どうやら最強の少年は平穏に過ごせない。

神依政樹

幕間・抗う者達と蠢く者達

ヤマトが色んな意味で悶々としながら眠った頃、ニースの屋敷に存在する談話室サロンには、ヤマト達三人を除いた全ての人間が集まっていた。


談話室サロンは全体的にブラウン系の落ち着いた色と暖色系の色合いの家具で纏まっている。中心には大きなテーブルが置かれ、それを囲むようにソファーが配置された全体的に落ち着いた雰囲気だ。


その談話室サロンの中でサーシャとマリア、ニースが座りその後ろにメイド3姉妹とクラウディオが控えるように後ろに立つ。ブラッドはニースの正面に座り、アザルはブラッドの隣に座っている。


ブラッドはテーブルに用意された紅茶を手に、ソファーに身を沈めて実に偉そうに足を組むと、正面のニースにではなく、ある確認のためにクラウディオに目線を向けた。


「さてと、ヤマト達は寝たか?」


ブラッドの質問にクラウディオは苦笑して頷き、答えた。


「ええ。間違いございません。ただ……私の存在に気づかれたようです。それなりに自信があったのですが……」


クラウディオの言葉には僅かな悔しさが混じっていた。いざという時には護衛なども出来るよう高いレベルで武術を身に付けているクラウディオにとって、暗殺者や盗賊といった者達には及ばないものの、気配を絶つのにはそれなりに自信を持っていたからだ。


ちなみにメイド三姉妹も全員が一定レベル以上の戦う術を身に付けている。


「…であろうよ。あいつの実力なら気づいて当然だ。マリア本人の嗜好もあるが、こちらが三人が一つの部屋で過ごすように仕向けたのにも気づいているであろう」


当然のように頷くブラッドに三姉妹とニースは僅かに驚き、ヤマトが戦う姿を直接見た事のあるサーシャとアザルは同意するように頷いた。


実の所アザルはヤマトの戦う姿に、どこか恩人であるレイダーの姿が重なって見えていた。その事を伝えるべきか迷いながらも、アザルは自らの勘違いだろうと何も言わなかった。


ーーただ一人「…二人とも最高に可愛かったのに……可愛がれなくて残念だわ……。怖い番犬さんがいるものねぇ~。…はっ!番犬さんも一緒に食べ…可愛がれば最高じゃ!?」と全く関係ない事を呟き、光悦とした顔で身を捩る者もいたが、この場に居る全員が慣れているので自然と黙殺する。


変態マリアの行動を何事もなかったように無視すると、クラウディオはブラッドに気になっていた質問をする。


「ブラッド様。不躾なのを承知でお伺いしたいのですが、彼らは素姓は分かっていらっしゃるのですか?」


「ふむ…。本人達は冒険者になるために田舎の村から出て来たなどと言っていたが……さてな。少なくともサーシャに嫌悪感を抱いている様子はなかったから、人教の関係者ではないだろう。それよりもだ……あれほどの腕をしているのだから、味方に引き込めれば最高だとは思わんか?」


そう言って不敵に笑うブラッドに、アザルは苦笑を浮かべ、クラウディオはなるほど……頷き、サーシャとニースが驚いたように反応した。


「……口の悪い脳筋がそこまで認めているとは……まさかっ!モテないからとそっちの道に進もうとでも言いやがるのですか!?」
「へぇ……!ブラッドとヤマトくんのやり取りを聞いていて思ってけど、ブラッドがそこまで誰かを認めるのは珍しいね」


「……とりあえず兎娘は黙れ、剥製にするぞ。暴走状態とは言え、我をいとも容易く倒したからな。それに人柄も頭も悪くはない。ならば認めない理由がなかろう?それにこの屋敷に泊まるように強く進めたのは借りを返すと言うのもあるが、出来れば味方に……少なくとも我等と敵対しないように縁を結んでおきたいと言う打算が大いにあるがな」


