どうやら最強の少年は平穏に過ごせない。
(8)英雄の血筋と風の契約(おまじない)
ウィルドを一人残して、すっかり仲の良い雰囲気のルナスとアリソン、そして僕の三人で朝食を食べ終えると、ルナスが村人達に挨拶をしたいと言い出した。
「挨拶……?」
「はい…!」
ルナスは決意を込めたような真剣な表情で頷いた。
うん。目覚めたばかりの頃に比べて、ずいぶんと表情豊かになった。
昨日は昨日でアリソンが帰った頃に目を覚ましたルナスは、よほど泣いた姿を見られたのが恥ずかしがったのか、白い肌を首まで真っ赤にして「あ、あのでしゅね……?」などと、回らない舌で必死に色々言われた。
かみかみだったが、要約すると「忘れてくれ」「情けない姿を見せてごめんなさい」的な事を言っていたので、生暖かい視線を向けながら頷いておいた。
と、そんな事はともかく挨拶か。
とりあえずウィルドと会わせればいいだろうと、一階に三人で降りるがウィルドはいなかった。
たぶん、レイダーさんの所にでも行ったのだろう。
「あれ?居ない、相変わらずウィルドおじさんは食べるの早いわね」
「確かに…。ま、普通に近くから回って行こうか」
「うん。そうね」「は、はい!」
普段通りのアリソンと、妙に気合いを入れているルナスの返事を聞きながら、外に出ようした所……嫌な予感と気配を感じたので扉から少し距離を取る。
「っ!」「ん?ヤマトどうし」
「お兄ちゃん〜〜〜っ!!!」
満面の笑みを浮かべ、勢い良く扉を開け、勢い良く踏み込み、勢い良く小さな子が飛び込んで来た。
「っと……。おはようリコリス」
普通の人間には受け止めきれない速度で飛び込んで来た少女をしっかりと受け止め、金色に所々紅色が混ざった髪をツインテールにした頭を撫でると、気持ち良さそうに翡翠色の目を細めた。
「えへへ〜」
「えへへ〜……じゃない!てらっ!」
近づいたアリソンは、リコリスの頭に軽く手刀を入れる。
「あぅ…!痛いよぅ。お姉ちゃん」
リコリスは頭を抑え、姉であるアリソンを見上げる。
「痛い…じゃないの。あんな勢いで、急に飛び込んで来たら危ないでしょ?」
「うぅ…。はい…。ごめんなさい」
「よろしい!」
説教を終えるとアリソンは、腰に当てていた手を外して頷いた。
「あのぅ……」
ルナスが戸惑ったような声を出して、僕に視線を向けて来た。そういえば二人とも初対面か。
「ルナス。この子はリコリス、アリソンの妹。それでリコリス。この女の人はルナスだ。仲良くな」
そう言うとルナスは「よ、よろしくお願いします!」と畏まり、リコリスに頭を下げる。
リコリスは満面の笑みを浮かべて「よろしくね!綺麗な髪のルナスお姉ちゃん!」
と言った。
するとルナスは顔を赤らめて、慌てたように手を振り「そ、そんなことないよ!」否定した。
断片的な情報だけでも、褒められる事のない……と言うより貶され、詰られるような環境だっただろうと思うのだけど、褒められる事に耐性が無さ過ぎると思う。
口の上手い変な男に騙されないか、少し心配になるな。
「あーーー!!!そうだ!お兄ちゃん!お兄ちゃん!修行~」
すぐさまルナスに懐いて、色々と話しかけていたリコリスが突然叫んだ。
「修行…ですか?」
目をぱちくりとさせ、首を傾げるルナス。
「ああ…そう言えば」と納得したように頷くアリソンと同時に僕も思い出した。
この数日が余りに濃かったのでついつい忘れていたけど、一週間に一度リコリスに稽古を付ける約束があるのだ。
理由としてはいざという時の護身が第一にあるが、何かをしたいと思った時に、リコリスの選ぶ選択肢を広げる為とカルラさんの意向、そして何よりもリコリス本人が、父親であるリアンさんのように強くなりたいと言っているのがある。
