彼女は、オレの人肉を食べて強くなる。
オークの家畜になりました
足が、何かに捕まれている。
夜中。
ベッドの中にもぐりこんで、スマホをイジっていた。明日は日曜日だからついつい夜更かしをしてしまうのだ。カラダの中にじれったような、重苦しい感覚があった。解消しようとAVを見ていたときだった。
足首を、何かに捕まれたのだった。
驚愕。困惑。
いったい何が起きているのかわからない。ここはオレの部屋。オレ1人しかいない。ペットも飼っていない。部屋に置いてあるものと言えば、書籍の山ぐらいだ。
足に何かゴミでも付着したのだろうか。最初は毛布の中で、足をジタバタを動かすぐらいだった。外れない。それはまるで、人間の手のようにガッチリと、オレの足首を捕まえているのだった。
人……?
そう思ったとき、はじめて恐怖がせりあがってきた。
父さんは、単身赴任で出かけたまま家に帰って来ていない。母さんは別室でぐっすりと眠りこんでいるはずだ。まさか赤の他人が勝手にオレの部屋に入り込んでいるとも、考えづらい。
確認してみるか……。
毛布を開けて、自分の足を見てみればいい。そうすれば、オレの足首を捕えて離さないものの正体が、確認できるはずだ。
毛布に手をかける。
開けようとした。
ダメだ。
出来ない。
怖い。
もしも人だったら……と思うと、右手でスマホを握ったまま、カラダが硬直してしまった。ディスプレイの中では色の白い女優が、大きな乳房を揺らしていた。アンアンとなまめかしい声がイヤホンを通して聞こえてくる。
ぐっ。
と、オレの足首をつかんでいる手に、チカラがこもった。間違いなく、これは人間の手だと思った。しかし、腕なんてどこから生えてきているのか。ベッドの下に殺人鬼がひそんでいるなんてベタベタなホラーは、ゴメンだ。
助けを求めるか。
声をあげる?
でも、もしもただゴミがついてるだけだったら、アホみたいだ。やはりまずは確認するべきだろう。
鬼が出るか、蛇が出るか。
AVを消して、スマホのライトを点灯させた。バクバクと心臓が鳴るなか、オレはユックリと毛布をめくってみた。
手、だった。
やはり手だ。
人間の手と思われるものが、オレの足首をつかんでいるのだ。
「……ッ」
助けを呼ばなくちゃ。
だけど、声が出ない。
緊張しすぎて、ノドが閉まりきってしまっていた。叫び声のかわりに、「ぴぃ」という小鳥のさえずりみたいな、変な声が出ただけだった。
しかも、ただつかんでるだけじゃない。
その腕は急に、オレのことを引っ張りはじめた。
「た、た、助け……ッ」
ようやく声が出たと思った瞬間、オレは完全に引っ張り込まれてしまったのだった。ベッドから落ちるだけではなかった。まるで、高いところから落とされるような感触があった。ジェットコースターがテッペンから下るときのように。
「ぎゃぁぁぁぁッ」
悲鳴とともに、落ちた。
目を閉ざして、耐えた。
いつの間にか、落下感は消え去っていた。ちゃんと背中が地面についている感触があった。パチパチパチと火の爆ぜる音がした。頬に風がよぎるのを感じた。青臭いにおいが鼻についた。
「うっ……」
目を開ける。
上体を起こす。
まず目に飛びこんできたのは火だった。木を寄せ集めて、たき火を起こしているようだ。次に目に入ったのは、オレを取り囲む数十人の人間たちだ。
人間?
