どうやら最強の少年は平穏に過ごせない。

神依政樹

(11)プロローグ2集う者達。

カルドニア公国最東端に位置する港街ピースポート。


大陸で唯一島国である東国アリオンとの交易が行われており、日に何便もの船が行き交う港街である。


アリオン特産の織物や高品質で評判の武具などの大量の物と、冒険者や商人、旅人などの人、その両方が集まるので、本来ならば交易都市と呼べる規模の発展を遂げてもおかしくはないのだが……馬車で二、三時間ほどで、特区として税金などがかなり優遇されている城塞都市エネルにたどり着くので、残念ながら町と言う大きさに止まっている。


同規模の他の町と比べて酒場や娼館、宿屋が多いのは屈強な荒くれ者達である船乗りや旅人が多く集まる町故だろう。


そして、その港町にアリオンからやって来た船から、人目を引く二人の男が降り立った。


一人は赤銅色の髪をした少年と青年の中間位の年齢であろう精悍で整った顔立ちをして男だ。均整の取れた鍛え抜かれた刀身ような肉体と185センチ程の身長を革鎧とマントで包み、不思議と老若男女問わずに人を惹きつける魅力を持つ男である。


そして、もう一人は違う意味で人の目を集めるだろう男だ。まずデカい。とにかく大きかった。二メートルを少し越えるだろう身長と、鎧を身に着ける必要があるのか?と問い掛けたい程の非常に高い密度の筋肉を纏い、軽鎧という意味を持つのか疑問の防具とマント、そして斧槍ハルバードを無理やり改造したような大斧を背中に身に着けている。


焦げ茶色の毛髪と頭に生えている熊のような耳から獣人あろう。
荒くれ者達である船乗りや、傭兵ですら目を合わせないで逃げ出すような風貌だが、ニコニコと愛嬌のある笑顔を顔に浮かべているので、不思議と威圧感はない。


「世話になったな。船長」


「ガハハハッ!良いって事よ。また何か有れば乗せてやる!」


赤銅髪の男が後ろに振り向き、船を見上げて礼を言うと、片目を眼帯で覆った男が豪快に笑って、船の奥に戻って行った。


それを見届けると2人の男は、貨物や人で賑わう船着き場をを背に向け歩き出した。


「長年海の上だけで暮らしている所為で、陸に上がると酔うと言う話だが……それを含めてもあの船長は良き人材よな。チッ!我が国が海に面していれば、スカウトしたいくらいだ」


「確かに……。ですがブラッド様?帝国が海に面していた場合は、愛しのあのお方に出会う事もなかったかも知れませんよ」


茶化すような獣人の男の言葉を聞いて、赤銅髪の男……ブラッドは僅かに赤らんだ顔を誤魔化すように顔をしかめた。


「チッ!アザル、我をからかおうとするその態度…覚えておくぞ」


「それはそれは恐ろしいですなぁ。ならば私としては、ブラッド様が皇帝になった折りには跪いて、許しを向うとしましょう」
そう言って、肩を竦めて言う獣人の男…アザルにブラッドはフンッ…!と鼻を鳴らした。


「しばらくは安心していろ。現状では不可能だ。あくまで現状では……だがな」


「随分と自信がおありですな。お兄様方に聞かれたら暗殺されますよ?」


「フッ…その程度で死ぬのならば、我がその程度の器だっただけの事だ。それにだ……。我より強い存在など人教や貴族くず共に良いように使われているだけの兄達では用意出来まい」


ブラッドは不敵に口角を吊り上げ、それに…と続けた。


「何せ我には、叔父上殿と同等の強さを持つと言われるお前がいるからな?アザル」


アザルは、にっと笑う。


「本当にそうなら嬉しい限りですが……ま、残念ながらレイダー様の半分程の強さにも届きませんな。さすがに足元には届いていると思いますがね」


どこか遠くを見つめ、懐かしむように言うアザルにブラッドは唸る。


「うむ。俄かに信じがたいが、母や父、お前がそれほど言うのだから確かなのだろうな。しかし…それほどの強さを誇る英雄とも言える存在を庇いもせずに貶めるとは……我が国の大半の貴族くず達には呆れるしかあるまい」


「ま、貴族やつらにとって大事なのは自分の地位と財産でしょうからね。帝国が何とか持っているのは真面目な官吏達と……ブラッド様を信じる者達が踏ん張っているおかげでしょう」


「ありがたくも……重いな。そして【勇者】などと言う訳の分からん名誉職に就かされた自分が歯痒い……。ま、おかげである程度自由に行動出来るのは利点ではあるが……」


そう言って唇を噛み締め、空を見上げるブラッド。


(……せめて、この方が友と言える人物と出会えればいいのだろうが…)