ちなみにだが一週間は7日間、一年は365日、時間は24時間と異世界だけど地球と変わらない。
さて…どうしたものかと僕は思う。稽古を付けるのはいいのだけど、ルナスと村を回る予定がある。
視線をさまよわせると、アリソンと目が合った。
僕の悩みを察したのか頷いて言った。
「ルナスの事は私に任せて大丈夫よ。ヤマトはリコリスの事をお願い」
ふむ。アリソンがこう言う以上は任せて問題ないだろう。
ルナスの事をアリソンに任せる僕は二人と別れ、いつも使っているの訓練場に移動した。
闘身術の身体強化で何ら問題なく鋼の剣をリコリスは扱えるが、一応危ないので木剣をリコリスに持たせて対峙した。
僕は無手で立っているのに対して、リコリスは木剣を正眼に構える。
剣にブレは一切無く重心は安定し、翡翠色の目で僕の一挙一動全てを見逃さぬと油断無く見据えて、静かに闘気を練り上げている。
血の成せる技か、努力の賜物か。9歳とは思えないほど自然と構えが身に付いている。さすがはリアンさんの娘と言うべきか。
アリソンが容姿と一緒に圧倒的な魔力をカルラさんから受け継ぎたのなら、リコリスはリアンさんと一緒の金髪に所々赤毛混ざった髪と翡翠色の目と言う容姿と武術…特に防御に関しては圧倒的な才能を受け継いでいる。
ただし……一つ問題があるのだけれど。
「っ!やぁっ!」
焦れたリコリスは【縮地】で僕との距離を一気に縮めると同時に、胴体目掛けて木剣を打ち込んできた。
全ての動作に流れがあり、速度も申し分ない攻撃。
だけど…いつもの事ながら猪突猛進と言うか、素直を過ぎる攻撃で
「甘い」
身体を回転させるように、リコリスの足と足の間に踏み込んでリコリスと距離無くし、木剣を振るう手を取り、力を殺さずに上乗せしてやれば…。
「わぁ……!?」
リコリスは自分の勢いで自滅するように、吹き飛ばされる。
「まだっ…!!」
猫のように空中で一回転しながら、しなやかに着地するとまた突っ込んで来る。
飛びかかるように振り下ろそうとした木剣を握る手自体を抑えて、攻撃を封じる。
「だから甘い」
僕はそう言うと膝をリコリスの顔に向けて放った。勿論寸止めで。
「…ま、参りましたっ!」
リコリスは悔しそうに唇を噛みしめて降参した。僕は苦笑する。
「…はい。じゃ次は自分からの攻め禁止で、カウンターと守りだけ」
そうしていつもの縛りを告げると僕は一旦、リコリスと距離を取り、再び組み手を始めた。
リコリスは優れた観察眼を持っていて、ジッと相手の動きを予想して待ち、自分に対する攻撃を防ぎ、迎撃をする後の先を取る事に関しては天才的だ。
僕がリコリスが受けれるかギリギリの範囲で、手加減した攻撃を放つが悉くの攻撃を巧みに捌き、迎撃を行って来る。
やはりと言うべきか攻撃と違い、防御に関しては文句なしの一流だ。今は基本的な剣術と体術しか教えていないけど、これに盾や手甲、トンファーを使う技術を覚えれば倒せる存在はそうそう居ないだろう。
ただ、リコリスは性格的に攻めを好み、尚且つ攻撃が素直な……悪く言えば愚直なモノになりやすい。
虚実を伴った攻撃か、そうでなくても持ち前の観察力を上手く使えば攻撃面に関しても大分伸びると思うのだが……このまま格上や同格の存在と戦う事になり、自分から仕掛ける場合は確実に負けるだろう。
そもそもな話として、リコリスに危害を加えさせるつもりもないが。
とりあえずリコリスとの組み手を終わらせるべく、徐々に攻撃速度を速くして行く。
「…っ!」