いや、よぉく見てみると、その人たちの頭には角が生えている。コスプレ? それとも、カルト集団か何かだろうか。たき火が、その人たちの顔を照らし上げていた。
「釣れたッ」
イチバン近くにいた人がそう叫んだ。
すると、「釣れた」「釣れた」「異世界人が釣れたッ」と、騒ぎはじめた。
何かヤバい感じがする。とにかく逃げなくてはならない。しかし、囲まれていてどこにも逃げる場所なんてない。
「あ、あの……」
「あぁ。心配するな。お前はこれから食われるんだ。大丈夫、大丈夫。痛くないように首からガブリといってやるから」
近くの男が、いかにも優しそうな声音で言った。
「は?」
女性が、その男を跳ね飛ばして出てきた。
「いやいや。人間は鮮度が大切なんだよ。食うときは尻からだろ。尻から、内臓を食ってゆくに限る。死ぬのをギリギリまで遅らせねェと。な?」
女性はオレに同意を求めてきたのだが、賛同しかねる。
今度は女性を押しのけて、また別の人が意見を出しはじめた。
「何を言うかッ。山分けするんだ。叩き潰してミンチにして、公平に分配するべきだッ」
口論が沸きはじめた。
信じられないが、どうやらオレの食し方について言い争ってるらしい。
マジでヤバい連中だ。カニバリズム野郎たちだ。
とにかく、ここから逃げなければならない。
いったい、何がどうなっているのかわからないまま、とにかくオレは、這う這うの態で逃げ出すことにした。角を生やした人たちの足のあいだをくぐり抜けて行く。しかし、もちろん、逃げられるはずもなく……。
「逃げやがった!」
「捕まえろッ」
と、ふたたび、取り囲まれることとなった。
女が寄ってきて、オレのことを凝視してきた。オレは中学も高校も男子校だったために、女性という生物をこれほど近くに見ることはなかった。今から食べられるかもしれないというのに、気恥ずかしい緊張を覚えた。
オレが目をそらすと、女はオレの体重を寄せてきた。そして、熱いものをオレの頬によぎらせた。舌。ナめられたのだとわかった。女性の舌がオレの頬を這ったのだと思うと、頬がピリピリとしびれるようだった。
「あ、あの……」
頬に触れてみると、生温かいヌメリがあった。
女性の顔は恍惚としていた。
「うンま――いッ」
周囲がざわめく。
「あ。ズルいぞ。オレにも食わせろ」
「私が先よ」
オレが着ていたジャージは、簡単に破かれてしまった。
男も女もオレのカラダをナめようと舌を伸ばしてくる。まるで輪姦されてる気分だった。これが夢ならば、はやく覚めてくれという思いで、舌による愛撫を我慢していた。しかし、カラダを這ってゆく感触は、どう考えても夢などではないのだった。
「よしよし。味見はそれぐらいにして、とにかく、解体してゆこう」
巨大な肉きり包丁が登場した。
オレの身の丈ほどもある包丁だった。そんなものでカラダを切られたら、ひとたまりもない。
「ま、待ってください。オレなんか食べても美味しくはありませんよ。ほら、オレなんて背も低いし、肉付きも良くないでしょう。食べるならもっと他の人を……」
ぜんぜん聞いちゃいない。
地面に押さえつけられた。ものすごい怪力。手首足首をつかまれた。逃げようにも逃げられなかった。
空が見えた。月が見えた。いや、あれは月なんだろうか。5つも見えるのだが……。
その5つの月光を背景に、肉きり包丁が振り上げられた。ランランとした無数の目がオレのカラダに落とされていた。その目には不思議なことに残酷さや、醜悪さといったものが感じられなかった。
何かを期待する子供のような純粋さが感じられた。今まさに人を殺そうとしているのに、どうしてそんなキラキラした目が出来るのかが不思議だった。
「じゃあ。解体――ッ」
肉きり包丁が振り上げられた。
しかし、その時――。
「待つのじゃッ」
とがった声が割り込んだ。
群衆が割れて、1人の少女が現れた。
瞬間。
オレをおさえつけていた腕が一斉に離れた。チャンスだ。まだ生きれるという希望が突きあげてきた。オレは少女に駆け寄り、その小さな背中に隠れることにした。
「助けてくれ」
と、訴えると
「うむ」
と、少女はオレを振り返るとニコリと笑った。
その少女が驚くほど肌の白いことがわかった。そして、瞳には銀色の輝きがあった。キレイだと思った。カワイイとか、美人だということではない。美術品のような美しさがあるのだ。
髪は亜麻色のショートボブにしていた。その短髪によって、飾り気ない素の美しさが引き出されているように思えた。ただ、その少女にもヤッパリ角が生えていたので、このカニバリズム野郎の仲間なのだとわかった。
「オヌシ。まだ子供じゃな。年齢は?」
「16だけど」
「ならば、まだ食べるのはもったいないのぉ」
「もったいない、ってなんだよ」
「セッカクだからもう少し大きくしてから、食べなくてはな」
どちらにせよ、オレを食べることに異はないらしい。
「オレは帰るよ。食べられるなんて厭だからな」
「じゃあ目を閉じるがよかろう」
「こうか?」
目を閉じていると、首に何かかけられるのを感じた。
「もう良いぞ」
「ん?」
目を開ける。オレの首に首輪がはめられていた。首輪からは鎖がつながれている。鎖の先端を少女がにぎっていた。
「なんの冗談だよ」
首を外そうと試みてみるが、外れる気配はない。
「20歳になるまで待ってやるから、あと4年じゃ。4年間、我らオークが育ててやるからな」
つまり、家畜として――と少女は言い添えた。
少女は「くははは」と笑った。その笑みの奥には獰猛なキバが生えているのが見て取れた。
夜中。
ベッドの中にもぐりこんで、スマホをイジっていた。明日は日曜日だからついつい夜更かしをしてしまうのだ。カラダの中にじれったような、重苦しい感覚があった。解消しようとAVを見ていたときだった。
足首を、何かに捕まれたのだった。
驚愕。困惑。
いったい何が起きているのかわからない。ここはオレの部屋。オレ1人しかいない。ペットも飼っていない。部屋に置いてあるものと言えば、書籍の山ぐらいだ。
足に何かゴミでも付着したのだろうか。最初は毛布の中で、足をジタバタを動かすぐらいだった。外れない。それはまるで、人間の手のようにガッチリと、オレの足首を捕まえているのだった。
人……?
