どうやら最強の少年は平穏に過ごせない。

神依政樹

(12)蜥蜴車の中で

大陸の中で唯一、島国である東国アリオンと交易が行われている港町ピースポートから、城塞都市エネルに向けて一直線に舗装された道を四台の馬車……いや、荷台を引いているのは、馬に劣らない体躯と速度で進む蜥蜴とかげなので蜥蜴車とでも言うべきだろう。
四台の蜥蜴車は天秤が描かれた旗を風で、はためかせながら進んでいく。


その天秤の旗は大陸でも有数の力を持ち、王族ですら無碍に扱えない大商会、エドワード商会の旗であった。


先頭の蜥蜴車には商人らしき男と、武器や鎧や着た護衛の男達が乗り、間に挟まれた二台の蜥蜴車には、東国アリオン産の稀少な魔金属や、職人が全身全霊を掛けただろう、貴族達の間でも人気の高い染め物、アリオンでしか採れない素材で作られた高級生地が、傷や汚れなどが付かないように細心の注意で立ち並んでいる。


そして……最後の蜥蜴車には、8人の人間が乗っていた。
先ずは子供から成長して、少女と呼ばれる位になったばかりだろう、整った容姿をした波打つ亜麻色の髪に、好奇心の塊のような大きな瞳が特徴的な12歳位の少女と、その少女より1歳くらい年上だろう。幼さが目立ち、意志が強いと言うより、生意気そうと言われるだろう武装した茶髪の少年の幼い2人。


この幼い2人は少女の方はこの馬車の持ち主である商人の娘であり、少年の方は親の関係による幼なじみであった。少女……サリアはどこか面白そうに本来ならば乗ることのなかっただろう他の人物達に目を向けた。


燃えるような真紅の髪をポニーテールに纏めた意志の強そうな美しい少女と、ショートカットの淡い水色の髪をした儚げな美しい少女。2人の少女はタイプこそ違うが、詩人が見れば幾つもの賛美の言葉を生み出し、画家が見れば、歴史に残る名画を残すだろう同性も見とれる美少女だとサリアは思う。


そして2人に挟まれて、座って居るのは黒目黒髪しか特徴らしい特徴のない少年だった。いや、良く見れば精悍でそれなりに整った面構えをしているのだが、左右の2人が目立つ容姿をしているので、どうしても人の目には地味に映ってしまうちょっと残念な少年だ。だが連れの少女達がどこか落ち着かない様子なのに対して、我が家にでも居るような落ち着きぶりなので、案外大物なのかもしれないとサリアは思う。


この三人はつい先程偶然街道をエネル方面に歩いているのをたまたま見かけ、サリアの方から乗って行かないかと言ったのだ。


声をかけた理由は親切心が二割、2人の美しい少女と一緒にいる平凡そうな少年に対する好奇心が一割、そして残りの七割は何となくだ。


何となく予感がしたのだ


。彼等を乗せなければ後悔する事になるような予感を。


サリアは自分の直感を大切にしていた。今まで信じないで悪いことがあっても、信じて悪くなった事は一度もない。
だから遠慮する三人を半ば無理やり乗せた。どうせ予定より積み荷が少なく、スペースは空いているのだからと。


そして残りの三人は、ピースポートを出るときに交渉を持ちかけられた【勇者】達だ。護衛をするから蜥蜴車に乗せてくれないか?サリアは言われたのだ。


これが素性が定かではない人物ならば、もちろん断る。乗り合い馬車を待っている旅人は山のようにいるし、積み荷を狙った盗賊が冒険者を装って近づいて来た可能性もあるのだから……けれど交渉を持ちかけて来たのは北にある帝国の王位継承者の一人にして【勇者】の称号を人教に与えられ【拳撃】の異名を持つブラッド・ドラゴ・グローリアである。


皇族特有なのか、本人の資質なのか、ブラッドは人を従える覇気を感じさせる整った顔立ちと赤銅色の髪を乱雑に切った頭に、長身でしなやかそうに引き締まった体つきが特徴的だ。


ブラッドの連れも、2メートルを超える長身に、厚みのある強靭そうな身体、頭には肉食獣を思わせる獣の耳が付いており、厳めしい顔付きと背中には斧槍ハルバードを無理やり改造したような大斧を背負っているとくれば、子供が見ただけで泣き出しそうな獣人なのだが、不思議と雰囲気が柔らかく、にこにこと笑みを浮かべている為、外見とは裏腹に子供にも好かれそうな男【滅斧】アザル。
明らかに小柄な身体にの大きさに比べて、不釣り合いに大きなロープを羽織った淡い桃色の髪にウサミミが生えた少女が【風迅】サーシャ。


3人とも護衛には過剰とも言える程の力を持つ者達で信用も出来るし、縁を結んでおいて絶対に損はしない相手だ。取引相手の手違いで、馬車一台分は完全に空いている事もありサリアはブラッド達を乗せたのだ。


サリアは予定通りならば、出会わなかったかも知れない6人を見ながら口を開いた。


「そういえばまだ自己紹介をしてませんでしたね。私の名前はサリア・エドワードと申します。これも何かの縁、よろしくお願いします」
サリアは育つの良さを感じさせる可憐な笑みを浮かべると、洗練された動作でお辞儀する。


「オレ、ディルって言いますっ!よ、よろしくお願いします」


次にサリアの幼なじみで、駆け出し冒険者のディルがキラキラとした憧れを含んだ目をブラッド達に向ける。


その次にサリアが乗せた美少女2人と黒髪の少年が立ち上がり名前と乗せてもらった礼を述べた。


「我が名はブラッドだ。短い旅路だがよろしく頼む」
「私はアザルの申します。以後お見知りおきを」
「ふふ~ん。私はサーシャです!よろしくしてやるので感謝するのです」


