どうやら最強の少年は平穏に過ごせない。

神依政樹

(14)襲撃2

まるでタイミング見計らって登場しているとしか思えないヒーローのように、僕は間一髪でサーシャを狙って放たれた、風を纏う翡翠色の槍を打ち払った。


僕が弾いた槍は……どのような原理なのか、己の主の元に戻るように森の方に飛んでいく。


僕は内心で面倒なと思わず舌打ちした。脅威とは思わないけれど、誰に向けて投擲されるか分からない槍を何度も弾くのはさすがに手間だ。


ま、レイダーさんと同じ赤銅頭のブラッドと、アザルって人は自力で防げそうだけど、


「へっ……?」


そんな中で助けたサーシャの口から出たのは、間抜けな戸惑いの声だった。
サーシャは死ぬ覚悟でも固めていたのか、自らが助かった事をまだ実感出来ないのか、その場で呆けている。


死にかけたのだから仕方がないとは言え、すぐに動かないサーシャに僕は眉間に皺が寄るのを自覚しながら、サーシャを強引に腕に抱える。


「ッ!!な、なにするんですか!放しやがれです!?私に触れる…な……?」


僕に抱えられたサーシャは半狂乱で暴れる。
何だろう?僕をゴキブリかなんかと同列に思っているのか……いや、そもそも出会ってから、まだそれほど時間も経っていないので、男に触れられるという事に何かしら抵抗があるのかもしれないけど……この状況で構ってられないので、一切無視して馬車の上から飛び降りた。


次の瞬間……ビュオッン!!!


銀色の軌跡を描きながら、空気を裂くような轟音が、僕とサーシャの立っていた場所を通過した。


「う…あっ……」


僕の腕の中でサーシャは顔面を蒼白に変えて、ぶるりと身を震わせる。あのまま立っていたら確実に、命がなくなっていた事を理解して、背筋に悪寒でも感じたのだろう。


そこに馬車の上から僕達が飛び降りるのを見計らったようなタイミングで、ゴブリン達が突撃してくるが……馬車の中から観察していたが、僕の相手をするには役者不足と言う言葉さえ生温い。


まだまともに動けないサーシャを僕は下ろして、黒鋼の剣を鞘に一旦戻す。


鞘を左手で抑え、剣の握りを右手で掴むと、僕はゴブリン達が向かって来る前方に倒れ込むように地面を蹴り、踏み込んだ。 


踏み込みと同時に僕は剣を引き抜き、横一線に切り払う。


剣神流抜刀術奥義【草薙】


「ギッ!?」


僕達に向けて突撃した全てのゴブリン達を、鎧ごと上半身と下半身を両断して絶命させた。


【草薙】とは剣神流の対集団技であり、技の由来は二通り有り、一つは風で揺れるススキを的に修業する事から名付けられたと言われ、もう一つはウィルドの師匠である【剣神】と呼ばれる男が、ススキが広がる原っぱを五十メートル程薙いだからだとウィルドがドヤ顔で語っていた抜刀術だ。


抜刀術と言う文字通り【刀】で行う事を前提としている技であり、剣で行うのは不向きだ。
それなのにも関わらず、僕が抜刀術を使ったのは抜刀術には2つの利点があるからだ。


そもそも抜き身で横に剣を振るおうとするなら、身体を独楽のように回転させながら振るうか、もしくは野球のバットを振るうように剣を使わないと、速度も力も乗せられない。


斬馬刀や大剣や槌などの大型武器のように、武器の重量を利用して扱う事を前提にしている武器ならばともかく……刀剣類はその構造上、基本的に振り下ろし、切り上げ、斜めからの袈裟切りの3つを使う事に適しているが、横に振るうのに適さない。


その点、抜刀術は鞘から剣を抜くと同時に斬るという、動作の少なさと、鞘で剣を固定する事による溜めで、速度と威力を乗せる事が出来るからだ。


しかし……歩いている所を通りかかった蜥蜴とかげが引く馬車の中から呼び止められ、遠慮したものの半ば強引に女の子に乗せられたとは言え、移動が楽になった。


……なんて内心思っていたけど、明らかに待ち伏せされていたぽい魔物の襲撃を受け、なかなかキャラの濃くて戦闘慣れしてそうな3人組が飛び出して行ったので、様子見を兼ねて静観していたら面倒な事になった。


森の奥から魔術をぶち破りながら、何かがサーシャを狙って投擲されたのを感じ取り、ギリギリのタイミングでとっさに助けたものの……どう動くか?


