四人の勇者と宿屋の息子(仮)

神依政樹

試練の洞窟3

「また、会ったな…【スライム】」


ヤマトが扉をくぐると、そこには真っ白空間に一匹のスライムだけがいた。


ヤマトはスライムに近づきながら、背中から弓と矢を構える。


「これで、四度目。三度目の正直を一回過ぎてるが…今日で決着をつける!行くぞ!」


ヤマトは叫びながら、瞬時に闘身術を使って体を強化すると、弓にも気を纏わせる。


『グォアアアッーー!!!』


スライムがヤマトの叫びに答えるように、見た目とはかけ離れた暴威を秘めた叫びを上げた。


【威力拡張】で弓の耐久力ギリギリまで、気を注ぎ込みと、矢をつがえ【属性付与】で紫電を矢に纏う。


半身に構え、弓の弦を力いっぱい引く、鏃に雷光が集まり、ひときわ輝いた瞬間…それを解き放ち射る。


「雑賀流…紫電必中」


矢は空気を雷でバリバリッと焼きながら、スライムに光速で向かう。


鏃がスライムに当たった瞬間…目が潰れる程の光量を周囲に撒き散らし、紫雷光が瞬いた。


ヤマトは身に着けていた弓と矢を外すと、腰の剣を抜刀して一気に駆けると、スライムとの距離を縮める。


光が晴れ、目前に写るのは、何ら傷を負った様子のないスライムだった。


「チッ…!」


ヤマトは舌打ちをする。元々、牽制であり、効くとは思っていないが…それでも無傷な様子を見せられると、舌打ちも出るというものだ。


スライムはそのヤマトの表情を嘲笑うように、口らしき部位を歪めると…その姿を一瞬で違う生物に変えた。


『ゴォアアアアー!!!』


黄金の眼に、全てを噛み砕くような鋭利な牙が生えた顎。
伝説にある城塞すら凌ぐだろう堅牢さを秘めた黒い鱗に、人間の何百倍もの筋力を秘めた巨体を支える強靭な四肢。
ドラゴン。この世界における最強の生物。
目の前に存在する竜は竜種の中でも、最上位に位置するだろう黒き龍。
ヤマトはチリチリと己の肌が灼かれるような錯覚を感じる。


「…っ!」


ヤマトは眼前に存在する圧倒的強者を見据えて、好戦的な笑みを浮かべた。


そして…ヤマトの笑みを合図にしたように、両者は激突した。



ここで少し、ウィクトル王国の王位継承者の一人にして、光の勇者と呼ばれるアベル・ウィクトルについて話そう。


彼はウィクトル王国、ハゼール公爵家の娘で王妃である母と現国王ディムド二世との間に出来た唯一の子供である。


両親の愛情を一心に受け、周りにも愛され何不自由なく育った。
本人も、両親と周りの期待に応える為に努力した。剣技を磨き、良く学び、将来は王として人の上に立つのだと…周囲期待通りに…あるいは期待以上に己を研磨した。


だが…ある日。12歳になったアベルは、当時、12人から成る円卓騎士の一人に教えを乞うことになる。


そしてそれが…彼にとっての転機なった。良いか、悪いかの判断は本人次第だが…彼はこの時知ったのだ。己の中に潜むモノに…そして彼は勇者となったのだ。
魔王に会い、己が目的を果たす為に…。





「ここは…」


アベルが扉を抜けた先は、城にあるはずの修練所だった。


それも修練所にある決闘場。


本来、騎士達の戦いは、ウィクトル王国に隣接する魔の森の脅威さらされる民達などに、その武威を示し、安心させる為に昇格試験などを王都に建てられた決闘場で行われる。


では…なぜ、騎士達が使う修練所に決闘場があるか?
単なる手合わせなら、決闘場をわざわざ設ける必要はない。


それは騎士達の争いを解決するために、時の王が設けたものだった。


ある時、国を守るべき騎士達の中でも精鋭である聖騎士の二人が諍いを起こした。
二人は誇り高い騎士である。直接的に罵ったなどがあるわけでも、二人がパートナーとなる任務などを拒否したりはしないのだが…二人が請け負った魔物討伐で、不仲から連携がとれず、魔物を取り逃がしてしまう。


そして、逃げた魔物が偶然通りかかった行商人を襲ったのだ。
幸いな事に行商人の護衛をしていた冒険者が魔物を討伐したものの…運が悪ければ行商人は殺されていただろう。


事態を重く見た王は、二人に命じ、決闘による解決を図った。
円卓の騎士の立ち会いの元…お互いの剣技をぶつけ合った二人は、円卓の騎士にはなれなかったものの…聖騎士の中でもその息の合った連携から、双騎士と評される。


