彼女は、オレの人肉を食べて強くなる。

執筆用bot E-021番 

都市フィルドランタへ

 街道の先にある都市の名前はフィルドランタというらしかった。水売りたちは山や森で湧水を汲む。それを都市で売る。だから、まだ朝も早く、ひと気のないこの街道を通っていたということだ。


「これより、都市の中に入るオークを編制するぞ」

 オレは修道士に診てもらうために、都市に入る側に組み込まれた。クレハも付き添うことになった。


 都市に入ると言っても、強引に押し通るわけではない。水売りたちに化けて通る、とのことだった。都市に入るには通行手形が必要になるらしい。都市に入る許可証のようなものだ。水売りたちの通行手形をオークたちは、ちゃっかり奪っていたのだった。


「では、我らは都市の外で待機ということで」


 と、留守を任されることになったのは、カムイという男だった。むろん、頭からは角が生えている。しかも、そのカムイという男の角は、他の者と比べてかなり長大なものだった。ゴキブリの触角を連想させる。


 カラダつきも大柄で、顔にも岩のような頑なさがあった。何年も荒波に削られてきた、波打ち際の岩を思わせられる。


「クレハさま」
 と、カムイが言った。
 その声は野太く、迫力があった。


「なんじゃ」
「その男を都市に連れて行くのはどうかと思います。逃げられては厄介ですぞ」


 カムイはオレに厳しい目を向けてくる。


 オークの女たちがオレに向けてくる目は、どことなく淫靡いんびなものがあった。一方、男のオークが向けてくる目は、あきらかに獲物を見る目だった。そして、このカムイという男の目には、いまにも食ってやるぞ、というような獰猛なひらめきがあった。




「しかし、人間の脳を食わしてしもうた。修道士に診せたほうが良い。我ははじめて知ったのじゃが、どうやら人間は同族の脳を食うと、病気になって死ぬらしい」


「ならば、修道士のほうを誘拐してくればよろしい」
 カムイはクレハのほうではなく、オレのことを見ながら言った。


 もしも留守となったら、オレはこのカムイという男と、クレハの帰りを待つことになるのだろうか。何をされるか、わからない。カムイよりも、まだクレハと一緒にいるほうがよかった。それに、異世界の都市を見てみたい気持もあった。


「修道士だけでなく、この異世界人の口にあうものを見つけておきたい。やはり、連れて行くほうが良い」
 と、クレハのほうも譲らなかった。


「もしも、都市の中に入り、逃げられたらどうします? あるいは、助けを呼ばれては、マズイことになりますぞ」


「助けを呼ばせんように、口はふさいでおく。こうして鎖でつないでおるし、問題なかろう」
「良策とは思えませんがな」


 カムイがそう言うと、クレハは、


「じゃからと言って、オヌシに任せるわけにもいかぬしのぉ。我の目の届かぬうちに、我のかわゆいユキトを食ってしまうやもしれん」

 カムイは苦い顔をした。


 この2人、仲が良くないのだろうか。
「逃げられても知りませんぞ」
 と、カムイは引き下がった。


 こうしてオレとクレハと、数人のオークたちは、水売りたちの引いていた馬車に乗り込んだ。クレハとオレは御者台に乗った。オレは馬なんて操れない。クレハが手綱を握った。


「あのカムイってヤツと、仲悪いのか?」
 オレはクレハにそう尋ねた。


 まるで、友達を相手にするような気軽さで尋ねることが出来た。オレのことを食べようとしたり、脳を食わしたりしてくる。


 だが、クレハは決して、オレのことを傷つけようとしているのではない。今もこうして、修道士のもとへ連れて行ってくれようとしている。それがわかっただけでも、クレハにたいして警戒心を解くことが出来た。