そう思ったとき、はじめて恐怖がせりあがってきた。
父さんは、単身赴任で出かけたまま家に帰って来ていない。母さんは別室でぐっすりと眠りこんでいるはずだ。まさか赤の他人が勝手にオレの部屋に入り込んでいるとも、考えづらい。
確認してみるか……。
毛布を開けて、自分の足を見てみればいい。そうすれば、オレの足首を捕えて離さないものの正体が、確認できるはずだ。
毛布に手をかける。
開けようとした。
ダメだ。
出来ない。
怖い。
もしも人だったら……と思うと、右手でスマホを握ったまま、カラダが硬直してしまった。ディスプレイの中では色の白い女優が、大きな乳房を揺らしていた。アンアンとなまめかしい声がイヤホンを通して聞こえてくる。
ぐっ。
と、オレの足首をつかんでいる手に、チカラがこもった。間違いなく、これは人間の手だと思った。しかし、腕なんてどこから生えてきているのか。ベッドの下に殺人鬼がひそんでいるなんてベタベタなホラーは、ゴメンだ。
助けを求めるか。
声をあげる?
でも、もしもただゴミがついてるだけだったら、アホみたいだ。やはりまずは確認するべきだろう。
鬼が出るか、蛇が出るか。
AVを消して、スマホのライトを点灯させた。バクバクと心臓が鳴るなか、オレはユックリと毛布をめくってみた。
手、だった。
やはり手だ。
人間の手と思われるものが、オレの足首をつかんでいるのだ。
「……ッ」
助けを呼ばなくちゃ。
だけど、声が出ない。
緊張しすぎて、ノドが閉まりきってしまっていた。叫び声のかわりに、「ぴぃ」という小鳥のさえずりみたいな、変な声が出ただけだった。
しかも、ただつかんでるだけじゃない。
その腕は急に、オレのことを引っ張りはじめた。
「た、た、助け……ッ」
ようやく声が出たと思った瞬間、オレは完全に引っ張り込まれてしまったのだった。ベッドから落ちるだけではなかった。まるで、高いところから落とされるような感触があった。ジェットコースターがテッペンから下るときのように。
「ぎゃぁぁぁぁッ」
悲鳴とともに、落ちた。
目を閉ざして、耐えた。
いつの間にか、落下感は消え去っていた。ちゃんと背中が地面についている感触があった。パチパチパチと火の爆ぜる音がした。頬に風がよぎるのを感じた。青臭いにおいが鼻についた。
「うっ……」
目を開ける。
上体を起こす。
まず目に飛びこんできたのは火だった。木を寄せ集めて、たき火を起こしているようだ。次に目に入ったのは、オレを取り囲む数十人の人間たちだ。
人間?