明らかにレイダーさんと関わりがありそうなブラッドは、何かしらの術を使ったのか、先程より闘気が何倍も膨れ上がり、魔力も上がっているので心配しなくて良さそうだ。


ただ……完全に制御出来ていない術なのか、今なら簡単に殺せるだろう西洋の民話や日本のライトノベルに出てきそうなオーガぽい2体の魔物を顔を凶悪に歪め、いたぶって遊んでいる。
狂戦士と言った言葉がぴったりな姿だ。


ふむ……ここで恩の一つでも売っておくのも手かな?レイダーさん関係者ぽいし。次に僕は笑顔がなければ山賊のお頭みたいな風貌のアザルの方に目を向けると、2体のオーガに熊と同じくらいの体躯を持つ黒い狼を相手に足止めをされている。


おそらく本来の力を発揮すれば、問題ないのだろうけど……3体の魔物は巧みに動き回り、必ず背に乗合馬車が来るように戦っている為、状況を打破する技を使おうにも威力が有りすぎて、民間人を巻き込む危険がある以上、使えないのだろう。と言ってもアザルの心配は要らなそうだ。


三体の魔物は背後に乗合馬車を人質に取り、連携を取る事で辛うじで食らいついているだけで、実力はアザルが数段上だ。所詮、魔物達は何とか足止め出来ているに過ぎないので時間の問題だろう。


正直、これくらいなら森の中にいる奴を入れても、何の苦もなく殲滅出来るけど……馬車に乗っていたディルって少年の反応から明らかに名の知れた人物達を差し置いて、そんな事をすれば悪目立ちが過ぎる。


当座の目的として、冒険者としてある程度の人脈と地位を手に入れる為に、多少の実力を見せる事は必要不可欠だろうけど……悪目立ちをして良い結果が待っているとは欠片も想像出来ない。


むしろ面倒で悪い方向でなら、いくらでも想像出来てしまう。


……となるとだ。この場で選べる最善手はアザルを自由に動けるようにした上で、ブラッドの名誉を守りつつ正気に戻し、サーシャに頑張ってもらいあくまでも、僕は3人を手伝ったと言う建て前を作り上げる事だろう。


よし、そうと決まれば、


「サーシャさん。自分はこのままアザル達の援護に向かうので、馬車の護りはお願いします」


「へっ!?は、はいっ!分かったのです」


戸惑いつつも頷いたサーシャを確認して、僕はゴブリンの群れに突っ込んだ。


馬車についてはいざという時、ルナスに援護に出てくれるように言ってあるから大丈夫だろう。


進行上にいる全てのゴブリンを虐殺する事も出来るけど、敢えて余り殺さないようにしながら、隙間を縫うようにアザルが戦っている方に進む。


あと数歩でアザルの邪魔をしている三体に攻撃出来る距離で……一体の魔物が嗤いながら僕に向かって来た。


よし、狙い通り出て来たか。


僕に向かって来る魔物は他の三メートルを超える体躯を持つオーガに比べて、小柄と言っていい身体付きをしていた。体長は二メートルを少し超えたくらいで、アザルと同じくらいだろう。


だけど……感じる存在感と力は他の魔物を軽く凌駕する力を持っていた。確実にこいつが魔物達のリーダー格で、槍を投げた奴だろう。


オーガはまるで僕と戦うのが愉しいでも言うように、嗤いながら左に持つ白銀の短槍と右に持つ翡翠色の槍を同時に使い、異なる動きを繰り出して来た。
ーーー即座に僕は本能が訴える危険に従い、大きく距離を取る。