 なにより、その可憐な容姿は、男性の警戒心をスッカリ消してしまうのだった。


「仲が悪いように見えたか?」
「まぁ、なんかクレハの態度もツッケンドンだったし」


 馬車が動き出す。
 ガタゴトガタゴトと揺れた。


「オークも一枚岩ではなくてな」
 クレハは手綱を握ったままそう応えた。


 オレはそんなクレハの横顔に目をやった。ホントウにキレイな肌をしている。ゾッとするほど美麗だ。きっと人間ではないから美しいのだろうと思った。


「ヤッパリ仲良くないってことか」


「オークというのはだいたい100人ほどで群れをつくり、世界各地を回遊しながら生活しておる。我らのもとにおるのは78人じゃ」

 でーーとクレハは続ける。


「我らは少し前に、頭首をなくしていてな。もともと我の父が、我らの頭を張っておったんじゃ。が、行方をくらましおった」


 クレハは正面を向いたまま泣いているような、笑っているような表情をして見せた。


「父親が行方不明なのか?」


「うむ。で、父の跡を継いで我が頭を張っておるんじゃが、あのカムイという男は、我の父の副官として働いていた男じゃ」


「なるほど」


 頭首の娘である、クレハ。
 元頭首の副官である、カムイ。
 カムイが頭首の座を狙っているなんてのは、陳腐な構図だ。


「なんじゃ。オヌシ、もう察しがついたのか」
「まぁ、ありきたりな話だ」


 ふん、とクレハは鼻を鳴らした。


「オークたちは一見仲良くしているように見えるが、実は違う。この我を頭としえ据えるべきだという派閥と、あのカムイを頭にするべきだという派閥がある。派閥と言っても、ともに旅をしておるんじゃがな」


 政党みたいなもんだろう。


「それで、仲が悪いのか」

「まぁ、そういうことじゃな。今のところは、前党首の血を引くこの我のほうが少し優勢であるがな」


 クレハは得意気な顔をして言った。
 オレはそんなクレハの顔に見惚れていた。


「オレも父親は、あんまり家に帰って来なかったな」


 単身赴任だと聞いているが、実は女の家にでも転がり込んでいるんじゃないか、という疑惑を持っている。なぜなら、オレは自分の父親の顔を一度も見たことがないのだ。小さい頃はあるのかもしれない。が、記憶にない。単身赴任というのは、何かしらの事情を隠す言い訳なのではないかと思う。


「ならば、我らは似た者同士ということじゃな」


 クレハは、馬車に乗ってからはじめてオレのほうに顔を向けた。目が合った。クレハの瞳には、銀色の輝きがあった。思わず魅入ってしまいそうになる。が、視線がつながることに気恥ずかしさを覚えて、オレのほうが目をそらした。


「オヌシ。体調のほうはどうじゃ?」
「今のところは、大丈夫そうだ」


 腹も痛くない。
 胸のムカつきもおさまってきた。


「しかし、人間が、人間の脳を食べると、死ぬとは初耳であったなぁ」
「でも、今まで何度か異世界人を召喚してきたんだろう」


「たいていは召喚してすぐに食してしまうからのぉ。子供を召喚してしまうなんて、今回がはじめてじゃ。異世界人がどんなものを好んで食うのかも、よぉわからん」


 自分よりも年下に思える少女から、「子供」と言われるのは、奇妙な感じだった。


 しばし、馬車に揺られた。


 そのあいだクレハが、オレの頭に鼻を当てて、「くんくん」とにおいを嗅いできたり、頬をナめてきたりした。


「くふふ。カムイのもとに残して来なくて良かった。こんなに美味そうな匂いを、好きなときに嗅げるなんて幸せじゃ」


「他のオークに見られたらマズイんじゃないのか」


「我だけズルいと言われてしまうじゃろうが、ここなら後列からは見えん」
 たしかに水売りたちの運んでいたたるが邪魔をして、後ろからは見えないようになっていた。


「すー。はー。良いにおいじゃ」


 クレハは恍惚とした顔をオレに向けてきた。食べられるのは恐怖のはずだ。なのに、そんな呆けた表情がオレだけに向けられていると思うと、幸福感が胸に満ちるのだった。女性のとろけた表情を見て、嬉しくなるのは、男性の本能なのかもしれない。


「そりゃどうも」
「フィルドランタが近づいてきたな」


 前方にはたしかに城壁が迫っていた。巨大な石の城壁だった。城壁周りには木造と漆喰の建物が並んでいた。エントツが伸びている建物を見ていると、ここが異世界なのだと思わせられた。


「城壁の外にも建物がたくさんあるな」
「都市にも内と外があってな」


 都市の外は税金を取られないから、安宿や娼館などが多くあるらしい。貧民たちもそういった場所で暮らしているそうだ。スラムのような場所なのだろう。都市の中に入るには、ちゃんとした用事がないとダメだそうだ。


「フィルドランタってのは、この都市の名前なんだよな?」
「そうじゃ」


「国はどうなんだ? ここはどこかの国の領土なのか?」
「うむ。説明してやるから、そうガッツクでない」


 この世界は北大陸と、南大陸という2つの巨大な大陸がある。そして、その2つの大陸を合わせた世界のことを、「セパレート」と呼ぶ。オレたちがいるのは北大陸のテンペストという国になるとのことだ。


