どうやら最強の少年は平穏に過ごせない。

神依政樹

(13)襲撃1

子供のような低い身長に、尖った耳、大きな鼻、意地の悪そうな顔付きに、緑色の肌。


森の中から溢れ出てくるのは、数えるのも馬鹿らしいほどの武装した紛れもないゴブリン達であった。


「ブラッド様」


アザルは普段浮かべている笑みを消して、ブラッドの名を呼ぶ。


「チッ!分かっている!お前らは馬車の中にいろ!サーシャ!アザル!行くぞ」


ブラッドは後ろを見ずにサリア達にそう言うと、すぐさま左右で色の違う不思議な手甲を着け、闘身術で闘気を身に纏うと、蜥蜴車から飛び降りて周囲を確認する。


辺りはゴブリン達の襲撃に混乱していた。先頭の馬車に乗っていた護衛の冒険者達は、雑魚であるはずのゴブリン達に手間取りながら、応戦している。それに対して冷静さを失った者達が乗り合い馬車から我先にと逃げ出そうとしていた。


それを見たブラッドは、即座に鋭くも良く通る声を響かせる。


「貴様らは馬車の中にいろ!バラバラに逃げたら魔物の餌食になるだけだぞ!サーシャ!」


「言われなくても分かってますよ!」


自然と人を従わせる【力】を持つブラッドの声により、逃げ出そうとしていた者達は身体を震わせながらも逃げるのを躊躇った。


それを好機チャンスと見て迫る数匹のゴブリンは………しかし馬車を囲むように現れた暴風によって、見えない壁にぶつかったように動きを潰され、吹き飛ばされた。


「風護結界。ふふ〜ん!ゴブリン程度に破れる魔術じゃないんですよ」


ヒュッ!ヒュッヒュッ!


風切り音を鳴らしながら、森の方から数本の矢がサーシャに向かって放たれた。


だがゴブリン達には残念な事に、全ての矢はアザルによって弾かれ、防がれる。


「と、サーシャさん。油断は禁物ですよ?」


「わ、わかってますですよ!」


アザルはサーシャに注意すると、背中に括り付けた特殊な形をした大斧を手にして、矢が放たれた森の方に駆け出す。


目前の森の中にゴブリンの弓兵達が潜んでるのを確認すると、大斧を握る手に力を込めた。


アザルは元々、獣人の中でも特に優れた身体能力を持つ獅子リオン族である。その身体能力を英雄への憧れと自らの無力感を糧に、凡人には異常とも言える程の努力で鍛え上げた力だ。


その力は闘気により強化され、絶大なまで力を発揮する。


ドゴオオォォッ!!!


大斧を大きく振りかぶり、全身の筋力を隈無く駆使して放たれた一撃は、まさに【滅斧】の名が相応しい結果をもたらした。


衝撃波でゴブリンは無論の事、木々も跡形もなく吹き飛ばされ、地面は抉れる。


技を放ち終えたその瞬間を狙い、一匹のゴブリンが小学生程の小さな体躯を生かした速さで迫り、アザルの首もとを狙い鈍く光る刃を飛び上がり振るおうとするが……


ゴギッ!「キャギッ!?」


首を大斧の柄でへし折られ、まるで自分に何が行ったのか分からないでも言うような驚いたような声が、そのゴブリンの最後であった。


アザルは身体能力だけではなく、技量に置いても優れた才能を持ち、その才能を努力により十全に開花させている。


威力が高い代わりに、その重量から小回りが効かず扱い難いと言う常識をぶち破り、大斧を手足の如く自在に扱う事など当たり前に出来るのだ。


「さて……先ずは邪魔な弓使いを殲滅しますか」


気軽な様子でそう呟くと、ゴブリンが潜む物陰にアザルは向かう。




その様子をすばしっこく、ちょこまかと何もないはずの空間を蹴り(・・)ながら縦横無尽に動き回り、手を振るう度にそれに併せて不可視の風の刃を作り出して、ゴブリン達を切り裂きながら見ていたサーシャは「相変わらずの馬鹿力ですねぇ」と呟く。


そして可愛い外見に不釣り合いな凶悪な笑みを浮かべ、負けてられないと対抗心を燃やす。


サーシャは獣人の中でも1、2を争う瞬発力を持つラパン族の生まれで、小柄な体躯も相まって魔術を使えば一瞬なら、アザルやブラッド以上に速く動ける自信がサーシャにはある。


