どうやら最強の少年は平穏に過ごせない。

神依政樹

閑話1・ルナスの過去

物心ついた時から私は冷たい石畳が敷かれ、魔術文字が彫られた特殊な檻に閉じ込められていた。


上に空いた僅かな窓から少量の光だけが差し込む、決して清潔とは言えない牢屋。
簡素なベッドと簡素な椅子と机、後は用を足す為のトイレ。


あるのはそれだけ。


でも私にとってはこの時が一番幸せだった。……なぜなら傍らには優しくて暖かい笑顔を向けてくれる母がいたから。


それに何もない空間でも、良く母が色々な話を聞かせてくれたので退屈はしなかった。


外の話、英雄の話、怖い話、悲しい話、楽しい話、為に成る話……様々な話をしてくれた。


全ての話を覚えている。辛い事や悲しい事があるとお話をしてくれる母を思い出して、自分を慰めていたからだ。


ただ……一つだけ後悔している事がある。それはとある場所の話を聞いているときに、あまりにも母が嬉しそうに幸せそうに話すので私は「お母さん!今度行こうね!」と言ったのだ。


きっとステキな場所なのだろうと思って、母と行きたいと思ったのだ。


そう言った私を母は抱きしめて「そうね……。行こうね。ごめんね」と悲しむような申し訳ないような声で言われた。


今にして思えば……私はなんと残酷な言葉を言ったのだろう。


そして……何気なく外に出たいと言った私の一言は、思いもよらないに形で叶えられる事になる。


それは私が8歳になる頃だ。


ある日突然、母親から無理やり引き離され、檻の外に出されたのだ。
母は必死に抵抗して、私も母を呼んで泣いた。


母から引き離された不安と恐怖で震える私が連れて行かれた場所には、一人の男とその背後に何人かの人間が待っていた。


人間達が私に向ける視線は、汚いモノを見るような……穢らわしいモノを見るような時折檻の外から向けられる視線だった。


初めて母から引き離され、私は堪えきれずに泣きながら帰してと叫んだと思う。
だけどその男は私の言葉など全く無視して、私と同じ色の瞳で冷たく見据え、無機質な笑みを貼り付けて言った。


「キミは母が大事かな?」


ただの一言。それでも私は泣いていた事など忘れて必死に頷いた。


幼い事など関係なく本能が理解したのだ。この男がその気になれば、自分と母親は簡単に殺されるのだと……だから必死に頷いた。


男は笑みを深め、


「では…大切な母親が殺されたくなければ、私の命令には絶対に従いなさい」


と言った。私は震える足を抑えて頷いた。










その後は、男の意図も分からぬまま厳しい訓練が課された。


最初の頃の体術の訓練では余りの疲労に、胃の中身を吐いた。
すると訓練を担当する男の罵声が飛び、自分で掃除させられた。
だけどそんな訓練の厳しさより、ただ母親に会えないのがつらかった。訓練を終えると私は、与えられた今まで暮らしていた場所に比べると上質な部屋のベッドで泣き続けた。


私は泣きながらも、いつかは母に会えると信じて訓練に慣れるように努力した。


訓練官が毎日、口癖のように言う罵倒にも慣れて行った。


「汚らしい魔族が!生きていて恥ずかしくないのか…!?」


訓練する度に…私の全てを否定するように罵倒された。


泣き出したかった。何で生きているのか分からなかった。


それでも、必死に訓練を言われるままに続けた。


一年程経つと時折訓練官から罵倒だけではなく、暴力も振るわれるようになった。


ただ耐えた。厳しい訓練にも、訓練官の汚らしいモノを見る目にも、罵倒にも、暴力にも…ただ大好きな母親に会いたかったから。
それから更に三年程の月日が経つと一人の金髪少女と出会った。


初めて会う同年代の子で、私に嫌な視線を向けない子だった。


だから…独りきりの日々に疲れていた私は、自分でバカな考えだと分かっていたけど、その少女に心のどこかで期待した。


もしかしたら…もしかしたら母の言っていた友達に成ってくれるかもしれない。


孤独じゃなくなるかもしれない。


そんな事を考えていた私に彼女は優しげに笑顔を向けて…手を差し出した。


私は戸惑いながらも、引き寄せられるように差し出された手を握った。


そして…少女は笑みを深くすると、握った手を引いた。


手を引かれ、体勢を崩した私を少女は優しく受け止められ「ケフッ…えっ?」咳と一緒に口に血の味がした私が、視線をさげると…少女の握り拳が私のお腹に当てられていた。


状況に頭が追いつかず、呆然と少女に顔を向けると…少女は一切笑顔を崩さずに、不思議そうに首ひねった。


「あら…?」


そして、訓練官に視線を移す。


「ねぇ?魔族の耐久性ってどの程度なのかしら?人より丈夫だと思ったのだけど…」


いつもは傲慢で蔑みのこもった目しか、しない男は恭しく頭を伏せて答えた。


「はっ!エリーゼ様。残念ながら魔族は魔力は並外れて高いですが、耐久性は人とそれほどの差はありません。……それとエリーゼ様。その魔族の管理はマーズ様に一任されていますので……」