 テンペストは大きな国で、王様がいる。王様は王都と言われる都市にいる。そして、各都市にいる領主は王様にたいして忠誠を誓っている。


 ――と、クレハが懇切丁寧に教えてくれた。


「じゃあ、封建国家ってことだよな」
「なんじゃそれは」


「だから、騎士が領主に仕えていて、領主は王様に仕えてるってことだろ」
「うむ。まぁ、そういうことじゃな」


 クレハはあまり人間のシステムに興味がないのか、難しそうに首をひねっていた。


「じゃあ今、見えてるフィルドランタって都市も、領主の1人がおさめてる土地ってわけか」


「うむ。まぁ、我らはそういうことは、あまり気にしておらん。都市と言えば、美味い人間が、たくさんいるというぐらいじゃな」


 ずいぶんとオオザッパなとらえ方だ。
 見た目の繊細さとは正反対だなと思うとオカシくて、つい笑ってしまった。


「あ。オヌシ、笑ったじゃろう。たしかにオークはあまり知性が高くないが、チョット気にしておるんじゃからな」
 クレハがむくれた。


 そういう顔もするのかと思うと、クレハのことが愛おしく思えた。頭が悪いことを気にしているというのも、カワイイ。まるで、1人の少女を見ているかのようだった。この小さな生き物が、オレのことを食おうとしているなんて信じられなかった。


「都市同士で戦争してるとか、そういうわけではないのか」


「テンペストは大きな国じゃからな。このあたりで戦争は起きぬ。しかし、国境に行けば戦争もあるぞ。戦争のあとの死骸は鮮度が落ちるから、あまり関わりはせぬがな。ヤッパリ人は、生きてるのを食らうのがイチバン良い」


 クレハは、あくまで人を食べ物として見て考えているようだ。
 その話はあまり聞きたくない。
 脳を食べてしまった舌触りが、思い出されてしまった。


「ちゃんとした都市形態が出来てるってことはさ、人間たちもオークにたいして、なんらかの措置を取ってるんじゃないのか?」


「あー。聖肉守騎士団なるものがおるぞ」
「聖肉守騎士団?」


「人の肉体を守る者という意味じゃろうな。彼らはどんな都市でも、国境でも自由に行き来することが出来て、我らオークを殺そうと躍起やっきになっておる」


 そういう組織もあるのかと感心した。
 なら、その聖肉守騎士団が来てくれれば、オレは無事に助かることが出来るというわけだ。


 クレハはトンデモナイ美貌を持っている。その魅力に当てられて食べられてもいいかもしれない――と思うこともある。まるで食虫植物に誘われる昆虫のようだ。が、出来ることなら食べられたくない。いくらクレハが可愛くても、こんなカニバリズム少女と一緒にいるのはゴメンだ。


 オークから逃げ出すことが、このオレの異世界での最大目標とも言えた。


「そう言えば、ここって地球じゃないんだよな」
「うむ」
「でも、言葉はちゃんと通じてるよな」


「言語は妖術でなんとかなっておる。セパレートに住む種族は、エルフとケモミミ族とヒト族。動植物や昆虫。それから我らオークという存在がある」


「ケモミミ族っていうのは?」
「動物と人間の混血じゃ」


 さすがは異世界。つまり、ネコ耳娘とか、イヌ耳娘がいるということだろう。都市にいるのかと思うと、気持がたかぶってくる。


「どの種族も、みんな一様にセパレート語を使う。大昔はヒト族だけが使う言語であったが、人間に合わせて他の種族も勉強していったという歴史がある」


「へぇぇ」


 ならやはり、異世界でも人間が文化をつくっていってるのだろう。目の前に見えている都市がその証拠だ。


「オヌシ」
 クレハはドスのきいた声をだした。


 ときおり驚くほど低い声を出す。見た目からは想像もできないほどに、低い声音なので迫力があった。


「なんだよ。急にそんな声を出して」
「言葉が通じるからと言って、都市に入って、周囲の者に助けを呼ぼうなどと考えるでないぞ」


「うっ……うん」


 都市に入れば騎士もいるだろうし、逃げ込もうかという考えも皆無ではなかった。しかし、オレが逃げたらクレハのメンツが立たなくなる。ゼッタイに逃げられないと大見得を切って出てきたのだ。


 オレはバカか。この少女はたしかにキレイだ。けど、オレのことを食べようとしているのに、情もヘッタクレもあるものか。


 クレハがオレの首筋に唇を当ててきた。熱い感触がよぎってゆき、ゾッとする感触をオレに与えた。


「もしも誰かに助けを求めたりしてみよ。そのときはオヌシ……」
「な、なんだよ」


「死ぬほど辛い目に遭わせてやる。じゃから、我の言うことを聞くのじゃな」
「わかった」


 オークが言う死ぬほど辛い目とはいったい、なんなのか。オレのことを食糧としか見ていた種族だ。そんな種族なのだから、きっと躊躇ちゅうちょなくオレをいたぶるに違いない。そう思うと、今にもチビりそうだった。


 今逃げられなくても、きっとチャンスはある。あと4年だ。何もあわてる必要はないじゃないか。

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