俺が知らない俺の恋人~中二にタイムリープした俺は、当時好きだった人に告白するつもりが何故か身に覚えのない美少女に好かれてしまったのですが~

十六

二話 名前

 隣の席に座る少女はルビーのように艶めく赤い髪を後ろで縛り、ポニーテールを作っていた。


 この子誰だっけ……?


 俺が中学生ってことは、もう十年も前のことだ。ならば顔と名前を忘れているクラスメイトがいても不思議ではない。

 だけど、辺りを見渡した感じクラスの八割ぐらいは顔と名前が一致する俺が、こんなに目立つ子――しかも隣の席に座っている――を忘れるなんてこと普通あるか……? 


 やっぱりこれは夢?

 それで彼女は俺の作り出したフィクション?

 それとも俺は本当に中二の春にタイムリープして、彼女のことは単に忘れただけ?


 考えても答えは出ない。

 せっかく中二の春に来たのだ。たとえこれが夢だとしても、せめて覚めるまではこの世界を楽しもう。


 そう決意した俺は、どうしても隣の少女が気になってしまい、彼女の姿を眺めた。

 しばらくすると少女は視線に気付いたのか、俺の方を向いた。


 一瞬焦る。

 冷静に考えて、異性のクラスメイトを見つめる中学生とかもうその時点で、好きと言っているようなもの。

 何も考えずに少女を眺めていたのは失策だ。


 俺はすぐさま正面を向こうとした。しかし、それより早く彼女が小さく微笑んで手を振ってきたため、つられて振り返してしまった。


 一限の授業が始まる。

 科目は英語だ。


 所詮は中学生レベル。社会人の頭脳を持ってすれば余裕だ。


 授業が終わると俺は横から二の腕の辺りを軽くつつかれた。

 そちらを向くと、そこにいるのは相も変わらず見知らぬ少女。


「珍しいねー。和樹が一限ずっと起きてるなんて」


 言われて気づく。

 確かに中二の頃、俺は寝てばっかりだったかも。よく考えると、これから俺は中二らしく振る舞わなくてはいけないのか。


「新学期も始まったばかりだしな。そろそろ本気を出さないと」


「ふーん。じゃ、これから宿題とか写させてくれること期待してるねっ!」


 少女はウインクをした。

 彼女の話し方はやけに親しげだ。


「宿題はまた別だよ。別」


 中二の俺なら多分宿題をやっていなかったはず。


「えー、私だって和樹に見せたことあるから良いじゃーん」


 なるほど。中二の俺は宿題をこの子に見せてもらっていたのか。疎遠な人にわざわざ宿題見せてとは頼めないから、俺と彼女はそれなりに仲がよかったということだ。ますますなんで彼女のことを覚えてないんだ……?


「まあ機会があったら見せるよ」


「それ絶対永遠にないやつ」


「そう言えば……」


 言いかけた言葉が詰まる。

 名前を言えなかったからだ。さすがにクラスメイトの名前を忘れたとあっては印象最悪だろう。それは避けねば。


「なに?」


 少女は首をかしげる。


「次の授業なんだっけ?」


 時間割は前に張り出されているためわざわざ聞く類いではないのだが、とっさに思いつく話題がこれしかなかった。


「次は社会だよ」


 二限が終わったため、違和感が出ない程度の急ぎ足で教卓へと向かった。

 教卓には机とそれに対応する生徒の名前が書かれた紙が置かれている。

 俺はそれを教室の外へ出る振りをしながらチラリと確認した。


 どうやら彼女の名前は明石彩音というらしい。


 これで完璧。めでたしめでたし。


 …………。


 違う。全然完璧でもめでたくも無い。

 俺は彼女のことを苗字か名前どちらで呼べば良い?

 中二の頃、俺は彼女を何と呼んでいた?

 さっぱり思い出せない。

 もしかしたら名前を見たら何か思い出すかもとか淡い期待もあったけど、綺麗に裏切られた。


 どうする俺……?


 三限と四限の時間も苗字か名前どちらで呼ぶべきか迷っていたが良いアイデアは浮かんでこなかった。


 昼休み。

 トイレへ行くために立ち上がった俺の横を柚月葵が通り過ぎた。

 彼女の黒いロングヘアが歩調に合わせて揺れている。


 柚月を見てると、未来の結婚相手の顔もついでに浮かんで来るような気がしたから、なるべく見ないようにしてきた。だけど、いざ近くで見るとやっぱりめちゃくちゃ可愛い。

 それに今の通りすがり、一瞬だけどすげー良い香りがした。


 あー、そういえば中学時代、柚月のことを葵って下の名前で呼びたいと思いつつも結局呼べなかったなぁ。


 …………。


 やっぱり諦め切れてない。

 下の名前で呼び合って、二人でデートとか行きたい。

 それで……今度こそ葵と付き合いたい。


 ならば明石彩音のことも下の名前で呼ぶしかない。

 そうすれば柚月を下の名前で呼んだときも違和感が出ない。

 クラスメイト全員を下の名前で呼んでます感を醸しだせる!

 大丈夫。大学時代は大体みんな下の名前で呼び合ってたし、異性を下の名前で呼ぶ経験が無いわけでは無い。


 それに、せっかく中二にタイムリープしたのだ。たとえこれが夢だとしても過去の俺と同じことをしているのでは意味が無いだろう。


「よしっ」


 幸いトイレには誰もいなかったため小さく声を出した。


 トイレから出る。

 手を拭くためポケットからハンカチを取り出そうとするが見当たらない。

 ハンカチぐらい用意しとけよ中二の俺。


 教室へ向かいつつ頭の中の明石彩音の名前をループする。


 彩音彩音彩音彩音彩音彩音……。


 クラスメイト全員下の名前で呼ぶ作戦実行のためのイメージトレーニングだ。

 手始めに隣の席に座っている彼女から始めることとする。


 彩音彩音彩音彩音彩音彩音……。


「おう、和樹っ」


「――ッ!」


 急に背中を叩かれた。

 とっさに舌を噛む。

 危うく頭の中でループしてた名前が出そうになった。女の子の名前をいきなり呼ぶとか、俺がその子を好きとか勘違いされかねない。

 危ない危ない。


「どうした? 恐い顔して」


 声の主は彰だった。

 お前が急に話しかけるからだよって言いたいけど、彰にだって悪気があった訳では無い。

 ここは精神年齢的に大人な俺が一歩引こう。


「いや、日本の将来が心配でね」


 哀愁を漂わせながら、両手をポケットに突っ込み、視線を窓の外へと向ける。


「中二病かよ」


 彰は無理して大人ぶりやがってとでも言いたげだ。

 俺の心は大人なのに……。


「そんなことより何の用だったんだ?」


 再び彰の方を向く。


「特にねぇけど。たまたま廊下歩いてたら和樹が居たから話し掛けただけ」


「なら彰も一緒に教室に戻ろうぜ」


 教室がある方を指さした。


「そうだな」


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