アザルはブラッドの立場と背負う物を思い、暴力という力しかない自分を恨めしく思う。


そして同時に亡き恩人の甥であり、生涯を賭けて忠誠を誓うと決めた己が主であるブラッドが心が少しでも軽くなるように、軽口を叩こうとした所で……。


「あっーーー!!!やっと見つけましたよ。脳筋コンビッ!」


シリアスな雰囲気に似つかわしくない甲高くも可愛らしい声を上げ、ピコピコとウサミミを動かす一人の少女が近寄って来た。


空を見上げていたブラッドは、視線下げて近づいて来るウサミミの少女の姿を視界に収めると……チッ!と周囲に聞こえるほど大きな舌打ちをして、気分を害したと言わんばかりに顔をしかめた。


「なんですかっ!?その舌打ちと嫌そうな顔は!?……ぼくのような魅力的な美少女を見てそんな反応をするなんて…もしや衆道ってやつですか!?前々からニール様を見る目が怪しいとは思ってましたが……お守りしないと!」


本人が言うとおりウサミミの少女は、セミロングの淡い桃色の髪、性格が現れているのか少々生意気そうなものの可愛らしく整った顔立ちに印象的な大きな目をしている。
年はまだ十代前半で、小柄な体を大きめなローブで包んでいる為、美しいと言うよりはまだ可愛いと言う評価が相応しいが、美少女と言って差し支えない魅力を持っている。


「黙れ。クソ兎が……確かに顔の造形が整っていることは認めてやるが、魅力的…?鏡でその貧相な体を見てから言え。お前を異性として見るのは同じ年頃のガキか、特殊な性癖を持つ変態くらいだ。それにニールに興味などないわ」


小馬鹿にしたように言うブラッドに、ウサミミの少女は歯軋りをして負けじと言い返す。


「ぬぐぐぐっ!こっちだって、アナタみたいな脳筋に興味などないです!むしろ見るだけで反吐が出るってもんです!」


少女の言葉にブラッドは酷薄な笑みを浮かべ目を細めた。


「ほぅ……よく回る口だ。しばらく喋れなくしてやろうか」


「はんっ!上等です!脳筋に魔術の力を見せてやるのですよ」


「ハッ!クソ兎が…武の力をみせてやろう」


互いに殺る気満々の好戦的な笑みを浮かべ、少女は懐から出した魔力触媒の杖を構えるのに対して、ブラッドは拳を構えた。


一触即発といった雰囲気の中、さすがに見かねたアザルが仲裁に入る。


「まぁまぁ、お二人共。仲の良いじゃれ合いはそこら辺して……」


「「仲良くないわ!」です!」


息をピッタリ合わせ、キッとアザルを睨んだ2人は、お互いの顔を見て嫌そうに顔をしかめた。


「いや〜やっぱり仲が良いではありませんか?」


アザルがにこにことして言う。二人は何かを言おうとして「「……チッ!」」と仲良く舌打ちして諦めたのだった。


「ふん!まぁいい。それよりチビ兎?聞きたい事があるのだが……」






「だ〜か〜ら〜!何度言ったら覚えるんですか!ぼくにはサーシャと言う聞いただけで、可憐で可愛らしいと思う正に名は体を表す素晴らしい名前があるんです!」


「で、チビ兎。一つ聞きたい事があるのだが?」


「くぅっ〜!!本当に相も変わらずに無駄に偉そうで、嫌な奴ですね!もういいです!何ですか?さっさといいやがれです!」


地団駄を踏みながら言うサーシャにブラッドは冷めた目で告げる。


「念のために聞くが当然の事ながら……馬車、もしくは騎獣などの移動手段はもちろん用意しているのだよな?」


その瞬間……サーシャは固まり、そして目を逸らした。


通常、ピースポートからエネルには都市で運営している護衛付きの乗り合い馬車や、貸し馬などの騎獣などで移動する。


徒歩で行けない事はないのだが、魔物に襲われる危険があり馬車などに比べ倍以上の移動時間が掛かり、乗り合い馬車ならば平均的な昼食と同じ程度価格で乗れるのだ。わざわざ時間と労力を掛け、魔物に襲われる危険を冒す人間はよほどの物好きしか存在しない。


そして……ここで一つ問題がある。基本的に乗り合い馬車は低価格で人気があるので、船などが到着すればエネルに向かう旅人達の間ですぐに売り切れる。


その上で日に10台近い馬車が何度も往復すると言っても、片道2、3時間の移動時間が掛かるので、どうして間が空くし、乗り合い馬車に乗れなかった者はチケットを買って、すでに乗り場で長蛇の列を作って待っているだろう。次に乗れるのは何時になるか分かったものではない。


