彼女は、オレの人肉を食べて強くなる。

執筆用bot E-021番 

人間の脳みそを食べてみた

 馬車の外から「クレハさま」という声が聞こえた。


「なんじゃ」


 天幕を開けてクレハが外に出た。オレは鎖で引かれるようにして、一緒に外に出ることになった。


 太陽が出ている。
 朝を迎えたようだ。馬車の中は暗かったために、目が痛かった。


 ひとたび馬車から出ると、大量の視線が突き刺さった。オークたちの、隠そうともしない肉欲の視線だった。


 昨夜は暗くてよくわからなかったのだが、どうやらオレは平原にいるようだった。だだっぴろい緑の海が広がっていた。風が吹けば、草草がサザナミのようになびいた。


 平原の中には、街道が通っているのが見えた。街道の向こうには、ずっと先だが城壁が見える。都市だろうか。異世界のテンプレのような光景だが、自分が地球ではない場所に来たのだという実感を得た。


 オレを召喚したのがオークではなくて、どこかのお姫さまなら完璧だった。勇者として呼ばれたわけでもなければ、使い魔として招かれたわけでもない。まさか食べ物として呼ばれるとは思ってもいなかった。


「クレハさま。水売りたちが通りますよ。やってしまいますか?」
 オークがそう尋ねていた。


「そうじゃな。朝食としては、チョウド良い」


 やるぞ――とクレハはドスのきいた声を発した。


 クレハは手を天にかざして、いっきに振り下ろした。それが合図だった。オークたちは地を蹴り、野を駆けた。そのスピードはとても人の速さとは思えない。この草原を吹く、風の一陣になったかのようだった。


 街道には大きなたるを運んでいる馬車が3台。その馬車を警護するように、鎧を着た男たちが付き添っていた。どうやら鎖を編み合わせた鎧のようだ。チェインメイルというヤツだろうか。


 あれが水売りの一隊らしかった。



「ほれ。我らも行くぞ」
 クレハはオレのことを、負ぶった。
 その怪力にはもう驚かない。


「なにしに行くんだ」
「朝飯じゃ」


 クレハも足の速さもやはり、他のオークと同じく凄まじかった。足が車輪となったかのように回り、たちまち他のオークに追いつき、追い越した。あまりに早すぎて、目を開けているのも辛いぐらいだった。


 オークの接近に水売り一隊は気づいたようだ。


「出たッ。オークだッ」
 と、チェインメイルを着こんだ男が、剣を抜いた。


 長さから言って、ロングソードと言われるものだろう。フィクションではよく出てくるが、実際に剣のきらめきを見ると、恐怖を感じた。オレが何をどう感じようと、クレハに背負われているので、動くことも出来ない。


「ひゃっほーッ」

 オークたちは歓喜の声をあげながら、チェインメイルを着こんだ男たちを倒していった。


 オークのカラダはロングソードで斬られても、頑強に跳ね返していた。ひとたび、コブシを繰り出せば、その手はチェインメイルすらアッサリと貫いてしまうのだった。いかにも堅牢そうな鎧を突き抜けるさまは、爽快でありグロテスクでもある。


 武装していた集団は簡単に倒された。水売りたちは馬車から引きずりおろされた。オークたちは生きている人間の首を、まるでコルク栓を抜くかのように、スポッと抜き取ってしまった。


 人間たちは盛大に血のしぶきを吹き上げる。真っ赤な噴水。人間が死んでゆくさまは見ていて無条件に、不愉快だった。オレも20歳を越えたら、こうなるのかと思うと、胸のムカつきが増した。


「気持悪くなってきた」
「気持悪い? 美味そうではないか」


「もう、吐きそう」
「わっ。よせ、我の背中にかけるでないぞ」


 クレハはあわててオレのことを地面におろした。


「うぅ……」
 風に乗って血の香りが漂ってくる。


「我も食事に行ってくるからな。大人しく待っておれよ」
 クレハはそう言うと、オレの頭をポンポンと軽く2回叩いた。


 オレは2人の女性のオークに預けられることになった。オレの首筋をナめたあの舌で、クレハは人間の肉を食らうのだろう。オークとは人を食う種族なのだと、いまさら実感させられた。


 ヤッパリこんな種族と一緒にいるのは良くない。殺されるのは4年先だからーーと悠長なことは言っていられない。今すぐにでも逃げ出さなければ。オレの生理的な部分が、「逃げろ」「逃げろ」と、警鐘を鳴らしていた。


 今は、クレハはいない。
 オレは馬車の後ろにいて、食事現場は見えていない。逆に、クレハのほうからもオレのことは見えていない。今、オレのことを監視しているのは、2人のオークだけだ。


 今なら、逃げられるだろうか?


 この街道にひと気はないようだが、ずっと先のほうには都市らしきものも見えている。そこに逃げ込むことが理想的だ。


 いや。
 ダメだ。


 オークのあの走る速度は異常だった。


 オレは運動が得意ではない。50メートル走、10秒前後の足の遅さだ。オークから逃げられるとは思えなかった。たとえオレが、オリンピック選手並に足が速くても逃げ切れないだろう。


 急に後ろから組み伏せられた。


「な、なにを……ッ」
 声をあげようと思ったら、口をふさがれた。


 逃げようとしていたことがバレたのかと思ったのだが、そうではない。彼女たちは、オレのブリオーをまくりあげてきた。そして、むきだされた背中に舌を這わせてきたのだった。馬車の向こうで凄絶せいぜつたるお食事がなされている。きっと彼女たちも、それに刺激されたに違いない。