それでも苦しげな息を吐きながらも、食らいついて来るリコリスに僕は少し本気を出すことにした。
普段抑制している感覚を開放して、リコリスの全ての見抜く。呼吸、筋肉の動き、視線、重心の動きと言う情報を読み取り、絶対に反応も知覚すら出来ないだろう【空白】を見つける。
「はい。おしまい」
僕はそう言うとリコリスの僅かな重心の乱れに合わせ、押すように手を突き出した。
リコリスは押されて数歩後退すると、頬を膨らましてこちらを睨む。
「むぅ~!参りました。子供扱いしてぇ……」
「ごめん、ごめん。防御に関してリコリスは飛び抜けてるから、下手な手加減も出来ないんだよ」
全く怖くないし、むしろ可愛らしいくらいだけど、女を怒らせたらとにかく謝れと言われている僕は謝罪した。
リコリスは本当に怒っていたわけではないようで、褒めた途端にニマニマと嬉しそうな笑みを浮かべた。
それと下手な手加減が出来ないと言ったのは事実だ。あの緩みとも言えるタイミングだと力を入れない掌底でも、確実に内臓が損傷するだろう。
「で、それはそれとして攻撃面に関しては問題ありだね」
「うっ……だって…」
不満そうに唇を尖らせるリコリスに僕は苦笑する。
今のリコリスに必要なのは指導する人間ではなく同格の存在だ。好敵手ともいえるような人が居れば、互いに切磋琢磨するのだろうな。
「ま、とりあえず今日はこの辺にして戻るか」
「はーい…!」
そうして森を出て村に戻ると、
「おや…?ヤマトくんとリコリスちゃんじゃないか」
誰かに呼び止められ、振り向くといつものように柔和な笑みを浮かべた青年…ハーストさんが立っていた。
確か…話によると、エルフって言う長命の種族らしく、カルラさん達より大分年上と言うけど、その見た目はカルラさんと同じくらいの、二十歳を少し過ぎたくらいにしか見えない。
腰まで伸ばした長い蜂蜜色の髪に、青空のように澄んだスカイブルーの瞳。女性と錯覚してしまうほどに整った美しいと言う言葉が似合う顔立ちに、柔らかな物腰と優しげな声色は色気があり、楽器でも持たせて、街の広場に座らせれば女性達を虜にしてしまうだろう。
「あ、こんにちは」
「こんにちわ〜!」
「こんにちは。相変わらず兄妹のように仲が良いね、ところでヤマトくんその右手の火傷はどうしたのかな?」
「えっ!お兄ちゃん火傷したの!?大丈夫?」
ん…?もうあの刀に付けられた火傷は、ほとんど消えてるんだけど、良く分かるなハーストさん。
「ああ、もうほとんど消えてるから大丈夫だよリコリス」
「本当?なら、良かった」
安心したように笑うリコリスに笑みを向けてから、ハーストさんに向き直って僕は言った。
「しかし良く分かりましたね?ハーストさん。それがウィルドの……」
僕が炎を出す刀の事を話すと、面白そうに笑みを深めた。
「ふふふっ…。それはなかなかの災難……いや、幸運だったね。ふむ、でもそうか…ヤマトくん、左手を出してもらって良いかな?」
妙な事に災難から幸運と言い換えて、一人で納得したように頷くハーストさん。
何をする気だろうと、僕は訝しく思いつつも素直に左手を出した。
するとハーストさんは、ますます笑みを深め、差し出した左手を握って来た。
「……生憎と僕にそっちの趣味はないんですけど?ハーストさん」
いくら美形でも男はお断りだと、僕は憮然とながら言う断りを入れる。
「ふふっ…。僕にもないから大丈夫だよ。〜〜〜〜■■■」
ハーストさんは僕の反応を見て、楽しそうに笑うと、目を閉じて何かを呟く。すると……僕とハーストさんを中心に囲むように突風が吹き荒れた。
「なっ…!?」
何事だと思い、口から驚いたような声が出たのを自覚しながら、即座に意識を切り替える。