かと言って貸し騎獣などは運が悪ければ、行き交わないでエネルにだけ騎獣が沢山居るなどという場合もあるのだ。


「おい……駄兎?」


ブラッドは目を細め、まさかと思いながらもう一度問い掛ける。


「…テヘッ♪」


サーシャはウインクしながら可愛らしく舌を出した。


「……ニールに言われ我達を案内するために、昨日からこの街に来ているはずのお前がそんな移動手段も用意していないとはな……呆れて何も言えんぞ」


「うぅ……今回ばかりは、完全なぼくのミスなので何も言えないです。ごめんなさい」


ウサミミを垂らし謝るサーシャに、ブラッドはため息を吐く。


「…済んだ事をぐだぐだ言っても始まるまい。運良く騎獣が余っていることに期待するとしよう。チビ兎!さっさと行くぞ」


と言って歩き出した。


アザルは笑みを深めついて行き。サーシャは慌てて「ま、待つですよ~っ!」とついて行くのだった。










ピースポートの入り口付近にある貸し騎獣屋にたどり着いたブラッド達だが、予想通り店主に「悪いな。騎獣は全て出払っている」と言われてブラッド達は店を出た。


「ふむ。残念ながら運は良くなかったようだな……」


ブラッドが呟いて、視線を乗り合い馬車の方に向けるが、すでに予想以上の長蛇の列が出来ており何時になるか分かったものではない。


チラリと街道の方を見て、我とアザルだけならば走って行けば下手な騎獣より速いのだが……、と一瞬考えるがさすがに口に出しはしない。


「うぅ……!本当にぼくのミスです。すいません……」


ウサミミを垂らして謝罪するサーシャにふんっ!とブラッドは鼻を鳴らす。


「過ぎた事と言っただろう?チビ兎。何時までも辛気臭い顔をしてないで行くぞ。結局エネルに着く時間は一緒かもしれんが待っているのは性に合わん」


そう言ってつかつかと街道の方に歩いて行くブラッド。


「ははは!ですな。では参りましょうか」


アザルがそれに当たり前のようについて行き。


「むむっ!またチビ兎と…って待つですよ〜!…うわっ!フォレストリザード!?」


文句を言いながら慌てて追い掛けようとしたサーシャが驚いたような声を上げる。


「なんだ?チビ兎。甲高い声を上げおって……ほぅ?フォレストリザードを使った馬車か。どこの商会だ?」


サーシャの見ている方に視線をやったブラッドも珍しいモノを見たと、驚いたように目を見開いた。


「本当に珍しいですなぁ」


アザルは巨大な蜥蜴を見て頷く。


フォレストリザードとは土色の体皮に、深緑色の斑点を持つ人より大きな巨大蜥蜴とかげである。


他のリザード種と比べても力は変わらないものの、草食で非常に温厚で大人しい事から、リザード種で唯一騎獣にされている魔物でもあるのだが……特徴として擬態能力を持ち、見つけた所で土煙を巻き起こして逃げ、それなりの強いので捕獲するのはなかなか骨が折れ騎獣としたは珍しい存在でもある。


だが馬とは違い魔物なので、弱い魔物は自然とよって来ないうえ力も強い事から、重い積み荷を運ぶ一部の商会には重宝されている騎獣である。


「ふむ。あの天秤の旗……エドワード商会か。しかし面白い組み合わせだ」ブラッドは馬車の方を見てそう感想を漏らした。四台ほどある馬車の周りでは何事か話す武装をした雇われ冒険者か、お抱えの護衛らしき男達と、それと話す商会の人間らしき男と小間使いらしき子供。


……そしてそれを考え込むように見ている可憐な雰囲気を纏った育ちの良さそうな少女と、如何にも僕は駆け出しの小僧ですと全身で主張している少女と同じ年齢位の武装した少年が立っている。
ブラッドは恐らく少女は商会の権力者の娘か、良いとこ出の娘でピクニック気分で着いて来たのだろうと当たりをつけた。


そしてブラッドはニヤリと笑みを浮かべる。


「…うわっ!何を邪悪な笑みを浮かべてやがるんですか?」


「ほぅ?その悪い笑顔は何かを思い付いたので?ブラッド様」


好き勝手な事を言う2人にブラッドは舌打ちして告げた。


「…好き勝手言いおって……ふんっ!まぁいい。成功するかは分からんが……勇者の名を精々利用させてもらおう」


そう言って再び笑みを浮かべたブラッドは、馬車の方に歩み寄って行った。


その行動によって己の転機と成る少年との出会いが待っているとは露ほども思わずに……。

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