやもしれんな」


「日本!」
 もはや、なつかしい響きだった。


「そう言えばオヌシは日本出身であったな」
「知ってたのか?」


 オレが日本から来たということを、クレハにしゃべった記憶はなかった。


「30年に一度のあの妖術は必ず日本人を招くからな。それはオークの先祖が、もともと日本人であったからやもしれぬ」


 クレハは、別に興味もなさそうに首筋を掻きながら言った。クレハの白い首筋は、見ていると情欲を誘われそうだった。


「でも、日本にオークなんていたかな?」
「日本にいたときは、別の呼称があったはずじゃ。オ……オギ……オビ……なんと言ったか」


「鬼のことか」
「それじゃ、それじゃ」


 クレハは、ポンッ、とアイヅチを打ってみせた。


「なるほどな」


 クレハの頭に生えている角も言われてみれば、鬼っぽい。日本にはいくつか鬼伝承が残されているが、どれも最後は鬼が退治される。たしかその中のひとつに、呉葉という名前の鬼がいた。正確に言うならば、もともと呉葉と名乗っていたが、後の紅葉と改名した鬼がいたのだ。


 けれど、その鬼の伝承は700年代の話だ。今より1000年以上も前の地球にいたことになる。


 まさか、同一人物ではないだろうな。


「なんじゃ、変な目で見て」
「いや。何でもない」


 もしも同一人物ならば1000歳を越えていることになる。さすがに、この見た目で1000歳はないだろう。父親のオークがいたとも言っていたし、おそらく日本の伝承とは別物だ。


「と、いうわけじゃ。セパレートに来てからは、いつの間にやらオークに転じていたようじゃがな」


 オレの耳にはオークと聞こえているが、実際は何か別の固有名詞があるのかもしれない。妖術によって翻訳されて、オレの耳にオークという単語が届いているだけだ。


 しかしまぁ――とクレハは続けた。


「そんなことは、どーでも良い。我は興味もない。今の我に興味があるのは、オヌシの腹が満たされたかということじゃ」


 ポトフもチーズパンもたいらげてしまった。美味かった。カマドで焼き上げたパンなんて、はじめて食べた。スッカリ満足してしまったのだが、浅はかだったかもしれない。クレハはオレのことをブクブクに太らせてやろうと考えているのだ。まんまと、その思惑に乗ってしまった。


 次からは、食事は控えるようにしよう。


「さて。お勘定じゃ」
 クレハは立ち上がった。


「クレハは食べないのか?」
「我の食べれるようなものが、売っていると思うか?」

 と、クレハはキバを見せつけて、子供らしからぬ妖艶な笑みを向けてきた。

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