まず間違いなく、この突風を発生させたのはハーストさんだろう。
敵意は感じられないし、何の意図を持って風を巻き起こしたのかは不明だが、とりあえず風を打ち消してから考えれば良いと僕は結論付ける。
固有魔術を使って無力化しようとした所で……左手に痛みを感じると同時に何かが僕の中に流れ、吹き荒れていた風は収まった。
「……」
「うん。上手くいったようだね」
何やら朗らかに笑い、一人納得したように笑うハーストさん。…僕はとりあえず襟を掴んで言った。
「で?何をしやがったんですか?」
「あはは…め、目が怖いよ?ヤマトくん…」
「で?」
「うん。おまじないだよ。おまじない。これから色々(::)大変だろうからと思ってね。きっと困った時には助けになるはずだよ」
色々と言った所の発音だけ強調されたような気がするのは僕の気のせいだろうか?…気のせいであって欲しいなぁ。
「はぁ……いいですけどね」
とりあえずハーストさんの襟から手を離して左手を見る。
もう傷はほとんど塞がっていて、良く見ないと分からない程でしかない。
ただ「おまじない」と言った通り文字のようなモノが右手と同じように付いているのは嫌な感じだ。
「まぁ、役に立つことは保証するよ。それじゃ。ヤマトくん、リコリスちゃん」
僕が顔をしかめるのを見てそう言うと、ハーストさんは手を振り、風のように現れて風のように過ぎ去って行った。
ハーストさんほど自由人と言う言葉が似合う人はいないんじゃね?と思う限りだ。
「何かすごかったね?お兄ちゃん」
小首を傾げてそう言うリコリスに「本当に」と僕は頷くのだった。
そして……帰宅するといつの間にか帰って来ていたウィルドが突然、
「おっ!ヤマト。明日詳しく話すが、村を出る事になった」
「はぁ…!?」
僕は反抗期の少年のような声をあげるのだった。
「挨拶……?」
「はい…!」
ルナスは決意を込めたような真剣な表情で頷いた。
うん。目覚めたばかりの頃に比べて、ずいぶんと表情豊かになった。
昨日は昨日でアリソンが帰った頃に目を覚ましたルナスは、よほど泣いた姿を見られたのが恥ずかしがったのか、白い肌を首まで真っ赤にして「あ、あのでしゅね……?」などと、回らない舌で必死に色々言われた。
かみかみだったが、要約すると「忘れてくれ」「情けない姿を見せてごめんなさい」的な事を言っていたので、生暖かい視線を向けながら頷いておいた。
と、そんな事はともかく挨拶か。
とりあえずウィルドと会わせればいいだろうと、一階に三人で降りるがウィルドはいなかった。
たぶん、レイダーさんの所にでも行ったのだろう。
「あれ?居ない、相変わらずウィルドおじさんは食べるの早いわね」
「確かに…。ま、普通に近くから回って行こうか」
「うん。そうね」「は、はい!」
普段通りのアリソンと、妙に気合いを入れているルナスの返事を聞きながら、外に出ようした所……嫌な予感と気配を感じたので扉から少し距離を取る。
「っ!」「ん?ヤマトどうし」
「お兄ちゃん〜〜〜っ!!!」
満面の笑みを浮かべ、勢い良く扉を開け、勢い良く踏み込み、勢い良く小さな子が飛び込んで来た。
「っと……。おはようリコリス」
普通の人間には受け止めきれない速度で飛び込んで来た少女をしっかりと受け止め、金色に所々紅色が混ざった髪をツインテールにした頭を撫でると、気持ち良さそうに翡翠色の目を細めた。
「えへへ〜」
「えへへ〜……じゃない!てらっ!」
近づいたアリソンは、リコリスの頭に軽く手刀を入れる。
「あぅ…!痛いよぅ。お姉ちゃん」
リコリスは頭を抑え、姉であるアリソンを見上げる。