「分かっているわ…残念だけど。大丈夫。傷を残さないように、殺さないように愛すればいいのでしょう。ねぇ?」


エリーゼと呼ばれた少女は、少しだけ表情を曇らせ煩わしそうにフレガーにそう言うと、痛みで呻く私に気を取り直したように笑顔を向ける。


「私はエリーゼと言うの。これからよろしくね?」


ああ…そうか。と私は納得した。


この少女。エリーゼには私に対する嫌悪がなかった。


だから私も少しだけ期待した。


友達などと…でも、違う。


最初から嫌悪を抱くはずがないのだ。


だってエリーゼは私を気に入っている。好いている。愛している。


玩具おもちゃとして、自分を楽しませるモノとして…。


それを私は理解した。理解出来た。


それからはエリーゼは訓練の合間に時折、気まぐれにやって来ると、彼女の言う愛とやらを私に向けた。


傷が付かないように、あくまで痛みだけを与えるように…。


私を一通り痛みつけると、エリーゼは痛みで呻き声しか上げない私に色々な話を一方的にした。


話を聞いていて分かったが、エリーゼには他に私と同じように暴力を向ける存在無数にいるらしい。


そして…私がどれだけ幸運なのかが分かった。


そしてどれだけ彼女がおぞましく歪んだ存在なのかと…。






それとエリーゼと出会ったこの頃になると、股の出血に伴い胸が張り、身体の節々が痛む第二次成長期と呼ばれるモノが私に訪れた。


出血したのがちょうど訓練を終えて、訓練官が立ち去った後だったので、死んでしまうのかも知れないと思った事と……煌びやかな衣服を来た、初めて見る男に襲われたのを覚えている。


いや……正確には襲われかけたであって、数年後に知ることになる女の子にとって大事な物を失わずに済んだ。


何故なら…襲った男は殺されたからだ。男を殺したのは私に「キミは母が大事かな?」と言った、冷たい目をした男だった。


男は「恥を知りなさい……」と私を襲った男に侮蔑を含んだ視線を向け、そのまま立ち去ろうとしたのだけど……


「…待ってください。あの…なんで……なんであなたは私に蔑む目を向けないの?」


気がついたら私はそう聞いていた。ただ単純に不思議に思ったのだ。エリーゼを除いて、私に向けられる視線には必ず嫌悪感があるのに…先程の私を襲った男も、肌が泡立つような粘つくような視線に変わる前は、嫌悪感を浮かべていたのに……目の前の男、マーズが私に向ける視線は何の感情も浮かべない冷たい目だけなのだ。


だから聞いた。…そして帰って来た答えは「あなたには関係ありません」の一言だった。


…何となくこの時向けられた視線には、複雑な感情が宿っていたように私は感じた。






それから3年が経ち、15歳になると様々な訓練を終えた私は、幻影魔術でエリーゼと同じ姿になると影武者として、外の世界に出る事になりました。


理由は説明されなかったけれど、黙々と言われるがままに冒険者として様々な依頼を完遂した。


たまに依頼者に感謝され、パーティーを組む事もあったのだけど……それは私ではなく、エリーゼという人物向けられたものだった。


だから、どれだけの人々の中に居ても私は結局孤独だった。


それでも耐えた。耐え続けた。


母親に再び会う事だけを信じて…。
だけど…城塞都市エネルに向かう途中で私は襲われた。


襲って来たのは私に罵声を浴びせ続けた訓練官と腕の立つ者達数人だった。
抵抗をしようにも奇襲を受け、魔道具で魔術が封じられて使えない状態ではどうしようもなかった。


それでも生き延びる為に、森に逃げ込んで必死に走った。心の奥底の湧き上がる絶望的な考えを振り払いながら……そう。私を殺すと言うことは母も死んでいるのではないかと。


男達の嘲るような声を聞きながら、森を抜けた先には……村があった。


「ウソ……」


私は愕然と呟いて、引き返そうとしたときにはもう……男達に追い付かれ囲まれたのだった。


ああ……。最低だなと私は思った。
笑う男を睨み付けて罵っても、内心では既に諦めていた。


頑張って……頑張り続けたけど、何の罪のない人達を巻き込んで、このまま壊されて、殺されるのだと思った。


悲しくも悔しくもなかった。そんな感情も湧いて来なかった。


そして……全てを諦めようとした時、ずるずると何かを引きずっているような音が聞こえた。


私の所為で巻き込まれてしまった村人かと…音の聞こえる方に首を動かした私は………固まって、目を見開いた。


そこには私の想像通り、どこにでも居そうな平凡な見た目を持つ少年が居た。


但し…引きずられていたのではない、引きずっていたのだ。私を襲った男の一人を。


「はっ…?」


リーダー格の男はその光景が信じられないのか、口から間抜けな声を漏らした。


それはそうだろう。誰が単なる村人を襲った裏の仕事を専門にする男が、逆に撃退されると想像できる?


「はぁ…」


少年は気怠げなため息を漏らすと、視線を移動させ状況を把握しているようだった。


普通なら明らかに一般人ではない物騒な空気を纏う男達を見て緊張するなり、警戒するはずなのに……少年には一切の気負いがなくて、散歩でもしているようにリラックスしていた。


「全力で殺せッ!」


我に返ったリーダー格の命令を受け、男達が少年に襲い掛かった。


結果は、一瞬と言える間に男達は容易く叩き潰された。


最後にリーダー格を殴りつけると、少年は来ると私の方を振り向いた。


「大丈夫…ではないか…」


「…あ…あの……」


私は何かを言おうとしたのだけど……頭の中がぐちゃぐちゃで、何を言えばいいのか分からなかった。


すると少年は不意に微笑んで、


「大丈夫じゃないだろうけど…安心していいよ」


と優しい声で言った。


私は不思議と気が抜けたのか意識を失った。









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