サーシャが最も得意とする魔術は風で、中でも後衛が基本の魔術師に関わらず中、近距離をメインにしたモノが多い。
先ほどのように風魔術の応用で、何もない場に空気の固まりを幾つも作り出し、そこを足場にして蹴り出す時に空気を爆発させてブースターとして、戦場を縦横無尽に駆け、手に作り出した風の刃で敵を切り裂く【風迅】の名の由来ともなっている【縦横無刃じゅうおうむじん】。バランス感覚と瞬発力バネが優れたサーシャだからこそ使える技などだ。


……だが、サーシャは遠距離からの魔術が苦手という訳ではない。普段一緒に行動している2人が近距離が得意なタイプと、典型的な魔術師の遠距離タイプだから、中、近距離の遊撃に回っているに過ぎない。


突風で邪魔なゴブリン達を吹き飛ばし、空気の固まりを足場にサーシャは馬車の上に跳ぶ乗る。


サーシャは周囲を見渡して、ゴブリン達の位置を確認すると、懐に入れた魔力触媒つえを取り出して、サリア達が乗る蜥蜴車と自分を覆う風の結界を作り上げると、目を閉じて魔力を高めていく。






その頃……ブラッドはゴブリンに妙な違和感を感じながら、ゴブリンを拳や脚を使って、首をへし折り、内臓を壊し、殴った衝撃でショック死させるなど、全て一撃でゴブリンの命を刈り取り、前方の蜥蜴車で戦っている護衛達の手助けに入っていた。


「無事か!?」


「ああっ!あんたか。一応無事だが、正直手助けは助かる。このゴブリン共、普通じゃないんだ!」


ブラッドが声を掛けると、護衛達のリーダー格らしい30代中頃の男が、焦燥と安堵が混ざり合った声を出した。


リーダーは左手に持つ盾でゴブリンの攻撃を防ぎ、防いだ所を右手で持つ装飾一つ無い、実用一辺倒の剣で斬っていく安定したスタイルで戦い、武器や戦い方は違うが仲間達も同様で、突出した力は感じられないが確かな技量と経験に裏打ちされた戦いをしていた。


ブラッドはゴブリンに拳打を叩きつけながら、その姿を見てなるほどと自らの感じていた違和感に思い至った。
数が多いとは言え……彼らが戦っているのが、単なるゴブリンであったならば、彼らは歯牙にも掛けなかっただろう。


だが、見れば見るほど彼らが相対するゴブリン達は明らかに普通ではなかった。


そもそも、これほどまでのゴブリンが一度に現れるのも異常なのだが、一番の異常はゴブリン達が確かな統制の元に動いている事だ。


基本的にゴブリンは我が強い者が多く、何かにつけて争うなど纏まりに欠けるため、ある例外を覗き複数で行動しても10匹を超える事はないし、連携を取ることも通常は有り得ない。


それに対して、このゴブリン達は護衛1人に対して、必ず複数で戦い、前線で戦えない者は投石をするなどのまるで訓練を行ってような息の合った連携をとっている。


そして、通常のゴブリンとは違い、手入れの行き届いた武器に、この辺のゴブリンでは有り得ない力量。


全てが異常であった。


実力差を埋める程の多勢に無勢。これが護衛達だけならば、確実にゴブリン達に蹂躙されていただろう。
だが、とブラッドは思う。自分達の敵には成りえないし、犠牲を出すことも無いだろうと。サーシャが魔術による護りを堅め、アザルが敵を殲滅して行き、ブラッドが遊撃に当たる。3人の実力を考えれば、これで死者を出すことなど有り得ない。


一つ懸念があるとすれば通常複数で行動しても、集団では行動しないはずのゴブリン達を纏めているはずの統率者リーダーが姿を現さない事だ。


先ず、この数のゴブリン達を統率するなど、例外である変異種と呼ばれ、長い年月を掛けて戦闘経験を積み、他の魔物の魔石を喰らい、その存在を変異させたゴブリンキングや、ゴブリンロードだと見て間違いない。
キング種ならばともかく、ロード種に変異していた場合は厄介だとブラッドは思うが、倒せなくはないとも判断する。いざという時には奥のあれを使えばいいと。


「……とにもかくにも、目の前の敵を叩き潰すか」


ドンッッ!!!