最後にブラッド達3人がそれぞれのらしさを出しながら名乗った。


そこで皆が名乗り終えたのを見計らったように、蜥蜴を操る御者から「今から森の中に入ります。揺れる可能性がありますのでご注意ください」と声が掛けられる。


ピースポートからエネルを結ぶ街道は、文字通りに一直線に道が続いている。そのため中間を少し過ぎた頃になると30分ほどは、森の中の道を進む事になるのだ。エネルから南西にある森に比べ、危険な魔物はほとんど存在しない。とは言え森の中には魔物が住んでいるので襲われる事もある。


そのため盗賊だけではなく魔物の襲撃から護る為に、自分の腕に自信の無い者がピースポートからエネルに向かうには、護衛が必須であり、徒歩でエネルに行くものがほぼ存在しない理由であった。


ちなみに、なぜ森の中すら突っ切るように街道が敷かれているかと言うと、元々は森など迂回した街道があったのだが、数十年にブラッドや黒髪の少年と縁の深いある男が【迅雷獣突じんらいじゅうとつ】と言う技の威力と持続時間がどれくらいか試してみようと、ピースポートからエネルまで一直線で向かった。


結果、自然破壊と進行中に存在した全ての魔物を瞬殺ならぬ、瞬滅しながら優に馬車二台が通れる道を作り上げる事になった。


その道をエドワード商会が使い始めると、それを真似する者が徐々に増え始め、本来の街道が使われなくなり今の街道が整備されていったのは余談ある。


「ん…?どうした?我の頭髪がそんなに珍しいか?」


ブラッドは自分の頭髪に注がれる黒髪の少年と、溌剌とした方の美少女の視線に首を傾げた。


「あっ……失礼しました。ついつい知り合いと同じ髪色なので見てしまいました」
黒髪の少年がそう答えると、少女の方も「ごめんなさい。私もつい」と答えた。ほぅ?とブラッドは興味深そうな声を上げる。


「我と一緒の髪は帝国でも珍しいのだ。縁と言うものは面白いものだな。ところで差し支えなければ教えて欲しいのだが、どうしたエネルに徒歩で向かおうとしていたのだ?」


ブラッドが質問すると、なんでも黒髪の少年と2人の少女は、街道から外れた人が滅多に訪ねないような村で育ち、話に聞く冒険者になりたいと一番近く、大きな都市ということで、エネルに向かっていたそうだ。


なるほどとブラッドは頷きつつも、改めて3人を【観察】する。そして内心で感嘆の息を漏らした。


真紅の髪の少女は何かしらの心得を持っていそうだし、水色の髪の少女は速さに重点を置いたタイプで、おそらく前方にいる護衛達よりも強いだろうとブラッドは判断する。


……ただ黒髪の少年は良く判らない。一見、隙だらけに見えるがブラッドには何故か打撃を当てられるイメージが全く沸いてこなかった。


弱くはないと思う。だが強いかと言われれば首を傾げてしまうような、底が判らない奇妙な感覚だった。


ふん。ま、そこまで考えても仕方あるまい。


と考えを振り払うとブラッドは、質問した以上は自らがエネルに向かう理由を説明しなければなるまいと、友人に助力を請われて向かっているのだと話し出す。


「あ、あのっ!アザルさん!不躾を承知で聞きたいんですが、どうすれば皆さんのように強くなれますか?」


その横ではブラッド達3人の中で、一番取っ付きやすいと判断したディルがアザルに質問をぶつけていた。


アザルは内心苦笑しつつも、これも何かの縁と思い、未来ある若者が簡単に命を落とさないようにいくつかの助言をしていく。


「まぁ。ニール様は素晴らしい方なのですね!」


「そうなのですよっ!!!サリアと言いましたか?話が分かるじゃないですか!!」


ニールと言う人物が如何に素晴らしく、如何にカッコ良く、如何に優しいのかを熱弁するサーシャ。


元来聞き上手なのか、それを楽しそうににこにことサリアは聞いていた。


「……………」


1人だけ無言の少女もいたが、それは本人の社交性の問題ではなく、一度違う姿でブラッドに会った事があるため、変な違和感を与えない為に黙っているのだ。


決してボッチ娘(笑)などと思ってはいけないのである。






†††






森の中間地点に入る頃には、蜥蜴車の中は打ち解けた雰囲気が流れ、和やかな談笑が行われていた。


「……何か潜んでる」


「何?」


黒髪の少年が表情を変えて呟いた言葉に、ブラッドは反応する。


少年の雰囲気から明らかに冗談を言っているのではないと、ブラッドは感じ、御者の座る蜥蜴車の先頭に向かい「邪魔をする」と声をかけて外を見る。


時間帯としてはまだ午後に入ったばかり、木の葉っぱに付いた水滴が太陽の光を浴びて反射し、時折キラキラと輝いている。


深緑の木々が覆う森の中は土と草木の匂いが立ち込め、山や森の中特有の濃い空気が漂う。


何の異常も無いではないか……。そう思い少年に一つ文句を言わねばと戻ろうとした所で、正面の方からエネルから来ただろう乗り合い馬車が向かって来た。


それを見て、ブラッドはこの蜥蜴車に乗れたのは運が良かったらしいと思った。


そして乗り合い馬車がすれ違うタイミングで……


「チッ!?これは」


ブラッドはやっと気づいた。


辺りの森に潜む無数の気配、僅かに鼻にこびり付く血と鉄の匂いに、だがブラッドは気づくのが少し遅過ぎた。


ブラッドが気づいた時には……


「「「ゴォブァアアァッ!!!」


雄叫びを上げ、数えるのも馬鹿らしい程のゴブリン達がブラッド達を飲み込むように突撃していた。

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