「痛い…じゃないの。あんな勢いで、急に飛び込んで来たら危ないでしょ?」
「うぅ…。はい…。ごめんなさい」
「よろしい!」
説教を終えるとアリソンは、腰に当てていた手を外して頷いた。
「あのぅ……」
ルナスが戸惑ったような声を出して、僕に視線を向けて来た。そういえば二人とも初対面か。
「ルナス。この子はリコリス、アリソンの妹。それでリコリス。この女の人はルナスだ。仲良くな」
そう言うとルナスは「よ、よろしくお願いします!」と畏まり、リコリスに頭を下げる。
リコリスは満面の笑みを浮かべて「よろしくね!綺麗な髪のルナスお姉ちゃん!」
と言った。
するとルナスは顔を赤らめて、慌てたように手を振り「そ、そんなことないよ!」否定した。
断片的な情報だけでも、褒められる事のない……と言うより貶され、詰られるような環境だっただろうと思うのだけど、褒められる事に耐性が無さ過ぎると思う。
口の上手い変な男に騙されないか、少し心配になるな。
「あーーー!!!そうだ!お兄ちゃん!お兄ちゃん!修行~」
すぐさまルナスに懐いて、色々と話しかけていたリコリスが突然叫んだ。
「修行…ですか?」
目をぱちくりとさせ、首を傾げるルナス。
「ああ…そう言えば」と納得したように頷くアリソンと同時に僕も思い出した。
この数日が余りに濃かったのでついつい忘れていたけど、一週間に一度リコリスに稽古を付ける約束があるのだ。
理由としてはいざという時の護身が第一にあるが、何かをしたいと思った時に、リコリスの選ぶ選択肢を広げる為とカルラさんの意向、そして何よりもリコリス本人が、父親であるリアンさんのように強くなりたいと言っているのがある。
ちなみにだが一週間は7日間、一年は365日、時間は24時間と異世界だけど地球と変わらない。
さて…どうしたものかと僕は思う。稽古を付けるのはいいのだけど、ルナスと村を回る予定がある。
視線をさまよわせると、アリソンと目が合った。
僕の悩みを察したのか頷いて言った。
「ルナスの事は私に任せて大丈夫よ。ヤマトはリコリスの事をお願い」
ふむ。アリソンがこう言う以上は任せて問題ないだろう。
ルナスの事をアリソンに任せる僕は二人と別れ、いつも使っているの訓練場に移動した。
闘身術の身体強化で何ら問題なく鋼の剣をリコリスは扱えるが、一応危ないので木剣をリコリスに持たせて対峙した。
僕は無手で立っているのに対して、リコリスは木剣を正眼に構える。
剣にブレは一切無く重心は安定し、翡翠色の目で僕の一挙一動全てを見逃さぬと油断無く見据えて、静かに闘気を練り上げている。
血の成せる技か、努力の賜物か。9歳とは思えないほど自然と構えが身に付いている。さすがはリアンさんの娘と言うべきか。
アリソンが容姿と一緒に圧倒的な魔力をカルラさんから受け継ぎたのなら、リコリスはリアンさんと一緒の金髪に所々赤毛混ざった髪と翡翠色の目と言う容姿と武術…特に防御に関しては圧倒的な才能を受け継いでいる。
ただし……一つ問題があるのだけれど。
「っ!やぁっ!」
焦れたリコリスは【縮地】で僕との距離を一気に縮めると同時に、胴体目掛けて木剣を打ち込んできた。
全ての動作に流れがあり、速度も申し分ない攻撃。
だけど…いつもの事ながら猪突猛進と言うか、素直を過ぎる攻撃で
「甘い」
身体を回転させるように、リコリスの足と足の間に踏み込んでリコリスと距離無くし、木剣を振るう手を取り、力を殺さずに上乗せしてやれば…。
「わぁ……!?」
リコリスは自分の勢いで自滅するように、吹き飛ばされる。
「まだっ…!!」