そう言いブラッドはヤマトの話はこの辺にしてだ……とニースに目を向ける。


「ニース。我とアザルを呼び出した訳をそろそろ話せ」


そう言うブラッドの目は鋭いモノに変わっていた。それに合わせるようにニースも、いつも纏っている優しい雰囲気を凛々しいものに変えて頷いた。


「うん、そうだね。ブラッドを呼んだのにはいくつかの理由があるんだ。先ず一つがここら辺一帯を治める領主の異変なんだけど、一年くらい前から殆ど屋敷を出なくなって政務も放棄して、噂や使用人達の話によると屋敷で……そ、その見目麗しい奴隷や娼婦に媚薬と精力剤の材料になる淫香花を使って……」


そこまで言うとニースは真っ赤に染めた頬を隠すように俯かせ、恥ずかしさに耐えるようにぷるぷると震える。


その可愛らしい少女のような様子に引き締まっていた談話室サロンの空気が、緩いものになるのを感じて、ブラッドは呆れたように息を出し、ニースに続きを促した。


「……大体は想像出来る。そこは飛ばして構わんから続きを早く言うがいい」


「う、うん。ごめんね?……それで話の続きだけど、領主の異変に併せて異常な量の新種麻薬が公都で流通してるんだ。ブラッドは公都の二大裏組織について知ってる?」


ブラッドは頷く。


「確か帝国と強い繋がりを持つのが獣人などを中心に作られたのが【獣神ケルノス】に、アリオンと繋がりが深い人族や鬼人を中心に作られたのが【剣鬼】だったか」


「うん。それで何だけど……その二つの組織から、大量の麻薬がばらまかれているんだ。これも問題ではあるんだけど、更に問題なのが【獣神ケルノス】は人族にだけ売って、逆に【剣鬼】は獣人を相手に売っているんだ。まるで互いの対立をるようにね」


ブラッドは眉間に皺を寄せて、舌打ちするのを堪えるために噛み締めた。


そこに今まで話の中に入らなかったマリアが口を開いた。


「ふふ……ニース様の話に注釈を加えさせてもらいますが、新種の麻薬は全部で三種類。多幸感と幻覚を見るヘブン。おそらく淫香花を材料に作られた高い快楽が得られるリリス。更に魔力や闘気を一時的に底上げするバイガルですわ。値段が従来の三分の一と言う事があり、ヘブンは若者、リリスは娼婦、バイガルは新米の冒険者などを中心に広まっているようですわね。あとは私の可愛い子猫・・達から聞いた話によると、噂の範囲を出ませんが鬼人族の姫君がアリオンからカルドニアに数週間前に誘拐された、三公の一人ウィルター公が派閥を拡大させて何かを企んでいると言うのを聞きましたわ」


「……なるほど、それはなかなか楽しい状況のようだな。しかし相変わらず恐ろしい女だなお前は」


「あら……?こんな美女を捕まえて酷いですわよ?ブラッド様」


「ふん。よく言うわ。さて……話は分かった。ここまで複数の……それもどれも面倒な事を仕掛けるのは人教ウジ共だろう。正直に言って全ての事柄を解決しようとしたら、我らの人数と手では余ってしまう。なので第一に元凶である人教ウジ共を叩き潰すのを優先する。異論はないな?」


その場に居た全員が頷いたのだった。






†††






今から二年前ーー城塞都市エネルや大陸で唯一東国と交易がなされている港町などがあるレイオン地方を治め、善政を敷き、民衆から慕われた名主。フェルド・レイオン侯爵が死んだ。


領民達は深く悲しんだが、彼には優秀な長男と次男が居た。


長男は知に秀で、次男は武に秀でていたので、どちらかが領地を継ぎ、二人が助け合えばレイオン地方の将来は安泰と思われていたのだが……フェルド侯爵の死からひと月後ーー二人は突然の死を遂げた。


当初は豊かなレイオン地方を手に入れようと、他人と言って言っても良いほどに離れた有象無象の親戚や、公国内の有力貴族達などが水面下で争ったのだが様々勢力と思惑が絡み合い結果。毒にも薬にもならないだろうと、領地と侯爵の爵位は二人の兄の陰に隠れ、誰にも期待されていなかった三男が継ぐ事になる。