次の瞬間には僕が立っていた場所には、斬撃と刺突が左右の槍から放たれていた。


少し厄介だな……特に翡翠色の槍は普通の槍では無いみたいで、見える範囲と実際の攻撃範囲が違うようだ。


だだでさえ槍という武器は攻撃範囲の広さは言うに及ばず、回転運動や慣性の法則を使い、遠心力と重力を活用した斬撃や打撃は非常に強力で、熟練者ならば容易に骨ごと切断する事も出来る。
その上、攻撃方法も多彩で、刺突、斬撃、打撃に槍独特のしなりが加われば、余程の実力差が無い限り、まず初見で対応出来ない変幻自在の攻防が可能だ。


……弱点らしい弱点と言えば大型武器の例に漏れず、取り回しと携帯性の悪さがある。
と言っても、右の槍が使いにくい間合いに入っても、たぶん左手に持つ短槍で防がれるだろう。


双槍を破るには間合いの外から、強力な遠距離攻撃を叩き込むか、間合いなど関係無いほどの威力を持つ技で叩き潰すか、……もしくは剣も振るえない超近接戦インファントに持ち込むかだろう。


今の僕には間合い外からの攻撃は出来ないし、大技を使っては確実に殺してしまうし目立ち過ぎる……となると、双槍の攻撃をかいくぐり、超近接戦インファイトに持ち込むしかないか。


『……どうシた?コないのか?』


僕が直ぐに攻撃に移らなかったのが不満だったのか、どこか苛立ちの混ざった低い声がオーガの口から発せられた。
僕は多少驚いものの、知能が高ければ話もするだろうし都合が良いと内心笑う。


「オーガって喋れるんだ。ま、いいや……安心してよ。今、叩き潰すから……」


僕がそう言うとオーガは、嬉しくて堪らないとでも言うように嗤う。どうやら目の前のオーガは戦闘狂バトルジャンキーらしい。


「オレが特別なのダ。……コい!」


「言われなくても!」


僕は右手だけで剣を持つと、地面を踏み出した。


そして……オーガの間合いに入った瞬間、僕の命を刈り取るべく突き、斬撃、打撃を織り交ぜた無数の槍撃が襲いかかって来た。僕は無数の槍撃を右手で持つ剣で打ち払い、空いている左手で受け流しながら徐々にオーガとの間合いを狭めて行く。


「……剣と拳ノ両方を使うトは、変わっタ戦い形ヲする」


「双槍使いが言う台詞じゃないと思うけど……?」


「クク……確カに」


ふむ。短槍の方は何の問題もなく対処出来るけど、翡翠色の槍は予想以上に厄介だ。
不可視の刃による攻撃範囲の延長に、風による物理法則を無視した軌道、風を槍に纏わせる事で単なる柄の部分さえ、馬鹿げた威力を持っている。……ま、それでもウィルドの剣速や、容赦のないカルラさんの魔術に比べれば何という事もないのだけど。


僕はそんな事を思い、上、下、左右、斜めとあらゆる角度から繰り出される槍撃を捌き、時たまオーガの攻撃に押されるように後ろに下がりながら待ち続ける。するとオーガが声を荒げた。


「なぜダ!?なぜ本気ヲ出さなイ!」


……さすがに全ての攻撃を防いでいるのに、攻撃に移らない僕を不信に思ったか。でも……丁度来たみたいだ。


「……悪いね。君にはちょっと泥を被ってもらう」


「なにヲ言ってっ……グッ!!?」


まさしく鬼の形相を浮かべるオーガと僕を横から衝撃が襲う。さすがと言うべきか、オーガは不意打ち打ちされたのにも関わらず、槍で防御したようで無傷だ。


そして、もちろん僕も無傷だ。
「……キサマッ!