いや、よぉく見てみると、その人たちの頭には角が生えている。コスプレ? それとも、カルト集団か何かだろうか。たき火が、その人たちの顔を照らし上げていた。
「釣れたッ」
イチバン近くにいた人がそう叫んだ。
すると、「釣れた」「釣れた」「異世界人が釣れたッ」と、騒ぎはじめた。
何かヤバい感じがする。とにかく逃げなくてはならない。しかし、囲まれていてどこにも逃げる場所なんてない。
「あ、あの……」
「あぁ。心配するな。お前はこれから食われるんだ。大丈夫、大丈夫。痛くないように首からガブリといってやるから」
近くの男が、いかにも優しそうな声音で言った。
「は?」
女性が、その男を跳ね飛ばして出てきた。
「いやいや。人間は鮮度が大切なんだよ。食うときは尻からだろ。尻から、内臓を食ってゆくに限る。死ぬのをギリギリまで遅らせねェと。な?」
女性はオレに同意を求めてきたのだが、賛同しかねる。
今度は女性を押しのけて、また別の人が意見を出しはじめた。
「何を言うかッ。山分けするんだ。叩き潰してミンチにして、公平に分配するべきだッ」
口論が沸きはじめた。
信じられないが、どうやらオレの食し方について言い争ってるらしい。
マジでヤバい連中だ。カニバリズム野郎たちだ。
とにかく、ここから逃げなければならない。
いったい、何がどうなっているのかわからないまま、とにかくオレは、這う這うの態で逃げ出すことにした。角を生やした人たちの足のあいだをくぐり抜けて行く。しかし、もちろん、逃げられるはずもなく……。
「逃げやがった!」
「捕まえろッ」
と、ふたたび、取り囲まれることとなった。
女が寄ってきて、オレのことを凝視してきた。オレは中学も高校も男子校だったために、女性という生物をこれほど近くに見ることはなかった。今から食べられるかもしれないというのに、気恥ずかしい緊張を覚えた。
オレが目をそらすと、女はオレの体重を寄せてきた。そして、熱いものをオレの頬によぎらせた。舌。ナめられたのだとわかった。女性の舌がオレの頬を這ったのだと思うと、頬がピリピリとしびれるようだった。
「あ、あの……」
頬に触れてみると、生温かいヌメリがあった。
女性の顔は恍惚としていた。
「うンま――いッ」
周囲がざわめく。
「あ。ズルいぞ。オレにも食わせろ」
「私が先よ」
オレが着ていたジャージは、簡単に破かれてしまった。
男も女もオレのカラダをナめようと舌を伸ばしてくる。まるで輪姦されてる気分だった。これが夢ならば、はやく覚めてくれという思いで、舌による愛撫を我慢していた。しかし、カラダを這ってゆく感触は、どう考えても夢などではないのだった。
「よしよし。味見はそれぐらいにして、とにかく、解体してゆこう」
巨大な肉きり包丁が登場した。
オレの身の丈ほどもある包丁だった。そんなものでカラダを切られたら、ひとたまりもない。
「ま、待ってください。オレなんか食べても美味しくはありませんよ。ほら、オレなんて背も低いし、肉付きも良くないでしょう。食べるならもっと他の人を……」
ぜんぜん聞いちゃいない。
地面に押さえつけられた。ものすごい怪力。手首足首をつかまれた。逃げようにも逃げられなかった。
空が見えた。月が見えた。いや、あれは月なんだろうか。5つも見えるのだが……。
その5つの月光を背景に、肉きり包丁が振り上げられた。ランランとした無数の目がオレのカラダに落とされていた。その目には不思議なことに残酷さや、醜悪さといったものが感じられなかった。
何かを期待する子供のような純粋さが感じられた。今まさに人を殺そうとしているのに、どうしてそんなキラキラした目が出来るのかが不思議だった。
「じゃあ。解体――ッ」
肉きり包丁が振り上げられた。
しかし、その時――。
「待つのじゃッ」
とがった声が割り込んだ。
群衆が割れて、1人の少女が現れた。
瞬間。
オレをおさえつけていた腕が一斉に離れた。チャンスだ。まだ生きれるという希望が突きあげてきた。オレは少女に駆け寄り、その小さな背中に隠れることにした。
「助けてくれ」
と、訴えると
「うむ」
と、少女はオレを振り返るとニコリと笑った。
その少女が驚くほど肌の白いことがわかった。そして、瞳には銀色の輝きがあった。キレイだと思った。カワイイとか、美人だということではない。美術品のような美しさがあるのだ。
髪は亜麻色のショートボブにしていた。その短髪によって、飾り気ない素の美しさが引き出されているように思えた。ただ、その少女にもヤッパリ角が生えていたので、このカニバリズム野郎の仲間なのだとわかった。
「オヌシ。まだ子供じゃな。年齢は?」
「16だけど」
「ならば、まだ食べるのはもったいないのぉ」
「もったいない、ってなんだよ」
「セッカクだからもう少し大きくしてから、食べなくてはな」
どちらにせよ、オレを食べることに異はないらしい。
「オレは帰るよ。食べられるなんて厭だからな」
「じゃあ目を閉じるがよかろう」
「こうか?」
目を閉じていると、首に何かかけられるのを感じた。
「もう良いぞ」
「ん?」
目を開ける。オレの首に首輪がはめられていた。首輪からは鎖がつながれている。鎖の先端を少女がにぎっていた。
「なんの冗談だよ」
首を外そうと試みてみるが、外れる気配はない。
「20歳になるまで待ってやるから、あと4年じゃ。4年間、我らオークが育ててやるからな」
つまり、家畜として――と少女は言い添えた。
少女は「くははは」と笑った。その笑みの奥には獰猛なキバが生えているのが見て取れた。
「ファンタジー」の人気作品
書籍化作品
-
-
29
-
-
1512
-
-
93
-
-
238
-
-
4
-
-
17
-
-
93
-
-
49989
-
-
4112
コメント