継ぐはずがないと思っていた爵位と領地の継承に三男は戸惑いつつも、レイオンの名を継ぐ者して奮起した。
謙虚な姿勢で様々な人物に教えを請いながら執務をこなしていた為、領民や臣下達も、さすがはフェルド様のご子息だと言っていたのだが……三男であるカギュラが爵位を継いでから一年程経ったある日、領館である屋敷にフードを被った人物が出入りするようになるとその評価は徐々に変わっていった。






「失礼いたします。カギュラ様」


特殊な土地柄であるレイオン地方の領主であるレイオン侯爵は二つの屋敷を行き来する。一つは領地の中で一番大きな街にある屋敷。そしてーー領内にありながら特別自治区となっている城塞都市エネルにある、現在侯爵が滞在している屋敷だ。


フードを被った男は、敬意も何もない形だけの挨拶を述べて扉を開ける。部屋には黒いフードの男が献上した淫香花と呼ばれる麻薬が焚かれ、甘ったるい匂いと人特有の体液の匂いが混ざり合った匂いと煙が充満していた。


煙で覆われた部屋の奥では、女性の呻き声と肉と肉のぶつかる音を発しながら、小柄な割に横に大きい男が、ベッドの上で夢中に腰を振っている。


意識がないような女性の途切れ途切れの呻き声に合わせて「フヒ!フヒッ!」と興奮した豚のような声が聞こえる。


思わず黒いフードを被った男は、顔をしかめて内心で「盛りのついた豚が……」と自分が目の前の光景を作り上げたと言う事実を無視して罵倒する。


小柄な男は腰を一層強く動かすと、満足したのか立ち上がった。


そして、黒いフードの男に向き直る。


「な、なんだい?サジ?ま、また、面白いものでもあるのかい」


言葉と共に鳴る荒い鼻息に、男は心の中の罵倒を強めた。


サジと呼ばれた男の前に立つのは、豚だった。


弛んだ顔と体、卑屈でありながら傲慢にに歪んだ瞳。
カギュラ・レイオン侯爵その人である。


一年前までは小柄ながらも引き締まった身体に、確かな知性を感じさせながらも自信なさそうとも優しそうとも取れるを瞳をしていたのだが……既に僅かに面影が残るのみで、顔見知り程度ではカギュラと分からないだろう。


この姿になるまで麻薬と女をあてがい堕落させた黒いフードの男ーーサジは人という種族がこそが至高であるとする【人教】の教えを守る忠実な信徒であるが……この目の前に立つ豚は、知能の低い亜人以下の存在だと思ってしまう。


ベッドの横には淫香花の効果で、快楽を何十にも高められたうえで、限界以上にカギュラの相手をし、思考能力をなくした様々な女達が呻き声を漏らしていた。


様々な体液で汚れた女達の中には奴隷の亜人達も混ざっている。


それを見て、底であるはずのカギュラに対する評価をさらに下げたサジは、内心をおくびにも出さずに口を開いた。


「はっ!カギュラ様に、例の件について相談したく参りました」


「ん、ん~?例の件?どんな案だったけ?」


「はい。カギュラ様、城塞都市の件でございます」


「ああ…!エネルのか。で、でもさ?エネルを占拠して、カルドニア公国に戦争を仕掛けるなんて……エネルで反乱があるかも知れないし、アリオンや公都から軍を送られて粛清されちゃうよぉ……」


そこまで言ってカギュラは、震えながら顔を青ざめさせた。


チッ!とサジは口の中で舌打ちする。
さすがに放って置かれ、名主と名高い男の血を引いているお陰か、麻薬で正常な思考など出来ないほどに堕ちてなお、それくらいの頭は回るらしいと、サジは忌々しく思いながらも、カギュラを納得させようと考えながら口を開く。