「ギャギャ…!?」「なっ……!?」


ブラッドは踏み込みで地面を揺らして一瞬、ゴブリン達の動きを止める。同時に素早く移動しながら拳を叩き込んで行く。


ダンッ!ゴッ!ゴンッ!ゴキッ!


戦場に響くのは肉を叩き、骨をへし折る拳撃の音。その音を聞いた者は敵か、味方かにより二通りの反応に別れる。


「「ギギッ……!」」


敵であれば仲間達のやられる様子に、自然と身を強ばらせて怯み。


「これが拳撃か。よし、お前ら押し返すぞ!」


「「応っ!」」


味方であれば、闘志を沸き上がらせるのだ。






ブラッドとアザルがゴブリン達を着実に減らす中で、透き通るような声が響き渡る。


「万象移ろわせる風よ。我は願う。我は望む。我が敵に無慈悲死を与えたまえ。【無慈悲なる死風】」


目を開け、厳かにサーシャが呪文キーワードを唱えると……戦場に風に姿を変えた無慈悲な死神が舞い降りた。


無数の風の刃が一切の例外を許さず、ゴブリン達を切り刻み、肉片に変えるために顕現する……はずだった。


……そう、ゴブリンとは異なる圧倒的な存在感と力を持つ者達が参戦しなければ。


森の奥から閃光が瞬き、木々を粉々に砕きながら何かがサーシャ目掛けて放たれた。


「チッ……!?」「……ッ!」


それに気づいたブラッドとアザルが、それぞれの位置から迎撃しようするが……それは突如として現れた者達により阻まれる。


ブラッドの前に現れたの2体のオーガであった。


三メートル程の体長に、容易にその力が想像出来るほどに隆起した筋肉。頭に生えた二本の角に粗暴な顔付き、但し、通常のオーガとは違い、その眼には確かな知性の輝きが宿っている。


「そこをどけぇええっ!!!」


ブラッドは叫びながら、左右に付けた手甲に闘気を流し込み、行く手を阻む2体のオーガに殴りかかる。


2体のオーガは打撃の衝撃で数歩後ろに下がるが……ブラッドの攻撃は受け止められた。


これが確かな技量が込められた一撃であったなら、オーガ達は吹き飛ばされていただろう。しかし、焦りで力任せに振るわれた一撃では、普通のオーガならばともかく、この2体のオーガには通用しない。


「ぐっ……!!」


ブラッドは焦燥に身を焦がして、歯を食いしばり僅かな希望を込めてアザルに目を向ける。


だが、2体のオーガと素早く動き回る一匹の黒狼がアザルの動きを封じ込めていた。


ブラッドは脳裏に一瞬、一か八かの危険を承知の上で制御の効かない奥の手を使う事を考え、実行する。


「ガアアアァーーーッ!!!」


ブラッドは本能的に生物を恐怖させる咆哮を上げる。瞳孔は狭ばり、焦げ茶色の瞳は輝く金色に変化する。


ブラッドの明らかな変化に、2体のオーガは本能的な恐怖を覚えて後ずさった。


その一瞬の隙に動けばブラッドはサーシャを救えただろう。


しかし、それは不可能だった。
今のブラッドに理性はない、意思もない。あるのは身体に渦巻く圧倒的な力の解放を望む、戦闘欲求のみ。


変質したブラッドは、眼前のオーガに笑みを浮かべる。そこにあるのは敵意ではなく、純粋なまでの戦意と……そして、力を振るう事への愉悦であった。






「あっ……?」


森の奥から投擲された何か……それは翡翠で造られたような槍であった。


サーシャは眼前に迫る槍を認識して、死を感じ取るが身体は動かない。


ぼくは死ぬの……。


漠然とした戸惑いの中、サーシャの目に浮かぶのは恩人の姿。胸に思うのはまだ役に立っていないと言う悔いだった。


ニール様……恩を返せずにごめんなさい。


目に涙を浮かべ、最後にただ静かにサーシャは恩人の名を胸の中で呟いた。


しかして、槍がサーシャに当たる事はない。


何故ならば、ここにはいるからだ。


光すら塗りつぶすような黒鋼の剣が、槍を下から打ち払う。


キィイッンッ!!!


風鈴の音色と金属の音を重ねたような音が辺りに響く。


その音でサーシャが目を開けると……そこには黒鋼の剣を持つ黒髪の少年。


ヤマトが立っていた。

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