「クレハさまには黙ってるんだよ」
「ジッとしていれば傷つけないからね」


 と、2人の女性オークは、オレをしきりにナめてきた。「美味い」「異世界人の味ね」「でも、ふつうの異世界人より美味いと思わない?」「たしかに、すごく美味しい」……などと、話しながらも、オレを舌で凌辱してきた。


 食べられるのは厭だが、ナめられるのは許容できた。女性にナめてもらえるなら、むしろ大歓迎だ。踊る2枚の舌を、背中で感じていた。


「おーい。オヌシ」
 と、クレハが戻ってきた。


 オレを襲っていた2人のオークは、オレのブリオーをもとに戻した。そして、何事もなかったように立ち上がっていた。しかし、2人のオークの顔はとけていて、法悦ほうえつの表情を隠しきれていなかった。


 クレハは怪訝に思ったのか、
「何かあったか? もしや、ユキトの肉を食ったのではないじゃろうな?」
 と、2人のオークを問い詰めていた。


 2人のオークはしきりに否定していた。クレハのほうもオレを味見した負い目があるからか、深く追求はしていなかった。


「ほれ、オヌシ。良いものを持ってきてやったぞ」
 クレハは嬉しそうにオレの顔を覗きこんで来る。


「良いもの?」
「これじゃ」


 クレハは背中に隠していたものを、前に回して見せつけてきた。人間の生首。クレハは髪をつかんで、生首をぶら下げていた。目玉がなかった。くりぬいたのだろうか。暗い眼窩をオレに向けていた。そこからは血の涙が流れているのだった。


「ほれ。オヌシも食わぬと、大きくなれんからな。オヌシの味には敵わぬが、人間の脳みそはそこそこ美味いぞ」


 クレハは、指についた血をしゃぶりながら言った。


「……げぇ」


 吐しゃ物のかわりに、酸っぱい液体がこみ上げてきた。
 自分はきっと今、トンデモナク悪い顔色をしているだろうと思った。


「人間どもは、他の種族は平気で殺す野蛮人のくせに、同族の肉は食らおうとせぬからなぁ」


 オークから野蛮人なんて言われるのは心外だ。
 オレは生首を見ないように、顔を下に向けていることにした。


「仕方がない。ムリに食わしてやるか」


 オレの背中をナめていた女オークによって、カラダを抑えつけられてしまった。ムリヤリ顔をあげられ、口を開けさせられた。


「あえおッ。いひゃはいッ。いひゃあいはあッ」
「大人しくせい。食わんと大きくなれんじゃろうが」


 クレハは生首の頭蓋をパカリと割った。中からピンク色の臓器が出てきた。クレハはそのピンク色の臓器にキスをすると、小さくちぎってオレの口に運んできた。口を閉じようにもオークたちのすごい怪力で、こじ開けられたままだった。


「いやぁぁぁッ。あえおッ。ういあうあいッ」
「聞き分けのないヤツじゃ。こんなに美味いというのに」


 口の中に、それ、は入り込んできた。ムリに口を開けられているために、咀嚼そしゃくは出来なかった。まるで血の味がする湯豆腐だ。


「ほら、呑み込め」
 何故か涙が出てきた。


 これを食べてしまったら、きっと自分はトンデモナイことになってしまうという恐怖があった。口の中で、脳がフルフルと震えているのがわかった。なんとか舌で押しだそうとしてみたのだが、舌を動かせば動かすほどに、ノドの奥へと流れてくるのだった。


「ほら。もっと食え。美味いじゃろう」


 クレハは脳みそをちぎっては、オレの口の中に運び込んできた。そしてオレの口の中が、血の湯豆腐で満たされたとき、今度はムリヤリ口を閉ざしてきた。


「ンンンンッ」
「ほら、呑み込め。さっさと呑み込まぬか」


 もう呑み込むしかなかった。
 いつまでも口の中に脳みそがあるのは不快だったし、もう幾分かは嚥下えんかしてしまっていたのだ。


 全部飲んだ。
「よし。よい。いい子じゃなぁ」
 クレハは愛おしそうに、オレの頭を抱きしめてきた。


「もう厭だ。こんなの厭だ」
「なんじゃ。美味いと思わぬか?」


「美味しくなんてないって。人間は人間の脳みそを食ったら病気になるんだ。きっとオレは死んでしまうに違いない」


 人によって免疫があったりするらしいが、そんな都合よくオレに免疫なんてあるはずがない。きっと死ぬ。ゼッタイ死ぬ。クールー病とか言ったか。怖ろしい病気にかかるに違いないと思った。


 さっきまで吐き気に襲われていたのに、脳を食べたら不思議と吐き気がピタリと止まってしまった。吐しゃ物にして出してしまおうにも、出て来ない。


「なに? 死ぬのか?」
「たぶん」


 クレハの顔色が変わった。


「それはいかぬことをしてもうた。大人になる前に死なれては困る。どうして、それを先に言わぬか」


「だって言う暇なかったし」
「大丈夫か? カラダに異常はないじゃろうな?」


 クレハはまるで我が子が病になった母親のような、あわてようだった。ムリに脳を食わせてきたのも、きっとオレを育てようという気持だったのだろう。最終的には食べるつもりなのだろうが、これはそういう形の愛なのだと思った。


「まだ胸がムカムカしてるけど、今のところは何ともない」
「修道士に見せねばなるまいな」


 修道士というとふつうは、祈ったり説教したりしてるイメージだ。が、セパレートの修道士は医者のような役割も持っているらしかった。


「どちらにせよ水売りに化けて、都市には入るつもりじゃった。チョウド良い」


 クレハは、オレの首輪から伸びている鎖を引っ張った。

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