「ええ、確かにエネルには、力を持つ領民も多く冒険者も居ますから、その危惧はありますし、公都フェリアルから兵を向けられる可能性もあります。が、カギュラ様。カギュラ様程に聡明ではない私ですが手は打ってあります。アリオンの協力を取り付けている……としたらどうです?」


サジの言葉に迷うような素振りを見せるカギュラをサジは内心で嘲笑った。


昔ならばともかく、交易で多大な利益を生み出している今のアリオンがカルドニアに攻め込むなど有り得ない。デメリットしかないのだから。と言ってもサジがアリオンの協力を得ていると言うのは完全な嘘ではない。サジにはマーズに渡されたアリオンの動かす手段があるのだ。


もっとも……哀れな生贄であるカギュラの為に使う事はあり得ないのだが。


「で、でもさぁ……」
それでも言いよどむカギュラにサジは駄目押しとばかりに、カギュラが執着している少女の名前を囁いた。


「カギュラ様。エネルを陥落させられれば……愛しのサリア様を好きに出来ますよ」


カギュラは一瞬思考を巡らせて、醜い笑みを浮かべた。


「サリアを……大丈夫かな?大丈夫だよね。う、うん!サジが言うんだから大丈夫!そ、それじゃ早速…」


興奮しているカギュラをサジは落ち着けるように穏やかに告げる。


「とは言えお待ちください。まだ少々ばかり私にも準備がございますので…それとこちらにサインをいただけますか?」


「う、うん!分かったよ」


カギュラは差し出された書類の文面を一切読まずに、サジに言われるがままにサインしていく。
サジはサインを確認すると「それではもう少しお待ちください」と告げて、満足げに笑みを浮かべて部屋を出た。


「……待たせましたかな?シャード殿」


部屋を出たサジは扉のすぐ横に立っていた全身を黒い衣服を着た少年に僅かな畏れと敬意を含めながら訪ねた。


「いや、大して待っていない。……ふん?その顔を見る限り目的は果たせたのか」


シャードと呼ばれた少年は、街中を歩けば女性の目線を集めるだろう端正な顔立ちに、特徴的な白髪、どこまで暗い闇を宿した瞳をしていた。
見る者が見れば少年の身体付きが、戦う事を前提としたしなやかでありながら、強固に鍛え抜かれた筋肉を身に付けているのが、服の上からでも分かるだろう。


「ええ!豚の相手をするのは不快でしたが、マーズ様の指示通りに事を進められそうです」


「そうか。それで?俺は動くべきか?」


「ふふ……シャード殿はあくまで不測の事態への切り札。動かす機会などあるか分かりませんが【最恐】と呼ばれるあなたがいるのは頼もしい。遣わしてくれたエリス様には感謝の念を禁じ得ませんね」


サジの言葉にシャードは肩を竦める。


「そこまで気にしなくて良いだろうさ。いつもの気まぐれだ。……しかし」


シャードは僅かに開いた扉の隙間から部屋の中を覗き見て呟いた。


ーー哀れだな。


「ふむ?何か言いましたかな?」


サジの質問にシャードは首を振る。


「いや……何でもないさ。次はどこに行くんだ?」


「今日の所はもう行く場所はありませんよ。もう充分には撒いてありますからね。後は時が満ちるのを待つだけです」


「そうか……ならそれまで俺は好きにさせて貰うぞ」


「ええ……構いません」


シャードは感情が伺えない目をサジに向けると、背を向けて歩きだした。サジは遠ざかって行くシャードを見ながら、一人、陶然と呟く。


「……さて、どう転ぼうと、もうすぐです。もうすぐで穢れ無き原初の楽園へ!女神様!正しき子である我らに祝福を!」城塞都市エネルで蠢き、暗躍するサジは気づかない。陶然と呟いたサジの言葉に、嘲笑して居る者が居ることに……。

コメント

  • kaiji_

    まだ2話までですが、その場所の景色を分かりやすく書いていて、とても想像しやすく面白いです!

    1
  • ナルガ

    面白いので投稿頑張ってください

    2
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