猫のように空中で一回転しながら、しなやかに着地するとまた突っ込んで来る。
飛びかかるように振り下ろそうとした木剣を握る手自体を抑えて、攻撃を封じる。
「だから甘い」
僕はそう言うと膝をリコリスの顔に向けて放った。勿論寸止めで。
「…ま、参りましたっ!」
リコリスは悔しそうに唇を噛みしめて降参した。僕は苦笑する。
「…はい。じゃ次は自分からの攻め禁止で、カウンターと守りだけ」
そうしていつもの縛りを告げると僕は一旦、リコリスと距離を取り、再び組み手を始めた。
リコリスは優れた観察眼を持っていて、ジッと相手の動きを予想して待ち、自分に対する攻撃を防ぎ、迎撃をする後の先を取る事に関しては天才的だ。
僕がリコリスが受けれるかギリギリの範囲で、手加減した攻撃を放つが悉くの攻撃を巧みに捌き、迎撃を行って来る。
やはりと言うべきか攻撃と違い、防御に関しては文句なしの一流だ。今は基本的な剣術と体術しか教えていないけど、これに盾や手甲、トンファーを使う技術を覚えれば倒せる存在はそうそう居ないだろう。
ただ、リコリスは性格的に攻めを好み、尚且つ攻撃が素直な……悪く言えば愚直なモノになりやすい。
虚実を伴った攻撃か、そうでなくても持ち前の観察力を上手く使えば攻撃面に関しても大分伸びると思うのだが……このまま格上や同格の存在と戦う事になり、自分から仕掛ける場合は確実に負けるだろう。
そもそもな話として、リコリスに危害を加えさせるつもりもないが。
とりあえずリコリスとの組み手を終わらせるべく、徐々に攻撃速度を速くして行く。
「…っ!」
それでも苦しげな息を吐きながらも、食らいついて来るリコリスに僕は少し本気を出すことにした。
普段抑制している感覚を開放して、リコリスの全ての見抜く。呼吸、筋肉の動き、視線、重心の動きと言う情報を読み取り、絶対に反応も知覚すら出来ないだろう【空白】を見つける。
「はい。おしまい」
僕はそう言うとリコリスの僅かな重心の乱れに合わせ、押すように手を突き出した。
リコリスは押されて数歩後退すると、頬を膨らましてこちらを睨む。
「むぅ~!参りました。子供扱いしてぇ……」
「ごめん、ごめん。防御に関してリコリスは飛び抜けてるから、下手な手加減も出来ないんだよ」
全く怖くないし、むしろ可愛らしいくらいだけど、女を怒らせたらとにかく謝れと言われている僕は謝罪した。
リコリスは本当に怒っていたわけではないようで、褒めた途端にニマニマと嬉しそうな笑みを浮かべた。
それと下手な手加減が出来ないと言ったのは事実だ。あの緩みとも言えるタイミングだと力を入れない掌底でも、確実に内臓が損傷するだろう。
「で、それはそれとして攻撃面に関しては問題ありだね」
「うっ……だって…」
不満そうに唇を尖らせるリコリスに僕は苦笑する。
今のリコリスに必要なのは指導する人間ではなく同格の存在だ。好敵手ともいえるような人が居れば、互いに切磋琢磨するのだろうな。
「ま、とりあえず今日はこの辺にして戻るか」
「はーい…!」
そうして森を出て村に戻ると、
「おや…?ヤマトくんとリコリスちゃんじゃないか」
誰かに呼び止められ、振り向くといつものように柔和な笑みを浮かべた青年…ハーストさんが立っていた。
確か…話によると、エルフって言う長命の種族らしく、カルラさん達より大分年上と言うけど、その見た目はカルラさんと同じくらいの、二十歳を少し過ぎたくらいにしか見えない。
腰まで伸ばした長い蜂蜜色の髪に、青空のように澄んだスカイブルーの瞳。女性と錯覚してしまうほどに整った美しいと言う言葉が似合う顔立ちに、柔らかな物腰と優しげな声色は色気があり、楽器でも持たせて、街の広場に座らせれば女性達を虜にしてしまうだろう。