オーガが突然の乱入者を鋭く睨みつける。乱入者……力に酔ったブラッドはオーガの殺意の込められた視線など、知ったことではないとばかりに一方的に自分の要求を告げる。


「クハハッ…!!さぁ!小物の相手は飽いた。貴様等の内どちらが我の相手をする?それとも両方か?」


オーガは殺意を和らげブラッド、打ち倒された手下のオーガ、僕の順に視線を移すと頷いた。


「……なるホど、そう言うこトか。ふん……!良いダろう」


オーガは呟いたあと、大きく息を吸うと雄叫びを上げた。


「ガアアアァァッ!!!」


ビリビリと空気が震えるほど雄叫びが戦場に響き渡る。ーーーすると馬車に群がり、サーシャなどと戦闘を繰り広げていたコブリン達が、訓練された軍人のように非常に素早く、撤退していく。


雄叫びを終えたオーガは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、わざとらしいほどに大声で告げる。


「グガガガッ!我ガ術ニ掛かりシ、その男と仲間ドウシで殺し合うガ良イ!」


如何にも悪役ぽい事を先程まで以上のカタコトで言うと、オーガも撤退を始めた。


オーガは僕の横を通り過ぎる寸前「……貸しダ。次は本気を出してもらうゾ」と僕にだけ聞こえるような声量で言うと、アザルに槍撃を加えて怯ませ、足止め役の三体を抜け目なく回収して森の中に消えて言った。


オーガの槍をいなしたアザルは、一瞬追うことを考えたようだけど、ブラッドを放って置けなかったのか諦め、僕の近くによって来た。


「ヤマトさん、お陰で助かりましたよ。不思議な空気を纏っているとは思ってましたが、いやはや……ここまで強いとは」


どこか茶化すように言うアザルは表情こそ笑顔であるものの、目は全く笑っていない。感謝の念は本当にあるようだけど……それ以上に僕が何者か分からないから、警戒してるって所かな?


「……アザルさんの方が年上なんですから【さん】付けはいらないですよ。それと……色々話したいのはやまやまですが、お連れの人が待ちきれないみたいです」


僕がそう言うのとブラッドが、僕に襲いかかって来たのはほぼ同時だった。


「ハハッ!先ずは貴様が我を楽しませろ!」


……完全に力に呑まれてるな。全く、制御出来ない技を使うなよ。


「くっ……!?」


横に居たアザルが僕とブラッドの間に入ろうとするのを目で制して、僕は前に出る。


欠片も技術が使われていない……ただ腕力任せに振るわれた拳を受け止め、拳に込められた力を流すと、ブラッドは嬉しそうに笑い、連打を浴びせて来る。
ブラッドの拳打は全てが速く、鋭く、重く、オーガの末路を見れば分かるように掠っただけで、肉が抉れるだろう力が込められている。


でも……いくら速くて威力のある拳も、当たらなければどうって事はない。僕はオーガと同じく時折下がりながら全ての拳を逸らし、避けて行く。


速さも力も馬車の中から見ていた時よりも数段上だろう。だけど、今のブラッドにはその拳を当てる技術も、力を十全に生かす技術も欠けている。どんな能力なのかは分からないけど…これなら暴走状態になる前の方がまだ強かっただろう。


「ぐぅ……!?何故だ!何故当たらない!?今の我に勝てない相手などっ!」


顔を歪めて何やら叫ぶブラッドの拳打を当たる寸前に剣と拳で弾くと、がら空きになった胴体に向け、手を開き、掌打を叩き込む。狙いは胸骨に守られた肺だ。


「カハッ……!?」


掌打の衝撃で肺の空気を全て吐き出し、動きが止まったブラッドを、そのまま掌打を放った左手で服を掴み、引き寄せながら顎先に剣の柄を引っ掛けるように当てて、脳味噌を揺らす。


「ふぅ……」


糸の切れた人形のようにガクッと、崩れ落ちるブラッドの身体を受け止める。


「ブラッド様っ!」


焦ったように駆け寄って来たアザルに、ブラッドを押し付けるように渡す。
あいにくと僕には、男と引っ付いて喜ぶような趣味はないのだ。


アザルは僕に渡されたブラッドの様子を見て、気を失って居るだけと確認すると、ほっとしたように息を吐き、僕に様々な感情が込められた視線を向けてきた。


……ふむ。やっぱり、アザルには僕が端から見ると苦戦しているように見えるように戦ったのがバレたか?もしかしたら護衛のリーダーにも気付いてるかな……?……ま、その時はその時か。


僕は駆け寄って来る2人の少女の足音と、命の危険で感じたストレスを発散するように辺りに響く、歓声を聞きながら剣を鞘に収めた。

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