以来、騎士達の間で争いがあった場合…高位の騎士による立ち会いの元、決闘にて決着つけるようになった。


そして今、その決闘場に一人の騎士がいた。


【守護騎士】レイル・ダーウェル。アベルの剣に関する指導役であり、アベルの本性を唯一知る存在だった…。


「俺の記憶から読み取っているのか…?まさかあなたが居るとは…」


アベルは無自覚に口の両端を釣り上げ笑み作った。…アベルを知る人間であればさぞかし驚いただろう。
それは笑みと呼ぶには、あまりに禍々しい感情が浮かんだものなのだ。


アベルの様子を黙って見ていたレイルは、一瞬悲しそうな目をアベルに向けると、名前の由来になったいる体のほとんどを覆う盾を構えながら、腰から剣を抜き、無言でアベルを見据えて構えた。


まるで来いと言うように…。


「は…はははっ…また…その目。…俺を哀れんだようなその目だッ!」


アベルは殺意に満ちた血走った目をレイルにぶつけ、腰の剣を引き抜いた。


そして、レイルに向かい型など何もない…力任せな剣を振るうと、それだけであっさりレイルは倒れた。


「…なんだ…?」


我に返ったアベルは訝しんだ。


レイル・ダーウェルはその性格や、考え方などは自分にとって気に入らないが…その剣と盾の扱いは師として仰ぐべき存在のはずだ。


あの時は手合わせ中にした為に自分でもなんとかなったが…本気でぶつかれば勝てるか分からない騎士はずだ…。


そこまでアベルが思考を巡らせた時…影から何かが起き上がった。


「なに…!?」


アベルは警戒して身構える。その様子を見て、影は先ほどアベルのように…禍々しく笑った。



『ガアァァァ!』


ドラゴンが顎を開くと、そこに魔力が集中する。


ヤマトは舌打ちしながらも、気を巡らして意識を体全体に行き渡らせる。


バチバチッ!!!


どれほどのエネルギーを秘めているか分からない…恐らく威力にすると最上位魔法に匹敵する雷撃をレーザーのように、竜が口から吐き出す。


「シッ!」


ヤマトは息を吐くと同時に剣を振るうと、雷撃を断ち切った。


そのまま体を動かし、ドラゴンに斬撃を畳み込むが…キンッ!と硬い金属にぶつかったような音を上げて、剣は弾かれてしまう。


元々、鋼以上に硬い鱗と硬皮に、ドラゴンは魔力で強化している。


鉄すらなんなく切り裂くヤマトでも、多少のひっかき傷を鱗につけるしか出来ない。


何ども同じ場所を正確に斬りつけてみようとも、ヤマトは考えたが…そんな事をすれば先に剣が使い物にならなくなりそうだった。


チラッとヤマトが剣に視線を走らせると、所々に刃こぼれが見えた。


剣の状態から考えて、多少はヤマトが不利とも考えられるかも知れないが…両者共、傷らしい傷を負っておらず…膠着状態が続いていた。


ヤマトの攻撃は通らず、ドラゴンの攻撃はヤマトに防がれてしまう。


(固有能力を使うか…?)


ヤマトは2つの能力を持って(1つしかヤマトは認識していない)おり、先ほどの雷撃を切り裂いたのは、それの応用だ。


固有能力には常時発動と任意発動の二つが存在する。


常時発動は【異性に意志に関係なくモテる】【身体能力の底上げ】【学習能力の上昇】などが上げられ…。


任意発動はブラッドの【闘神戦威】やウィルドの持つ【万物両断】などの一種の必殺技とも言えるモノになる。


ヤマトは一度見た固有能力を己の能力内に限り自在に扱える【森羅万象】を使え、雷撃を切ったのは【万物両断】を応用した技だ。


が任意発動の固有能力には相応のリスクが存在すると言われ、レイダーとウィルドからヤマトはなるべく使わないように厳命されていた。


(いや…危険か。なら…)


ヤマトは固有能力のリスクを考慮して、剣を鞘に収めると…左半身を前に出し、左手は手の平の形で構え、右手は拳の形を作って左手に追従するように構える。


そのまま滑るようにドラゴンに近づく、全身を駆動させ、ドラゴンの攻撃を左手でいなすと、右手で掌底を形作り、そのまま相手を揺らすように叩き込む。


トンッ!


見たところ…単に叩いただけのようだが…『グォオオゥ…!』ドラゴンは悲痛な声を上げて姿をスライムに戻した。ヤマトが放った技は中国武術のある流派の奥義をアレンジしたモノ。


外の硬さなど関係なく…内部を揺らしてダメージ与える技。


技を放って距離を取ったヤマトはスライムの様子を見て、冷や汗を流した。


スライムから視認出来る程の密度を持った魔力が溢れ出していた。


『…良かろう…。人の子よ。我の本気を見せてやろう』


スライムはその身体をプルプルと震わせて、声を出すと…また形を変えた。






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