「あ、こんにちは」
「こんにちわ〜!」
「こんにちは。相変わらず兄妹のように仲が良いね、ところでヤマトくんその右手の火傷はどうしたのかな?」
「えっ!お兄ちゃん火傷したの!?大丈夫?」
ん…?もうあの刀に付けられた火傷は、ほとんど消えてるんだけど、良く分かるなハーストさん。
「ああ、もうほとんど消えてるから大丈夫だよリコリス」
「本当?なら、良かった」
安心したように笑うリコリスに笑みを向けてから、ハーストさんに向き直って僕は言った。
「しかし良く分かりましたね?ハーストさん。それがウィルドの……」
僕が炎を出す刀の事を話すと、面白そうに笑みを深めた。
「ふふふっ…。それはなかなかの災難……いや、幸運だったね。ふむ、でもそうか…ヤマトくん、左手を出してもらって良いかな?」
妙な事に災難から幸運と言い換えて、一人で納得したように頷くハーストさん。
何をする気だろうと、僕は訝しく思いつつも素直に左手を出した。
するとハーストさんは、ますます笑みを深め、差し出した左手を握って来た。
「……生憎と僕にそっちの趣味はないんですけど?ハーストさん」
いくら美形でも男はお断りだと、僕は憮然とながら言う断りを入れる。
「ふふっ…。僕にもないから大丈夫だよ。〜〜〜〜■■■」
ハーストさんは僕の反応を見て、楽しそうに笑うと、目を閉じて何かを呟く。すると……僕とハーストさんを中心に囲むように突風が吹き荒れた。
「なっ…!?」
何事だと思い、口から驚いたような声が出たのを自覚しながら、即座に意識を切り替える。
まず間違いなく、この突風を発生させたのはハーストさんだろう。
敵意は感じられないし、何の意図を持って風を巻き起こしたのかは不明だが、とりあえず風を打ち消してから考えれば良いと僕は結論付ける。
固有魔術を使って無力化しようとした所で……左手に痛みを感じると同時に何かが僕の中に流れ、吹き荒れていた風は収まった。
「……」
「うん。上手くいったようだね」
何やら朗らかに笑い、一人納得したように笑うハーストさん。…僕はとりあえず襟を掴んで言った。
「で?何をしやがったんですか?」
「あはは…め、目が怖いよ?ヤマトくん…」
「で?」
「うん。おまじないだよ。おまじない。これから色々(::)大変だろうからと思ってね。きっと困った時には助けになるはずだよ」
色々と言った所の発音だけ強調されたような気がするのは僕の気のせいだろうか?…気のせいであって欲しいなぁ。
「はぁ……いいですけどね」
とりあえずハーストさんの襟から手を離して左手を見る。
もう傷はほとんど塞がっていて、良く見ないと分からない程でしかない。
ただ「おまじない」と言った通り文字のようなモノが右手と同じように付いているのは嫌な感じだ。
「まぁ、役に立つことは保証するよ。それじゃ。ヤマトくん、リコリスちゃん」
僕が顔をしかめるのを見てそう言うと、ハーストさんは手を振り、風のように現れて風のように過ぎ去って行った。
ハーストさんほど自由人と言う言葉が似合う人はいないんじゃね?と思う限りだ。
「何かすごかったね?お兄ちゃん」
小首を傾げてそう言うリコリスに「本当に」と僕は頷くのだった。
そして……帰宅するといつの間にか帰って来ていたウィルドが突然、
「おっ!ヤマト。明日詳しく話すが、村を出る事になった」
「はぁ…!?」
僕は反抗期の少年のような声をあげるのだった。
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